10 / 47
遠江国掛川城死闘篇
掛川城で、お茶を(2)
しおりを挟む
適度な時間で休憩を切り上げて、米津常春は服部隊を伴って掛川城から西へと去って行く。口にこそ出さないが、『攻城前に現地を偵察出来てラッキー!』と思いつつ、背中に刺さる殺気にビビって駄馬を急かす。
「うううわあああああああ、背中がっ、背中がっ!」
鳥肌を立てる常春を、部下達は戯けていると思って爆笑し、服部隊は薄気味悪そうに背後を気にする。
半蔵を運ぶ担架の横を歩く月乃が、歯を細かく鳴らしながら質問する。
「半蔵様。この殺気、朝比奈泰朝とは異質ですが…」
服部半蔵は、全身各所の傷ではなく、その心当たりのある殺気に、顔を顰める。
「迂闊だった。アイツを殺せる機会を逃した。敵に回したら、最優先で殺さないといけなかったのに」
悔しがる半蔵に、常春は結構真面目に尋ねる。
「引き返すか? 今なら本丸まで侵攻出来るぞ」
珍しく好戦的な意見を出す常春に、半蔵は未練を払って遠慮する。
「このまま西へ。アイツの鉄砲の射程圏内に戻って殺される気はない」
全身を丸みを帯びた流線的なデザインの鎧で包むという、異様にカッコイイ風格を誇る完全武装の武者が、服部半蔵達が戻って来ないように見送り&西側の防御陣確認をしている朝比奈泰朝に、気付かれるまで十メートル以内に接近していた。
半蔵や常春達が感知した殺気を、近距離の者には気付かせないという、器用な真似を行なっている。
この新キャラにとって、殺気は爪楊枝の如く扱える代物だ。
「城主殿。狩りに行く許可をくれ。許可無しでも行くけどな。まあ、形式は守る男だから、俺」
槍の代わりに、通常より遥かに長大な鉄砲を肩に担いで二の丸から三の丸まで。今年五十歳とは思えない重装備で、新キャラは朝比奈泰朝の前に立つ。
朝比奈泰朝は、脳内に「忍耐」の二文字をリフレインさせながら、流浪を重ねて今川氏真に仕えるまでに落ちぶれた『偉大なる斎藤家の元家老』を、丁寧に礼節を持って止める。
「服部半蔵は、手負いでも日根野殿と互角に戦えるでしょう。わざわざ追撃せずとも、城の防衛戦で狙撃して下さい」
「服部半蔵なんか狙わねえよ。俺より強いもん、アレ」
五十歳でも全然枯れていない武者は、つるりと曲線的な機能美を誇る兜(自作)を撫でながら、あっさりと朝比奈泰朝の推測を否定する。
「俺の狙いは、米津常春だ。アイツをこの五十匁筒で狩る。用事は、それだけ。服部半蔵が怖いから、すぐに引き返すよ」
「あの男が、安祥城の再現をすると? 今より二十歳も若い時の働きですよ?」
「おっさんを年齢で差別するなよ、傷付くなあ。眼の前に、歳を食っても大量殺戮が得意な、生きた伝説がいるじゃないか」
日根野弘就。
敵味方を区別せずに抹殺の命令をサクサク熟す手際を評価され、伝説の梟雄・斎藤道三から高く評価された怪物である。
三方ヶ原の戦いを経るまで、徳川軍団にとって最兇の死神は、今川氏真に仕えて掛川城にいた。
「それよりも、太守様(氏真)の鎧兜を新調して下さい。鉄砲で狙撃されても、弾丸が逸れ易い鎧兜を」
「え? 生きていたの? 今川焼きの具になったんじゃあ?」
「さっき戻って来たばかりでしょうが!?」
「あ、悪い悪い、殺しても手柄にならない奴って、眼中に入らないんだ、自動的に」
過去現在未来の歴代の雇用主に対しても、この無礼な態度は一生治らなかった。それでもこの異才は歓迎され、何度も解雇されては再雇用されている。
織田信長にも。
豊臣秀吉にも。
「とにかく、鎧兜の製作に専念して下さい! 明日、掛川城が包囲されていても、おかしくない状況なのです!」
「わかった、わかった」
日根野弘就。
本人は納得していないが、今川家には鎧兜の職人として大歓迎されている。
「うううわあああああああ、背中がっ、背中がっ!」
鳥肌を立てる常春を、部下達は戯けていると思って爆笑し、服部隊は薄気味悪そうに背後を気にする。
半蔵を運ぶ担架の横を歩く月乃が、歯を細かく鳴らしながら質問する。
「半蔵様。この殺気、朝比奈泰朝とは異質ですが…」
