上 下
123 / 324
第3巻第3章 キサラギ亜人王国の危機

ベルフェゴールの手口

しおりを挟む
「見つけた!」

 マヤが自分の屋敷の上にやってくると、そこにレオノルの姿があった。

 ファムランドが結界の外に出たことで、マヤたちがファムランドを連れて来たことに気がついていたのか、レオノルはマヤたちが来るのを待っていたかのように、こちらを向いて立っている。

「ファムランドさん……」

 マヤの後ろにファムランドの姿を認めたレオノルは、ホッとしたような、苦しいような微妙な表情になる。

「久しぶりだね、レオノルさん」

「陛下……陛下がファムランドさんを助けてくれたんですか?」

「たぶん、だけどね。レオノルさんがあんまり深く眠らせてるもんだから、それを起こすところからだったから大変だったけど」

「それしかなかったですから」

 マヤの嫌味に、レオノルは自嘲気味に苦笑する。

「やっぱりファムランドを人質にして脅されてたんだね」

「そこまでわかってましたか。それで、私のことをどうするつもりです?」

「やめてくれるなら、何もしないよ。だってベルフェゴールに脅されてたからでしょ?」

「その通りですが、私がしたことは許されるものでは……っ!」

 レオノルは今にも泣き出しそうだ。

 マヤが許しても、レオノルがレオノル自身を許せないのだろう。

「全然気にしてない……とは流石に言えないけど、運良くまだ誰も死んでないみたいだから、今ならまだ許してあげられるよ」

 マヤはレオノルに優しく語りかけると、レオノルに向かって右手を差し出した。

「陛下……」

 レオノルがマヤの手を取ろうと1歩踏み出した瞬間、突然レオノルを黒いもやが包み込んだ。

「なに!?」

「これは……ベルフェゴール様!?」

 レオノルから発生した黒いもやは、どんどんとレオノルに吸い込まれていくと、レオノルの白い肌がどんどんと黒く染まっていく。

「陛下、逃げて下さいっ! このままだと私は……っ!」

「逃げてって、逃げてどうなるっていうのさ! それに逃げたらレオノルさんはどうするの!」
 
「私は――」

 何か言おうとしたレオノルの言葉は、途中で止まってしまう。

 そして――

「はじめまして、キサラギ亜人王国の王」

 全身が黒に染まり、完全に雰囲気が変わってしまったレオノルは、今までと全く違う口調で話し始める。

「…………レオノルさん、じゃないんだよね?」

 十中八九そうだとは思っているが、念の為マヤは今レオノルの中にいる者に誰何する。

「ええ、私はベルフェゴール。魔王と呼ばれる者の1人です」

「てめえがレオノルを!」

 思わず飛び出していったファムランドは、そのままの勢いでベルフェゴールに殴りかかる。

「いいんですか? この身体はあなたの恋人の身体なのでしょう?」

 殴れるわけがない、そう確信したベルフェゴールは回避する素振りすら見せないが、ファムランドは迷うことなく拳を振り抜いた。

「構わねえ!」

「ぐはっ……!」

 ベルフェゴールは屋根の上を転がった後、殴られた頬を押さえながら立ち上がる。

「なぜ、躊躇なく殴ったのです?」

「俺の惚れた女は殴ったぐらいで死ぬようなやわな女じゃねえ」

「なるほど、そういうことですか。そういうことなら、本気でやりましょう」

 ベルフェゴールはレオノルの身体に魔力を満ちさせると、ファムランドを正面から見据える。

「私はたぶん役に立たないから、ファムランド、お願いね?」

「おう、任せとけ」

 自身に強化魔法をかけてた自ら戦えることをベルフェゴールに隠していると、封印空間の中で聞いていたファムランドは、マヤの言葉を反論することなく受け入れてくれる。

「おや、マヤさんは参加されないのですか? いいのですよ、魔物をけしかけてもらっても」

「ううん、やめとくよ。それにその身体はレオノルさんのだし、魔物で手加減なんてできるほど器用じゃないしね」

 マヤは無理無理と手を振ってベルフェゴールに返す。

「そうですか、まあいいでしょう。ファムランドさんが死にかけてから、慌てて割り込むことになっても知りませんからね!」

「食らうかよ!」

 ベルフェゴールが身体強化で距離を詰めて放った横薙ぎの手刀を、ファムランドは屈んでかわすと、そのままベルフェゴールの足を蹴り払う。

「その程度、読めていますよ」

 ファムランドの足払いを跳んで回避したベルフェゴールは、そのまま空中で後ろに移動し、次の瞬間ファムランドは身体が突然重くなるのを感じた。

 結果として、ファムランドのアッパーはベルフェゴールを捉えることなく空を切る。

「重力操作か、さすが魔王だな」

「そんな大層な魔法ではないと思いますが」

「嫌味かよ、全く。さて、どうしたもんか」

 正直今のやり取りで、魔法の力量では勝てないことがわかってしまった。

(気合いでなんとか、とか言う次元じゃねーしなあ)

