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第5巻第2章 マルコスの居城

魔王マルコス

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「――ってわけで、ここにいるジョン王子を元の年齢に戻してほしいんだよね」
 
 マヤがウォーレンのズボンを引きずり下ろそうとしている現場を目撃されてから1時間ほど経った頃、マヤたちは同じ部屋に用意されていたデーブルに集まってマルコスに事情を話していた。

「なるほど、事情はわかった。確かに私なら、そこの男を元の姿に戻すことが可能だ」
 
「本当!? それじゃあさっそく……」

「なぜだ?」

「え?」

 これで解決だ、と思っていたマヤはマルコスの言葉に、思わずその顔に目を向ける。

「なぜ私がそんなことをしてやらねばならんのだ、と言っている」

「やってくれないの?」

「それをしてやる理由がないと思うが?」

「それは……」

 確かにマルコスの言うことも一理ある。

 しかし、元はと言えば……と思ったマヤの胸中をクロエが代弁する。

「お言葉ですがマルコス様! 殿下をこの姿にすることはマルコス様にしかできないとステラ様から伺いました! あなたがしたことなのですから、あなたが解決するのが筋ではないですか?」

「ステラめ、余計なことを……。しかしなハーフエルフの女、それは状況証拠に過ぎぬだろう? 私がやったという証拠はあるのか」

「それは……ないですが……」

「だろう? それに、私がそこの男を今の姿にした張本人だったとすれば、どうしてわざわざ子供の姿にした人間を元に戻してやらねばならんのだ? 頼まれたからと言ってそんなことをすると思うか?」

「確かに……確かにそうかもしれないけど、でもさ、マルコスさんには今のジョン王子をもとに戻す力があるんだから、もとに戻してくれてもいいじゃん?」

「はあ……あのな、魔王マヤ。貴様は魔王をなめ過ぎだ。ルーシェがどういうふうに貴様に接しているかは知らんが、魔王がその程度の訴えを聞き入れるわけがなかろう?」

「私も魔王なんだけど?」

「貴様などまだ本物の魔王と呼べる段階ではない。わかったらさっさと諦めて帰ることだ」

 マルコスはそれだけいうと、席を立とうとする。

「待って! それじゃ、改めて交渉しよう! 何をすればジョン王子をもとに戻してくれる?」

「それは交渉とは言えんな。だが、そうだな……」

 マルコスが近くを飛んでいる羽虫を払うかのような何気ない動作で手を横に払う。

 瞬間、恐ろしい密度の魔力がマルコスから放たれた。

 マヤはとっさに自身への強化魔法を最大にし、迫りくる魔力を居合の要領で抜刀した剣で斬り裂く。

「「っ!?」」

「ほう、その剣技は……デリック、こいつを弟子にとったのか?」

「そんなところだ。今程度の魔力放出も抜剣せんと対応できないような未熟な弟子だがな」

「相変わらず弟子には厳しいな」

 魔王レベルでなければ対応不可能なマルコスの魔力放出を凌いでみせたマヤを未熟呼ばわりするデリックにマルコスは苦笑する。

「そうでもないさ。それより、いきなり時間を止めて、一体何のつもりだ?」

 デリックが周りを見るのにつられてマヤも周りを見てみると、マルコスとデリック、そしてマヤの3人を除いた全員が完全に停止していた。

「なに、魔王マヤの実力を確かめたかっただけだ。魔王会議の頃から変わっていないようなら何も頼めることなどないからな」

「じゃあ私は合格ってことでいいのかな?」

 マヤはゆっくりと剣を腰から下げた鞘にしまいながらマルコスに向き直る。

「最低限の実力を示した、というだけだ。依頼をこなせなければ、貴様の願いは聞かんぞ?」

「ちぇー。それで何なのさ、その依頼って」

「なに、簡単なことだ。オーガを探して来てほしい」

「オーガ? 何それ?」

「すでに滅んだと言われる種族だな。マルコス殿、あなたならオーガを探すくらい容易いのではないか?」

「そうでもない。私はルーシェもように何もかもが見えている訳では無いからな」

「その滅んだと言われているオーガを探して来ればいいってこと?」

「そういうことだ」

「見つけられるかな……時間もないし」

 ジョンとクロエが新婚旅行と言う名目で国を空けていられる期間の関係で、マヤには時間がないのだ。

 マヤがいるかもわからないオーガを限られた時間で見つけ出せるか不安がっていると、マルコスが補足する。

「安心しろ、お前がオーガを探すのは過去の世界だ。時間の制約はない。オーガがいたことも私が保証しよう」

「なーんだ、それなら大丈――へ? 今なんて?」

「お前がオーガを探すのは過去の世界だと言ったんだ」

「いやいやいや!? え? 過去の世界? 何? 私過去に行くの?」

「そうなるな」

「そんななんでもないことみたいに言わないでよ……」

 サラッとタイムトラベルしろと言われたマヤは、驚きすぎて逆に冷静になってしまう。

「私にとっては何ということはない。ただし、お前くらいしか過去に送れる人物はいないだろうがな」

「どういうこと?」

「私にも理由はわからんが、お前は過去と全く関わりがない」

「マルコス殿、マヤが過去と関わりがないというのはどういう意味だ? マヤとて人の子だろう? 親という存在を通して過去と関わっているはずではないのか?」
 
「それがマヤにはないと言っているのだ。それこそある時突然、何もないところから急に産まれてきたみたいにな」

 マルコスの言葉に、マヤは自分がこちらの世界に来た時のことを思い出す。

 ある朝目が覚めると牢屋にいて、女の子になっていたことを。
 
(てっきりこっちの世界の女の子に乗り移ったとかだと思ってたけど、マルコスさんが言うことが本当なら、私は突然こっちの世界にこの姿で出現したってことか……)

 マヤは今になって初めて、自分がこちらに来た時のこと真面目に考えたことに気がついた。

 良くも悪くも「人生なるようになる」が座右の銘であるマヤは、どういう原理で転生したのか、ということを全く考えたことがなかったのだ。

「しかし、だからこそマヤは過去に行ってもらえる唯一の人間なのだ」

「そうなの? 過去に関わりがないだけなら、適当に人造人間でも造れば良くない? マルコスさんならできるでしょ?」

「……人をなんだと思ってるんだ、お前は。私はそんな非道な実験はしない。それに、上手くいったとして、私の魔力に耐えられる者でなければ過去には送れない以上、意味などない」

「なるほど、それで魔力放出でマヤを試したわけか」

「その通りだ。それではマヤ、早速だがお前には過去に行ってもらう」

「え? 今すぐ?」
「ああ、今すぐだ」

 マルコスが問答無用で手をかざすと、マヤの全身が魔力で包まれる。

「ちょ、ちょっと!? オーガのヒントとかないの!?」

「行けばわかる」

「ええーっ!?」

 叫びも虚しく、マヤは1人、過去の世界に飛ばされてしまったのだった
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