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第12話 未散
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機械人形の未散はアサトの同居ロボットだ。幼い頃に両親を亡くしてから、未散がアサトの世話をしている。
Dという存在がこの世の中に現れ、世界は一変した。しかしそれでも圧倒的に人間の人口の方が勝っていた為に、身を潜めたりすることはしなかった。
Dはいわば、疫病のようなものだ。運が悪ければ罹患して死ぬし、そうでなければ何事もなく生活出来る。
「ただいま、未散」
未散という名前は開発メーカーがつけたペットネームだ。けして目の前からいなくならないように、壊れないようにと「未だ散らず」という意味を込めてつけたのだ。機械のボディはちゃんとメンテナンスすれば通常の人の寿命よりも長持ちする、という謳い文句で販売されていた。
人に近づけることは技術的に可能だったが、それだと人との区別がつきにくい。その為に未散のデフォルトは、モノアイと呼ばれる一つ目の外見を備えていた。人でないのは一目瞭然だった。
「おかえり、アサト。今日の夕食メニューはアサトの成長期に合わせたものとなっているよ。好き嫌いなく食べて」
自然な合成音声が、高校から帰ってきたアサトを玄関で出迎える。こういう言い方をする時は決まって嫌いな食材が使われている。アサトは嫌そうに顔を歪め、乱暴に靴を脱いだ。
「なー聞いてくれよ未散。今日俺テスト返ってきてさ、満点」
「それは素晴らしいねアサト」
「だから、そんな日くらいは好きなもん食わせてくれよ」
「駄目だよ。リクエストは前以て伝えてくれないと。今日の用意は既に出来ている」
未散はプログラムの笑みを浮かべ、アサトをたしなめた。親の代わりという設定で、食事、勉強などについて甘やかさないようになっている。これ以上未散に抗議したところでメニューが変わらないことはアサトも経験上知っていた。
「はぁー……だよな。わかったよ。今日は我慢する」
「いい子だね、アサト」
とても穏やかな日々だ。
アサトの両親がこの世からいなくなっても、世の中は動く。アサトも普通に生活する。Dに殺されるのは不可抗力で、今現在も被害者は出ているが、それも日常のひとこまに過ぎない。Dの出現場所や行動パターンの蓄積から導き出す「D予報」なんてものが情報番組のワンコーナーになるほど、日常にフィットしている。
けれどそんなものが日常になっていて、本当に良いのだろうか?
「……デルフィニウム……」
ふとアサトの口から無意識に言葉が漏れた。
両親は、デルフィニウムという名のDに命を奪われた。何故相手を把握しているのかと言うと、そもそもDとはデルフィニウムという個体を指したからだ。
最初にこの世に現れたDの名前の頭文字を取って、そう命名された厄災。最初とは言っても、たまたま名乗ったのがデルフィニウムだったということだけなのかもしれない。Dは顔が似通っており、区別をつけるのは容易ではない。そしてDの被害が甚大になるに従って、暗闇(Darkness)や、死(Death)などと言った意味にすり替わっていった。
どこかの研究施設で秘密裏に生み出された人類の変異体とか、薬物汚染されたゾンビとか、いろいろ憶測は飛び交ったが結局真実はわからない。知っている者がいたとしても、黙秘した可能性もある。
「花屋が風評被害を恐れて違う意味を被せてきた気がする」
「何が?」
「だってデルフィニウムって花の名前だろ」
「よく知っているね、アサト」
「調べた」
テーブルに夕食を並べながら、未散は感心した声音を上げた。
アサトの目の前で起こった出来事は、数年経過しても忘れることは出来なかった。デルフィニウムについて調べたところで何が出来るのかわからなかったが、気づくと取り憑かれたように調べている。少し病的だな、と思うこともあった。
「アサト……もうDについて調べるのはやめよう」
「何故? それは未散が考えて導き出した答え? それともプログラムに制限がかかっているのか? 最近『デルフィニウム』でネット検索してもさ、花の情報しか出てこない。規制がかかっているとしか思えない」
「これ以上深入りすると、僕はアサトの元から回収されることになる」
「……なんだよそれ?」
「僕は機械だからね。ロックをかけられたことについてはそれ以上──」
未散は機械人形だから仕方ない。
Dは誰の上にも降りかかり得る厄災。
知ることに意味はない。混乱を招くだけ。生き残ったことに感謝。それで世の中は回る。
この命も、ただ生かされているだけに過ぎない。とてもくだらない世の中だと気づいても、それ以上真実には辿り着けなかった。
そして真実から目を逸らした結果が、更に数年後目に見えてわかることになる。Dまたはその亜種が増殖し、逆に人は減り続ける。厄災から逃れようと人々は身を隠し……
