6570日のサヨナラ。

あきすと

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終わらない夢想

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15歳の僕は、失意のどん底に居ても救われる事を望まなかった。
彼の49日が終わる頃、彼の両親が教えてくれた。

冷たい土の下に眠る、彼を思うと心が痛くて
寂しくて、気がどうにかなりそうだった。

人の本来、あるべき姿とは…一体何なのだろう。
肉体を失うと、精神はどこにいくのか。
魂の行方を知りたかった。

いや、知ったところで僕には何にもできない事も理解していた。
僕の心を理解できる人は、きっと後にも先にも彼だけだった。
惹かれて、想い、煩悶して、昇華する事のない恋が
花開く事なく、蕾のままで永遠の緑を宿らせたまま
静かに終わりを迎えた。
プリザードフラワーにも、似ている。

心の決別もできずに、他人に心の領域を許す事もせずに
生きて来た年月の方が、長くなってしまっていた。

僕は、彼の写真は持っていない。
ずっと、僕の目と心と、脳に焼き付いている彼の残像だけを
好きな時に蘇らせられる気がするからだ。

彼は、もうそろそろ輪廻を廻っているのだろうか?
こんな風に思えるようになったのは、篠原くんが僕の前に現れたからだ。

思い出される言葉は、「本当に必要な人であれば、必ず目の前に現れる。」と言った彼の
優しい言葉だった。

僕に、霊感だとか、見えないものを感じる能力なんてありもしないけれど
篠原くんを見ていると、心のもやが少しずつ晴れていく気がした。
似ているとか、彼の雰囲気を感じると言うのとは違う
僕の中の直感が、間違っていなければ…。
全てが彼ではない。ただ、小さなかけらを篠原くんはいくつも
僕に散りばめてみせる。

篠原くんの事を考えている間は、楽しい。のに、僕には新しい心の領域を準備する
勇気がない。ずっと、定着した暗がりの中で生きる事の無為さだとか、無常観に
さいなまれてしまうから。
当時の僕は、だれにも頼らずに立ち直ってしまった。
今思えば、もしあの頃に頼れる大人に心の叫びや悲しみを受け止めて貰っていたならば。
何かが変わっただろうか?

『てんちょ…、ぁ…』
ふわっとあたたかいものが、顔に触れた。
意識が薄い。どうやら、眠っていたらしい。僕は、休憩の途中に
事務所の机で、居眠りをしていたのだ。
篠原くんが、僕の顔に触れたのだろうけど。どうかしたのかな?
不思議に思って起きると、篠原くんが僕の顔をのぞき込んでいた。

『ちょっと、もう一回すみません。』
ぼーっとしながら、僕は篠原くんの綺麗な指先を見ていた。
額に触れる篠原くんの手のひら。
「ぇ、なになに?」
『熱でもありそうですね。頬っぺたが赤いですし…。後は、俺が閉店作業しておきますから
帰って休んでください。』

随分と、自分が見込んだ篠原くんはしっかり者に成長しているなぁ。なんて思いながら
首を横に振った。
「駄目。帰りません。」
『いつも通りの報告で良いんですよね?だったらもう、俺一人でできますし。』

あのね、そうじゃないんだよ。篠原くん。
今日は…
『店長、業務携帯鳴ってますよ。』
「ぅわ…やっぱり…!もう来ちゃう。もぉ~、なんでこんな閉店間際に来るんだよ、あの人は。…はい、お疲れ様です。
…ぁ…、大丈夫です。分かりました。お待ちしてます、お気をつけて。」
『本部の人ですか?こんな時間に』
「視察の最後は、この店って…目付けられてるんだよ。はぁ、篠原くんは普通で良いからね。」
本部の店舗視察をしている、馬の合わない同期がやって来る。
なので、体調不良で帰宅なんてしようものなら、個人的に何をチクチク言われるのか
分かったものじゃない。

今から現れる、根本 惣丞は、同い年で同期でもあり、付き合いもそれなりに長い。
僕の歪んだ?人生の一部を知る貴重な友人の一人でもある。
お互いに、殺伐とした言い合いもできる上にまだ独身である事を
遠慮なくネタにされつつも、結局は今の仕事にしがみついている所が
よく似ていた。

「見てて、腹立つスーツのが現れたら、それが根本だから。」
『…仲、良さげですね?』
「ナイ、ナイ。根本だけは…本当に苦手なんだよね。人の神経逆なでするのが、もう…上手くてさ。」
『へぇ…。』
篠原くんの視線が、少しだけ冷たく思えたのは、気のせいだろうか?
30分程、経って店の中に根本が現れた。インテリっぽく見えるけど、蓋を開ければただの
意地悪だと僕なりの評価は、そんな所だ。

すぐに、事務所に来るかと思ったけど。しばらくは店の中をウロウロしていて
相変わらずの神経質ぶりに、苦笑いしていた。
篠原くんに何やら話し掛けて、売り場の事を説明されている間は
僕がカウンターに立っていた。
『お疲れ様、鉢平店長。今日も寂しそうな顔してるなぁ…』
「お疲れ様です。根本マネージャー。」
『…それだけ?』
「…ぁ、お済みでしたか。では、事務所の方でどうぞ」
『お前、相変わらず俺には冷てーなぁ。分かったよ。』
「ゴメンね、今日は先に上がってね。この人のしつこい話が、すぐに終わらないだろうから。」

篠原くんは、店の中の掃除を始めていた。
根本マネージャーは、僕のデスクに自分のPCを置いて。
さぁ、地獄の時間が始まった。
僕は、隣に椅子を持って来て根本マネージャーの仕事を隣で見ながら
報告書の印刷をしていた。

