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2人の兄。
しおりを挟む蓮↑
焔↑
隣には
元、血の繋がらない兄。
なぜか今は僕の執事みたいになっちゃってる。
でも、ちょっと前までは
仲が良かった。
僕の左眼、それに映るのは
この世以外の大切なお客さんからのメッセージ。
『蓮。』
兄が呼ぶ。
そこは、屋敷の中にある
中庭で。
僕の大切な、小さなお客さんと会話をしていた最中。
「焔、どうしたの?」
『こちらにも、お客様がいらした。』
嫌な予感がした。
僕の事を訪ねて来るモノ好きなんて、限定されてるんだから。
「僕、警察の人は…苦手だよ。焔、何とか言ってもらえないかな?」
パンパン、と膝を両手で払って屋敷に戻る。
相手を待たせる訳にはいかない。
焔は、困ったように笑って僕の後ろをついて来る。
『皆、蓮様の能力を高く買っておられます。協力出来ない理由を、お話するしかありません。』
もっともだ。
裏の出入り口から、屋敷に入り客間に入る。
「すみません、お待たせいたしました。」
深々とお辞儀をして、椅子に座る。斜め後ろには自動的に焔が立つ。
『お忙しい中、恐れ入ります。橘様。日頃からお父様には多大な「父は、関係ありませんよね?用件をどうぞ。」…これは失礼致しました。今、若い者が説明致します。』
年配の刑事の横に居る
殺気がすごい男の人。
ただならぬ力を感じる。
「貴方、どこかでお会いしませんでしたか?」
『いえ、自分なんかとあなた様が…まさか。三崎と申します。橘様に、ある捜査に協力して頂きたく本日はお願いに上がりました。』
焔に差し出された紅茶を飲み、ため息をつく。
みんな、僕の能力を思い違いしている。
「僕は、ご協力できないんです。多分これは僕にしか分からない事なんですが…人の残していった思念に触れると身体がとても疲れます。下手をすれば…強過ぎる思念では僕なんかじゃ制御が出来ないんです。それは、きっといつか誰かを傷付けてしまう可能性が出て来る。だから、僕は警察の捜査に協力は出来ません。僕は僕の能力を、まだ自分のものに出来てない。」
『貴方の財閥では、そういった研究も…なさってましたよね?』
「!あれは、僕からしてみれば…負の遺産ですよ。けっして明るみに出てはならない。まるで人を弄ぶみたいで。僕は反対でした、あんな研究。だから、結局は無くなってしまいましたが。あった事実は変えられません。」
橘財閥の負の遺産、
科学研究所とは名ばかりの。
恐ろしく忌々しい研究を重ねて来た、罪深い事に。
僕も、いつしか父の存在に怯えていた。
いずれ、僕を用いて研究をするのではないか、と。
『そうですか、ただ…私共も貴方に協力していただければ直ぐにでも事件解決に向けて全てが動き出す気がして。都合のいい話ではありますよね。私自身、貴方のような方にはこれ以上お願い出来ないと思いました。優しい方なんですね…。』
年配の刑事は、優しい面持ちで話をする。
「ごめんなさい。僕では力及ばずです。本当に…申し訳ありません。」
出された紅茶を二人も味わいはじめた。
ピンと緊張していた空気が少しずつ解けていく。
「わざわざ、お声がけして頂けて光栄です。」
『かなり、ぶしつけなお願いに上がって、こちらこそ申し訳ないです。今日はありがとうございました。』
わりと、思ったより
アッサリ帰って行った刑事二人に気が抜けた。
「はぁ…。ちょっと疲れちゃったな。」
『あの、三崎という刑事…なんだかにおいますね。』
「ん?くさかった?」
『そうでは、無く。蓮様の事をおかしな眼で見ていましたよ。お気を付け下さい。まぁ、私が守りますが。』
紅茶セットを片しながら
焔が、険しい表情をしていた。
「三崎…三崎…。う~ん。僕は人の顔覚えるのは苦手なんだよね。」
確かに、目付きは鋭かった。けど職業柄なんだと思った。
『蓮様、しばらく一人での外出は避けて下さい。私を必ず呼んで頂きたい。』
相変わらず、過保護で
心配性な焔。
いつでも僕の事ばかり考えているなんて…ちょっと呆れる。
本当は、嬉しいのにさ。
