上 下
5 / 25
一章 息子に嫁を取ったら戦争になったぜベイベー

五話 だって戦国なんだもん(5)

しおりを挟む
「やあ、僕は名探偵典厩てんきゅう(注意・武田信豊)。武田を裏切る悪い奴は、ネバー許さないナイスガイ。さあ、内通の証拠を出したまえ。拙者は必ず、真犯人を捕まえる! ジッちゃんの名にかけて! あ、ジッちゃんは永久追放中だった。父ちゃんの名にかけて!」
 そのジッちゃん・武田信虎は、永久追放中(信玄に追放された)でも構わずに武田に戻ろうとし、甲斐本国には入れなくても子孫を他家に積極的に亡命させて、武田の滅亡前に血筋の保護をやり遂げてから大往生するが、それはまた別の話。
「証拠?」
 言われて奥平定能は、困った。
 真正面から有罪の証拠を出せと言ってくる馬鹿の相手をしていたら、ストレスで死んでしまう。
 苦手なので、馬鹿は相手にしないように生きて来たのだ。
 定能は、有罪だとは知らずにいる貞昌に、対応を任せる。
 知らずにいれば、無罪の人間として反応可能だ。
「証拠というのは、どのような形をしているのでしょうか?」
 貞昌にそう返されて、(自称)名探偵・典厩てんきゅうは、真剣に悩む。
 悩んだ末に、通りすがりの雑用係に、意見を求める。
 家臣たちはその時点で笑って腹を抱えているので、無関係そうな雑用係に、意見を求める。
「手紙です。敵と交わしている書状を発見すれば、証拠になります」
 雑用係に変装していた服部半蔵は、とても親切に教えてあげた。
「ありがとう」
 親切な教えを、典厩てんきゅう君は実行に移す。
 家臣たちに命じて、奥平父子の所持品を総点検し、書状を全て改める。
 危ない書状は、持って来た服部半蔵にその場で返却しているとは、知る訳もない。
「この手紙を大切にしているようだが?」
 貞昌が重箱に入れて持ち運んでいる書状の束を発見し、典厩てんきゅうがギロリと貞昌に目を剥く。
「人質に差し出した、妻おふうからの、手紙です」
「…改めて、よろしいでしょうか?」
「どうぞ」
 読み始めて五分で、名探偵・典厩てんきゅうは泣き始めた。
 肩身の狭い人質生活の最中に、愛しい夫に向けて書いた、切ない近況報告である。
 普通は泣く。
「ずびばせん(すみません)、夫婦だけのお手紙を読んで、ずびばせん(すみません)」
「いえ、お勤めでしょうから、お構いなく」
「では、これで十分ですので」
 その書状の検分を中止しようとする典厩に対し、定能がマジ説教する。
「内通者への調査なのに、半端な真似をするんじゃねえ、若造! 全部読め! 読まないと、君も共犯者扱いされるぞ?!
 その場合、君と君の一族郎党が、奥平と同じ処分を科される。
 そんな危険を冒すな!
 さあ、全部読め!」
「ひ~~ん」
 典厩の家臣たちも、主人を手伝って書状を読み、泣いちゃう。
 長年、人質を取る側の人間ばかりなので、良心の呵責で、めっちゃ泣く。
「泣くぐらいなら、取るな」
 と言いたいけど、言わない奥平父子だった。

 結局、物的証拠は全く出てこなかったので、奥平父子は釈放された。
 更なる人質を差し出す条件で。
 定能は、雑用係(服部半蔵)に、追加の人質を武田に差し出すよう書状に書いて、本拠地の亀山城に送らせる。
「いるのですか? まだ人質に出せるような親族が?」
 定能には、あと三男と長女・次女を差し出す余裕があるが、貞昌にはいない。
「いない場合は、家来の家族を差し出す」
 そう言われても、貞昌は気が引ける。
「心配するな。こういう場合には、備えてある」
 父が嫌な自信に満ちているので、息子は別種の不安を抱え込む。
 本人は幸運値が高いので無事だが、周囲には酷い被害を与えている。
(父上の幸運の、半分だけでも欲しい!)
 とか思う貞昌も、後に幸運値が高いと判明する。