『わっかいの来てくれて、どうだよ?』
「助かってる。ものすごく…大人だし。安心して任せられてる。」
『でも、お前の事アレだろ?好きだろ。俺がお前と話してると、年相応に戻ってる。』
「そんな事、無いと思うけどね。どんな人なのか様子を見てるんじゃないかな。賢い子だから。」
椅子から立って、僕はコーヒーを淹れ始めた。
根本には、この店で数年一緒に働いていたせいもあって、ホーム感を出してくる。

『そんなに長居する気ねぇぞ』
「珍しい、…どうして?」
『嫁さんが、帰宅時間が遅いってうるさいんだよ。』
「あ、結婚したの?再婚?」
『いや、前の嫁さん。ヨリを戻した。』
「喜んでいいの?」
『こんな楽な男は、他にいないだってさ。』
「良かったね…。根本。」
『お前も、少しは何かしらの変化とかないのかよ。この店と心中するだけの人生って、切なすぎるだろうに。』

根本を黙らせるには、
「はい、コーヒー。」
『どーも…。』
僕の淹れたコーヒーを飲みながら、うだうだ話し始めた頃には
篠原くんが事務所にやって来た。
『では、お先に失礼します。お疲れ様です。』
「篠原くん…遅くまでありがとう。お疲れ様。」
店の従業員ドアまで見送って、気が付いた。
『あの、店長…帰ったら電話してください。』
何か言いたげだとは、思っていたけど。
「うん、遅くなるけど大丈夫?」
『平気です。待ってます。それじゃ…』

いつもより余裕のない表情に、僕は一瞬胸がドキッとした。
根本には、聞かれてないだろうけど。何かあったのかな?

気になるとは言え、その後の根本との会話ややり取りは3時間ほど続いた。
『お前が居なくても、まわる店をコッチは望んでるのに。お前にはこの店しかないんだから。どうすんの?』
「どうもしないよ。本部には戻るのは無理。通勤時間がかかり過ぎるし。」
『引っ越せ。めんどくせー』
「僕は、この店と最後まで一緒だからいいの。だいたい、経営状態も文句無いはずだけど?」
『確かにな。上はお前を色んな所にやって、色んな仕事を経験させたいだけだろ。そろそろ所帯持ってないと
周りがやいやい言ってくる、だろ?』
「仕事には、一切関係ないよ。」
『お前が変わらないから、周りがお前を変えようとする前に、何とかしたら?って事。』
「結婚したい相手は、もう居ないんだし」
『前は、居たんだ?』

プライベートの話は、自分が一番面白くない。
根本は、少しだけ僕の事情を知っている。
でも、相手が同性だとは夢にも思っていないだろう。

「僕が、心中したかったのは…このお店じゃなくてあの子だけなんだよ。」
思い出の中で生き続ける15歳の彼。

居心地が悪くて、僕はため息をついた。
『…もう、おっさんじゃん?お互い。懐かしむのもいいけど、あんまり浸り過ぎるなよ?』
根本は、作業を終わらせて僕の肩に手を置いた。
「うるさいよ、もう帰れ…ばか」


久しぶりに、嫌な時間だった。ホント、苦手な人と関わるのは疲れる。
急いで店を閉めて、帰宅した。シャワーを浴びて、髪を乾かしベットに転がる。
篠原くん起きてるかな?深夜だから、気が引けたけど電話してみた。
『店長…お疲れさまでした。長かったですね。』
「起きてたんだね、もう、かなり遅いから寝てるかと思った。」
『まさか、自分から言ったのにそれは、無いですよ。そういえば、体はどうですか?』

あ、そうだった。すっかり忘れてたけど。篠原くんが言ってくれたおかげで思い出した。
「なんだろ、怒りで発散されたのかな?むしろ、マネージャーのおかげで、熱の事も忘れてたくらい。」
『店長って、根本マネージャーと話す時、別人みたいです』
「ぁはは、本当は逆にね、畏まらないといけないんだろうけど。同い年で、ずっと今の店でも一緒だったり
したせいか、言葉が強くなってるかも。」
『年月には、どうやっても敵いませんからね。』
「僕は、そうでもないと思うよ?」
『もっと、早くに生まれたかったです。なんて、思ったりしてると…やっぱり自分は子供だなって、余計に思ってしまうし。』
「十分、篠原くんは大人だよ。もっと、子供でいいのになぁ。」

寝がえりを打って、そっと遮光カーテンから見える月を見上げる。
『店長、今晩は満月ですよ。』
「今、ちょうど見てるトコ…。綺麗だね。僕、銀色の冷たい月が好きだから…ずぅっと見ていられる」
『月は、遠くにあるから綺麗に見えるんですよね。』
「紅い月は、なんだか怖いよね。ドキドキする。不吉な予感がして…」
『店長…、』
「うん、なぁに?寿杏。」
『…今日は、店長の事で心が振り回されっぱなしです。』
「あぁ、マネージャーは月に1回も来ないから安心して。」
『店長の声聞いてると、安心して眠くなってきました。』
「じゃぁ、そろそろお休みなさい。でいいかな?」
『有難うございます、店長…お休みなさい。』

篠原くんの眠い声を思い出して、僕はくすっと笑って電話を終えた。
今夜、同じ月を見上げた瞬間がある。
僕は、これだけで心がいっぱいになっていた。
寝る前に、彼の事や篠原くんの事を考えながら
夜想曲第2番を聴いて眠る事にした。
夢に、もう彼は現れなかった。
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