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第6巻 プロローグ

マヤの悩み事

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「ねえエメリン、あなたの子たち、少し私に分けてくれないかしら」

「はあ……何度言ったらわかるんですかステラ様、ダメです」

 エメリンの家にやってきて子どもたち(主に男の子)と遊んでいたステラの言葉に、エメリンは何度目かわからない返答をする。

「あはは……ステラ様、うちの弟たちが気に入ったなら、いつでも来てくれていいですから」

「クロエ、あなたがステラ様信頼しているのはわかるけど、大丈夫なのよね? ちょっと目が怖いわ」

「大丈夫だよお母さん、ステラ様はあの子達が嫌がることは絶対しないし」

「そうかしら……?」

 心配そうなエメリンの気も知らず、エメリンの子どもたちにステラは大人気だった。

 ステラはどんな遊びにも付き合ってあげているので、子どもたちに好かれて当然だろう。

「それでクロエ、ステラ様は今日は何しに来たの?」

「え? なんだろう? 私はてっきり弟たちと遊びたくて来たんだと思ってたんだけど……」

「それは流石に……いや、ないとは言い切れなさそうなのが怖いわね……」

「よーしっ、今度はお姉さんが鬼よ! 捕まえちゃうぞ~!」

「「「「あははははっ、捕まるもんかー」」」」

 今目の前で、エルフの少年たちを楽しそうに追いかけ回している女性が、魔王ステラだなど言っても、一体どれだけの人が信じられるだろう。

「こんにちはー、ステラさん来てるかな?」

「あら、マヤさんじゃないですか。ステラ様にご用ですか?」

「うん。というか、私が呼んだんだけど、私の屋敷にオスカーさんだけ来てさ。ステラさんはこっちに行ったって聞いたから来たんだよね」

「ステラ様ならあそこで私の子どもたちと鬼ごっこしてますよ」

「あー、やっぱりそれがお目当てか……」

 相変わらずの生粋の男の子好きっぷりに、マヤは苦笑する。

 ステラは言葉を選ばず言えばいわゆるショタコンなのだ。

「ステラさーん、ちょっとー」

「あら、マヤじゃない」

「すきあり!」

「うわっ! タッチされちゃった! ちょっとマヤ、あなたのせいでまた鬼になっちゃったじゃない」

「いや知らないよ。ていうかなんでそんな嬉しそうなのさ」

「そんなことないわ。エルフの子どもにタッチされて屈辱よ」

「嘘つけ……まあいいや、気が済んだら私の屋敷に来てね~」

 マヤはそう言って子どもたちと遊ぶステラに背を向ける。

「いいんですか、マヤさん」

「いいよ。子どもたちも楽しそうだし、私の要件も急ぎじゃないしね」

 マヤはそのまま自分の屋敷に戻ると、オスカーに待ってもらっている応接室に向かった。

「ごめんねオスカーさん、ステラさんはまだ子どもたちと遊びたいみたい」

「はははっ、相変わらずですね、ステラは。こちらこそ、うちの妻がすみません」

「いいよいいよ。子どもたちも楽しそうだったし。それより、ちょっと教えてほしいんだけどさ」

 マヤはドアの外や窓の外など、盗み聞きしているものがいないことを確認する。

「なんでしょう」

「オスカーさんは、どうやってステラさんと結婚したの?」

「唐突ですね。どうしてそんなことが知りたいんです?」

「いや、その…………」

 マヤはもじもじと指の先をつけたり離したりして言いよどむ。

「……その、ね? 実はちょっと気になる人がいるっていうか……」

「あー、ウォーレンさんですね」

「ちょっ!? えっ!? なんで? なんでわかっ……じゃなくて、ウォーレンさんは関係ないじゃん!」

 あまりの慌てっぷりに、もはや単なる肯定よりよっぽど、マヤの想い人がウォーレンだとわかってしまう。

 しかし、オスカーは大人の余裕でマヤの言葉を額面通り受け取ってくれる。

「そうですか、ウォーレンさんは関係ないんですね。失礼しました。で、想い人ができたマヤさんが、私とステラの馴れ初めを聞きたいというのは、どうしてでしょう」

「うっ……えーっとね、ステラさんは魔王だよね? だからさ……その……魔王の女の子って、男の人から見て、どうなのかなーとか、そういうのを聞きたくて……」

 マヤはどんどんと俯いていき、声も小さくなっていく。

 マヤの白銀に輝く髪の隙間から覗く耳は、すっかり真っ赤になっていた。

「そういうことですか。そうですね……それでは、私とステラの出会いから話しましょうか」

 ゆっくりと話し始めたオスカーに、マヤは真剣な眼差しを向けるのだった。

***

「お待たせマヤ。どうしたの? 私の顔に何かついてるかしら?」

 部屋に入るなりステラの顔をじっと見つめて来たマヤに、ステラは首を傾げる。

「ううん、何でも」

「そう? オスカー、あなた何か言ったの?」

「いいや、なにも。ただの世間話しかしてないよ」

「そうなの? なんだか怪しいわね……」

「まあまあ、いいじゃない。それより頼んでたもの持ってきてくれた?」

「なんだか無理やり話を変えられた気がするけど……まあいいわ。はい、これが私が持ってるオーガに関する資料よ」

「ありがとう、助かるよ。ちなみに聖剣の情報はあった?」

「なかったわ。本当に白銀の聖剣なんて存在したの?」

「シャルルさんが言うには実在はしてたみたいだよ?」

「その白銀の聖剣というのがあると何ができるだい?」

「私もシャルルさんから聞いただけだから本当かどうかはわからないけど、オーガの王族がそれを手に入れると、原初の魔王でさえ倒せるほどの力が手に入るらしいんだよね」

「それはすごいじゃないか。それがあればマルコス様もセシリオ様怖くないってわけだ」

「なんでルーシェが抜けてるのよ。まさかあんた、ルーシェのこと好きなの?」

「まさか。ただ、ルーシェ様はステラのことが好きみたいだから。同じステラを愛するものとして、ルーシェ様が怖いということはないかな」

「なっ……何言ってんのよ、急にっ」

「…………これが夫婦か」

「マヤも変なところで感心しないでちょうだい! もう帰るわっ! 行くわよオスカー」

 ステラはオスカーの手を取ると、そのまま部屋を出ていこうとする。

「ステラは恥ずかしがり屋だなあ……それじゃあね、マヤさん」

 オスカーは楽しそうに笑いながら、マヤへと手を振る。

 すらっと背が高いステラに手を引かれ、見た目だけは少年なオスカーはつま先立ち気味なりながら引っ張られて去っていった。

「私ももっとウォーレンさんと仲良くなりたいなあ……」

 彼女いない歴イコール年齢だったマヤが、まさか気になる男性ともっと仲良くなりたくて悩むとことになるとは、人生何が起こるかわからないものである。

***

「ステラ、良かったのかい? 聖剣の情報、あったんだろう?」

「あら、知ってたのね」

 キサラギ亜人王国からの帰り道、オスカーの質問に、ステラは驚いたように返した。

「知ってたさ。君が持っている本はだいたい目を通しているからね」

「流石ねオスカー。でも、それなら私が聖剣の情報をマヤに渡さなかった理由はわかっているんでしょう?」

「まあね。君は相変わらずだ」

「褒め言葉として受け取っておくわ」

 聖剣には使い手の老いを止める力がある、という記述を見つけたステラは、聖剣の情報をマヤに渡さなかったのだ。

 この判断が原因で、ステラとオスカーに思わぬ災厄が降りかかることになるのだが、この時の2人は知る由もなかった。
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