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15ジュードと化学
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ジュードは説明を終えて顔を上げる。その手には、「毒物と魔法」と題された本がある。
「いかがでしょう? 私が知っているのはこれくらいですが……」
「助かりましたわ。魔法で化学物質を扱う、その発想はありませんでしたわ……」
(もうちょっと調べるべきだったわね……。魔法の補助で化学物質を作り出せるなら、複雑な化学構造の薬も作れるかもしれない)
「私はエミリア様が言うカガクというものは知りませんが。カガクとは何なのですか?」
「そうですわね。ジュード様なら理解できるでしょうから説明しますわね」
エミリアはジュードが説明に使っていた黒板の文字を魔法で消すと、化学の説明を始めた。原素とは何かから始まり、元素記号、化学反応式、物質の分類など、高校レベルのことを数時間掛けて一気に説明する。
「…………ふう。こんなところかしら」
エミリアは満足気に額の汗を拭う。振り返るそこには、疲れた顔で苦笑するジュードの姿があった。
「大変興味深かったです。とても疲れましたが……しかし、この化学という学問を使えば魔法を使えない者でも毒を作り出すことができるのですね」
「毒だけじゃありませんわ。私が百死咳の治療に使ってるような薬だって作れるんですのよ」
「なるほど……これまでの医学といい、今回の化学といい、エミリア様は本当に色々なことを思いつかれますね」
「えっ? え、ええ……まあそうかも知れませんわ」
「しかもその全てが正しい。一体何があったのです?」
「あー……」
(確かに、普通に考えたら怪しまれるよね……医学の件は少しずつしか新しいことしてないからそこまで怪しまれてない……と思うけど、今回のやりすぎたか?)
エミリアがこの数時間でジュードに説明した内容は、確かに日本だと高校レベルまでの話だ。しかしそれでも、人類数千年分の叡智である。それを一人で、しかも16か17かそこらの娘が発見できるわけがない。
「いえ、女性の秘密を詮索するものではありませんね……申し訳ありません。少しあなたに嫉妬してしまっていたようです」
「嫉妬?」
「ええ。私は王立図書館の書物はあらかた読んでいます。ですから、王都で最も知識があるのは私だと自負しておりました。しかし、エミリア様が語る化学のことは全く知らなかった。私が知らないことを知っているエミリア様に嫉妬したのです。ははっ、小さい男ですね、私は」
自嘲気味に笑うジュードに、エミリアは胸が締め付けられる。
(何やってるのよ私……)
エミリアはかつて、医学部に入学したばかりの頃、同級生に大学の講義内容を解説してもらった事がある。その同級生は、まごうことなき天才で、受験勉強など早々に終わらせ、高校の時点で大学の内容を一人で勉強していた。
その同級生に悪気はなかった。ただエミリアがわからなかったところを聞いたから、丁寧に教えてくれた。ただそれだけだ。
だが…………それだけのことで、エミリアは深く傷ついたことを覚えている。
必死に努力して、勉強だけは誰にも負けないと思っていた私は、私の努力など努力とも思わないような天才に、プライドをズタボロにされたのだ。
(私が今やったのはそれと同じだ。しかも、私は異世界の知識をひけらかしていい気になってただけ……最悪だ……)
「エミリア様?」
ジュードの声がすぐ近くで聞こえ、思わず驚いて顔を上げたエミリアの眼前に、ジュードの恐ろしく整った顔があった。
「わわっ!?」
思わず仰け反ったエミリアは、そのままバランスを崩して後ろに倒れそうになる。素早く腕を伸ばしたジュードは、エミリアの腰に腕を回すと、エミリアを抱き寄せた。
「……っと……大丈夫ですか、エミリア様?」
「あ、はい……」
美男子に抱き寄せられ、エミリアは弱々しく呟くことしかできない。
「おっと……失礼」
「い、いえ……ありがとうございます」
ジュードがエミリアから離れたことで、エミリアはようやく平静を取り戻す。
「ジュード様、その……申し訳ありませんでした。私……」
「なぜ謝るのですか?」
「えっ……」
「エミリア様、確かに私はあなたの知識に嫉妬してしまった。ですがそれは私の不勉強が招いたことです。エミリア様が謝ることではありません」
「…………」
「もしかするとエミリア様は、先程の化学講義が、私の自尊心を傷つけたのではないかと心配なさっているかもしれません」
「…………」
「たしかに、他の誰かに同じことをされれば、例えばクレイス殿下に同じことをされれば、私は立ち直れないほどのショックを受けていたかもしれません」
「どうして今、クレイス殿下のことを……?」
エミリアの問いかけに、ジュードは曖昧に笑って続ける。
「ですが、他ならぬエミリア様に新たな知識を頂けるのであれば大歓迎です」
「?」
「おかげで、あなたといる時間も長くなりましたし」
「え……っ!?」
エミリアが驚いて顔を上げた時、ジュードはすでにこちらへ背中を向けていた。
「本日はこのあたりで失礼させて頂きます。興味深いお話、ありがとうございました」
礼儀正しいジュードにしては珍しく、向き直ることなく小さく手をふる簡単な挨拶だけをして、彼は部屋を出ていった。
誰もいなくなった一室で、エミリアはぽすんと気の抜けた音を立てて椅子に座り込み、エミリアは頭を抱えてうずくまった。
(ジュード様は一体何を考えてるの? わかんないわかんないわかんないっ……!)
