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第3巻第1章 ドワーフの内情

エマ

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「お兄ちゃん?」

 マヤが部屋に入ると、部屋の奥から小さな声が聞こえる。

 灯りもなにもないため何も見えないが、おそらく奥にパコの妹がいるのだろう。

「あなたがパコ君の妹かな?」

「……っ! ごめんなさい!」

 息を飲んだ気配の後、いきなり謝られてどういうことだろうと思っていると、マヤの頭に衝撃が走った。

 そう、物理的に。

「あ痛っ! 何が起きて……」

 何かが激突しマヤが後頭部をさすっていると、マヤの横を小さな影が横切った。

「ああっ、ちょっと!」

 マヤが、とっさに振り返り伸ばした手はすんでのところで空を切る。

 マヤから逃れたパコの妹は、そのままドアから外に出て、もふもふしたものにぶつかって後ろに倒れる。

「わっ!?」

「おっ……と、危ない危ない。大丈夫?」

 後ろから追いかけていたマヤは、自分に向って倒れてきたパコの妹を受け止める。

「あ、ありがとう、ございます……」

 パコの妹は観念したのか、マヤの腕の中に収まってからは暴れたりすることはなかった。

 ちなみに、エマがぶつかったのは入り口でおすわりしていたシロちゃんだ。

「あの、私は一体何をされるんでしょうか?」

 パコの妹が顔を上げたことで、ようやくマヤはその顔を見ることができた。

 ドワーフ特有の薄い褐色の肌、ボサボサになってしまっているダークブラウンの髪の向こうから、髪色と同じ色の大きなの瞳がこちらを覗いている。

「なんだ、なかなか可愛い子じゃん」

「!? やっぱり、そういうことをさせられるんですね……」

「えっ? あー……、うん、そうだね!」

「お兄ちゃん以外の男の人と話したことなんてないですけど、が、頑張りますから! だから、酷いことしないで、ほしい、です……」

 怯えながらもなんとか勇気を振り絞ってマヤを真っ直ぐ見つめる少女に、マヤはやっぱりパコの妹なのだな、となんとなく思った。

 それと同時に、ビクビクしている様子に嗜虐心がくすぐられたマヤは、なんとなくもっといじめたくなってしまい、冗談を加速させる。

「もっちろんだよ! それじゃあまずはお姉さんとれんしゅ――いたっ!」

「いい加減にしろ……っ!」

 調子に乗りすぎたマヤは、マッシュに頭をひっぱたかれて前へつんのめる。

「もう、何するのさマッシュー。これでも私も女の子なんだよ?」

 わざとらしく痛がって頭を押さえるマヤに、マッシュは冷ややかな視線を向ける。

 完全にマヤには取り合わないという構えだ。

「何が女の子だ、この変態。その子が困ってるだろうに」

「ひっどいなーもう、確かに私も調子に乗りすぎだと思ったけどさ~」

「うさぎさんがお話してる……」

「あれ? もしかして喋るうさぎ始めて見た?」

「うん、すごいすごい! うさぎさんが喋ってるー!」

 少女は引き寄せられるマッシュの方を向かっていく。

 次に展開を予想したマッシュが後ずさりしようとするが――

「マッシュ、動いちゃだめだよ?」

 わざわざ魔物使いと魔物の間の絶対の命令まで使ってマッシュを止めたマヤによって、マッシュの逃げられなくなってしまう。

「マヤ!? お前今まで一度もそれは使わなかったくせに……っ!」

「小さな女の子にもふもふの素晴らしさを知ってもらうためには、仕方がないことだったんだよ……」

「何を分けのわからな――」

「もふもふだああ!」

「お、おい! やめろ! あふうう……」

 少女に持ち上げられ膝に乗せられ、もふもふされ始めてまもなく、マッシュは力の抜けた声を上げて目を細めてしまう。

 どうやら撫でられるのが気持ちよくて色々どうでも良くなってしまったらしい。

 ああなったらマッシュは撫でるのを止めるまでもとには戻らないだろう。

 それから数分間、少女はひたすらマッシュをもふもふしていたが、しばらくすると顔を上げてマヤの方を見た。

「お姉さん、さっきのは冗談、だったんですか?」

「うん、びっくりさせてごめんね? なんか勘違いしてるみたいだからちょっといじっちゃった」

「なああんだ、そうだったんですね。私、もう駄目かと思ってました」

 少女は安心したのか、マッシュを撫でながらほっと息を吐いた。

「あれ? でもそれならお姉さんたちは一体何をしに……」

「実は、君のお兄さんが私のお店から果物を盗んじゃってね。ほら、これ」

 マヤはマッシュがパコから取り返していた果物を少女に渡す。

「お兄ちゃん、また私のために……」

「でね、パコ君からあなた――そういえば、まだ名前も聞いてなかったね。妹さんはなんて名前なのかな?」

「私は、エマって言います」

「そうなんだ、私はマヤって言うんだ。よろしくね。それでね、なんでここに来たかって言うと、パコ君からエマちゃんのことを聞いて、2人で迎えに来たんだよ」

「迎えに? そうだ! お兄ちゃんはどうなったんですか? 今どこに?」

「安心して、今頃お風呂に入ってるはずだから。そうだ、エマちゃんもこれから一緒にお風呂入ろっか」

「お風呂ですか? でも私そんなお金……」

「気にしないで、今のお姉さんはちょっとしたお金持ちだから」

 マヤは今日稼いだお金の一部が入っている財布を叩いてみせる。

 ひと目見ただけでエマが今までに見たこともないような金額が入っていることがわかる財布を持っているマヤに、エマは驚きを疑問が入り混じった表情になる。

「マヤお姉さんって、一体何者なんですか?」

「うーん、今はただの野菜売りだよ?」

 そう言ってウインクするマヤに、エマはますますマヤの素性がわからなくなるのだった。

***

「うんうん、やっぱり可愛い子は可愛い服を着なくちゃね!」

 エマと一緒に宿の近くまで戻ったマヤは、マッシュと宿の前で別れ、エマと一緒に公衆浴場で身体を綺麗にした後、洋服店にやって来ていた。

 さすがは商人の里といったところか、他の町ならとっくに店が閉まっているような時間でも、服を買える店が開いていたのは助かった。

「マヤお姉さん、こんなひらひらした服、私が着てもいいのかな?」

「いいのいいの。エマちゃんは可愛いんだから可愛いお洋服着ないとね」

 マヤはその後も、寝間着やもっと気軽に着れる様なシンプルな服など、エマの洋服を数組買って服屋を後にした。

「それじゃあお待ちかねのご飯に行こうか。こっちに美味しいお店があるんだよー」

 エマの手を引いて歩くマヤの後ろ姿を見ながら、エマは昔似たような光景を見たことがあることに気がついた。

 自分を引く手、目の前で揺れる髪、明るく優しい声、街の灯り……。

(もしかして、これってお母さんの思い出なのかな……)

 エマはそんなことを考えながら、マヤに手を引かれて街を歩いていたのだった。
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