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2.少女の正体(1)

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「おい見られたぞ、ズらかれ!」マントと目深にかぶったターバンという怪しい盗賊ルックの男が叫ぶ。

(なんでよ!?あともうちょっとじゃない!?なんで人がいるわけ?)

黒目黒髪に褐色の肌の私は手足を縛られ、他の子供達と共に大きな幌馬車に転がされていた。といっても人さらいに捕まったわけではなく、潜入捜査だ。

私の名前はカレン。家名は元いた国に捨ててきたから、今はない。このマーサ王国の暗部に1年前から所属している。まだまだ新人だけど、今日はその見た目や年齢から捕まった子供達の中に紛れ込んで、人身売買組織の摘発現場で彼らを保護する役割を担う予定だった。

王都の第三警備隊と暗部との合同作戦である今回、街中での捕り物に一般の人を巻き込まないよう、水道工事だかなんだかと偽って人通りを厳しく禁止していた。それなのに、なんだかよく通る声の騒がしい男たちが現れ、警戒した組織のヤツラとその取引相手が摘発時間よりも早く撤退しだしたのだ。

(このまま作戦を決行しても、どちらか片方は取り逃がしてしまう。)

そんな予想と共に、私は関節を外して縄抜けをする。そしてスカートの中に仕込んでおいたナイフを取り出し、自分の足の縄を切ると、そのまま捕まっている他の子供達の縄もザクザクと切り始めた。呆気に取られている子供達全員を自由にすると、腕に着けていたブレスレットの石がブルーから赤に変わったのに気づく。

これは作戦中止の合図。今回の取引相手はこの国の貴族らしく、現行犯で捕まえられない限りは手を出せない、また組織の方も逃げられて国を出られてしまったらもう追うことができない。一度に捕まえないと意味がないのだ。

「みんな準備は良い?お姉さんが合図したら、一気に馬車から飛び降りるのよ。そして私の走る方向にみんなついてきてね。転んで痛い思いをするかもしれないけれど、みんなパパとママに会いたいでしょう?このまま売られて恐ろしい目に合うよりはましなはずだから、ね。」そう子供達にささやくと、みな決心したようにうなずいてくれる、良い子たちだ。この子たちがあの貴族に売られて何をされる予定だったか考えたくもない。

その間にも、組織の男たちはバタバタと出発の準備をしているようだ。チャンスはこの幌馬車が動き出した瞬間。それより前だとヤツラに気づかれる可能性がある。

外の男たちの気配が無くなり、馬を叩く鞭の音と高ぶったいななきが聞こえたと同時に、「せーのっ」の掛け声で馬車から飛び降りる。大丈夫、6人全員降りられたようだ。そのままナイフを構えたまま、本来この子たちを保護する予定だった民家まで走る。組織か貴族の傭兵が残っていたらこの場で処分するつもりだったが、幸い誰にも会うことなく私たちは無事、安全地帯までたどり着くことができた。



翌日。
「…お疲れさまでした。」私は暗部の部長室で、青筋を立てているクライン・ベルナー侯爵に呼び出されていた。ベルナー家は代々暗部を取り仕切っており、今代の当主であるベルナー部長もその才能を発揮し、26の若さで部長に就いている。ブルーの髪にエメラルドグリーンの瞳に銀縁メガネをかけた美形だが、今はこめかみがヒクヒクしている。私が悪いわけではないんだけど、正直言って怖い。

「作戦は失敗だが、子供たちが無事でよかった。1人、コッティ商会の次男坊がいたようで、ずいぶん君に感謝していたよ。」とベルナー部長が言うが、ちっとも嬉しそうでない。そりゃそうだ、私は途中参加だったけど、足掛け2年の作戦が訳の分からない男たちのせいで失敗したのだから。

「次の取引は2週間後だ。まあ、失敗した時のことも考えて、組織に潜入している連中はそのままだったから、まだチャンスはある。」立ったままの私に応接用のソファをすすめながら、彼も執務机からソファに移動した。
再び子供達の中に潜むにしてもまだ先の話だろう。いったい何なのかいぶかしく思いつつも、私もソファに腰かける。

