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②矢車 時生

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保護寮で世話になっていた上司の生存が確認されてから、しばらくして
家をたずねて来た。

『なんちゅうボロな家に住んでおるんじゃ』
口が少々悪くて、中身はお婆ちゃん。外見は20代の
矢車 時生所長だ。


彩夢が玄関先で、所長に捕まってさっそく
愛のある抱擁をされている。

僕は、所長を居間へと促してお湯を沸かしに立つ。

『彩夢は、皐月も共に息災なんだろう?』
「退院してからは、彩夢も僕も経過は良好です。」

所長は新調した眼鏡をかけている。
恐らくは、爆発事故の際に…。

『今回の爆発事故は、公にもに大々的に知られてしまった。しばらくは
研究も思う様には出来ぬだろうし、予算がつかん。』
「でしょうね。僕が、メディアで取り上げられてしまったせいで」
『アタシも、皐月も…あの研究所の成功例だってのにね。言えないのは辛いだろう?』

僕が保護寮に雇われているのは、実際には精霊との融合に成功したからでもある。
「あれ以来、取材の依頼が封書でも届いたりして…正直、困惑しています。」

コネクト、と言う通信機器がこの世界では主流になっていて
意識同士をつなぐ。
いわば、電話の様なものが支給されている。
僕は、爆破事故でコネクトが駄目になってしまい。
最近、ようやく市役所に再契約の手続きに行ったばかりだ。

『コネクトは、しばらく持たん方が良いよ。アタシも比較的早くに再支給されたけど…』
「所長…彩夢の事なんですが、」

常備していたハーブティーを淹れて、所長の前に差し出す。
『皐月が、生活に困っていないのであれば。このまま任せたい。』
「困っては、居ないのでしょうが…ふとした瞬間に自分がなぜここに居るのか。分からなくなります。」
『記憶の抜け落ちは、大きな出来事や事故に遭うと残る事もある。』
「自分の治癒能力でも、どうにもならなかったんです。」
『まぁね。当たり前の話さ…。それくらいにあの日あの時の出来事をそう簡単には忘れられない。』

頂くよ、と所長は目を細めてハーブティーを愉しんでいる。

彩夢は、ただ僕と所長を見ては嬉しそうに笑っていた。
そろそろ、お昼寝の時間だからか少し瞳が重たげで。

「隣の部屋で、寝てても良いんだよ?彩夢。」
『所長いるから、まだ起きてる。』

「そっか。」
僕は、隣に座っている彩夢の頭を撫でる。

少し前は、僕以外の人間にはあまり会いたくないと
心を閉ざしかけていたけれど。

やっぱり、所長は特別な存在である事を感じる。

『皐月、残念だけどこれからも研究は続くよ。』
「原因は、精霊の暴走だったんでしょう?」
『だいたいはね、適合すると思われていた器が…そもそも合わなかったんだよ。』
「ミスマッチは、昔からよくある事例でしたけど。」
『皆ね、まだ夢を見ているのさ。アタシや皐月みたいに…融合できると、信じたいんだよ。
でも、彩夢でさえも…叶わなかった。』

人間にも、属性などがもし存在するとしたら。
まるで、ゲームの世界の話だと思われそうだけれど実際には実証する場合がある。

こう言った、奇跡の現象を何度も起こそうとして
今回の様な爆発事故が起きてしまった。

世の中の数パーセントの人が、恐らくは属性を自覚している。
素養さえあれば、精霊との融合が叶う場合もある。

「初代、研究所所長…兼寮母としてはまだまだ不撓不屈の精神でしょう?」
『もちろん、でも…風当たりが強すぎる。海外でも行われてはいるのに
今回の一件では、抗議行動も起きたらしいよ。』

「僕は、あくまでも中立の立場で居たいのですが。」
『彩夢、精霊と一緒になれば空だって飛べるんだよ。』
『…でも、精霊に攻撃されたよ。』

彩夢のミスマッチの際に、鎌鼬現象が起き彩夢は全身を傷つけられてしまった。
すぐに、保護寮に運び込まれて手当を僕が行った。

「傷跡も、残ってはいないです。ただ…少し精霊には恐れを抱いてしまってます。」
『大きな力の精霊ともなれば、意思を持っている。アタシも…自分の精霊を体になじませるには
取引に応じる他無かったよ。』

所長の姿は、融合した時の年齢のまま変わっていないと
他の職員に教えられた。

「僕はまだ、良い方です。これと言って奪われるものが無く。ただただ、もたらされるばかりで。」
『精霊の性格や気質によっても、変わる以上器は耐えられないとまた不幸な事故が起きる。』
「では、研究所をまたどこかに建設予定ですか?」
『後、2年…。もう着工済みだよ。』
「相変わらず、仕事がお早いです。」
『じゃないと、人が居なくなる。皆、アタシみたいに長生きしてくれないと困るね。』
「これからはもっと、器のステータスや趣向が精霊と適合するか更に吟味していく必要があります。」
『…皐月、お前さんも研究所に戻るかい?今度は研究員として。』

「冗談じゃありませんよ、あんな所で働くなんて。僕には到底無理です。」

所長も人が悪い。僕の体を器として、とある精霊と融合させたのは
矢車所長、この人だった。

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