世界は、急速に終わりを告げたのだ。
Dという存在がこの世の中に現れ、世界は一変した。しかしそれでも圧倒的に人間の人口の方が勝っていた為に、身を潜めたりすることはしなかった。
Dはいわば、疫病のようなものだ。運が悪ければ罹患して死ぬし、そうでなければ何事もなく生活出来る。
「ただいま、未散」
未散という名前は開発メーカーがつけたペットネームだ。けして目の前からいなくならないように、壊れないようにと「未だ散らず」という意味を込めてつけたのだ。機械のボディはちゃんとメンテナンスすれば通常の人の寿命よりも長持ちする、という謳い文句で販売されていた。
人に近づけることは技術的に可能だったが、それだと人との区別がつきにくい。その為に未散のデフォルトは、モノアイと呼ばれる一つ目の外見を備えていた。人でないのは一目瞭然だった。
「おかえり、アサト。今日の夕食メニューはアサトの成長期に合わせたものとなっているよ。好き嫌いなく食べて」
自然な合成音声が、高校から帰ってきたアサトを玄関で出迎える。こういう言い方をする時は決まって嫌いな食材が使われている。アサトは嫌そうに顔を歪め、乱暴に靴を脱いだ。
「なー聞いてくれよ未散。今日俺テスト返ってきてさ、満点」
「それは素晴らしいねアサト」
「だから、そんな日くらいは好きなもん食わせてくれよ」
「駄目だよ。リクエストは前以て伝えてくれないと。今日の用意は既に出来ている」
未散はプログラムの笑みを浮かべ、アサトをたしなめた。親の代わりという設定で、食事、勉強などについて甘やかさないようになっている。これ以上未散に抗議したところでメニューが変わらないことはアサトも経験上知っていた。
「はぁー……だよな。わかったよ。今日は我慢する」
「いい子だね、アサト」
とても穏やかな日々だ。
アサトの両親がこの世からいなくなっても、世の中は動く。アサトも普通に生活する。Dに殺されるのは不可抗力で、今現在も被害者は出ているが、それも日常のひとこまに過ぎない。Dの出現場所や行動パターンの蓄積から導き出す「D予報」なんてものが情報番組のワンコーナーになるほど、日常にフィットしている。
けれどそんなものが日常になっていて、本当に良いのだろうか?
「……デルフィニウム……」
ふとアサトの口から無意識に言葉が漏れた。
両親は、デルフィニウムという名のDに命を奪われた。何故相手を把握しているのかと言うと、そもそもDとはデルフィニウムという個体を指したからだ。
最初にこの世に現れたDの名前の頭文字を取って、そう命名された厄災。最初とは言っても、たまたま名乗ったのがデルフィニウムだったということだけなのかもしれない。Dは顔が似通っており、区別をつけるのは容易ではない。そしてDの被害が甚大になるに従って、暗闇(Darkness)や、死(Death)などと言った意味にすり替わっていった。
どこかの研究施設で秘密裏に生み出された人類の変異体とか、薬物汚染されたゾンビとか、いろいろ憶測は飛び交ったが結局真実はわからない。知っている者がいたとしても、黙秘した可能性もある。
「花屋が風評被害を恐れて違う意味を被せてきた気がする」
「何が?」
「だってデルフィニウムって花の名前だろ」
「よく知っているね、アサト」
「調べた」
テーブルに夕食を並べながら、未散は感心した声音を上げた。
アサトの目の前で起こった出来事は、数年経過しても忘れることは出来なかった。デルフィニウムについて調べたところで何が出来るのかわからなかったが、気づくと取り憑かれたように調べている。少し病的だな、と思うこともあった。
「アサト……もうDについて調べるのはやめよう」
「何故? それは未散が考えて導き出した答え? それともプログラムに制限がかかっているのか? 最近『デルフィニウム』でネット検索してもさ、花の情報しか出てこない。規制がかかっているとしか思えない」
「これ以上深入りすると、僕はアサトの元から回収されることになる」
「……なんだよそれ?」
「僕は機械だからね。ロックをかけられたことについてはそれ以上──」
未散は機械人形だから仕方ない。
Dは誰の上にも降りかかり得る厄災。
知ることに意味はない。混乱を招くだけ。生き残ったことに感謝。それで世の中は回る。
この命も、ただ生かされているだけに過ぎない。とてもくだらない世の中だと気づいても、それ以上真実には辿り着けなかった。
そして真実から目を逸らした結果が、更に数年後目に見えてわかることになる。Dまたはその亜種が増殖し、逆に人は減り続ける。厄災から逃れようと人々は身を隠し……
世界は、急速に終わりを告げたのだ。
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