 人質が届くのを待つ間に、夏なのに年号が元亀から天正に変わってしまった。
 元亀に決めた足利将軍を、織田信長が京から追放すると同時に、年号が天正に変わった。
 信玄が死んだと聞いているので。もう足利幕府には一切遠慮をしなくなったのだ。
 これに対して武田がノーリアクションだったので、生存説より死亡説が有力になる。
 こうなると貞昌も、
「父上、実は武田を裏切っていないかなあ」
 とか都合の良い展開を思い描くと同時に、それだと妻と弟と従兄弟が処刑されるので、自己嫌悪に陥る。

 新しい人質が届くと、貞昌には見覚えがない三人だった。
「顔は覚えていないだろうが、奥平に縁のある事だけは、確かな者たちだ」
 使者に送った雑用係(服部半蔵)が、定義に目線で頷く。
 貞昌も、いい加減にこの雑用係(服部半蔵)の正体に、察しが付いた。
 ひょっとして新しい人質と見せかけて、救出部隊を送ったのではとも、淡い期待をする。
 父に訊ねたい事が出来たが、無闇に口を出さない。
 武田が新しい人質を受け取り、奥平父子は本拠地・亀山城に戻る。
 戻った段階で、定能は亀山城周辺に武田の兵が接近していない事を確認してから、貞昌に徳川に再帰順する事を伝えた。

「徳川からの見返りは、三つ。
 亀姫(家康の長女)と貞昌の婚約。
 領地の加増。
 本多広孝ひろたかの次男と、定能の娘を結婚させる」
 貞昌は、じっと、父の顔面を睨み付けている。
 頭に血が上って、言葉が出ない。
「という訳で、一族郎党、荷造りを済ませて、亀山城を出る。本多|広孝(ひろたか)殿の所領に保護してもらい、武田が奥平の領地に攻めて来た場合、本多の軍勢と共に、武田を駆逐する」
 貞昌は、今まで見た事がない目付きで、父親を睨み付ける。
 戦場でさえ、そんな目で人を見た事はない。
「亀姫との婚約が決まったので、おふうとは離縁しろ」
 貞昌は、殴るのが先だったか、怒号を吠えるのが先だったか、覚えていない。
 一発、思い切りクソバカ親父をぶん殴った後、おふうに詫びの言葉を口に出来ずに、泣き叫んでしまった事だけは、覚えている。
 こうなる事を、理解しているつもりでいた。
 父や祖父が乗り越えているので、耐えられる苦痛だと見誤っていた。
 人質制度は嫌だなんていう感想は、生温い。
(家族を賭け金にして、いま、取り上げられた)
 人質を差し出すとは、武家社会の賭博に過ぎない。
 だから、貞昌は定能を責めずに、この賭博に乗った己自身を責めた。
(おふうが確実に助かる道は、初めから他国に逃げているか、死ぬまで裏切らないか。そのどちらも、自分は選ばなかった)
 父の選択肢に乗って、武家の賭博をした。
 乗ってそのまま、勝ち組にいると安堵していた。
 自分以外の誰かを、責める気にはなれなかった。
 謝る資格も許してもらう資格も無いので、無様に泣き叫んで、おふうの囚われている武田領に向けて、土下座した。


 亀山城を退去した五日後に、古い方の三人の人質は、処刑された。
 おふうは串刺しの刑
 仙千代は鋸引きの刑
 従兄弟の虎之助は磔の刑
 三人の首は見せしめに晒されたが、おふうの祖母が奪還し、故郷の日近城・広祥院(愛知県岡崎市桜形町)に埋葬された。
 墓は現在も残されている。


