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④間幕(彼の記憶)

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子供の頃、親に連れて行ってもらった水族館で
「わぁ……」
くらい水槽の中を揺蕩うくらげに心を惹かれた。

「…きれい」

曖昧で、しなやかで触るといかにも柔らかそうで
ドキドキしながら、水くらげの水槽を見ていた。

家にも水槽はあるけれど、飼っているのは小さな熱帯魚。
エサやりが日々の日課となっていた。

少し前、お母さんが家から居なくなった。
お父さんは、しばらくしたら帰って来る。
と、言っていたのにもう1ヶ月が経っていた。
僕の部屋にあるカレンダーにまた、×が増える。

お母さんが、僕に言った言葉は『あなたに、妹がいるのよ。』
それから、お母さんは家から居なくなった。

僕は喜んでいいのか、駄目なのか。
分からなくて、分からなくて。
家には学校から帰っても、誰も居ない日が続いた。

キッチンのテーブルにはお父さんが用意してくれた
たくさんの千円札。

お腹が空いたら、何か買って来なさい。
お母さんが居なくなってから、家の中が少しずつ
少しずつ散らかり始める。

僕は、なんとなくそれが嫌で。
学校では家に帰る前に掃除をする。
家に帰ってからも、同じ様に掃除をした。
出しっぱなしの本は本棚に返すし、テーブルを綺麗に拭いて
いらない物はごみ箱に捨てる。

溜まったごみは週に2回、収集車が来るから
学校でも習ったけど、袋に入れて捨てに行く。
もちろん、分別も忘れない。

心のどこかで、僕は信じていた。僕が良い子にしていれば
きっとお母さんは帰って来るに違いない。

ささやかな趣味でもあった、読書。
お小遣いを持って、隣町の古本屋さんに行く。
ここには、優しいお爺さんと滅多に会えないけれど
小さな【雪ちゃん】と呼ばれる子がいて、
会えるのを楽しみにしている。

前に、お爺さんに雪ちゃんを紹介してもらった事が
あったけど、どうやら人見知りする年頃らしくて
僕は、目の前で泣かれてしまい驚いた。

すぐにお爺さんの後ろに隠れてしまう所を見て
なんだか、ものすごく申し訳なかった。

この春から、雪ちゃんは保育園に通い始めたらしいけど
元気にしているのかな?

古本の中でも僕は、特に図鑑や子供向けの学習書というものを
いつも探していた。

学校の勉強にはまだ、出てこないけれど
本の中の世界はいつだって知らない事ばかりで
余計な事を考えずに没頭できるから好きだった。

プトレマイオスの星座の話の本を買って本当に楽しくて。
学校から家に帰ってからもついつい夜空を見上げる日が続いている。
お父さんが、昔使っていた望遠鏡を僕にくれたのだけれど
古いから、新しいものを買おう。と言ってくれた。
僕はまだ、使えるのならいらないよ。と言ったのに、
ネットで注文してしまったと言っていた。

今日は、いつもとは違うジャンルの本棚に行って
「ぇ~っと……」
お料理の本をさがす。
お父さんがいくらお金を用意してくれたとしても、ずっとこのままじゃ
いけない気がした。

はじめは、本当に簡単な物からしか作れないだろうけど。
写真が多めの料理本を何冊か買った。

学校でもそろそろ調理実習があるみたいで、楽しみにしている。
学年が上がったら、と待つのではなくて。
僕は少し先に勉強しておこうと思う。

お会計でお爺さんといつも少しだけ話しをして。
後から気が付いた、レシートと本の値札の金額が合わない。
前にもこんな事があった気がした。

今度、安くしてもらっているお礼をしなきゃ。


僕が、初めてカレーを作った日の事。
お父さんはお母さんと一緒に家に帰って来た。
僕は、ただお母さんが帰って来て嬉しくて嬉しくて。

また3人で暮らしていけるのだと単純に思っていた。

僕の作ったカレーをお母さんに食べてもらうと、急に
泣き始めた。
お父さんも、うつむいたままで。

僕は、その後にお父さんから言われた言葉を聞いて
いっきに頭が真っ白になった。
もう、僕はカレーの味なんか感じなくなっていた。

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