事態が飲み込めずにいるエミリアの胸は、今まで感じたことがないほど高鳴っていた。
「いかがでしょう? 私が知っているのはこれくらいですが……」
「助かりましたわ。魔法で化学物質を扱う、その発想はありませんでしたわ……」
(もうちょっと調べるべきだったわね……。魔法の補助で化学物質を作り出せるなら、複雑な化学構造の薬も作れるかもしれない)
「私はエミリア様が言うカガクというものは知りませんが。カガクとは何なのですか?」
「そうですわね。ジュード様なら理解できるでしょうから説明しますわね」
エミリアはジュードが説明に使っていた黒板の文字を魔法で消すと、化学の説明を始めた。原素とは何かから始まり、元素記号、化学反応式、物質の分類など、高校レベルのことを数時間掛けて一気に説明する。
「…………ふう。こんなところかしら」
エミリアは満足気に額の汗を拭う。振り返るそこには、疲れた顔で苦笑するジュードの姿があった。
「大変興味深かったです。とても疲れましたが……しかし、この化学という学問を使えば魔法を使えない者でも毒を作り出すことができるのですね」
「毒だけじゃありませんわ。私が百死咳の治療に使ってるような薬だって作れるんですのよ」
「なるほど……これまでの医学といい、今回の化学といい、エミリア様は本当に色々なことを思いつかれますね」
「えっ? え、ええ……まあそうかも知れませんわ」
「しかもその全てが正しい。一体何があったのです?」
「あー……」
(確かに、普通に考えたら怪しまれるよね……医学の件は少しずつしか新しいことしてないからそこまで怪しまれてない……と思うけど、今回のやりすぎたか?)
エミリアがこの数時間でジュードに説明した内容は、確かに日本だと高校レベルまでの話だ。しかしそれでも、人類数千年分の叡智である。それを一人で、しかも16か17かそこらの娘が発見できるわけがない。
「いえ、女性の秘密を詮索するものではありませんね……申し訳ありません。少しあなたに嫉妬してしまっていたようです」
「嫉妬?」
「ええ。私は王立図書館の書物はあらかた読んでいます。ですから、王都で最も知識があるのは私だと自負しておりました。しかし、エミリア様が語る化学のことは全く知らなかった。私が知らないことを知っているエミリア様に嫉妬したのです。ははっ、小さい男ですね、私は」
自嘲気味に笑うジュードに、エミリアは胸が締め付けられる。
(何やってるのよ私……)
エミリアはかつて、医学部に入学したばかりの頃、同級生に大学の講義内容を解説してもらった事がある。その同級生は、まごうことなき天才で、受験勉強など早々に終わらせ、高校の時点で大学の内容を一人で勉強していた。
その同級生に悪気はなかった。ただエミリアがわからなかったところを聞いたから、丁寧に教えてくれた。ただそれだけだ。
だが…………それだけのことで、エミリアは深く傷ついたことを覚えている。
必死に努力して、勉強だけは誰にも負けないと思っていた私は、私の努力など努力とも思わないような天才に、プライドをズタボロにされたのだ。
(私が今やったのはそれと同じだ。しかも、私は異世界の知識をひけらかしていい気になってただけ……最悪だ……)
「エミリア様?」
ジュードの声がすぐ近くで聞こえ、思わず驚いて顔を上げたエミリアの眼前に、ジュードの恐ろしく整った顔があった。
「わわっ!?」
思わず仰け反ったエミリアは、そのままバランスを崩して後ろに倒れそうになる。素早く腕を伸ばしたジュードは、エミリアの腰に腕を回すと、エミリアを抱き寄せた。
「……っと……大丈夫ですか、エミリア様?」
「あ、はい……」
美男子に抱き寄せられ、エミリアは弱々しく呟くことしかできない。
「おっと……失礼」
「い、いえ……ありがとうございます」
ジュードがエミリアから離れたことで、エミリアはようやく平静を取り戻す。
「ジュード様、その……申し訳ありませんでした。私……」
「なぜ謝るのですか?」
「えっ……」
「エミリア様、確かに私はあなたの知識に嫉妬してしまった。ですがそれは私の不勉強が招いたことです。エミリア様が謝ることではありません」
「…………」
「もしかするとエミリア様は、先程の化学講義が、私の自尊心を傷つけたのではないかと心配なさっているかもしれません」
「…………」
「たしかに、他の誰かに同じことをされれば、例えばクレイス殿下に同じことをされれば、私は立ち直れないほどのショックを受けていたかもしれません」
「どうして今、クレイス殿下のことを……?」
エミリアの問いかけに、ジュードは曖昧に笑って続ける。
「ですが、他ならぬエミリア様に新たな知識を頂けるのであれば大歓迎です」
「?」
「おかげで、あなたといる時間も長くなりましたし」
「え……っ!?」
エミリアが驚いて顔を上げた時、ジュードはすでにこちらへ背中を向けていた。
「本日はこのあたりで失礼させて頂きます。興味深いお話、ありがとうございました」
礼儀正しいジュードにしては珍しく、向き直ることなく小さく手をふる簡単な挨拶だけをして、彼は部屋を出ていった。
誰もいなくなった一室で、エミリアはぽすんと気の抜けた音を立てて椅子に座り込み、エミリアは頭を抱えてうずくまった。
(ジュード様は一体何を考えてるの? わかんないわかんないわかんないっ……!)
事態が飲み込めずにいるエミリアの胸は、今まで感じたことがないほど高鳴っていた。
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