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第4巻第3章 剣聖とウォーレン

ウォーレンと剣神

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「…………戻りました」

 雨の中を朝も夜もなく歩き続けたウォーレンは、ようやく雨の止んだ曇り空の下、剣神の道場に戻ってきた。

「ウォーレン、お前どこに行っていた」

「師匠……」

 ウォーレンは自分を待っていたかのように仁王立ちするデリックから、思わず目をそらしてしまう。

 ウォーレンの態度にデリックは大きくため息をついた。

「私の道場は、外出禁止などではない。それはお前も知っているだろう」

「……はい」

「しかし、誰にも何も告げずに出ていくことは許さん。外出するなら何か告げてからいけ」

「…………すみませんでした」

 出ていく前とはまるで別人になってしまったウォーレンに、デリックは咎める気が失せてしまう。

 それほどに今のウォーレンには、覇気というか、生気というか、そういったエネルギーが微塵も感じられなかった。

 極端な言い方をしてしまえば、ただ生きているだけ、そんな感じだ。

「はあ、もういい。風呂でも入って落ちついてこい。おいそこの!」

 デリックは近くにいた門弟を呼び止めると、風呂を沸かすように伝える。

 まだ真っ昼間だったため、一瞬訝しげな顔をした門弟だったが、すぐにびしょ濡れのウォーレンに気がついて事情を察したのか、頷いて浴場へとかけていった。

「師匠……」

「どうした?」

 ぽつり、と呟いたウォーレンに、デリックは問い返す。

「私は、強くなれていなかったのでしょうか……?」

「どういう意味だ?」

「そのままの意味です。私は、弱いままだった……」

 ゆっくりと、絶望の中自らの言葉を噛みしめるウォーレンに、デリックは事情は分からずとも、ウォーレンにとって受け入れがたい何かがあったのだということは理解した。

「確かにお前は弱いままだ」

 デリックの言葉に、ウォーレンはビクッと肩を震わせる。

 心のどこかで、自分の言葉を否定して「お前は強くなった」と言ってほしいと思ってしまっていたことを、ウォーレンはこの時理解した。

 そんなウォーレンの心がわかっていたからこそ、デリックは容易に慰めることなく、本音で話すことにしたのだ。

「ははははっ…………、そうですか……そうですよね」

「そうだ。お前は弱いままだ。もちろん、お前は私のところに来て、以前のお前よりは強くなっただろう。だが、まだまだお前は弱いままだ」

 デリックはそこまで言ってゆっくりと空を見上げる。

 ようやく晴れ間が見えた空から、久方ぶりの陽光が射し込んできた。

「だがな、ウォーレン。私も弱いままなのだよ」

「師匠が、ですか? それはどういう……」

「そのままの意味だ。私は剣術の修行の末、不老不死へと至りいつしか魔王に数えられていた。しかしな、私もまだ弱いままなのだ」

 静かに語るデリックに、ウォーレンは何も言うことができなかった。

 なぜなら、自分よりも遥かに強いデリックが、自らを弱いというその様子に、全く嘘がないということがわかってしまったから。

「理由を教えていただいてもよろしいでしょうか……」

「簡単なことだ。未だに私は私が強いとは思えない、ただそれだけだ」

「そんな、師匠は強いです! 俺なんかよりも、ずっと……」

「それはたしかにそうだろう。しかし、私でもマルコス殿やルーシェ殿、セシリオ殿には敵わん。その上この前など、新参の魔王にも負けてしまった」

「そんな……魔王マヤとはそれほどでしたか……」

「ああ、なかなかの力を持っているようだ……話が逸れたが、ウォーレン、私が言いたいことはな、自分の実力など正確にはわからない、ということだ。そして、分からないものに自信を持つことなど、出来なくて当然だ」

 デリックはそこで言葉を切ると、デリックを正面から見据える。

「お前は強くなった、間違いなくな。しかし、まだまだ弱い。だがそれは、まだまだ強くなれると言うことだ。ありきたりかもしれんがな。お前が何を見て、何を感じて今のような腑抜けた状態になったのは知らんし、詮索もせん。だがな、これだけは覚えておけ。強さに限界などない。強くなることを諦めるな」

「師匠……」

 力強くそう語ったデリックは、そのままの背を向けて去って行ってしまう。

 ウォーレンはその背中にむけて背筋を伸ばしてしっかりと直立すると、そのまま深々と頭を下げた。

 デリックの背中が見えなくなった頃、ようやく顔を上げたウォーレンには、覇気が戻り決意を込めた表情に変わっていた。

***

「初代剣聖の伝説、初めて聞いた話ですね」

 長老もといウォルターから話を聞いた翌日、マヤはラッセルとナタリー、それにオリガとカーサにも、ウォルターから聞き取った話をしていた。

「初代、剣聖の、話は、知ってる。でも、どうして、突然、そんな、話を、聞いて、来たの?」

「情報は多いほうがいいかなって思ってさ。それに、ウォーレンさんのこともあたらめて色々聞いておきたかったしね」

 本当はウォーレンが豹変して人を殺しまくっている原因を調べる為だったのだが、カーサにはまだ伏せていることなので適当に誤魔化しておくことにする。

「それで、その初代剣聖の伝説が、今調べているカーサさんのお兄さんと何かが関係があるんですか?」

 マヤの意図を汲んで、マヤがウォルターに話を聞きに行った本当の理由については触れずに、ラッセルがすかさず話を進める質問をしてくれた。

「うーん、それはまだなんとも言えないかな。ただなんとなくなんだけどさ、初代剣聖の意識というか魂というか、なにかそんなものは、まだこの世界に残ってるんじゃないか、って気がしてるんだよね」

「どういう意味でしょう? それに、なにか理由があるのですか?」

 顎に手を当てるナタリーに、マヤは苦笑して返す。

「いや、特に理由はないんだけどさ? でもどうやら、私って昔の初代剣聖を倒した聖女の生まれ変わりみたいな感じらしいじゃん? だからさ、どうして私は生まれたのか、って考えると、初代剣聖の意識が復活したからなのかな? ってね」

「つまり、勘ってことですか?」

 オリガが苦笑気味で尋ねる。

 マヤの思いつきに近い発言にも、オリガはすっかり慣れたもので、やや呆れ気味ながら驚いた様子はない。

「まあそうなるね。でも、私の勘はよく当たるって、オリガは知ってるでしょ?」

 本当の理由はカーサが魔人を殲滅した際に、明らかに別人が乗り移っていたので、それが初代剣神の意識なのではないかと疑っているからなのだが、そのことはカーサ自身のためにも、カーサが周りから不用意に怖がられてしまわないようにするためにも、誰にも言っていないことなので、今はこの理由で納得してもらうしかない。

「まあそうですね」

 自信満々に言うマヤに、オリガも微苦笑で答えた。

 こうして、マヤ以外から見れば根拠の弱い状態で、マヤとラッセル率いる諜報部隊は初代剣聖の意識を探すことになったのだった。

 この時はまだ、初代剣聖の意識がすぐ近くで見つかるとは、誰も予想できていなかったのだった。
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