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雨の調べ
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夢の中でさえ、僕の心は彼のものだった。ずっと、色あせずに歳をとらない彼は、制服のままで。
放課後の図書館に現れる、モナリザと似ていた。何を話すでもなくて、ただ僕を見つめる視線。
大人の姿の僕を一瞥して、笑みをたたえる。
僕は、答えを持たずにただ彼の前に立っているだけの存在。いつしか、本当に時間が止まってしまったのはどちらなのかも分からなくなるのだろう。
詰め襟のホックを外して、音楽室の窓にたたずむ姿は、どう見ても同い年とは思えなかった。
僕は、彼に置いていかれることに恐れて、まるでひっつき虫のように彼と時間を共にしたかった。
18年の月日は、僕を静かに慰めてくれるものでもない。ただの生きるだけの肉体に意味を持たせ続けるためには、感情も熱量も必要で。
1人、取り残された虚無を感じては
僕にも自分の進路を決める時期が、差し迫っていた。
担任には、進路希望を提出したけれど『いいんじゃないか。』とだけ言われた。
僕のこの先の人生に対する期待値なんて、たかが知れていた。
僕が必死に勉強をしていたのも、かれとゆくゆくは同じ高校に行く為だった。頑張る目標が存在しない世界は、やっぱり空っぽなのだと思い知った。
彼の愛する、音楽の道をまさか僕が今更志す事も出来なかったし。
人の人生を生きる事は、出来ないと
頭では分かっていた。
僕には、何にも出来ない。だから、とりあえず生きる事を目標にしようかと思う。だって、この意識が途絶えれば、彼を想う事も出来ないのだから。触れられもしない、声も聞けない事よりも、僕にとって一番悲しい事はないのだから。
夢の中で、奏でられる調べは夢から覚めた僕の耳にいつまでも残っていて、涙で目がさめる。
彼がもたらした涙の温かさを感じると、僕は生かされているのだと思えるから。
『幸来は、俺の精神的な双子みたい。』
僕が、彼の演奏会のが終った帰りに言われた言葉だった。
僕は、意味もわからずにただ嬉しくて。
「僕等、誕生日も近いから…?」
『でも、星座は違う。違う星を選んで生まれてきてる。』
僕は、ひっそりと知った彼の秘密がある。彼は、メンタル面でもかなり繊細であり、心が乱れやすい。
緊張する場面では、過敏になっていて気が立つのだと言っていた。
僕は、会場にいる彼に出来る事と言えば、ただ彼の心を受け止めて手をそっと握る事。
目をつむり、穏やかな呼吸をもって
彼の背中を軽くしてあげるくらいしか出来ない。
彼の演奏が始まれば、もう後は世界に引き込まれていくだけ。
身をゆだねながら、はるか彼方まで
心を広げていく。
僕は、彼に音楽で感性を揺らせる事を教えてもらった人間の1人だ。
『音として、ただ聴くんじゃなくて感じるんだよ。感性で奏でを体験するんだ。』
こんな事を言う存在は、初めてで
驚いていた僕。
「少しだけなら、言ってる事が分かる気がする。」
『素質があるよ。体はもう理解してる。気持ちのいい音の表現とかも、その内分かってくるはず。』
楽譜も読めない僕だけど、はっきりと分かる事がある。僕は、彼の音の世界が好きで心が動かされると言う事。
ねぇ、彼は今どの辺にいるのかな?もうそろそろ、巡り合わせられる気がしているのだけど。
僕のまた、勘違いかもしれない。
働くだけ、たまに、意識全部を彼に集中させて眠って、起きてみれば何にも変わらないセカイに、いつまで失望すれば気がすむのか。
がっかりする事に、もう随分と慣れてしまった。この世の残酷さに疲れて、挫けそうだけど。
もうそろそろ、起きなくてはいけない。お店に行かなきゃ。こんな僕でも、労力として必要とされている事が、この世界とかろうじて繋がる為の細い糸だったりする。
店長、と呼ばれれば直ぐにスタッフの子の元へ行って。
もしかしたら、すこしは必要とされているのかな。なんて、調子のいい事を考えて簡単に自尊心を満たそうとする、