 以後、奥平貞昌は離縁した妻について、誰にも何も語らなかった。
 服部半蔵でさえ、全く何も聞かなかった。
 新しい婚約者にも、何も言わなかった。 
 ひょっとしたら処刑の前に、人質を入れ替えて保護してくれたのではとか、温い希望も言わなかった。
 たとえ生きていても、武家の賭博で使い捨てにした上に離縁した以上、この世で合わせる顔はない。
(自分に、おふうの夫でいる資格はない)
 亀姫とその父親は、貞昌が前妻との経緯を一切語らず、恨み言も言わずに爽やかに接してくれるので、一目置いた。

 奥平貞昌も、自分が幸運値の高い人間だとは、全く思っていない。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

鬼面の忍者 R15版

九情承太郎
歴史・時代
陽花「ヤングでムッツリな服部半蔵が主人公の戦国コメディ。始まるざますよ!」 更紗「読むでがんす!」 夏美「ふんがー!」 月乃「まともに始めなさいよ!」 服部半蔵&四人の忍者嫁部隊が、徳川軍団の快進撃に貢献するチープでファンキーな歴史ライトノベルだぜ、ベイベー! ※本作品は、2016年3月10日に公開された「鬼面の忍者」を再編集し、お色気シーンを強化したイヤんバカン版です。 ※カクヨムでの重複投稿をしています。 表紙は、画像生成AIで出力したイラストです。

大航海時代 日本語版

藤瀬 慶久
歴史・時代
日本にも大航海時代があった――― 関ケ原合戦に勝利した徳川家康は、香木『伽羅』を求めて朱印船と呼ばれる交易船を東南アジア各地に派遣した それはあたかも、香辛料を求めてアジア航路を開拓したヨーロッパ諸国の後を追うが如くであった ―――鎖国前夜の1631年 坂本龍馬に先駆けること200年以上前 東の果てから世界の海へと漕ぎ出した、角屋七郎兵衛栄吉の人生を描く海洋冒険ロマン 『小説家になろう』で掲載中の拙稿「近江の轍」のサイドストーリーシリーズです ※この小説は『小説家になろう』『カクヨム』『アルファポリス』で掲載します

御懐妊

戸沢一平
歴史・時代
 戦国時代の末期、出羽の国における白鳥氏と最上氏によるこの地方の覇権をめぐる物語である。  白鳥十郎長久は、最上義光の娘布姫を正室に迎えており最上氏とは表面上は良好な関係であったが、最上氏に先んじて出羽国の領主となるべく虎視淡々と準備を進めていた。そして、天下の情勢は織田信長に勢いがあると見るや、名馬白雲雀を献上して、信長に出羽国領主と認めてもらおうとする。  信長からは更に鷹を献上するよう要望されたことから、出羽一の鷹と評判の逸物を手に入れようとするが持ち主は白鳥氏に恨みを持つ者だった。鷹は譲れないという。  そんな中、布姫が懐妊する。めでたい事ではあるが、生まれてくる子は最上義光の孫でもあり、白鳥にとっては相応の対応が必要となった。

旅路ー元特攻隊員の願いと希望ー

ぽんた
歴史・時代
舞台は1940年代の日本。 軍人になる為に、学校に入学した 主人公の田中昴。 厳しい訓練、激しい戦闘、苦しい戦時中の暮らしの中で、色んな人々と出会い、別れ、彼は成長します。 そんな彼の人生を、年表を辿るように物語りにしました。 ※この作品は、残酷な描写があります。 ※直接的な表現は避けていますが、性的な表現があります。 ※「小説家になろう」「ノベルデイズ」でも連載しています。