服部半蔵は、全身各所の傷ではなく、その心当たりのある殺気に、顔を顰める。
「迂闊だった。アイツを殺せる機会を逃した。敵に回したら、最優先で殺さないといけなかったのに」
悔しがる半蔵に、常春は結構真面目に尋ねる。
「引き返すか? 今なら本丸まで侵攻出来るぞ」
珍しく好戦的な意見を出す常春に、半蔵は未練を払って遠慮する。
「このまま西へ。アイツの鉄砲の射程圏内に戻って殺される気はない」
全身を丸みを帯びた流線的なデザインの鎧で包むという、異様にカッコイイ風格を誇る完全武装の武者が、服部半蔵達が戻って来ないように見送り&西側の防御陣確認をしている朝比奈泰朝に、気付かれるまで十メートル以内に接近していた。
半蔵や常春達が感知した殺気を、近距離の者には気付かせないという、器用な真似を行なっている。
この新キャラにとって、殺気は爪楊枝の如く扱える代物だ。
「城主殿。狩りに行く許可をくれ。許可無しでも行くけどな。まあ、形式は守る男だから、俺」
槍の代わりに、通常より遥かに長大な鉄砲を肩に担いで二の丸から三の丸まで。今年五十歳とは思えない重装備で、新キャラは朝比奈泰朝の前に立つ。
朝比奈泰朝は、脳内に「忍耐」の二文字をリフレインさせながら、流浪を重ねて今川氏真に仕えるまでに落ちぶれた『偉大なる斎藤家の元家老』を、丁寧に礼節を持って止める。
「服部半蔵は、手負いでも日根野殿と互角に戦えるでしょう。わざわざ追撃せずとも、城の防衛戦で狙撃して下さい」
「服部半蔵なんか狙わねえよ。俺より強いもん、アレ」
五十歳でも全然枯れていない武者は、つるりと曲線的な機能美を誇る兜(自作)を撫でながら、あっさりと朝比奈泰朝の推測を否定する。
「俺の狙いは、米津常春だ。アイツをこの五十匁筒で狩る。用事は、それだけ。服部半蔵が怖いから、すぐに引き返すよ」
「あの男が、安祥城の再現をすると? 今より二十歳も若い時の働きですよ?」
「おっさんを年齢で差別するなよ、傷付くなあ。眼の前に、歳を食っても大量殺戮が得意な、生きた伝説がいるじゃないか」
日根野弘就。
敵味方を区別せずに抹殺の命令をサクサク熟す手際を評価され、伝説の梟雄・斎藤道三から高く評価された怪物である。
三方ヶ原の戦いを経るまで、徳川軍団にとって最兇の死神は、今川氏真に仕えて掛川城にいた。
「それよりも、太守様(氏真)の鎧兜を新調して下さい。鉄砲で狙撃されても、弾丸が逸れ易い鎧兜を」
「え? 生きていたの? 今川焼きの具になったんじゃあ?」
「さっき戻って来たばかりでしょうが!?」
「あ、悪い悪い、殺しても手柄にならない奴って、眼中に入らないんだ、自動的に」
過去現在未来の歴代の雇用主に対しても、この無礼な態度は一生治らなかった。それでもこの異才は歓迎され、何度も解雇されては再雇用されている。
織田信長にも。
豊臣秀吉にも。
「とにかく、鎧兜の製作に専念して下さい! 明日、掛川城が包囲されていても、おかしくない状況なのです!」
「わかった、わかった」
日根野弘就。
本人は納得していないが、今川家には鎧兜の職人として大歓迎されている。
0
お気に入りに追加
14
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
The Box Garden
羽川明
歴史・時代
外部からの水を必要とせず、精巧なガラスの中に作られた植物の世界、ウォーディアン・ケース。
屋敷の箱庭の中で育ち、外の世界を知らない少女ソフィア。
ソフィアの知らない外の世界で育ち、ソフィアと邂逅する師、クリストファー。
箱庭という名のウォーディアン・ケースを砕いて交わる二人の運命とは−−−−
令嬢の名門女学校で、パンツを初めて履くことになりました
フルーツパフェ
大衆娯楽
とある事件を受けて、財閥のご令嬢が数多く通う女学校で校則が改訂された。
曰く、全校生徒はパンツを履くこと。
生徒の安全を確保するための善意で制定されたこの校則だが、学校側の意図に反して事態は思わぬ方向に?