「分かった。必ず呼んだら駆け付けて?信じてる、焔。」
頼りになる、焔。
信頼関係は、やっぱり元兄弟なだけあって強い。
『私の存在は…蓮様の為にある。ご安心下さい。』
柔らかな笑顔で、頷く焔。
「さて、それじゃあ…今日も始めようか。」
たった2人だけの秘密がある。
それは、他の人間からすれば些細な事なのかもしれないが。
この2人には、大切な仕事でもあった。
この仕事は、無報酬に等しい。
そして、何より蓮の精神に
直接影響する可能性があった。
焔は、何度も説得したが
蓮の意思は硬い。
だったら、自分がせめて
蓮の制御役になれれば、と
願い出た。
「このセカイには、綺麗にしてもまた必ず淀みが出て来る。」
目に見えないが、優れた第六感を駆使しながら
蓮は今日も街を行く。
道具に、鏡を持って。
「葵兄様には、この仕事の話しちゃダメだからね。焔。」
身支度を焔に手伝って貰いながら鏡越しに焔を見る。
『恐ろしい、言えません。葵様の耳に入ればその鏡は没収されてしまいます…。さすれば、蓮様のお仕事が無くなりかねません。』
ジャケットに腕を通し、襟を立てて蝶タイを着けてから正す。
佇まいを整えるのは
自分と相手の為です。
それは、焔の教えだった。
きちんとする事に、意味を感じなさい。
昔から焔は僕をしっかり躾してくれた。
「葵兄様が、よく借りていくからね。この鏡…最近レプリカを作ろうかと思うくらいだよ。兄様なら、同じ力を入れて鏡をもう一つくらいは作れるはず。」
『なりません。それは、唯一無二の物で無くては。きっと咎められてしまうのは、蓮様と私です。』
廊下に出て、螺旋階段を下り玄関にて靴を履く。
「葵兄さまの鏡。真実の姿を鏡面に映し出し…偽りの物は消えてしまう。つまり、浄化させてしまう。」
『まるで、かつての三種の神器を思わせる…』
「葵兄さま程の力があれば、物に頼らずとも何とでもできる。家にもいくつかの神器に変わるものが残されてはいるんだけどね。」
『葵様が持たれようが、橘が持とうが…そこに深い意味はありませんね。あなた方は、元は同じ所からいらしたのですから。』
空気が、寒々しくなってきた頃。木々が色付く時期に差し掛かり。
出歩くには、すこぶる適した気温。
歩き回るには、ちょうどいい。
「この鏡で僕を映すと…どうなるか知ってる?焔。」
町の焼きたてパンを売る店にて、遅めの昼食を買って
お気に入りの公園で2人で食べる。
『…消えは、しませんよね?え…、どうなるのでしょうか?』
クロワッサンを食みながら、蓮は空を見上げた。
「ん…。僕は映らなかった。何にもね、多分僕は葵兄様と同じだから。対象にもならないんだぁ。どうしてかな?ちょっとさみしい気持ちになっちゃったよ。だって、僕は…このセカイの枠からはみ出してる。」
温かいアッサムティーを携えた手が僅かに震えるのを、焔は見逃さなかった。
『…慰めませんよ?』
「うん、いいよ、分かってる。」
『私も、セカイの枠からはみ出してるのですから。私だって…人間の定義があるとしたら、真っ先に外されてしまいそうです。』
「あーあ、こんな僕の気持ちも知らないで…今日の空は一段と澄んでるんだからさ。」
『それでも、お好きでしょう?』
とりとめの無い会話をしながらの昼食が、ゆっくりと終わる。
「あ、実は科学研究所の解体が決まったんだよ。僕も最後に見ておく事になったんだ。あの、我が財閥の負の遺産を。」
きらきらと、水しぶきが噴水から上がり
細かな霧のように辺りに
広がる。
ギクリ、と
焔の顔が強張った。
『いけません。あんな物は蓮様のお目汚しにしかなりません!立ち入れば貴方は必ず後悔します。』
普段から穏やかな焔が
必死に、止めにかかる。
それだけの物が、かつての
研究所にはあったのだろう。
「僕は…焔に何があっても変わらず傍にいるから。怯えないで。」
大丈夫だよ、と笑う
蓮に焔の心は焦燥でいっぱいになる。
見られたくない。
貴方にだけは…。
「知っておきたいんだ。全てを。」
『私は、以前…』
「ごめんね?焔。それでも僕は…焼き付けておく義務があるんだ。」