生きる体の心は、もしかしたら図々しいのかもしれない。
僕は、終わりの無い残酷な夢から目を覚ますと、洗面所で自分の顔を見て、ちょっと落ち込むのだ、
33歳。夢の中での彼は永遠の15歳なのだから。
比べても虚しいだけだが、僕は彼の人生を倍以上生きているだけの顔をしていた。
篠原くんには、若い。とか、若く見えるとお世辞を言われたけど。虚しさが募るだけで、僕は何とも言えずに苦笑いで返した。
休日の遅番は、閉店時間が近くなってくると結構ヒマな時間が多い。
かと言って、勝手に閉店時間を繰り上げるような真似は出来るはずもなく、僕は新たな仕事を篠原くんに教えながら、過ごしていた。
『雨、酷いいですね…。店長、傘は持って来ましたか?』
僕は、店の外を見てため息をついた。
「無いけど、平気。家も近いからね。」
『俺、持って来てなくて…止んでくれると有難いんですけど。』
「今日も自転車かぁ、困ったね。そういえば、前線が北上して来てるからこの雨、長引くんだよ。」
秋雨前線の季節になって来たのだ。
スマホのアプリで、レーダーを確認できる現代は本当に便利にはなっている。
『そうだ、今日店長の家に行ってもいいですか?』
「へ…、な、なんで僕の家なんかに?」
『泊めて貰いたいんですよ、ダメですかね?後、自転車も置かせて欲しいので。』
人懐こい篠原くんの言葉に僕は、言葉を探して、探したけど見つからない。
「僕の家、ベッドは1つしか無いし…」
『あぁ、床で寝るので大丈夫です。』
「そんな訳にもいかないよ!僕が、…床で寝るから。待って、その前に親御さんにちゃんと連絡しないといけないよ。篠原くんは、まだ未成年なんだからね。」
僕が、まさか誰かをあの部屋に招く事になるなんて。
でも、さっきから雨風もひどい。
沿線も遅れが出ているらしくて、
外は荒れている事には違いなかった。こんな中を自転車で雨に濡れながら返すのは気が引けた。
『まぁ、どっちにしろお互いに濡れ鼠は確定ですよ。店長の家がここから徒歩5分だとしても。』
とてつもなく、気が重い。
「レインコートは、今度から持っておくべきかもね。」
『あれでも、実は結構濡れますよ。むしろ、体中が湿ってしまうからベタベタになって気持ち悪いんです。』
篠原くんの言葉を上の空で聞いていると、肩をつつかれた。
『ぁ、あれ…』
え?と思って、外を見ていると道路にゴミ箱が転がっていた。
「危な…っ、多分向かいの店のじゃない?」
『拾いに行きましょうか。』
「今、ドアは開けられないよ。風が強くて危ないから。」
大きな音を立てながら、ゴミ箱が転がっていく。
電線が、ひどく揺れ始めていて
僕は嫌な予感がしていた。
もし、ここで電線が切れてしまい、
停電になったら、とてもまずい状況だ。
『すごい荒れ模様ですね、自転車仕舞うスペースあって助かりましたけど』
「もう少し、風が弱まらないと外には出れないよ。」
僕は、諦め口調で言いながら事務所の椅子に座った。
篠原くんは、ずっと窓の外を見ているようだった。
時々、外が明るく光って
稲妻がすこし遅れてから、雷鳴を響かせる。
心が乱れそうな時は、彼の残した音楽を聴きたくなる。
机の上に、スマホを置いて
再生する。
僕の好きな曲、「雨だれ」
この曲に似合う程の雨だったらいいのに。と、願いを込めて
目を閉じ、耳を澄ませる。
『幸来…、』
僕は、一瞬彼に名前を呼ばれた気がして目を開けた。
すぐそこに、篠原くんが
立っていて。
僕は、頭の中がぐじゃぐじゃなまま
「ぁ…、篠原くんか。ゴメン」
気まずい何かを感じて、とっさに謝った。
『俺も、結構この曲好きです。』
「月並みだけど、僕も好きなんだ。優しい響きだよね。」
『曲の中の雰囲気の変化がとても難しくて、悲しい曲ですよね。こんな嵐みたいな
夜には確かに似合いますけど。』
「有名な部分ばっかりが、CMとかにもよく使われるから僕も知らないで聴いてたよ。
篠原くん…ピアノを弾くんだね。」
『この演奏、誰ですか?』
「ぁ、僕の中学時代の友人だよ。」
『…一瞬、ドキッとしました。このピアノの人、俺と弾き方が似てます。』
