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魔法に頼らない世界
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魔法学校を卒業して以来2年ぶりに12時間睡眠をとったミスティは、久々に眠りすぎたことによって頭痛に襲われた。
「あ、頭が痛い…っ!猫ちゃん、猫ちゃん!ちょっと来て!」
猫ちゃん、と呼ばれて赤毛の猫男が姿を現す。
「猫ちゃんじゃないにゃ!にゃーにはちゃんとキティって名前があるにゃ。魔王様がつけてくれた大事な名前にゃ」
「猫ちゃんでもキティでもいいから、誰か治癒魔法使える人を呼んできて!頭が痛いの…割れそうなの!」
「それは大変にゃ!」
キティは慌てて部屋の外に走っていく。それからすぐに戻ってきた。
「これを飲むにゃ」
「なに、これ…?」
彼が差し出したのは、紙の包みの中に入っている粉末とグラスに入った水だった。ミスティにとっては初めて見るものだ。
「人間界にはお薬がないのにゃ?これを飲むと楽になるにゃ。魔族は魔法を使えるものが多くないのにゃ」
見たこともないものを口にするのは気が引けたが、四の五の言ってられないほどに頭が痛い。
「水で流しこむのにゃ」
言われた通り、粉末を口に含んで、それから水で流し込む。信じられないほど苦かった。
「魔法と違って即効性はないにゃ。少しだけ我慢してほしいにゃ」
そう言いながら、キティはミスティを再びベッドに寝かせる。はじめ、痛みが全く引かずに騙されたのかと疑った。
しかし、しばらく時間が経つといつの間にか痛みが消えていた。
「何これ、すごい…粉に魔法をかけたの?」
「違うにゃ。魔王様は魔法に頼らない魔界を作ろうとしてるのにゃ。魔法に頼ってばかりでは、その才能があるものしか成り上がれないから」
魔法に頼らない世界?ミスティにとってその言葉は衝撃的であった。
ニークアム王国では、暮らしのすべてと魔法は切っても切り離せない。
魔法がなければ食べ物を手に入れることすらできなかった。魔法によって植物や動物を育て、魔法によって収穫や屠殺を行い、魔法によって食材を調理する…。
ミスティが育ってきた環境では当たり前のことだった。
夜でも人間がものを見ることができるのは、光魔法があるからだ。隣国がある日突然攻めてこないのは、防御結界を張っているからだ。
病気や怪我をした時に、治癒魔法を受けられなければ死ぬしかない。
服や食器や乗り物や家、すべてが魔法によって組み立てられていた。
魔法は無から何かを作りだすことはできない。しかし、原材料さえあればその加工に必要なすべてをまかなうことができるのだ。
その魔法に頼らずに生きていこうとするなんて。
「魔法に頼らずに…」
ミスティは独りごちた。そういえば、魔法学校の落ちこぼれたちがひっそりと暮らす魔塔では、魔法に頼らずに暮らす方法を研究していると聞いたことがある。
彼らの研究は黒魔術と呼ばれて忌避されてきた。
「魔王様はすごいお方にゃ。魔族たちを変えようとしてるのにゃ」
キティはミスティの反応を大して気にしていない様子で話しを続ける。
「魔族は攻撃性の高い個体が多い種族とされているにゃ。魔王様は、魔族に子育ての習慣がないことが攻撃性の原因になっていると気が付いたのにゃ」
「子育ての習慣?どうしてそれが、攻撃性につながるの?」
ミスティは、魔王の考え方に興味を持ち始めていた。これまで生きてきた中で学んだ常識とは全く違うものだったからだ。
「”母”の愛を知らないからだ、と魔王様はおっしゃるにゃ。でもにゃーも、”母”がなんなのか、知らないのにゃ…」
母の愛。ミスティにとっても、それはなじみのないものだった。
「キティにもお母さんがいないんだね。私もね、まだ赤ちゃんだったころにお母さん死んじゃったの」
ミスティの母はミスティが2歳になる前に死んだ。彼女の記憶にはほとんど母の姿は残っておらず、母の愛がどのようなものなのかをあまり分かっていない。
「まあ、その分お父さんが頑張って育ててくれたんだけどね」
父のヒューズは不器用な親であった。ミスティと姉のベアトリスの幸せを願っていたが、魔法至上主義の王国に生まれたにも関わらず、魔法の才能がないベアトリスにどの人生を歩ませるのが正解なのか分かっていなかった。
結果的に、父とベアトリスは決別することとなる。
父は自ら勘当した彼女のことを今でも心配していたが、その資格すらないと自分自身でよく分かっていた。
ミスティは父が理想とする人生を順調に歩んでいた。その結果、彼女は激務に疲れて魔界に身を寄せることとなるのだが。
「魔王様はどうしてそう思ったのかな」
魔王とは、一般的に悪逆非道の悪役のはずだ。
しかし、彼女はとても悪い人には見えない。うちの国王よりもよっぽどまともだ。