次期、後継者として。
『貴方が傷付く姿を見たくありません。』
「ありがとう…。僕は、全てを受け止めるから。事実は、変えられない。」
穏やかな蓮の表情に、焔も心が揺らぐ。
あの研究所で、ひどい仕打ちを受けて来た事。
生体実験などに自分が用いられた過去を今でも強く思い出す。
近寄りたくない場所だった。
そこで、心身ともにボロボロになっていた焔を拾ってくれたのが、蓮の父親だった。まだ、蓮が産まれる前の話。
幼いながらに、蓮が誕生した時にはすぐに
『自分の必要性が無くなった』と感じるほどに、頭の回転は早かった焔。
そんな事を告げられるわけが無かったが、日々を不安に思いながら過ごしていたのは間違いなかった。
同じように、両親に愛されて育てられた兄弟。
蓮には、姉がいた。
その姉が婿養子として
迎えたのが、日元 葵だった。
夫婦は、子を成すこと無く数年で離縁し
姉は、すぐに好い人が現れて他県に嫁いで行った。
義理の兄、葵とは
いまだに交流がある。
『蓮様らしいです。さて、今日はこちらの地区をしましょうか。』
焔が地図を広げて指をさす。
「ここは、厚めに何度もまわってるけどなかなか浄化率が上がらない。」
長年している浄化の仕事。
後から後から場所を変えて何かが現れる。
それを地区で分けて毎日少しずつ浄化を進める。
『終わりがありませんからね、こればっかりは。』
治安を維持するとか、
平和を保つ。
そんな大きな段階に行くより、ずっと前の所から淀みを浄化するのは、大切な事。
気が滅入ったり、落ち込んだりしている人には
この淀みは悪さをしてしまう。
そして、それを人一倍察知できるのが蓮だった。
浄化するための力を満たした鏡には、使い方がいくつかある。
そして、力は、満月の晩に鏡を映し込んで得ている。
古から、この役目を果たす者は何人か存在した。
その者一人一人が、転生を繰り返している蓮だと知る者は、ごく僅かだろう。
「人がいる限り、ずっと続くよ。昔から細く長く浄化は続けられてきてる。」
『本当に、橘家は不思議ですね。何世紀も揺るがずにあり続ける…力を持っている。』
「僕は、たまたま橘家に産まれた訳じゃ無いのかもね…。」
神経を使う浄化作業が終わり、蓮は屋敷の玄関先で靴を脱ぐ。
その靴を焔が、見て
『少し磨いておきましょう。』
靴の手入れをし始めた。
「あ、いいのに…。それより部屋で一緒に遊ぼうよ?焔。」
日頃使う道具を持ってきて、丁寧に靴全体をブラッシングしている。
『ですから、私は貴方とは一緒に遊びません。貴方のお世話係が遊んでいては…変でしょう?』
「僕が、いいって言うのに…。」
ブラッシングをしていた手を止めて焔が蓮を見据える。
『勘違いなさいませんよう、私は貴方の父上様から任せられています。従うべきは、貴方のワガママでは無いのです。』
やれやれ、と肩をすくめる焔に蓮は面白くなさそうに目を細める。
「おかしくない?だって、去年までは…僕のお兄ちゃんだったのに。」
クリーナーをクロスで
満遍なく広げ、慣れた手つきで以前のクリームを落としていく。
『私は、元々貴方の兄ではありませんから。』
「じゃあ…なんで仲良くしてくれてたの?」
いつもの蓮の無邪気な声が
切なげに変わる瞬間を
焔は、誰より知っていた。
少し甘えたがりな性格も。
本当に兄弟では無かったけれど、本当の兄弟よりも
自分達は仲も良かったし、
分かりあっていた筈だ。
咎めるような、真っ直ぐすぎる蓮の瞳が焔を見ている。
この瞳に、陥落すれば
自分はまた、居場所を失う。
優しい癖に残酷な事を
平気でする、それが蓮だ。
否が応でも向き合わせられる。
自分という存在と。
『蓮様、お兄様でしたら葵様がいらっしゃるでしょう?』
視線を逸らして、ようやく平常心を取り戻した。
「僕は、一緒にずっといた焔こそが…お兄ちゃんだと思ってるから。誤魔化さないで?ねぇ、焔…僕の隣に居たい癖に嘘なんかついちゃ駄目だよ。」
それだけ言うと、蓮は自室に戻って行った。
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