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第5巻第1章 ヘンダーソン王国にて

第5巻プロローグ

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「ふう……」

 1日がかりの公務を終えたマヤは、国王室に入るなり大きく息を吐いた。

 そのまま無駄に立派なローブを、無駄に高い椅子の背もたれに投げ掛ける。

「こらマヤ、誰も見ていないからと言って国王の礼服を投げるやつがあるか」

 国王室に入るなり、一気に脱力したマヤに、ウォーレンは呆れてため息をつく。

「えーっ、だってこれ重いしさあ、疲れたんだもーん」

 先ほど礼服を投げかけた執務椅子に勢いよく座ったマヤは、そのまま足をパタパタさせて愚痴をこぼす。

「マヤは国王なのだから、いつ何時でも気を抜かずにだな……」

「そんなマッシュみたいなこと言わないでよ~」

 最近マッシュと交代でマヤの付き人をしてもらっているウォーレンは、日増しにマッシュのような小言を言うようになっていた。

「マッシュ殿からマヤをしっかり見ておくように言われているからな」

「うー、マッシュのやつめ~……帰ってきたら嫌というほどもふもふしてやるんだから……」

 マヤは休みを取って家族旅行に出かけているマヤに恨み言を言う。

 はるか彼方で、マッシュが動物の勘で身震いしていたが、マヤには知る由もなかった。

「まあマヤの気持ちもわからんではないがな。俺もこの格好でいるといつもより疲れる気がする」

 そう言ってウォーレンは襟を掴む。

 その服装はいわゆる燕尾服と言うやつで、普段は動きやすさを重視した軽装が多いウォーレンからすると、かなり窮屈だった。

「だよねー」

「まあこれはマヤに着るように言われて着ているわけだが?」

「あはは……ごめんね? でもほら、かっこいいじゃんその服」

「そうか? 俺にはよくわからん」

「かっこいいの! …………ウォーレンさんが着てるからだけど」

「ん? なんだって?」

 後半が小声になってしまったマヤに、ウォーレンはよく聞こえずに聞き返す。

「な、なんでもないよ! それよりウォーレンさん、お茶にしない? ちょっとお腹空いちゃった」

「そうだな。ちょうどヘンダーソンのジョン王子から菓子が届いていたからそれを出そう」

「ヘンダーソン王国のお菓子!? やった! 王子様がくれるお菓子なんだから、さぞ美味しんだろうなあ」

 ヘンダーソン王国は中立を保ち、長く安定している国であるため、文化が成熟しているのだ。

 お菓子も他国から頭1つ抜けて美味しいことで評判なので、マヤもよくこっそり出かけては買ってきていたりする。

「それにしても、他国の王子から菓子を送られるほど親しいとは、何があったのだ?」

「なになに? もしかして嫉妬してるの?」

「なぜ俺が嫉妬するのだ?」

「…………えいっ」

 真顔で返すウォーレンに、予想通りの反応だったとはいえ腹がたったマヤは、一瞬で自身に強化魔法をかけると、ウォーレンに近づいてその脇腹を突く。

「ぐはっ……突然殴るやつがあるか!」

「殴ってないよ、ちょっと突いただけで」

「普通の人間なら死んでるぞ、今の……」

「ウォーレンさんだからだいじょーぶでしょー? ほらほら、早く王子様からのお菓子食べよ」

「まったく、何なんだ一体……」

 なぜマヤが突然攻撃してきたのかさっぱりわからないウォーレンは、理不尽さを感じながらお茶の用意をする。

 慣れた手付きでお菓子とお茶を用意したウォーレンは、2人分をお盆に乗せて、応接用のソファーとテーブルのところに運んできた。

「うんうん、自分の分も持ってきたね」

「マヤがあんまりにもしつこいからな」

「だって1人で食べても美味しくないじゃん。ほら、座って座って」

 マヤに促されるまま、配膳を終えたウォーレンが向かい側に座ったのを見て、マヤは早速をお菓子の箱を開ける。
 
「わあ、流石ヘンダーソンのお菓子、美味しそうなだけじゃなくておしゃれだね」

 箱の中には、赤や黄色、桃色に緑など、色とりどりの焼き菓子が入っていた。

 マヤは早速を1つつまんで口に放り込む。

