縺れた糸

硯羽未

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縺れた糸(1)

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 平気で人の心を弄ぶ。それがゆかりの一つ上の先輩、綾音あやねだ。
 部活を終えて学校を出ると、二人は同じバスに乗る。当然のように隣の席に座り、他愛のない言葉を交わす。時折綾音の指が、縁に触れる。

「冷たい手ね、縁」

 囁き声が耳に微かに響き、自然に手を握られた。綾音の体温は縁より少しだけ高い。触れるとそれが融け合って、どちらの体温だかわからなくなる。
 整えられた爪の形が美しい。ぼんやりと造り物のようなそれを眺めていたら、バスの振動で綾音の長い髪が揺れ、頬を掠めた。距離が近い。

「少し、温かくなった」
「はい」

 バスのアナウンスが次の停留所を告げる。まだ降りる場所ではない。あと何個、と数えてしまうのは、綾音を残して降りてしまうのが名残惜しいからだ。

 愛おしいと、心の底から想う。
 胸が締め付けられる感情を知っている。けれどそれと同時に、綾音が誰のことも特別には思っていないと、縁は知っているのだ。綾音の瞳には誰も映ってはいない。目の前に縁がいて、物理的に映り込んでいたとしても。
 綾音にとって縁は『個』ではない。ただ『慕ってくる後輩』という、モブのような役の心を戯れに操り、暇を潰している。それが縁である必然性はない。

「縁、試験勉強は捗ってる?」
「今回あまり自信がなくて」
「明日図書室で一緒にする?」
「邪魔じゃないなら」

 心臓が早くなる。綾音と学校の図書室で勉強するのは嫌いではない。こんなに綺麗な先輩を独り占めしている縁への視線が、優越感を抱かせてくれるからだ。

「邪魔なわけないじゃない」
 綾音は微笑んで、目線を縁の手に落とした。
「縁の手、私好きよ」
「え?」
「とても気持ちの良い温度」
 先輩の指が縁をなぞり、指と指の隙間に絡まる。なんとも言い難い、触れてもいない背中の芯がざわついた。

「私は綾音さんの、……彼女ですか?」
 ふと口を突いて出た言葉に、一瞬沈黙が訪れた。
「──私達付き合ってるの?」
「わからないから、聞いてみました」
「そう……どうなのかな? 明確にしたい?」

 綾音はまた微笑んで、静かに指を遠ざけた。
 ずるい女だと思った。けれどそれは縁も同じだ。これは愛というよりも、ただの独占欲でしかない。
 誰よりも綺麗な先輩を、ただ自分のものにしておきたいというだけの、エゴイズムに過ぎない。もしも縁が明確にしたいと告げたなら、綾音はどうするだろうか。興味があった。
 煩わしいと感じて、遠ざかってしまったなら? けれどそれでも、行動を起こしたい時はあるのだ。

 ──ずっと私だけに触れていて欲しい。

 その体温を、共有したい。
 縁の心が震えるように、綾音の心を震わせてみたい。

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