外では、また稲光が明るく
光っていて篠原くんの顔を照らしていた。
僕の胸には、落雷の音だけがはっきりと届いていた。
放課後の図書館に現れる、モナリザと似ていた。何を話すでもなくて、ただ僕を見つめる視線。
大人の姿の僕を一瞥して、笑みをたたえる。
僕は、答えを持たずにただ彼の前に立っているだけの存在。いつしか、本当に時間が止まってしまったのはどちらなのかも分からなくなるのだろう。
詰め襟のホックを外して、音楽室の窓にたたずむ姿は、どう見ても同い年とは思えなかった。
僕は、彼に置いていかれることに恐れて、まるでひっつき虫のように彼と時間を共にしたかった。
18年の月日は、僕を静かに慰めてくれるものでもない。ただの生きるだけの肉体に意味を持たせ続けるためには、感情も熱量も必要で。
1人、取り残された虚無を感じては
僕にも自分の進路を決める時期が、差し迫っていた。
担任には、進路希望を提出したけれど『いいんじゃないか。』とだけ言われた。
僕のこの先の人生に対する期待値なんて、たかが知れていた。
僕が必死に勉強をしていたのも、かれとゆくゆくは同じ高校に行く為だった。頑張る目標が存在しない世界は、やっぱり空っぽなのだと思い知った。
彼の愛する、音楽の道をまさか僕が今更志す事も出来なかったし。
人の人生を生きる事は、出来ないと
頭では分かっていた。
僕には、何にも出来ない。だから、とりあえず生きる事を目標にしようかと思う。だって、この意識が途絶えれば、彼を想う事も出来ないのだから。触れられもしない、声も聞けない事よりも、僕にとって一番悲しい事はないのだから。
夢の中で、奏でられる調べは夢から覚めた僕の耳にいつまでも残っていて、涙で目がさめる。
彼がもたらした涙の温かさを感じると、僕は生かされているのだと思えるから。
『幸来は、俺の精神的な双子みたい。』
僕が、彼の演奏会のが終った帰りに言われた言葉だった。
僕は、意味もわからずにただ嬉しくて。
「僕等、誕生日も近いから…?」
『でも、星座は違う。違う星を選んで生まれてきてる。』
僕は、ひっそりと知った彼の秘密がある。彼は、メンタル面でもかなり繊細であり、心が乱れやすい。
緊張する場面では、過敏になっていて気が立つのだと言っていた。
僕は、会場にいる彼に出来る事と言えば、ただ彼の心を受け止めて手をそっと握る事。
目をつむり、穏やかな呼吸をもって
彼の背中を軽くしてあげるくらいしか出来ない。
彼の演奏が始まれば、もう後は世界に引き込まれていくだけ。
身をゆだねながら、はるか彼方まで
心を広げていく。
僕は、彼に音楽で感性を揺らせる事を教えてもらった人間の1人だ。
『音として、ただ聴くんじゃなくて感じるんだよ。感性で奏でを体験するんだ。』
こんな事を言う存在は、初めてで
驚いていた僕。
「少しだけなら、言ってる事が分かる気がする。」
『素質があるよ。体はもう理解してる。気持ちのいい音の表現とかも、その内分かってくるはず。』
楽譜も読めない僕だけど、はっきりと分かる事がある。僕は、彼の音の世界が好きで心が動かされると言う事。
ねぇ、彼は今どの辺にいるのかな?もうそろそろ、巡り合わせられる気がしているのだけど。
僕のまた、勘違いかもしれない。
働くだけ、たまに、意識全部を彼に集中させて眠って、起きてみれば何にも変わらないセカイに、いつまで失望すれば気がすむのか。
がっかりする事に、もう随分と慣れてしまった。この世の残酷さに疲れて、挫けそうだけど。
もうそろそろ、起きなくてはいけない。お店に行かなきゃ。こんな僕でも、労力として必要とされている事が、この世界とかろうじて繋がる為の細い糸だったりする。
店長、と呼ばれれば直ぐにスタッフの子の元へ行って。
もしかしたら、すこしは必要とされているのかな。なんて、調子のいい事を考えて簡単に自尊心を満たそうとする、
生きる体の心は、もしかしたら図々しいのかもしれない。
僕は、終わりの無い残酷な夢から目を覚ますと、洗面所で自分の顔を見て、ちょっと落ち込むのだ、
33歳。夢の中での彼は永遠の15歳なのだから。
