上 下
52 / 324
第2巻第1章 バニスターとキサラギ亜人王国

バニスターの偵察部隊

しおりを挟む
「それで、バニスターの偵察部隊っていうのは、今どこにいるの」

「ここだ」

 監視所にたどり着いたマヤは、さっそくマッシュが言っていたバニスターの偵察部隊のことを尋ねた。

「へえ、こんなにはっきり見えるものなんだね」
 
 マッシュに言われるままマヤが覗き込んだ魔石の中には、黒を基調とした服に身を包んだ、数人の男たちが映っていた。

「でもさ、この人たち本当にバニスターの偵察部隊なの? 普通の人にしか見えないけど」

「まあそうだろうな。そもそもどこの世界にそれとわかる偵察部隊がいるのだ。偵察部隊というのは一目でそれとわかる格好などしていないものだ」

「なるほど、確かにそうだね」

 偵察部隊が偵察部隊だとわかるような恰好をしていては、偵察などできるわけがない。

 敵味方が入り乱れる戦場で戦うわけではないのだ、それとわかる服装をする必要もないのだから、周りに溶け込める服装の方がよいに決まっている。

「じゃあどうしてマッシュはこの人たちが偵察部隊だってわかったの?」

「どうして、と言われると言葉にしにくいが、しいて言うならこいつらの身のこなしだな」

「身のこなし?」

「森の中を歩いているというのに全くペースが落ちていない。簡単なことのように思えるが、森の中を移動するのは訓練していないと案外難しいのだ」

「なるほどね」

「それで、こいつらだが、どうする?」

「うーん、どうしようね……」

 マッシュが地図に表示している偵察部隊の現在位置は、キサラギ亜人王国の国境を越えるか越えないかといったところだ。

「ちなみに、ここから魔物を操ってやっつけちゃうのはあり?」

「まあなしではないだろうな。一番波風が立たない方法でもある」

 マヤの提案に対し、マッシュの返答はどこか歯切れが悪かった。

「なんか問題があるの?」

「いや、問題というわけではないのだがな、魔物にやられた場合、バニスターにうちの国がしっかりと国境を守っているということが伝わらんかもしれん」

「そこら編の魔物に襲われてやられた、ってことになっちゃうわけか」

「そういうことだ。もちろんお前が行ってその場で強化魔法を使えば解決だけどな」

「うーん、まあそれでもいいけど、それならさ、せっかくだから精鋭部隊の候補生達に行ってもらおうよ」

「大丈夫なのか?」

「大丈夫じゃない? その偵察部隊の人たちって、そんなに強いかな?」

「いや、見たところそこらの一般兵よりは強いだろうがその程度だな」

「じゃあ大丈夫でしょ。さっき見た感じだとファムランドとレオノルさん相手にそこそこ戦えてたみたいだったし」

「ふむ、それならまあ、問題はないだろう」

「よし、じゃあ決まり。せっかくだから、今回の作戦がうまくいったら、候補生の皆を正式に精鋭部隊の隊員ってことにしてあげよう。部隊名は何にしよっかなあ」

「やれやれ、相変わらず呑気なやつだ」

 いろいろな部隊名をつぶやきながら、マヤたちが魔石を覗き込んでいた監視所の監視室の隣の仮眠室に入ってベットに寝転がるマヤに、マッシュは苦笑する。

 ドワーフの里からの長旅で疲れていたのだろう、部隊名をつぶやくマヤの声が少しずつ小さくなっていった。

「マヤ! 寝ても構わんが、バニスターの偵察部隊とうちの候補生達が交戦し始めたら起こすからな!」

「ふぁーい……」

 マヤの返事を聞いたマッシュは監視所の出て、ファムランドとレオノルのところに向かったのだった。

***

「おいマヤ、そろそろ起きろ」

 マッシュは監視室から隣の仮眠室に入ると、ベットで静かに寝息をたてるマヤの胸に跳び乗り、その頬を前足で叩いた。
 
「ふぁああああ……。おはよう、マッシュー……。わー、もふもふだー」

「おい! やめろ、何を寝ぼけて、こらっ! 前足をもふもふするな! このねぼすけ!」

 寝ぼけてマッシュをもふもふするマヤに、マッシュは最終手段としてマヤの顔全体に覆いかぶさる。

 最初、マッシュのお腹のもふもふに幸せそうにしていたマヤだったが、すぐに息が苦しくなってもがき始める。

「んぐっ!? んんんんんんー! ぷはっ!」

「目が覚めたか?」

「……うん、おはようマッシュ」

「うむ、おはよう」

「もう朝?」

「忘れたのか……バニスターの偵察部隊をうちの精鋭部隊の候補生で迎え撃つ、ということだっただろう?」

