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第4巻第2章 諜報部隊結成

ラッセルのアイデア

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「マヤさん!」

 責任者決定からマヤの説明や諸々の議論などが3時間ほど続いた会議の後、マヤが国王室でシロちゃんに寄りかかりながら書類に目を通していると、ドアの向こうからラッセルの声がした。

「お孫様、まずはノックですよ」

「そうでした……って、いい加減そのお孫様っていうのやめて下さい。僕はラッセルです」

「ふふふっ、ごめんなさい、ラッセル様」

「様付けはちょっと――」

「人の部屋の前でイチャイチャしてないで用があるなら入ってきなよ」

 ラッセルとナタリーが話している間に、中からドアを開けたマヤにイチャイチャしていると言われたらラッセルは顔を真っ赤にする。

「すみません、マヤさん。でも別にイチャイチャしてたわけじゃ……」

「ふふふっ、私はイチャイチャしてたってことにしてもらってもいいですけど?」

「ナタリーさん!」

「ふふっ、ごめんなさい」

「とりあえずこんなところで話すのもなんだから、入っていいよ」

 マヤは2人を部屋の中に招き入れると、応接用に用意されているソファーへと案内した。

 マヤはラッセルとナタリーが座ったのと向かい側にあるソファーに腰を下ろすと、ラッセルたちとの間にあるローテーブルに書類を置いてラッセルに視線を向けた。

「それで、2人は私に何を聞きにきたのかな?」

「諜報部隊の募集について、少しやってみたいことがありまして」

「へえ、もうなにか思いついたんだ、すごいじゃん」

「そんな、すごいと言われるような考えじゃないと思いますよ」

「さっきの今でなにか思いついたならそれだけでもすごいって。それで、何を思いついたのかな?」

「はい、諜報部隊の各部門の責任者なんですが、それぞれの種族から選ぼうと思うんですけど、問題ないですか?」

「それぞれの種族からって言うと、エルフとオークと人間からそれぞれ選ぶってこと?」

「そうですね、そういう感じです」

「別にいいけど何か理由があるの?」

「はい、今日の会議を見てて思ったんですが、今となっては同じ国の仲間とはいえ、まだまだ種族間の溝は深いですよね」

「そうだね、残念ながら」

「だからドワーフが諜報部隊の幹部を独占したらほぼ間違いなくエルフやオークから反感を買うと思うんです」

「それは確かに」

 うなずくマヤに、今度はナタリーが話し始める。

「諜報部隊というのは情報を管理する組織です。だからこそ、国内で国民に信用されていることは最低条件ではないかと」

「ナタリーさんの言うとおりです。もし国内から反感を買っていたら、そういう人たちが私達の情報を他国に流してしまうかもしれません」

「なるほどね……いや、本当にすごいねラッセル君。私はそこまで思い至らなかったなあ……」

 実際のところ、マヤがラッセルと同じ思考に至らなかったのは、仕方ない面もある。

 マヤはジョン王子から聞き取った情報と、バニスター将国のマノロ将軍から提出されてきた情報という、2つ合わせると膨大な量になる情報を、どうにかこうにかまとめるのに手一杯だったのである。

 加えて、マヤが参考にした2国は、当然のように人間が中心の人間国家であるため、複数種族の亜人の中に人間も混ざっているようなキサラギ亜人王国とは事情が異なる。

「マヤさんがしっかり説明してくれたおかげですよ。それに、ナタリーさんも相談に乗ってくれましたし」

「だとしてもすごいって。やっぱりラッセル君に任せて正解だったよ」

 マヤがローテーブルに手をついて身を乗り出し、ラッセルの頭をぽんぽんと叩くように撫でると、ラッセルは恥ずかしそうにうつむいてしまう。

 それを見ていたナタリーは、どこか面白くなさそうにしていたが、それをおくびにも出さずマヤに話しかける。

「それでは陛下、それぞれの部門の責任者をドワーフ以外の各種族から選抜する、ということでよろしいでしょうか?」

 ナタリーは自然な動作でラッセルを自分の方に引き寄せた。

 突然引っ張られたラッセルは、マヤから離されるとそのままナタリーの大きな胸に後頭部から着地した。

「ナタリーさん!?」

 マヤに頭をぽんぽんされていた時位上に顔を真っ赤にしたラッセルが驚いて声を上げるが、マヤもナタリーもまるで聞こえていないかのように話を続ける。

「うん、そうしてくれるかな。どこの部門の責任者をどの種族の誰にするかは2人に任せるよ」

「わかりました、ありがとうございます」

「あっ、そうだ、1つだけ条件つけさせて」

「なんですか?」

「もうなにかの責任者やってる人とか、どっかのナンバー2やってるような人は候補から外してくれるかな」

「はあ…………? 陛下、どうしてそんな当たり前のことを念押しするんです?」

「へっ? いや……ううん、何でもない。それが当たり前だと思ってるならその方がいいに決まってるからね!」

 マヤが努めて明るくナタリーに告げると、ナタリーは困惑したように首を傾げる。

「そうですか? よくわかりませんけど……」

「うんうん、わからないならわからないほうがいいよ、うん。それで、他にはなにかあるかな?」

「いえ、私は特には。お孫様はいかがですか……お孫様?」

「あー、これは……」

 マヤがラッセルを覗き込むと、ラッセルは顔を真っ赤にして気を失っていた。

「やりすぎちゃいましたかね」

「うん、たぶんね。ラッセル君が好きすぎるのはいいけど、程々にしてあげるんだよ?」

「はい、気をつけます。でも、今回のは陛下も悪いんですよ? 突然ラッセル君の頭をぽんぽんしたりするから」

「あはは、やっぱりあれに嫉妬してたんだ? ナタリーさんってそんなに色っぽい大人の女性って感じなのに、内面は結構乙女だよね」

「うぅぅ、そうかもしれませんけど……」

「いやいや、別に悪いことじゃないと思うよ? まだまだ心が若いってことだろうし」

「年下の陛下から言われるとなんとも言えない気分です」

「はははっ、たしかにそうかもね」

 実際はマヤの精神年齢は20代後半なのだが、それを言ってもナタリーは信じてくれないだろう。

「ともかく、これからラッセル君は今まで以上に大変だろうから、ナタリーさんがしっかり支えてあげてね」

「それはもちろん、言われなくとも」

「うんうん、頼もしい」

 マヤがナタリーに右手を差し出すと、ナタリーも右手を差し出し、2人は固い握手を交わした。

「本当はラッセル君と握手するべきなんだろうけど」

「まあ、いいんじゃないですか? 私はラッセル君の後見人みたいなものですし」

「えー? 未来のお嫁さんじゃなくて?」

「もうっ! からかわないで下さいよ!」

「ははははっ、ごめんごめん。それじゃあ改めてだけど諜報部隊のことよろしくね」

 マヤの言葉にナタリーはしっかりと頷くと、ラッセルを背負ってマヤの部屋を出ていった。

 あとに残されたマヤは、ゆっくりと息を吐く。

「そっか、1人2役以上しないのは当たり前か……そうだよね、それがあるべき姿だよね、やっぱり」

 マヤは元の世界で複数の役目を掛け持ちすることになってしまった挙げ句、体調を崩した職場の人のことを思い出し、やはりあれは良くない状態だったんだな、と再確認した。

「うん、私の国では絶対過労死する人が出ないようにしよう」

 マヤは1人、おおよそ剣と魔法の異世界らしからぬ目標を立てたのだった。
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