「人間の女勇者との出会いが魔王様を変えたらしいにゃ。この話は、アウィスの方が詳しいから聞きに行くにゃ」
「あ、頭が痛い…っ!猫ちゃん、猫ちゃん!ちょっと来て!」
猫ちゃん、と呼ばれて赤毛の猫男が姿を現す。
「猫ちゃんじゃないにゃ!にゃーにはちゃんとキティって名前があるにゃ。魔王様がつけてくれた大事な名前にゃ」
「猫ちゃんでもキティでもいいから、誰か治癒魔法使える人を呼んできて!頭が痛いの…割れそうなの!」
「それは大変にゃ!」
キティは慌てて部屋の外に走っていく。それからすぐに戻ってきた。
「これを飲むにゃ」
「なに、これ…?」
彼が差し出したのは、紙の包みの中に入っている粉末とグラスに入った水だった。ミスティにとっては初めて見るものだ。
「人間界にはお薬がないのにゃ?これを飲むと楽になるにゃ。魔族は魔法を使えるものが多くないのにゃ」
見たこともないものを口にするのは気が引けたが、四の五の言ってられないほどに頭が痛い。
「水で流しこむのにゃ」
言われた通り、粉末を口に含んで、それから水で流し込む。信じられないほど苦かった。
「魔法と違って即効性はないにゃ。少しだけ我慢してほしいにゃ」
そう言いながら、キティはミスティを再びベッドに寝かせる。はじめ、痛みが全く引かずに騙されたのかと疑った。
しかし、しばらく時間が経つといつの間にか痛みが消えていた。
「何これ、すごい…粉に魔法をかけたの?」
「違うにゃ。魔王様は魔法に頼らない魔界を作ろうとしてるのにゃ。魔法に頼ってばかりでは、その才能があるものしか成り上がれないから」
魔法に頼らない世界?ミスティにとってその言葉は衝撃的であった。
ニークアム王国では、暮らしのすべてと魔法は切っても切り離せない。
魔法がなければ食べ物を手に入れることすらできなかった。魔法によって植物や動物を育て、魔法によって収穫や屠殺を行い、魔法によって食材を調理する…。
ミスティが育ってきた環境では当たり前のことだった。
夜でも人間がものを見ることができるのは、光魔法があるからだ。隣国がある日突然攻めてこないのは、防御結界を張っているからだ。
病気や怪我をした時に、治癒魔法を受けられなければ死ぬしかない。
服や食器や乗り物や家、すべてが魔法によって組み立てられていた。
魔法は無から何かを作りだすことはできない。しかし、原材料さえあればその加工に必要なすべてをまかなうことができるのだ。
その魔法に頼らずに生きていこうとするなんて。
「魔法に頼らずに…」
ミスティは独りごちた。そういえば、魔法学校の落ちこぼれたちがひっそりと暮らす魔塔では、魔法に頼らずに暮らす方法を研究していると聞いたことがある。
彼らの研究は黒魔術と呼ばれて忌避されてきた。
「魔王様はすごいお方にゃ。魔族たちを変えようとしてるのにゃ」
キティはミスティの反応を大して気にしていない様子で話しを続ける。
「魔族は攻撃性の高い個体が多い種族とされているにゃ。魔王様は、魔族に子育ての習慣がないことが攻撃性の原因になっていると気が付いたのにゃ」
「子育ての習慣?どうしてそれが、攻撃性につながるの?」
ミスティは、魔王の考え方に興味を持ち始めていた。これまで生きてきた中で学んだ常識とは全く違うものだったからだ。
「”母”の愛を知らないからだ、と魔王様はおっしゃるにゃ。でもにゃーも、”母”がなんなのか、知らないのにゃ…」
母の愛。ミスティにとっても、それはなじみのないものだった。
「キティにもお母さんがいないんだね。私もね、まだ赤ちゃんだったころにお母さん死んじゃったの」
ミスティの母はミスティが2歳になる前に死んだ。彼女の記憶にはほとんど母の姿は残っておらず、母の愛がどのようなものなのかをあまり分かっていない。
「まあ、その分お父さんが頑張って育ててくれたんだけどね」
父のヒューズは不器用な親であった。ミスティと姉のベアトリスの幸せを願っていたが、魔法至上主義の王国に生まれたにも関わらず、魔法の才能がないベアトリスにどの人生を歩ませるのが正解なのか分かっていなかった。
結果的に、父とベアトリスは決別することとなる。
父は自ら勘当した彼女のことを今でも心配していたが、その資格すらないと自分自身でよく分かっていた。
ミスティは父が理想とする人生を順調に歩んでいた。その結果、彼女は激務に疲れて魔界に身を寄せることとなるのだが。
「魔王様はどうしてそう思ったのかな」
魔王とは、一般的に悪逆非道の悪役のはずだ。
しかし、彼女はとても悪い人には見えない。うちの国王よりもよっぽどまともだ。
「人間の女勇者との出会いが魔王様を変えたらしいにゃ。この話は、アウィスの方が詳しいから聞きに行くにゃ」
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