史実上の事件を元に描かれた近代歴史小説。
焔の牡丹
水城真以
歴史・時代
「思い出乞ひわずらい」の続きです。先にそちらをお読みになってから閲覧よろしくお願いします。
織田信長の嫡男として、正室・帰蝶の養子となっている奇妙丸。ある日、かねてより伏せていた実母・吉乃が病により世を去ったとの報せが届く。当然嫡男として実母の喪主を務められると思っていた奇妙丸だったが、信長から「喪主は弟の茶筅丸に任せる」との決定を告げられ……。
姫様、江戸を斬る 黒猫玉の御家騒動記
あこや(亜胡夜カイ)
歴史・時代
旧題:黒猫・玉、江戸を駆ける。~美弥姫初恋顛末~
つやつやの毛並みと緑の目がご自慢の黒猫・玉の飼い主は大名家の美弥姫様。この姫様、見目麗しいのにとんだはねかえりで新陰流・免許皆伝の腕前を誇る変わり者。その姫様が恋をしたらしい。もうすぐお輿入れだというのに。──男装の美弥姫が江戸の町を徘徊中、出会った二人の若侍、律と若。二人のお家騒動に自ら首を突っ込んだ姫の身に危険が迫る。そして初恋の行方は──
花のお江戸で美猫と姫様が大活躍!外題は~みやひめはつこいのてんまつ~
第6回歴史・時代小説大賞で大賞を頂きました!皆さまよりの応援、お励ましに心より御礼申し上げます。
有難うございました。
~お知らせ~現在、書籍化進行中でございます。21/9/16をもちまして、非公開とさせて頂きます。書籍化に関わる詳細は、以降近況ボードでご報告予定です。どうぞよろしくお願い致します。
父(とと)さん 母(かか)さん 求めたし
佐倉 蘭
歴史・時代
★第10回歴史・時代小説大賞 奨励賞受賞★
ある日、丑丸(うしまる)の父親が流行病でこの世を去った。
貧乏裏店(長屋)暮らしゆえ、家守(大家)のツケでなんとか弔いを終えたと思いきや……
脱藩浪人だった父親が江戸に出てきてから知り合い夫婦(めおと)となった母親が、裏店の連中がなけなしの金を叩いて出し合った線香代(香典)をすべて持って夜逃げした。
齢八つにして丑丸はたった一人、無一文で残された——
※「今宵は遣らずの雨」 「大江戸ロミオ&ジュリエット」「大江戸シンデレラ」にうっすらと関連したお話ですが単独でお読みいただけます。
ヴィクトリアンメイドは夕陽に素肌を晒す
矢木羽研
歴史・時代
カメラが普及し始めたヴィクトリア朝のイギリスにて。
はじめて写真のモデルになるメイドが、主人の言葉で次第に脱がされていき……
メイドと主の織りなす官能の世界です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる