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第四章「カルネアデス編」
第156話「林檎」
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オレが魔夜の部屋に行くと二人はちょうど宿題をしているところだった。
夏休みの宿題だ。
ふむふむ学生としての本分を全うしていて兄として嬉しい限りだ。
オレ? 今度美琴に頼んで写させてもらうから問題ない。
「お兄ちゃん。私アイスが食べたいな」
魔夜が甘えた声を上げた。
ほほう。アイスは今朝方オレが美味しくいただきましたが――何か?
「えーっ、食べちゃったの!」
オレが正直に告白すると魔夜は真っ赤になって怒った。
「悪い悪い! お金あげるからこれで何か好きなものでも買っておいで!」
「わーい。これでしばらくは贅沢できるわ!」
お札一枚で贅沢とか……お前はどこの貧乏人だ。
「リンゴちゃん。お買い物に行こうよ」
魔夜がリンゴちゃんの手を引くがリンゴちゃんはオレの顔をじっと見たまま動かなかった。
「私……行かない……ここにいる」
「ん? そうなの?」
魔夜が不思議そうな顔をするとリンゴちゃんは慌てたように両手をブンブンと振った。
「えっと……ほら、私今日体調が悪いから!」
随分な理由だった。そもそも体調が悪いなら遊びには来ないだろう。
「うーん。それなら、私だけで買ってくるね」
魔夜は一人納得すると玄関から飛び出していく。まったく、元気な妹だ。
魔夜が家を出るとすぐにリンゴちゃんはふうと息を吐いた。
「ようやく行ったか」
リンゴちゃんはどこか大人びた感じの言葉を発した。
えっ、もしかして猫被ってた?
妹がいなくなったら暴力的になるとか?
リンゴちゃんはしばらくオレの顔をジロジロと見つめる。
「セービル魔法学園……という言葉に聞き覚えはあるか?」
オレは首を傾げる。
セービル魔法学園? それはゲームか小説の中の話だろうか?
「マヤに話をしてみたが同じような反応だった……」
リンゴちゃんはどこか残念そうにため息をつく。
「お前の顔を見て希望を持ったのだが……残念だ。ミーシャやアンナに似た少女もいたようだが……おそらくはあの二人も同じだろう」
いやいや、オレの顔を見て溜息とか――ひどくないか!
「なんと言えばいいのか……」
リンゴちゃんはあごに手を当ててしばらく考え込む。
「私は……というか宿主のアープルは己の力を磨くためにセービル魔法学園に入学した。そして、その入学式の初日にとある事故に巻き込まれた」
色々と突っ込みたいことがあったが、とりあえず彼女の話を聞く。
「事故とはアイザック・ロイマールとノゾミとの決闘の最中に起こった。流れ弾が近くの建物に被弾し、破片の岩片がわたしを直撃しようとしたのだ」
身体加速。
腕のみの竜人化――そして、岩片を弾き飛ばし――
なんだろう。この心の奥にくすぶるモヤモヤは。
「アープルはその出来事を機にお前に恋慕の情を抱いた」
リンゴちゃんは愛おしそうにオレの手を握る。
「やっと出会えたと思ったのにな……」
「お前は……誰だ?」
リンゴちゃんではない。彼女の事はよく知らないが、しかし魔夜の友達というには異質だ。
「私か?」
リンゴちゃんはオレの首に手を伸ばす。ちょっと背伸びしてオレの首を抱きしめた。
「私も……お前に恋慕の情を抱いている者……その片割れだ」
軽く唇を重ねてくる。
抵抗できなかった。あまりにも自然に唇を重ねてくる幼い少女。その動きに不思議と慣れているオレ自身。
「どうか……私達のことを思い出して欲しい……」
再び唇を重ねた瞬間にオレの脳裏に電撃が走った。
暗闇の中。
差し伸べられる手。
うさぎの耳の少女。
兎人族。
冒険者。
ゴブリンの群れ。
――死。
女聖騎士。
猫人族。
バージル卿。
様々な記憶が怒涛の如く脳内を駆け巡る。
セービル魔法学園。
入学式。
決闘。
緑の髪の少女。
樹人族。
お兄さんって呼んでもいいですか。
あどけない笑顔の少女。
「あ……あ……あ……」
なぜ忘れていた。
どうして思い出せなかったんだ。
ミーシャ、アンナ。
二人はなんと言っていた。
この世界とは違う世界。
そう、違う世界だ。
「やはり……思い出せな……」
唇を離したリンゴちゃん――アープルをオレは力強く抱きしめる。
「ノ、ノゾミ……?」
「……思い出した」
アープルの耳元にささやく。
「えっ?」
アープルがオレの目を見つめる。
「本当に……? 私に気を使っているのではないのか?」
期待と興奮の入り混じった瞳。
「魔法競技大会(マギア・カレーラ)じゃ、結局アープルの競技を見れなかった……それが今でも残念だ」
オレの一言にアープルは涙を流す。
「本物なんだな……」
「ああ……本物だ」
アープルが抱きついてくる。
「本当に……本当にノゾミなんだな!」
アープルが強く抱きしめてくる。
オレも彼女をしっかりと抱きしめてあげた。
「待たせて済まなかった」
オレの言葉にアープルは泣きじゃくりながら何度も首を横に振った。
しばらくの間、アープルの嗚咽が響いた。
夏休みの宿題だ。
ふむふむ学生としての本分を全うしていて兄として嬉しい限りだ。
オレ? 今度美琴に頼んで写させてもらうから問題ない。
「お兄ちゃん。私アイスが食べたいな」
魔夜が甘えた声を上げた。
ほほう。アイスは今朝方オレが美味しくいただきましたが――何か?