「ああ、そういえばそうだったね! 起こしてくれたってことはもう交戦しそうなの?」

「ああもうすぐだ、と言いたいところだが、お前が私をもふもふしている間に始まったようだ」

 マヤは胸に乗っているマッシュをそのまま抱っこすると、監視室に移動した。

 監視室では、マヤが寝ている間に監視所にやってきたオリガが魔石の映像を壁に投影プロジェクションで大きく映してくれていた。

 その隣にはオリガと一緒に来たのであろうカーサの姿もあった。

「マヤさん、おはようございます」

「マヤさん、おはよう」

「うん、おはよう2人とも。それでどう、うちの候補生たちは」

「それが……」

「うん……」

「えっ! もしかしてやられちゃいそうなの?」

 もしかしてまだ実戦投入するのは早すぎたのだろうか、とマヤの胸に不安がよぎる。

「いや、そうではないようだぞ?」

「うん、マヤさん、勘違い」

「はい、お二人の言う通りです。候補生達は圧倒的強さでバニスターの偵察部隊を倒していっています」

「なんだ、そうなんだ。よかったあ~」

 マヤも落ち着いてオリガが大きく映してくれている映像を確認すると、確かに精鋭部隊の候補生達が、バニスターの偵察部隊に一方的に攻撃していた。

「それにしても、バニスターの偵察部隊にしては弱くないですか?」

「そうなの?」

「いえ、私も見たことはないので、実際はあの程度なのかもしれませんが、一般にバニスターといえばすぐに戦争する国家で、そのせいもあって軍が強いイメージなんです」

「確かにそうだな。バニスター軍とはこの程度なのか?」

「なるほど、本当はもっと強いんじゃないか、ってことね」

「そういうことです。とはいえ、候補生たちもそれなりに強くなっていますし、そのせいかもしれません」

「カーサとオリガにボコボコにされてたのに?」

「それは……」

「ごめんなさい、ちょっと、やりすぎた」

 マヤにからかわれ、2人は恥ずかしそうにうつむいてしまう。

 2人もドワーフの武器が嬉しくてやりすぎてしまったのかもしれない。

「まあでも、とりあえずバニスター連中は追い払えたみたいだし、今は一件落着、ってことでいいんじゃない?」

 マヤがそう言ったちょうどその時、殿のバニスター兵が魔石が映し出すキサラギ亜人王国の領土から姿を消したのだった。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

【一秒クッキング】追放された転生人は最強スキルより食にしか興味がないようです~元婚約者と子犬と獣人族母娘との旅~

御峰。
ファンタジー
転生を果たした主人公ノアは剣士家系の子爵家三男として生まれる。 十歳に開花するはずの才能だが、ノアは生まれてすぐに才能【アプリ】を開花していた。 剣士家系の家に嫌気がさしていた主人公は、剣士系のアプリではなく【一秒クッキング】をインストールし、好きな食べ物を食べ歩くと決意する。 十歳に才能なしと判断され婚約破棄されたが、元婚約者セレナも才能【暴食】を開花させて、実家から煙たがれるようになった。 紆余曲折から二人は再び出会い、休息日を一緒に過ごすようになる。 十二歳になり成人となったノアは晴れて(?)実家から追放され家を出ることになった。 自由の身となったノアと家出元婚約者セレナと可愛らしい子犬は世界を歩き回りながら、美味しいご飯を食べまくる旅を始める。 その旅はやがて色んな国の色んな事件に巻き込まれるのだが、この物語はまだ始まったばかりだ。 ※ファンタジーカップ用に書き下ろし作品となります。アルファポリス優先投稿となっております。

異世界転移物語

月夜
ファンタジー
このところ、日本各地で謎の地震が頻発していた。そんなある日、都内の大学に通う僕(田所健太)は、地震が起こったときのために、部屋で非常持出袋を整理していた。すると、突然、めまいに襲われ、次に気づいたときは、深い森の中に迷い込んでいたのだ……

異世界に行けるようになったんだが自宅に令嬢を持ち帰ってしまった件

シュミ
ファンタジー
高二である天音 旬はある日、女神によって異世界と現実世界を行き来できるようになった。 旬が異世界から現実世界に帰る直前に転びそうな少女を助けた結果、旬の自宅にその少女を持ち帰ってしまった。その少女はリーシャ・ミリセントと名乗り、王子に婚約破棄されたと話し───!?