「んん~、美味しい~。ありがとう王子様。今度来たらお礼言わなきゃ」

 マヤは目を細めてお菓子を堪能しているのを微笑ましげに見ていたウォーレンも、その菓子を1つ摘むと口に放り込む。

「確かにこいつは上手い」

「だよねだよね! 美味しすぎて止まらないよ~」

 時々お茶で喉を潤しながら、次々にお菓子を頬張るマヤに、ウォーレンはやや呆れながら、自らもマヤほどではないが1つもう1つとお菓子を食べていく。

 しばらくお菓子を食べ続けていた2人だが、箱の中身を半分ほど食べたところで、ゴリッという音とともにマヤが小さく悲鳴を上げた。

「いひゃっ! …………な、なに、これ?」

 マヤはお菓子の中に入っていた何やら硬いものを勢いよく噛んでしまい、目に涙を浮かべながらそれを吐き出した。

 マヤの口から吐き出されたそれは、親指の先くらいの大きさの石だった。

 よく見ると、その石は黒々としており、微かに黒いもやが見える。

「これって魔石、だよね? なんでこんなものが……」

「さあな? ただ、普通に考えて王族が使うような店の菓子に、こんなに大きな魔石が入っている、というのはありえないんじゃないか?」

「それはそうだよね。となると、これはたまたま混入したものじゃない可能性が高いわけか……」

 何者かが何らかの意図でこの魔石を仕込んだのだとすれば、王族御用達のお菓子に魔石が混ざっていても説明がつく。

 そして、そんなことをパティシエがするとは思えないので……。

「必然的にこれを入れたのはクロエさん、ってことになるのかな」

「クロエというと、オリガの妹か。であれば、まずはこの魔石のことをオリガに聞いてみるべきだろうな」

「そうだね。そうしようか」

 マヤは魔石を一旦ハンカチの上に置くと、残っていたお菓子の箱を閉じ、そのお菓子を手土産に、オリガのところへと向かったのだった。

***

「んんん~、やっぱりヘンダーソンのお菓子は美味しいですねえ」

「そうだよねお母さん。クロエは毎日これが食べられて羨ましいなあ」

 オリガを訪ねて学校にやってきたマヤは、たまたま一緒に休憩していたエメリンも交えて、再びお茶会を開いていた。

 エルフとダークエルフということで、オリガとエメリンは親子とは思えないほど全く見た目が違う。

 だが、お菓子を食べて幸せそうにしている様子は、表情や味わい方、手の動かし方まで、びっくりするほどそっくりだった。

「それでマヤさん、今日はどうしてこちらに来たんですか?」

 お菓子をひとしきり堪能した後、オリガにそう言われて、マヤはポケットからお菓子に入っていた魔石を取り出した。

「実はさ、これがその箱の中に入ってたお菓子の中から出てきたんだよね」

「魔石、ですか?」

「ええ、魔石ですね。微かにあの子の魔力を感じます」

 首を傾げるオリガの後ろから伸びたエメリンの手が、その魔石を摘み上げると矯めつ眇めつ眺める。

「やっぱりクロエさんがなにか仕込んだんだね」

「でしょうね。おや……なるほど、あの子もよくこんなことを……オリガ」

「はひ、なんふぇすはおはあはん」

 エメリンが魔石を取ってしまったので、オリガは再びお菓子を食べ始めており、何を言っているのかさっぱり分からなかった。

「飲み込んでから話しなさい……」

「んくっ……ごめんなさい、お母さん。それで、何でしょう」

「この魔石はあなたの魔力、というよりあなたの魔石に反応するようになっているようです」

「私の魔石に?」

 差し出された魔石を受け取ったオリガは、不思議そうにそれを眺める。

 そしてオリガがそれに目を近づけたその時。

「うわっ、なんです!? 右目が、熱い!?」

 オリガが慌てて右目を抑えると、次の瞬間オリガの手から光が放たれ、空中にクロエが現れた。

 正確には、クロエ本人ではなく、クロエの映像が映し出されているのだろう。

 その実、そのクロエは半透明だった。

「お久しぶりです、お姉ちゃん、マヤさん」

 映像のクロエは、微笑んでお辞儀をすると、ヘンダーソン王国で今起こっていることを語り始めたのだった。
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