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第一章「いきなり冒険者」

 第48.5話 005「アンナと白竜族 ④」

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 白竜族のゲルガが目の前に立つ。
 拳を構え戦闘態勢に入った。

「どうした構えないのか?」

 ゲルガが馬鹿にしたように言い放った。

「武器は何を使っても構わないぞ。もちろん魔法でも何でも使うがいい」

 明らかに優越的な地位にある者の言葉だった。

「ゲルガは白竜族の中でも三天王ともいわれるほどの実力者……人間の冒険者如きに勝てるものか」

 老婆がケケケと笑う。
 それにしても三天王……なんか語呂が悪い。どうせなら四天王にすればいいのに。

「そちらから来ないのであれば、こちらから――行くぞ!」

 瞬間。ゲルガの拳がぶれた。

「陽炎拳!」

 パアン!
  
 空中で空気が爆ぜる。
 ゲルガは驚きに固まったまま己の拳とオレを見比べる。

「……まぐれか……だが次はどうかな?」

「どうしたんじゃ?」

 老婆が不思議そうな顔をする。

 パパン!

 次には二回、爆ぜる音が響いた。 

「なん……だと!?」

 ゲルガの顔が驚愕に歪む。
 オレは立ったまま微動だにしていないように見えるだろう。
 しかし、実際には繰り出されるゲルガの拳を拳で打ち返しているのだ。

「てあっ!」

 ゲルガが蹴りを放つ。オレは避けるまでもなく軽く手で払う。それだけでゲルガはバランスを崩しその場に転倒してしまった。そのまま反転して起き上がり拳を放つがそれすらオレに届かない。

「くそっ!」

 今度は接近して攻撃を繰り出してきた。
 いいね。組手とは。
 オレはゲルガの攻撃をいなしながら反撃する。
 何発か拳を叩きこむとゲルガはその場に膝をついてしまった。

「まさか……ゲルガが!」

「そんなはずはない!」

 周囲が驚きの声を上げるが、オレには全く驚くに値しない。
 まあ、相手も本気ではないだろう。何しろあのヤムダからアンナを守ろうという輩だ。今程度の力ではとてもではないが守れるとは思えない。
 準備運動はこれくらいでいいだろう。
 お互いに身体も温まった頃だ。

「おい、そろそろ本気でこないのか?」

 オレの言葉にゲルガは怒気に顔を染めた。

「早く本気を出せよ」

「ノゾミ様!」

 オレの言葉にアンナが心配そうな声を上げた。
 アンナの声には狼狽があった。

「人間風情が……おごるなよ!」

 ゲルガの身体がぶれる。

(報告。戦闘力の上昇を確認)

 マザーさんの報告が脳内に響く。

「おい……逃げた方がいいんじゃないか……」

 白竜族の男が逃げ腰になりながらぽつりと漏らした。

「ぐががががが!」

 ゲルガは苦しみ悶えながらその場にうずくまる。

「こ、殺してやる! 殺してやるぞぉ人間!」

 ゲルガはよだれを垂らしながらうわごとのように呟きだした。
 あれ、これやばくね。
 戦闘力ではなく、理性を失いつつあるような……

「大婆様、ゲルガは竜人化は体得しているのですか?」

 アンナの言葉に老婆は首を振る。

「ゲルガやめるのじゃ!」

 老婆の言葉はもはやゲルガには届いていないようだった。
 ゲルガの体躯が大きく膨らむ。
 腕と足は人の皮がはがれ白い竜の爪と強固な四肢へと変貌していた。
 口元には牙が並び、その紅の瞳にもはや理性らしきものは感じ取れなかった。

「みんな逃げて!」

 アンナの言葉にその場にいた全員が悲鳴を上げながら走り出す。

「大婆様! ノゾミ様! 早く逃げてください!」

 アンナが叫ぶ。
 老婆の周囲にいた男たちは老婆を抱えようとしたが老婆はその手をはねのけその場から動かなかった。
 なかなか度胸が据わってるじゃないか。

「おいクソ婆!」

「なんじゃ人間」

 老婆がオレを睨みつけた。

「なんで逃げねえんだ?」

「ふん簡単な事よ。これはワシの責任でもあるしな……こうなったら誰にも止められん」

 なるほど。

「竜人族の中でも竜人化を体得しておる者は少ない。黒竜族のヤムダが体得しておると聞いたことがある」

「へぇ」

「竜人化は諸刃の剣……体得していなければ理性を失いただの獣と化す。今のゲルガのようにな」

 老婆の目の前でゲルガが立ち上がった。
 湯気を上げながら立ち上がるゲルガ。四肢は爬虫類を思わせる獣。その爪と牙は鋭く、秘めた力はこの村を全滅させるには十分すぎるほどだ。

「人間よ。癪じゃがアンナを連れて逃げてくれんか」

 老婆は見上げるようにオレを見た。

 グルルルル!

 ガルガの唸り声が響く。

「嫌だね」

「なんじゃと?」

「ノゾミ様!」

 ゲルガが飛び掛かってくる。

 ガッ!

 振り下ろされる爪をオレは難なく竜人化させた腕で受け止めた。

「なんじゃと……お主その腕は!?」

 黒々としたうろこに覆われた竜の腕。

「話はゲルガを大人しくしてからだ!」

 オレはゲルガを抑え込みながら言い放った。
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