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第6巻第3章 聖剣争奪戦

ファズの誤解

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「死ね死ね死ねっ!」

「だからそんな攻撃じゃ当たらないって」

 やけになって剣をやたらめったら振り下ろしてくるファズに、マヤはそれをかわし、いなし、受け止める。

「そんなはずはないっ! そんな、はずっ………………ない…………」

 ファズの剣はどんどんと勢いを失っていく。

 やがてファズは剣を持ったまま力なく腕を下ろす。

「たしかにそれは聖剣かもしれないけど、ファズさん、あなたが使ってもなんの意味もないよ」

「…………」

「誰に吹き込まれたか知らないけど、その聖剣はオーガの聖剣なんだよ。オーガの王族が使って始めて真価を発揮するものなんだ」

「…………私は、騙されたのか?」

「だろうね。わかったらその聖剣を返して。どこかから盗んできたんでしょ?」

 ファズは聖剣をマヤに渡そうとして、途中で動きを止める。

「私は龍帝様を拘束して、これを奪った。これを返した後、私は裁かれるのか?」

「うーん、それは私にはなんとも言えないかな。龍帝様と、他の四皇の人たちが決めるでしょ」

「そうか…………」

 ファズが覚悟を決めて聖剣をマヤへと渡そうとした瞬間――。

「安心して下さいファズ様、あなたは裁かれたりしませんよ」

「――――えっ…………」

 ファズの頭が首から不自然にスライドし、そのまま地面に転がる。

 ファズの首があったところには、血まみれのナイフと、それを掴む空中から突然現れた手があった。

「エスメラルダさんっ!」

 空間を越えたナイフでの攻撃を見て、オリガがマヤの後方で叫ぶ。

「なるほど、これがエスメラルダさんの能力なんだね」

 マヤはどれほど意味があるかは分からないが、大きく飛び退って距離を取る。

 空間を越えてナイフで斬りつけてくるということなので、物理的に距離を取ることにどの程度意味があるのかは分からないが、何もしないよりはマシだろう。

「おや、マヤ様、お久しぶりです」

「久しぶり。なんだかうちのオリガとカーサお世話になったからみたいだね?」

「いえいえ、お二人は全く手間がかかりませんでしたから。手間がかかったのはカーリさんだけです」 

「そのカーリに負けそうになって姿を消したって聞いてたけど、どうしてまた現れたの?」

 マヤは地面に転がっているファズの頭を一瞥しながら、エスメラルダに問いかける。

 利用するだけ利用されて、最期はあっさり切り捨てられてしまったファズは、敵とはいえ少々不憫だった。

「それは、ファズ様を殺すためと、主の命で聖剣を持ち帰る必要があったためです」

「へえ、素直に答えるんだね?」

「マヤ様ならお見通しかと思いましたので」

 たしかにマヤは、エスメラルダの目的が聖剣であることはなんとなく予想できていた。

 なぜなら、襲撃に用いられた謎の立方体にしても、エスメラルダの能力にしても、そのような力を持っているかもしれない魔王は1人しかいないからである。

 そしてその魔王がこのゾグラス山で狙うかもしれないものなど、聖剣くらいしかないはずなのだ。

 しかし――。

「まあ聖剣を狙ってるっていうのはわかってたけど、ファズさんを殺すのが目的の一つっていうのは本当に予想外だよ。しかも、それはエスメラルダさんの目的みたいだし」

「私の目的はステラ様をお助けすることです。彼女は私の数少ない友人ですから。友人を傷つけた外道を殺したいと思うのは、そこまでおかしなことではないでしょう?」

「そうかもね。でも、いいの? ここにはカーリもいるよ? 無事に逃げられると思ってる?」

「それは、やってみなければわからないでしょう」

 エスメラルダは素早くナイフを振るうと、マヤの背後からナイフが現れる。

「おっと……なるほど、これは確かに厄介かもしれないね」

 マヤは次々と何もない空間から現れるナイフをかわしていく。

(一度に空間を越えられるものの大きさには制限があるらしい、って話だけど、そもそも出す場所が任意なんだから、それはあんまりデメリットにはならないよね)

 いつまでもかわしていては埒が明かないので、マヤは隙を見て反撃へと転じる。

「行くよっ」

「後ろにお気をつけください」

「うおっと……なるほど、そういえばこんなこともできるんだったね」

 マヤはカーリから事前に聞いていた、エスメラルダの能力でこちらの剣が別の場所から出てくることを思い出し、ぎりぎりのところでしゃがんで自分の剣をかわす。

「さて、マヤ様。まだ続けますか?」

「当然でしょ。だって、エスメラルダさんには帰ってもらうわけにはいかないからね」

「そうですか、しかしながら、準備ができましたので帰らせていただきます」

 エスメラルダが言うやいなや、エスメラルダの足元に魔法陣が浮かび上がる。

 口ぶりからして、おそらく転移の魔法陣なのだろう。

 マヤはその魔法陣から出ると、剣をしまう。

 ギリギリまでエスメラルダに攻撃を仕掛けて転移が失敗するようにしても良いが、万が一にもマヤ自身が巻き込まれてどこかにさせられてしまっても困る。

 なにせエスメラルダの転移先はおそらく――。

「セシリオさんによろしくね」

 そう、エスメラルダに転移先は彼女の主、ルーシェやマルコスと並ぶ原初の魔王の1人、セシリオなのだから。

 そこらの雑魚のところに飛ばされるのとはわけが違うのだ。

 いかなマヤとはいえど、原初の魔王のところに一人で転移させられれば、生きて帰れる自信はなかった。

 エスメラルダは驚いているような、しかしどこか予想はできていたというようななんとも言えない微苦笑を浮かべる。

「わかりました。魔王マヤに思い切り色々と邪魔された、とお伝えしておきます」

「うわっひっどー」

「事実ですし」

「まあそうなんだけど。それじゃあついでに伝言。「聖剣は譲るけど、オーガの王族は絶対譲らないからね」って伝えといて」

「畏まりました。それでは失礼いたします」

 エスメラルダはスカートの前できれいに手を合わせてお辞儀をすると、次の瞬間姿を消していた。

「良かったんですか、マヤさん」

「いいか悪いかで言ったら良いわけ無いんだけどね。でも、この状況じゃどうしようもなかったよ」

 エスメラルダの能力に多少の距離は関係ない。

 オリガのように強力な防御魔法を身体ギリギリで発動して身を守れる者だけなら良かったのだが、あいにくそうではないのだ。

 そんな状況でエスメラルダと戦うのは、すぐ攻撃できる的が多いこちらが圧倒的に不利なのだ。

「すみません、私が皆さんをお守りできれば……」

「いいっていいって、気にしないで。それより、ひとまずみんな無事で良かった。ファズさんはちょっと可愛そうだったけど」

 マヤの身内は無事だったとはいえ、会場の爆発で死傷者が多数出ていたり、敵とはいえ、利用されていただけのファズが殺されたりと、万事うまく行ったとは到底言えない状況だった。

 こうしてマヤたちの聖剣争奪戦は、エスメラルダに聖剣を持ち去られ、敗北で終わったのだった。
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