独裁者・武田信玄

いずもカリーシ
歴史・時代
歴史の本とは別の視点で武田信玄という人間を描きます! 平和な時代に、戦争の素人が娯楽[エンターテイメント]の一貫で歴史の本を書いたことで、歴史はただ暗記するだけの詰まらないものと化してしまいました。 『事実は小説よりも奇なり』 この言葉の通り、事実の方が好奇心をそそるものであるのに…… 歴史の本が単純で薄い内容であるせいで、フィクションの方が面白く、深い内容になっていることが残念でなりません。 過去の出来事ではありますが、独裁国家が民主国家を数で上回り、戦争が相次いで起こる『現代』だからこそ、この歴史物語はどこかに通じるものがあるかもしれません。 【第壱章 独裁者への階段】 国を一つにできない弱く愚かな支配者は、必ず滅ぶのが戦国乱世の習い 【第弐章 川中島合戦】 戦争の勝利に必要な条件は第一に補給、第二に地形 【第参章 戦いの黒幕】 人の持つ欲を煽って争いの種を撒き、愚かな者を操って戦争へと発展させる武器商人 【第肆章 織田信長の愛娘】 人間の生きる価値は、誰かの役に立つ生き方のみにこそある 【最終章 西上作戦】 人々を一つにするには、敵が絶対に必要である この小説は『大罪人の娘』を補完するものでもあります。 (前編が執筆終了していますが、後編の執筆に向けて修正中です)

大奥~牡丹の綻び~

翔子
歴史・時代
*この話は、もしも江戸幕府が永久に続き、幕末の流血の争いが起こらず、平和な時代が続いたら……と想定して書かれたフィクションとなっております。 大正時代・昭和時代を省き、元号が「平成」になる前に候補とされてた元号を使用しています。 映像化された数ある大奥関連作品を敬愛し、踏襲して書いております。 リアルな大奥を再現するため、性的描写を用いております。苦手な方はご注意ください。 時は17代将軍の治世。 公家・鷹司家の姫宮、藤子は大奥に入り御台所となった。 京の都から、慣れない江戸での生活は驚き続きだったが、夫となった徳川家正とは仲睦まじく、百鬼繚乱な大奥において幸せな生活を送る。 ところが、時が経つにつれ、藤子に様々な困難が襲い掛かる。 祖母の死 鷹司家の断絶 実父の突然の死 嫁姑争い 姉妹間の軋轢 壮絶で波乱な人生が藤子に待ち構えていたのであった。 2023.01.13 修正加筆のため一括非公開 2023.04.20 修正加筆 完成 2023.04.23 推敲完成 再公開 2023.08.09 「小説家になろう」にも投稿開始。

毛利隆元 ~総領の甚六~

秋山風介
歴史・時代
えー、名将・毛利元就の目下の悩みは、イマイチしまりのない長男・隆元クンでございました──。 父や弟へのコンプレックスにまみれた男が、いかにして自分の才覚を知り、毛利家の命運をかけた『厳島の戦い』を主導するに至ったのかを描く意欲作。 史実を捨てたり拾ったりしながら、なるべくポップに書いておりますので、歴史苦手だなーって方も読んでいただけると嬉しいです。

陣代『諏訪勝頼』――御旗盾無、御照覧あれ!――

黒鯛の刺身♪
歴史・時代
戦国の巨獣と恐れられた『武田信玄』の実質的後継者である『諏訪勝頼』。  一般には武田勝頼と記されることが多い。  ……が、しかし、彼は正統な後継者ではなかった。  信玄の遺言に寄れば、正式な後継者は信玄の孫とあった。  つまり勝頼の子である信勝が後継者であり、勝頼は陣代。  一介の後見人の立場でしかない。  織田信長や徳川家康ら稀代の英雄たちと戦うのに、正式な当主と成れず、一介の後見人として戦わねばならなかった諏訪勝頼。  ……これは、そんな悲運の名将のお話である。 【画像引用】……諏訪勝頼・高野山持明院蔵 【注意】……武田贔屓のお話です。  所説あります。  あくまでも一つのお話としてお楽しみください。

処理中です...