「ところで…君は青薔薇歌劇団というのを知っているか?」
「青薔薇歌劇団というと、確か男性だけでお芝居やショーをする劇団ですよね?聞いたことはありますが、見たことはありません。」私は正直に答えた。そもそもこの国に来て、暗部に入ってからは休みなんてあってないようなもの。たまたまポツンと空いた1日は、たまりにたまった家事をやって、ゆっくり寝たらおしまいなんてことがザラだ。娯楽なんて、たまの読書ぐらいだろうか。

「実は昨日の騒動だが、その歌劇団の連中が、外出禁止を無視して飲んで帰ってきて取引現場に行き当ってしまったのが原因だ。しかも悪いことに、酔っ払って先に歩いていたのが歌劇団に所属している第3王子ミシェル殿下だった。」テーブルを人差し指で叩きながらベルナー部長が言う。

「殿下はどうやら、あの貴族の顔を見てしまったらしい。ただ、酔っていて証言には使えないし、そもそも顔を覚えていないとおっしゃっている。本当に使えない…忘れてくれ、とにかく殿下はそれが誰だったのかはわからないが、向こうは殿下の顔を見ているし、殿下に顔を覚えられたと思っているはずなんだ。」途中ものすごく不敬なことを言っていた気がするが、ツッコむのはやめよう。

「おそらくあの貴族にしろ、組織の人間にしろ殿下の命を狙ってくるだろう。だからその護衛を君に頼みたいんだ。」そろそろやめないと、人差し指が折れるか応接机に穴が開きますよ、部長。っていうか王子様なら護衛とかいるもんじゃないの?

「ですが、近衛の騎士がいますよね?私なんかよりも何倍も強い騎士様がいらっしゃるから大丈夫な気もしますが…。」と正直な疑問を口にする。ベルナー部長は私のような下っ端でも、こうやって意見を口にすることをとがめず、話をしてくれる方なのだ。

「正攻法なら確かに近衛騎士の方が強いだろう。ただヤツラもなりふり構わず狙ってくるだろうし、それに君なら相手を殺さずに倒すのが得意だろう?ゴロツキどもから取引相手なり組織なりにつながる証拠が出れば、それもこちらとしては有難いんだ。」とやってくれるかい?と身を乗り出してくる。

「了解しました。それでどのような身分で近づきますか?居酒屋の女?それとも劇団の衣装係にでも潜りこむとか…」と私。

「今回はできるだけ不自然でなく、それでいて次の摘発まで2週間はぴったりくっつけるような身分が良くてだね…というわけで、君には彼らの大ファンである私の従妹の令嬢という役で近づいてもらうつもりなんだ。幸い彼らの公演の劇場が侯爵家のうちの持ち物でね。君には視察と言う名目で見学に来た、わがままな可愛らしいお嬢様として、彼らとできるだけ共にいるようにしてほしい。」君なら令嬢としての振る舞いも完璧だろう、彼が言う。気は進まないけれど、昔取った杵柄というやつか。

「わかりました…いったん帰って身支度をしてからまた来ます。」と私は了承することにした。
実は保護した子供達が落ち着いて両親たちと会えるまで付き添った後、そのまま暗部に帰ってきて報告書を仕上げていたから、私は昨日から着の身着のままなのだ。早くお風呂に入りたい。

「構わないよ。ある程度の役はメーキャップ室に伝えてあるから、そのまま向かってくれ。君の従者としてユリウスが就くから、今回の任務はツーマンセルだ。詳しいスケジュールや作戦内容はアイツに伝えておくので、指示に従うように。それと、ミシェル殿下の元に向かう時はもう少し令嬢っぽく頼むよ。」と私のさらわれスタイルを見て、苦笑しながら部長が言った。

「ええ、もうそれはブリブリのご令嬢の格好で行きますよ。」懐かしい黒目黒髪は少し名残惜しいが仕方がない。私はとある人物を思い浮かべつつ、一礼して部長室を後にした。
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