 さてどうしたものか、とファムランドが考えていると、いつの間にやらシロちゃんに乗ったマヤがファムランドの隣に来ていた。

「ねえファムランド、勝てそう?」

「あー、いや、そうだな。正直に言っちまうと勝てる気がしねえ」

 ファムランドはお手上げだ、と肩をすくめて両手のひらを上に向ける。

「やっぱりそういう感じかー。じゃあさ、一瞬だけ動き止めてもらうことはできる?」

「それくらいならなんとかなるだろうが……どうするつもりだ?」

「まあ見ててよ」

 マヤは不敵に微笑むと、ファムランドの前に出てベルフェゴールと対峙する。

「やっぱり私も戦わせてもらうよ」

「そうですか。私としては最初からそのつもりでしたから、いっこうに構いませんよ」

「それじゃあ遠慮なく!」

 マヤはシロちゃんで一気に加速すると、ベルフェゴールに左からシロちゃんの前脚を叩き込む。

 ベルフェゴールはそれを右に跳んで難なく回避する。

「なんです?」

 マヤの攻撃を回避したベルフェゴールは、着地した地点の屋根から突如生えてきた蔦に足を取られて一瞬動きが止まる。

「2度は通じねえぞ、マヤ!」

「わかってるよ!」

 動きを止めたベルフェゴールに、マヤは一気に距離を詰めると、その胸の中心に手のひらを押し付けた。

強化ブースト!!」

 マヤが強化魔法を発動させると、レオノルを光の粒子が包み込み、その身体が少しずつ白くなっていく。

「なるほど、これが私の魔人を奪った強化魔法ですか」

「そうだよ、これであなたも――」

 マヤはそこまで言って、レオノルに起きていた黒から白への変化が、少しずつゆっくりになっていることに気がついた。

 そして最後には、黒から白への変化はレオノルの身体の半分ほどを白に戻して止まってしまう。

「これは確かに、私がいなければ乗っ取られてしまうでしょうね」

「くっ!」

 マヤが歯噛みした時、目の前からベルフェゴールとは違った雰囲気の声が聞こえてきた。

「陛……下、私……は、いった……い」

「レオノルさん!?」

「馬鹿な! お前の精神は完全に抑え込んでいるはず!」

「ベルフェ……ゴール……様、もう、やめて、ください……」

「お前ごときが私に命令するな!」

 目を覚ました身体の本来の持ち主を、もう一度抑え込むことは難しいらしく、ベルフェゴールは声を荒げて言い返すことしかできていない。

「ええ、そうですね……ですから、こうさせてもらいます!」

 レオノルは近接戦用に持っていた大ぶりのナイフを太もものホルダーから取り出すと、それを顔の高さまで掲げ、自分の方に切っ先を向ける。

「レオノルさん!?」

「……そんなことをしても、私は死にませんよ?」

 驚くマヤと対照的に、ベルフェゴールはいやに落ち着いた声でレオノルに語りかける。

「そんなことはわかっています。でも、今この場からあなたを排除することはできる!」

 躊躇なくナイフを自らの胸へと振り下ろそうとしたレオノルに、マヤは自身へ強化魔法をかけてナイフを止めようとするが、その直前で横から体当たりをくらって吹き飛ばされてしまう。

「うわっ!? …………いってて……何なのさ、いった――えっ?」

 マヤは信じたくない光景を目にして思わず固まってしまう。

「えっ? いやっ! いやいやいやいやいやっ! ど、どうして!」

 レオノルが自害しようとして振り下ろしたナイフは、その腕の中に身を滑り込ませたファムランドの背中に、深々と刺さっていたのだった。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

最強スキルで無双したからって、美女達によってこられても迷惑なだけなのだが……。冥府王は普通目指して今日も無双する

覧都
ファンタジー
男は四人の魔王を倒し力の回復と傷ついた体を治す為に魔法で眠りについた。 三十四年の後、完全回復をした男は、配下の大魔女マリーに眠りの世界から魔法により連れ戻される。 三十四年間ずっと見ていたの夢の中では、ノコと言う名前で貧相で虚弱体質のさえない日本人として生活していた。 目覚めた男はマリーに、このさえない男ノコに姿を変えてもらう。 それはノコに自分の世界で、人生を満喫してもらおうと思ったからだ。 この世界でノコは世界最強のスキルを持っていた。 同時に四人の魔王を倒せるほどのスキル<冥府の王> このスキルはゾンビやゴーストを自由に使役するスキルであり、世界中をゾンビだらけに出来るスキルだ。 だがノコの目標はゾンビだらけにすることでは無い。 彼女いない歴イコール年齢のノコに普通の彼女を作ることであった。 だがノコに近づいて来るのは、大賢者やお姫様、ドラゴンなどの普通じゃない美女ばかりでした。 果たして普通の彼女など出来るのでしょうか。 普通で平凡な幸せな生活をしたいと思うノコに、そんな平凡な日々がやって来ないという物語です。