称号チートで異世界ハッピーライフ!~お願いしたスキルよりも女神様からもらった称号がチートすぎて無双状態です~

しらかめこう
ファンタジー
「これ、スキルよりも称号の方がチートじゃね?」 病により急死した主人公、突然現れた女神によって異世界へと転生することに?! 女神から様々なスキルを授かったが、それよりも想像以上の効果があったチート称号によって超ハイスピードで強くなっていく。 そして気づいた時にはすでに世界最強になっていた!? そんな主人公の新しい人生が平穏であるはずもなく、行く先々で様々な面倒ごとに巻き込まれてしまう...?! しかし、この世界で出会った友や愛するヒロインたちとの幸せで平穏な生活を手に入れるためにどんな無理難題がやってこようと最強の力で無双する!主人公たちが平穏なハッピーエンドに辿り着くまでの壮大な物語。 異世界転生の王道を行く最強無双劇!!! ときにのんびり!そしてシリアス。楽しい異世界ライフのスタートだ!! 小説家になろう、カクヨム等、各種投稿サイトにて連載中。毎週金・土・日の18時ごろに最新話を投稿予定!!

異世界転生~チート魔法でスローライフ

リョンコ
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。 43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。 その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」 大型連休を利用して、 穴場スポットへやってきた! テントを建て、BBQコンロに テーブル等用意して……。 近くの川まで散歩しに来たら、 何やら動物か?の気配が…… 木の影からこっそり覗くとそこには…… キラキラと光注ぐように発光した 「え!オオカミ!」 3メートルはありそうな巨大なオオカミが!! 急いでテントまで戻ってくると 「え!ここどこだ??」 都会の生活に疲れた主人公が、 異世界へ転生して 冒険者になって 魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。 恋愛は多分ありません。 基本スローライフを目指してます(笑) ※挿絵有りますが、自作です。 無断転載はしてません。 イラストは、あくまで私のイメージです ※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが 少し趣向を変えて、 若干ですが恋愛有りになります。 ※カクヨム、なろうでも公開しています

神に異世界へ転生させられたので……自由に生きていく

霜月 祈叶 (霜月藍)
ファンタジー
小説漫画アニメではお馴染みの神の失敗で死んだ。 だから異世界で自由に生きていこうと決めた鈴村茉莉。 どう足掻いても異世界のせいかテンプレ発生。ゴブリン、オーク……盗賊。 でも目立ちたくない。目指せフリーダムライフ!

異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~

宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。 転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。 良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。 例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。 けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。 同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。 彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!? ※小説家になろう様にも掲載しています。

老衰で死んだ僕は異世界に転生して仲間を探す旅に出ます。最初の武器は木の棒ですか!? 絶対にあきらめない心で剣と魔法を使いこなします!

菊池 快晴
ファンタジー
10代という若さで老衰により病気で死んでしまった主人公アイレは 「まだ、死にたくない」という願いの通り異世界転生に成功する。  同じ病気で亡くなった親友のヴェルネルとレムリもこの世界いるはずだと アイレは二人を探す旅に出るが、すぐに魔物に襲われてしまう  最初の武器は木の棒!?  そして謎の人物によって明かされるヴェネルとレムリの転生の真実。  何度も心が折れそうになりながらも、アイレは剣と魔法を使いこなしながら 困難に立ち向かっていく。  チート、ハーレムなしの王道ファンタジー物語!  異世界転生は2話目です! キャラクタ―の魅力を味わってもらえると嬉しいです。  話の終わりのヒキを重要視しているので、そこを注目して下さい! ****** 完結まで必ず続けます ***** ****** 毎日更新もします *****  他サイトへ重複投稿しています!

処理中です...