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第5巻第1章 ヘンダーソン王国にて

クロエの工作

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「ああ、その件は――」

 ジョンが子供になってしまった翌日、ジョンの部屋では昨日と変わらずジョンが仕事をこなしていた。

「――で処理するように。わかったか?」

「畏まりました、殿下」

 ジョンから指示を受けた兵士は、1つ敬礼をすると回れ右をして部屋を後にした。

 兵士の足音が聞こえなくなったところで、ジョンは脱力すると、指先の動きだけで部屋の鍵を閉める。

「ふう、疲れた……」

 ジョンが礼服に前を開けると、中からジョンにはないはずの膨らみが飛び出した。

 気がつくと、先ほどまでのジョンだったその人物はクロエへと姿を変えている。

「なんとか誤魔化せてるけど、気付かれるのも時間の問題だよね」

 今日一日、なんとか魔法で姿を誤魔化し、ジョンのふりをしていたクロエだったが、いつまでもこうしているわけにはいかない。

 なぜならクロエがジョンのふりをしている間、当然だがクロエはクロエとしては何もできない。

 結果として、ジョンがいるときはクロエがおらず、クロエがいるときはジョンがいない、ということになってしまう。

 1週間程度ならそれでなんとかなるかもしれないが、数週間その状況が続けば、流石に違和感を感じる者が現れるだろう。

「でも、こんな症状見たことないし……」

 クロエは魔法でクロエの部屋のベッドで眠っていてもらっているジョンを姿を思い出し、頭を悩ませる。

 そもそも、子供に姿を変える魔法ですら知らないのに、外見だけでなく中身まで子供に変えてしまう魔法など知っているわけがなかった。

「やっぱり、お母さんとお姉ちゃんに相談してみよう」

 クロエは今日一日ジョンのふりをしながらずっと考えていたことを実行に移すことにした。

「でも、問題はどうやって伝えるか、だよねえ」

 普通に手紙を出したのでは、万が一にも今の状況が外部に知られてしまうかもしれない。

 となると、軍などでよく使われる暗号を使うくらいしか方法が思いつかないのだが……。

「お母さんもお姉ちゃんもうちの国の暗号知らないしなあ」

 暗号は受け手が解読方法を知っていて初めて機能するわけだが、当然ながらエメリンもオリガもヘンダーソン王国軍の暗号の解読法など知っているわけがない。

 あの2人なら知らなくても暗号を解読してしまいそうな気もするが、それに賭けるのは避けたかった。

「エルフの森までの距離を考えると、どんなに早く運んでもらっても1週間ははかかるから、万が一にも伝わらないのはまずいし……」

 うんうんと悩んでいたクロエはそこで、先日目にした王立魔導師団の新しい魔法のことを思い出した。

 それは、魔石に魔法を封じ込め、封じ込めた魔法を、対応する魔石と共鳴させて発動させる、というものだった。

「そうだ! あれを使えばきっとっ!」

 クロエは勢いよく立ち上がり、ジョンとしてではなくクロエとして部屋を出ると、王家御用達の菓子店へと向かったのだった。

***

「それでこの映像が……」

 クロエの説明を聞き終えたエメリンは、納得がいった様子で頷いた。

 子煩悩すぎるエメリンとしては困っている娘の為に今すぐにでも飛び出していきたいのだろう。

 しかしそれをしないのは、そうすればなんとかジョンの状態を隠そうとしている娘の努力を無駄にしてしまうとわかっているからだ。

「子供になっちゃう薬なんてあるの?」

「私は聞いたことないですね。お母さんは?」

「私もそんな薬は知りません。そんなものがあればステラが飛びついているでしょうから、存在くらいは知ってると思いますが……」

「ステラってあの魔王の?」

 マヤは魔王会議の席で見かけた露出多めの美女を思い出した。

 確かあの女性がステラという名だったはずだ。

「ええ、そのステラです。彼女の趣味は、その……ちょっとあれなので、身も心も子供にしてしまう薬なんてものが実在すると知れば、命がけで手に入れに行っているはずです」

 言葉を濁したエメリンの表情は、言外に深くは聞かないでくれ、マヤに伝えてくる。

 正直少しステラの趣味が気になるマヤだったが、ひとまず追及しないことにした。

『そろそろ話し終わった頃ですかね? それじゃあ最後に1つだけ』

 過去の映像であるはずのクロエは、自身が話すのをやめた時点でマヤたちが話し始めるのを予想していたように前置きすると、再び話し始めた。

 その声に半透明な映像としてマヤたちの前にいるクロエへと、マヤたちは視線を戻す。

『この映像をマヤさんたちが見ている頃には、すでに私とジョンちゃんはそちらに向かっているはずです。おそらく今から数日でマヤさんのお屋敷の着くと思うので、もっと詳しいことはその時に』

 その言葉を最後に、クロエの映像は消えてしまう。

 しばらく待っていたマヤたちだったが、それきり何も起こらなかった。

「終わったのかな?」

「おそらくそうなんでしょうね。お母さん、この魔石のまだ何か残ってると思う?」

 オリガはお菓子の中から出てきた魔石をエメリンへと見せる。

 しばらくそれを見ていたエメリンはゆっくりと首を振った。

「おそらくさっきの魔法だけでしょうね。もう一回オリガの魔石と共鳴させれば同じ映像を見ることはできるでしょうけど、きっとそれだけよ」

「なるほど、じゃあとりあえずクロエさんと王子様を待ってるしかないってことか」

「そうなりますね」

 こうして、その場は一旦解散となり、エメリンとオリガは学校の先生として仕事に、マヤとウォーレンは国王屋敷に戻った。

「なあマヤ」

「どうしたの、ウォーレンさん」

 先程の話し合いではすっかり置いてけぼりを食らって黙っていたウォーレンが、国王室に戻るなりマヤに話しかけてくる。

「あのクロエという女性は本当にオリガの妹なのか? その、妹と言うにはあまりに、その……」

 ウォーレンが一瞬で恥ずかしそうにしたのを見て、なぜだかマヤは少しだけ腹がたった。

「まだまだ子供体型なオリガと違って、クロエさんは色っぽい体つきなのはなんでかって? ウォーレンさんったらいやらし~」

「なっ!? いやらしいとはなんだ、いやらしいとは!」

 マヤに茶化されたウォーレンはますます顔を赤くして反論する。

 それを見てマヤは少しスッキリしたので、オリガとクロエの見た目が違う理由を簡単に説明した。

「ハーフエルフというのは成長が早いのか」

「そういうこと。だからクロエさんの方見た目的には歳上なんだよ。でも、手出しちゃ駄目だからね? クロエさんは王子様のお嫁さんなんだから」

「そんなことはわかっている! ただ、きれいな女性だな、と思っただけで……」

 マヤは本心から言っている様子のウォーレンに先程以上に腹が立ち、気づいた時には身体が動いていた。

「えいっ」

「ごぶばじゃっ!?」

 高速自己強化魔法からの高速突きを食らったウォーレンは、そのまま脇腹を抑えて床にうずくまってしまう。

「なに、すんだ……突然」

「ふんっ、自分の胸に聞くといいんじゃないかな」

 自分でも未だによくわからない、というよりわざと気が付かないふりをしている感情に振り回され、今日もマヤはウォーレンをうずくまらせるのだった。
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