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七章 黄金龍を撃つ者

二十五話 普通の秀才の、終業

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 信長を見限ると決めたその晩に、本能寺で信長が明智に討たれたという速報が届いた。
 あまり驚かなかったが、泣けてきた。
 死なれて泣いてしまうくらいには、信長に対して情があった。
 だが堀久太郎には、泣いている時間は、あまりない。
 この機を逃さず、羽柴秀吉は、全てを飲み込んでいくだろう。
 信長の弔い合戦を仕切り、そのまま広大な織田の版図を引き継ぎ、天下を取る。
 片棒を担ぐ以上、久太郎も多忙になる。

 秀吉の本陣から、秀吉の大号泣が聞こえてくる。
(凄いな。嘘泣きで、あそこまで号泣出来るとは)
 今の秀吉の仕事は、これから信長の弔い合戦をするという、軍団の意思統一だ。
 毛利との休戦協定が締結され次第、長い距離を一気に走破して、明智と戦うという手順を、理解させる。
 全ての兵たちに。
 これから行う大規模作戦を、秀吉が絶対に成功させたいイベントだと、理解させる。
 それが秀吉の天下取りに繋がると、信じさせる。
 この手のプロパガンダでは、秀吉に抜かりはない。
 たっぷりと悲しむパフォーマンスをして、弔い合戦の雰囲気を高める。
「織田信長を倒した明智光秀って…ものすごくストロングなのでは?」
 とか思わせないし、そういうイメージは払拭する。
 あくまで
「卑怯な裏切り者を、討伐しに行く」
「自分たちに都合の悪い奴を、排除に行く」
「ラッキー、天下を取れるぜ」
 というポジティブさで戦意を爆上げする。
 軍師の黒田官兵衛はパフォーマンスには関与せず、中国地方から撤退して、明智光秀を倒す準備に専念している。
 堀久太郎も、独自の判断で動かなくては、出遅れる。
 もう、指示を待つ仕事は、無い。
 少ない部下に命じて、手勢を集める手配を始める。

(弔い合戦では、どこで戦おうかな)
(先陣かな。元秘書官だし)
(いや、先陣だ。先陣以外では、参戦しない)
(自分が積極的に参戦して、主導権を握る)
(ああ、楽しい。信長抜きで戦争をするのが、楽しい)
(信長の尻拭いをせずに戦えるのが、楽しい)
(楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい)

 信長を失った悲しみより、圧倒的な解放感が爆発する。
(死んでくれて、よかった!)
 もの凄い笑顔になってしまった。
 周囲の人々は、
「きっと、光秀の首を刎ねる脳内シミュレーションだよ」
「坂本城を、燃やしている妄想と見た」
「名人を敵に回すとか、絶対に嫌だよね」
「ああいう危ないキャラだったのね(ぽっ)」
 と、好意的に解釈してくれた。
 黒田官兵衛は、表情を変えないだけで
「あの野郎、信長の死を、喜んでないかい?」
「人質に出した長男を、殺されかけたしな」
「(竹中)半兵衛様が匿っていなければ、殺されとるがな」
「あいつ、泣いている羽柴様に、これに乗じて天下を取れって煽っていたぜ。腹黒軍師め」
 と、全部悪い方に解釈された。
 日頃の行いの差である。
(そうか)
 久太郎は、『長篠の戦い』で一条信龍が自分を「見逃した」理由に、思い当たった。
 綺麗で大人しい顔でも、戦国に狂っているのがバレていたのだろう。
 信長の元で戦うなんて事に、馬鹿馬鹿しくて耐え切れない人材だと。
(自分では、分からなかったなあ)


「分からなかった? バレバレだろ。信長にも。秀吉にも、俺にも」


 天正十八年(1590年) 五月下旬。
 織田信長から解放されて、八年。
 豊臣秀吉の天下取りは、関東地方の小田原・北条家を征伐すれば完成する段階に入っている。
 堀久太郎秀政は、豊臣久太郎秀政に出世していた。
 豊臣秀吉の戦のほとんどで、先陣を務めた。
 誇張抜きで、豊臣秀吉の天下取りの30%は、久太郎の手柄と自慢していい。
 名人という呼称が控えめに思える程に、活躍した。
 小田原征伐では、左翼の大将を命じられている。
 そして本陣を構えた海蔵寺で、死の床に就いている。
 疫病が、久太郎の享年を三十八歳にする最中だった。
 死にそうな久太郎の枕元に、黄金の甲冑を着込んだ一条信龍が、お迎えに来ていた。
 或いは死に際の幻覚か。
「ポーカーフェイスで隠したつもりだったか? お前が戦場で才能を見せびらかしたい狂った野郎だってのは、信長にも秀吉にもモロバレなんだよ。
 でなきゃあ、長篠の戦いで、俺を殺せなんて指令を出さねえよ。
 便利で使える駒だから、イカれていても可愛がって使いまくる。
 信長と秀吉に共通しているのは、そういう所だな。
 兄上もそうだったから、よく知っている」
(そうだな…某は、いいタイミングで、死ねそうだ。小田原征伐が済めば、用済みであろうし)
「え? 死にそうだからって、気弱だな。奉行職とか、貰った領地の経営とか、やる事がいっぱいあるだろうが。マルチな秀才だろ、久ちゃん」
(某は、豊臣の姓を、貰ってしまった。殿下に子がいない以上、早めに左遷しておかないと、跡目争いの種になる)

 久太郎の死後、家督と豊臣姓を継いだ息子は、上杉家の旧領地を納める難しい仕事に忙殺され、豊臣政権の跡目争いには全く関われなかった。
 久太郎が疫病で死ななくても、同じ結果で終わっただろう。

「うわっ、くだらねえオチ。そこで揉めるようじゃあ、長くねえな。お猿の天下も」
(太陽が翳る前に、先に逝くよ)
「おい、早いだろ。見逃してやった恩を、返してから死ねや」
(首の供養は、しましたよ。菩提寺ごと、火事で焼失してしまいましたが)
「ケチめ。もう少し、盛れ。武田家をコッソリ復興させてくれるとか、ワクワク信龍ランドを建設するとか。ワクワク信龍ランドの建設地は、上総国(千葉県)がオススメ」
(死にかけなので、何も出来ません)
「ケチめ」
(いつもの事です)
「どうだい、異世界転生して無双キャラをするつもりだから、久ちゃんも一緒に」
(…出来れば、黄金龍とは、違う異世界で…)
「何だよ、誘ってやったのに!」
(うるさい、お迎えですね。生き返れば、帰ってくれます?)
「今更…まだ戦い足りないのか?」
(…いいえ、その方面は、やり尽くしました)
 九州征伐では、島津とも戦って勝っているので、もう十分だろう。
(転生が叶うなら、やってみたいのは…)


 天正十八年(1590年)五月二十七日
 堀久太郎秀政 病死
 菩提寺となった長慶寺(福井県)では、毎年五月二十七日に法要を行っている。
 長慶寺には、久太郎自身が描いたらしい、自画像が所蔵されている。
 剃髪し、ラフな格好で楽に座っている姿だ。
 三十代の名のある武将には、全く見えない。
 十八万石を得た戦国大名のキャリアとは、無縁の自画像だ。
 どうやら楽隠居した後で、趣味の世界に生きるつもりだったようだ。



          (完)
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