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第2巻第1章 バニスターとキサラギ亜人王国

ファムランドとレオノル2

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「ファムランドさん、彼らは本当に精鋭部隊の候補生なのですか?」

「あー、まあそうなんだが……」

 模擬戦闘を終え、レオノルの周りに倒れているエルフやオークを見下ろしながらレオノルは首を傾げる。

「これなら私とファムランドさんだけで戦ったほうがマシだと思いますが……」

「たしかに今のままじゃその通りだな」

「ここから鍛えられると?」

「一応な。これでもマシになったんだぜ? 最初なんてもっと酷かったからな」

 そもそも基本的に戦闘を好まない者が多いオークと、幻覚の結界を張ってから完全に平和ボケしていたエルフの中の戦闘自慢などたかが知られているのだ。

 かつて各地で喧嘩を売りまくっていたファムランドや、人間の戦争に何度も参加してるレオノルとはレベルが違って当たり前である。

「そうですか。仕方ありません、それが隊長の方針なら従うしかないでしょう」

「おう、頼むぜ副長!」

 レオノルをまっすぐに見据えて屈託なく笑うファムランドに、レオノルは思わず目をそらしてしまう。

(いつ以来でしょうね、あの方以外の魅了されていない男性と接するのは)

「どうした?」

「いえ、何でもありません。それでは、さっさと回復して続きを始めましょうか」

 レオノルの言葉に、倒れて呻いていた候補生達の数人がびくっ、と反応する。

「確かに、思ったより鍛えがいがありそうですね。ふふふっ」

 完全に意識を刈り取るつもりで攻撃したはずなのに起きているものがいたこと、そして起きているにも関わらず意識を失ったふりをしていたものがいたことに、エメリンは酷薄な笑みを浮かべる。

「程々にな、副長?」

「ええ、もちろんです。死にそうになったらすぐに回復してあげますよ」

「そういうことじゃねーんだがな……」

 フェムランドの心配を無視して、レオノルは候補生達を回復し、再び模擬戦闘を開始した。

 それから数時間にわたって、候補生達の悲鳴がエルフの森に木霊し続けたのだった。

 ***

「起きていたのですか、ファムランドさん」

「おう、レオノルも早いな」

 レオノルが副長として加わってから数日。

 いつも通り早朝の走り込みを終えたファムランドが休憩していると、いつもどおりきらびやかな闇色のローブに身を包んだレオノルがやってきた。

「朝から何をしていたのです?」

 候補生達との模擬戦闘では息一つ切らさないファムランドが珍しく荒い息をして額に汗を浮かべているので、レオノルは何をしていたのか気になった様子だ。

「日課の走り込みだ。何事も体力が大切だからな」

「なるほど、確かに大切ですね。それで私は負けたわけですし」

「はははっ、あの時は悪かったな。レオノルがあんまり強えから、正面からぶちのめす方法が思いつかなくてよ。スタミナ切れ狙いなんてせこい真似しちまった」

「いいですよ。スタミナ切れ狙いだって立派な作戦です…………それに、私も戦いの前から仕掛けてましたし」

 レオノルの最後の言葉は、消え入りそうなほど小さく、ファムランドまではほとんど届かなかった。

「ああ? それに、なんだって?」

「いえ、なんでもないですよ」

「そうか?」

 しばらく怪訝な様子だったファムランドだがすぐに別のことを思いついて忘れてしまう。

「そうだ、レオノル、お前さんも早く起きるなら一緒に走るか?」

「ファムランドさんと一緒に、ですか?」

「おう。どうだ? 体力が付けば今度は俺に勝てるかもしれねえぞ?」

「いえ、私は別にあなたに勝ちたいわけではないんですが……」

「そうなのか?」

「そうですよ?」

 まるで誰もがそうであるかことを全く疑問に思っていないファムランドに、レオノルが苦笑する。

「あなたに勝つことはどうでもいいですが、一緒に走ることには賛成です。明日から私もご一緒させていただきましょう」

「了解だ。集合は日の出の頃にここでな」

「わかりました」

「それじゃ、また後でな」

 ファムランドは立ち上がると、寝泊まりしている小屋に戻っていった。

 ファムランドがいなくなった後、レオノルは一人首を傾げる。

(どうして私は、彼に話しかけてしまったのでしょうか?)

 ファムランドは気がついていないが、レオノルはファムランドを調査するため、ここに来てからずっと、ファムランドが起きている間は彼のことを観察していた。

 そうすることで彼の弱点を見つけることがレオノルの目的だった。

 だからこそ、レオノルはファムランドに見つからないようにしていたわけだが、なぜだか今日は無性に話しかけてみたくなってしまい、気がついた時にはファムランドに声をかけていたのだ。

(話しかけてしまったこともそうですが、どうしてさきほど誘われた時、私は心がざわついたのでしょうか? それに、どうして一緒に走ることを受け入れたのでしょうか?)

 自分が目的のためにするべきことと、それに相反する行動をとってしまった自分に、レオノルは心の中がぐちゃぐちゃになる。

(私はどうしてしまったのでしょうか?)

 レオノルは自分がよくわからなくなり、そのまま顔を覆ってうずくまってしまう。

 その尖った耳は、ほんのりと赤く色づいていた。

***

「来たな」

「おはようございます、ファムランドさん」

 翌朝、レオノルが約束の場所にやってくると、先に来ていたファムランドがストレッチをしていた。

「今日はいつものローブじゃねーんだな」

 ファムランドの言う通りレオノルはいつもの闇色のローブではなく、スカートのようなハーフパンツに薄手のシャツ一枚という身軽な格好だった。

「流石にローブは動きにくいですから」

(さあどうですこの格好! これだけ露出があればあなたでも私に魅了されるでしょう!?)

 自分で自分がわからなくなったレオノルが出した結論は、ファムランドを魅了するために一緒に走ることにした、という言い訳で自分を納得させることだった。

 その結果が、この露出多めのハーフパンツとシャツだけの服装なのだ。

「そうか? お前さんあのローブで戦ってただろ? 十分動けてたと思うけどな?」

「なっ!?」

 ファムランドの反応は、レオノルの予想とは大きく違っていた。

(というかそうですよね、その通りですよね! あのローブ来て戦ってましたね私ー!)

 考えればすぐわかることを指摘され、レオノルは自分がいかに冷静でないかを自覚した。

「でも、いいんじゃねーかその格好? いつもの着飾ったお前さんも美人だが、シンプルな格好でも綺麗なんだな、お前さん」

「……っっっ!?」

 ファムランドの言葉に、レオノルは言葉を発することができなかった。

 ファムランドの方を見ていられなくなったレオノルは、そのまま後ろを向いてうつむいてしまう。

「どうした?」

 レオノルの態度の意味がわからないファムランドは首を傾げるばかりだ。

「…………なっ、何でもありません! ほら、さっさと走りますよ、ファムランドさん!」

 長い沈黙の後、不自然に大きな声でそういったレオノルは、そのままファムランドを置き去りにして走り出してしまう。

「あっ、おい! 待てって! お前コースとかわかってんのかー!」

 慌てて追いかけたファムランドだったが、ついにその日は、レオノルを抜かすことはできなかった。

 ファムランドは気がついていたのだろうか、前を走るレオノルの耳が真っ赤に染まっていることに。
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