【一秒クッキング】追放された転生人は最強スキルより食にしか興味がないようです~元婚約者と子犬と獣人族母娘との旅~

御峰。
ファンタジー
転生を果たした主人公ノアは剣士家系の子爵家三男として生まれる。 十歳に開花するはずの才能だが、ノアは生まれてすぐに才能【アプリ】を開花していた。 剣士家系の家に嫌気がさしていた主人公は、剣士系のアプリではなく【一秒クッキング】をインストールし、好きな食べ物を食べ歩くと決意する。 十歳に才能なしと判断され婚約破棄されたが、元婚約者セレナも才能【暴食】を開花させて、実家から煙たがれるようになった。 紆余曲折から二人は再び出会い、休息日を一緒に過ごすようになる。 十二歳になり成人となったノアは晴れて(?)実家から追放され家を出ることになった。 自由の身となったノアと家出元婚約者セレナと可愛らしい子犬は世界を歩き回りながら、美味しいご飯を食べまくる旅を始める。 その旅はやがて色んな国の色んな事件に巻き込まれるのだが、この物語はまだ始まったばかりだ。 ※ファンタジーカップ用に書き下ろし作品となります。アルファポリス優先投稿となっております。

異世界に行けるようになったんだが自宅に令嬢を持ち帰ってしまった件

シュミ
ファンタジー
高二である天音 旬はある日、女神によって異世界と現実世界を行き来できるようになった。 旬が異世界から現実世界に帰る直前に転びそうな少女を助けた結果、旬の自宅にその少女を持ち帰ってしまった。その少女はリーシャ・ミリセントと名乗り、王子に婚約破棄されたと話し───!?

神に異世界へ転生させられたので……自由に生きていく

霜月 祈叶 (霜月藍)
ファンタジー
小説漫画アニメではお馴染みの神の失敗で死んだ。 だから異世界で自由に生きていこうと決めた鈴村茉莉。 どう足掻いても異世界のせいかテンプレ発生。ゴブリン、オーク……盗賊。 でも目立ちたくない。目指せフリーダムライフ!

称号チートで異世界ハッピーライフ!~お願いしたスキルよりも女神様からもらった称号がチートすぎて無双状態です~

しらかめこう
ファンタジー
「これ、スキルよりも称号の方がチートじゃね?」 病により急死した主人公、突然現れた女神によって異世界へと転生することに?! 女神から様々なスキルを授かったが、それよりも想像以上の効果があったチート称号によって超ハイスピードで強くなっていく。 そして気づいた時にはすでに世界最強になっていた!? そんな主人公の新しい人生が平穏であるはずもなく、行く先々で様々な面倒ごとに巻き込まれてしまう...?! しかし、この世界で出会った友や愛するヒロインたちとの幸せで平穏な生活を手に入れるためにどんな無理難題がやってこようと最強の力で無双する!主人公たちが平穏なハッピーエンドに辿り着くまでの壮大な物語。 異世界転生の王道を行く最強無双劇!!! ときにのんびり!そしてシリアス。楽しい異世界ライフのスタートだ!! 小説家になろう、カクヨム等、各種投稿サイトにて連載中。毎週金・土・日の18時ごろに最新話を投稿予定!!

異世界転生~チート魔法でスローライフ

リョンコ
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。 43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。 その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」 大型連休を利用して、 穴場スポットへやってきた! テントを建て、BBQコンロに テーブル等用意して……。 近くの川まで散歩しに来たら、 何やら動物か?の気配が…… 木の影からこっそり覗くとそこには…… キラキラと光注ぐように発光した 「え!オオカミ!」 3メートルはありそうな巨大なオオカミが!! 急いでテントまで戻ってくると 「え!ここどこだ??」 都会の生活に疲れた主人公が、 異世界へ転生して 冒険者になって 魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。 恋愛は多分ありません。 基本スローライフを目指してます(笑) ※挿絵有りますが、自作です。 無断転載はしてません。 イラストは、あくまで私のイメージです ※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが 少し趣向を変えて、 若干ですが恋愛有りになります。 ※カクヨム、なろうでも公開しています

老衰で死んだ僕は異世界に転生して仲間を探す旅に出ます。最初の武器は木の棒ですか!? 絶対にあきらめない心で剣と魔法を使いこなします!

菊池 快晴
ファンタジー
10代という若さで老衰により病気で死んでしまった主人公アイレは 「まだ、死にたくない」という願いの通り異世界転生に成功する。  同じ病気で亡くなった親友のヴェルネルとレムリもこの世界いるはずだと アイレは二人を探す旅に出るが、すぐに魔物に襲われてしまう  最初の武器は木の棒!?  そして謎の人物によって明かされるヴェネルとレムリの転生の真実。  何度も心が折れそうになりながらも、アイレは剣と魔法を使いこなしながら 困難に立ち向かっていく。  チート、ハーレムなしの王道ファンタジー物語!  異世界転生は2話目です! キャラクタ―の魅力を味わってもらえると嬉しいです。  話の終わりのヒキを重要視しているので、そこを注目して下さい! ****** 完結まで必ず続けます ***** ****** 毎日更新もします *****  他サイトへ重複投稿しています!

異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~

宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。 転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。 良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。 例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。 けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。 同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。 彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!? ※小説家になろう様にも掲載しています。

処理中です...