比べても虚しいだけだが、僕は彼の人生を倍以上生きているだけの顔をしていた。
篠原くんには、若い。とか、若く見えるとお世辞を言われたけど。虚しさが募るだけで、僕は何とも言えずに苦笑いで返した。
休日の遅番は、閉店時間が近くなってくると結構ヒマな時間が多い。
かと言って、勝手に閉店時間を繰り上げるような真似は出来るはずもなく、僕は新たな仕事を篠原くんに教えながら、過ごしていた。
『雨、酷いいですね…。店長、傘は持って来ましたか?』
僕は、店の外を見てため息をついた。
「無いけど、平気。家も近いからね。」
『俺、持って来てなくて…止んでくれると有難いんですけど。』
「今日も自転車かぁ、困ったね。そういえば、前線が北上して来てるからこの雨、長引くんだよ。」
秋雨前線の季節になって来たのだ。
スマホのアプリで、レーダーを確認できる現代は本当に便利にはなっている。
『そうだ、今日店長の家に行ってもいいですか?』
「へ…、な、なんで僕の家なんかに?」
『泊めて貰いたいんですよ、ダメですかね?後、自転車も置かせて欲しいので。』
人懐こい篠原くんの言葉に僕は、言葉を探して、探したけど見つからない。
「僕の家、ベッドは1つしか無いし…」
『あぁ、床で寝るので大丈夫です。』
「そんな訳にもいかないよ!僕が、…床で寝るから。待って、その前に親御さんにちゃんと連絡しないといけないよ。篠原くんは、まだ未成年なんだからね。」
僕が、まさか誰かをあの部屋に招く事になるなんて。
でも、さっきから雨風もひどい。
沿線も遅れが出ているらしくて、
外は荒れている事には違いなかった。こんな中を自転車で雨に濡れながら返すのは気が引けた。
『まぁ、どっちにしろお互いに濡れ鼠は確定ですよ。店長の家がここから徒歩5分だとしても。』
とてつもなく、気が重い。
「レインコートは、今度から持っておくべきかもね。」
『あれでも、実は結構濡れますよ。むしろ、体中が湿ってしまうからベタベタになって気持ち悪いんです。』
篠原くんの言葉を上の空で聞いていると、肩をつつかれた。
『ぁ、あれ…』
え?と思って、外を見ていると道路にゴミ箱が転がっていた。
「危な…っ、多分向かいの店のじゃない?」
『拾いに行きましょうか。』
「今、ドアは開けられないよ。風が強くて危ないから。」
大きな音を立てながら、ゴミ箱が転がっていく。
電線が、ひどく揺れ始めていて
僕は嫌な予感がしていた。
もし、ここで電線が切れてしまい、
停電になったら、とてもまずい状況だ。
『すごい荒れ模様ですね、自転車仕舞うスペースあって助かりましたけど』
「もう少し、風が弱まらないと外には出れないよ。」
僕は、諦め口調で言いながら事務所の椅子に座った。
篠原くんは、ずっと窓の外を見ているようだった。
時々、外が明るく光って
稲妻がすこし遅れてから、雷鳴を響かせる。
心が乱れそうな時は、彼の残した音楽を聴きたくなる。
机の上に、スマホを置いて
再生する。
僕の好きな曲、「雨だれ」
この曲に似合う程の雨だったらいいのに。と、願いを込めて
目を閉じ、耳を澄ませる。
『幸来…、』
僕は、一瞬彼に名前を呼ばれた気がして目を開けた。
すぐそこに、篠原くんが
立っていて。
僕は、頭の中がぐじゃぐじゃなまま
「ぁ…、篠原くんか。ゴメン」
気まずい何かを感じて、とっさに謝った。
『俺も、結構この曲好きです。』
「月並みだけど、僕も好きなんだ。優しい響きだよね。」
『曲の中の雰囲気の変化がとても難しくて、悲しい曲ですよね。こんな嵐みたいな
夜には確かに似合いますけど。』
「有名な部分ばっかりが、CMとかにもよく使われるから僕も知らないで聴いてたよ。
篠原くん…ピアノを弾くんだね。」
『この演奏、誰ですか?』
「ぁ、僕の中学時代の友人だよ。」
『…一瞬、ドキッとしました。このピアノの人、俺と弾き方が似てます。』
外では、また稲光が明るく
光っていて篠原くんの顔を照らしていた。
僕の胸には、落雷の音だけがはっきりと届いていた。
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