「えーっ、食べちゃったの!」
オレが正直に告白すると魔夜は真っ赤になって怒った。
「悪い悪い! お金あげるからこれで何か好きなものでも買っておいで!」
「わーい。これでしばらくは贅沢できるわ!」
お札一枚で贅沢とか……お前はどこの貧乏人だ。
「リンゴちゃん。お買い物に行こうよ」
魔夜がリンゴちゃんの手を引くがリンゴちゃんはオレの顔をじっと見たまま動かなかった。
「私……行かない……ここにいる」
「ん? そうなの?」
魔夜が不思議そうな顔をするとリンゴちゃんは慌てたように両手をブンブンと振った。
「えっと……ほら、私今日体調が悪いから!」
随分な理由だった。そもそも体調が悪いなら遊びには来ないだろう。
「うーん。それなら、私だけで買ってくるね」
魔夜は一人納得すると玄関から飛び出していく。まったく、元気な妹だ。
魔夜が家を出るとすぐにリンゴちゃんはふうと息を吐いた。
「ようやく行ったか」
リンゴちゃんはどこか大人びた感じの言葉を発した。
えっ、もしかして猫被ってた?
妹がいなくなったら暴力的になるとか?
リンゴちゃんはしばらくオレの顔をジロジロと見つめる。
「セービル魔法学園……という言葉に聞き覚えはあるか?」
オレは首を傾げる。
セービル魔法学園? それはゲームか小説の中の話だろうか?
「マヤに話をしてみたが同じような反応だった……」
リンゴちゃんはどこか残念そうにため息をつく。
「お前の顔を見て希望を持ったのだが……残念だ。ミーシャやアンナに似た少女もいたようだが……おそらくはあの二人も同じだろう」
いやいや、オレの顔を見て溜息とか――ひどくないか!
「なんと言えばいいのか……」
リンゴちゃんはあごに手を当ててしばらく考え込む。
「私は……というか宿主のアープルは己の力を磨くためにセービル魔法学園に入学した。そして、その入学式の初日にとある事故に巻き込まれた」
色々と突っ込みたいことがあったが、とりあえず彼女の話を聞く。
「事故とはアイザック・ロイマールとノゾミとの決闘の最中に起こった。流れ弾が近くの建物に被弾し、破片の岩片がわたしを直撃しようとしたのだ」
身体加速。
腕のみの竜人化――そして、岩片を弾き飛ばし――
なんだろう。この心の奥にくすぶるモヤモヤは。
「アープルはその出来事を機にお前に恋慕の情を抱いた」
リンゴちゃんは愛おしそうにオレの手を握る。
「やっと出会えたと思ったのにな……」
「お前は……誰だ?」
リンゴちゃんではない。彼女の事はよく知らないが、しかし魔夜の友達というには異質だ。
「私か?」
リンゴちゃんはオレの首に手を伸ばす。ちょっと背伸びしてオレの首を抱きしめた。
「私も……お前に恋慕の情を抱いている者……その片割れだ」
軽く唇を重ねてくる。
抵抗できなかった。あまりにも自然に唇を重ねてくる幼い少女。その動きに不思議と慣れているオレ自身。
「どうか……私達のことを思い出して欲しい……」
再び唇を重ねた瞬間にオレの脳裏に電撃が走った。
暗闇の中。
差し伸べられる手。
うさぎの耳の少女。
兎人族。
冒険者。
ゴブリンの群れ。
――死。
女聖騎士。
猫人族。
バージル卿。
様々な記憶が怒涛の如く脳内を駆け巡る。
セービル魔法学園。
入学式。
決闘。
緑の髪の少女。
樹人族。
お兄さんって呼んでもいいですか。
あどけない笑顔の少女。
「あ……あ……あ……」
なぜ忘れていた。
どうして思い出せなかったんだ。
ミーシャ、アンナ。
二人はなんと言っていた。
この世界とは違う世界。
そう、違う世界だ。
「やはり……思い出せな……」
唇を離したリンゴちゃん――アープルをオレは力強く抱きしめる。
「ノ、ノゾミ……?」
「……思い出した」
アープルの耳元にささやく。
「えっ?」
アープルがオレの目を見つめる。
「本当に……? 私に気を使っているのではないのか?」
期待と興奮の入り混じった瞳。
「魔法競技大会(マギア・カレーラ)じゃ、結局アープルの競技を見れなかった……それが今でも残念だ」
オレの一言にアープルは涙を流す。
「本物なんだな……」
「ああ……本物だ」
アープルが抱きついてくる。
「本当に……本当にノゾミなんだな!」
アープルが強く抱きしめてくる。
オレも彼女をしっかりと抱きしめてあげた。
「待たせて済まなかった」
オレの言葉にアープルは泣きじゃくりながら何度も首を横に振った。
しばらくの間、アープルの嗚咽が響いた。
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