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リチタマ騒動記1 3章 燃えるような赤い薔薇、夢に添えて

四十六話 音も立てず、奴の罠が近付く(3)

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【コウガ地方 山岳地帯 ガルド教団本部付近】

 厚顔無恥の無表情な動画配信忍者で知られるサラサ・サーティーンが、カメラを構えずに顔面蒼白な顔で呼び止めたので、ユーシアは察した。
「はい」
 影から、ポケットティッシュを手渡す。
「我慢せずに、済ませて来い。非常事態だ」
「ボケている場合じゃない、若頭。初めからゴールドスクリーマーの状態で行かないと、即死する」
 ユーシアは、サラサ経由の情報のみでは何も判断せずに、周辺の情勢を直に確認する。
 問題の毒々しい両手戦斧騎士は、教団の説得で表門から離れた方に移動させられ、敷地外へは出ないように釘を刺されている。
 警察は表門の外から監視を強め、問題の騎士を討ち取れる戦力が整うまではと、仇討ちを自重している。
 その数、百。以後、増加確実。
 教団内部の残存兵力は、この機に乗じて攻め込んで来たら迎撃しようと、フルアーマー待機。
 その数、百五十。以後の増援は不明。
 内外の戦力が、一応の自重はしているが、双方戦う気が増し増しで溢れそうである。
 そして教団の敷地周辺を、コウガの忍者たちが隙間なく取り囲んで、制圧の準備を整えている。
 その数、推定二百。以後、増加の見込み大。
 こちらも、地元から悪徳宗教団体を消せるので、やる気満々。
 どの陣営も、次の切掛で動く可能性、大。
(コウガ側から動くとすれば、人質を奪還した直後。それまでは、この微妙な均衡状態のままで)
 ユーシアは、ゴールドスクリーマーに変身した場合、この均衡が崩れて乱戦になると見極め、サラサの言には乗らない。
(どの道、ゴールドスクリーマーはコスパが悪いから、フィニッシュにしか使えない。よし、方針決定)
「『鬼神の槌矛(デモンメイス)』の牽制は、イリヤに任せる。俺はレリーの回収に専念する」
「左様ですか」
 サラサは、今回は完全にビビっているので、一番安全そうなリップの側に寄って、カメラマンに徹する。
「そんなに怖い?」
 スカートの中に隠れかねない勢いでビビっているサラサに、リップが携帯端末で『鬼神の槌矛(デモンメイス)』に関する戦闘記録を調べようとして、二十秒で検索を辞めた。
 リップは、教団の表門の奥が見える方角を、見ないように振る舞う。
 それが、『鬼神の槌矛(デモンメイス)』の戦果に対する、普通の反応だ。
 S級武鎧の武威を、無差別に使った凶状持ちに対する、普通の反応だ。
 サラサが寄越した最新情報に対し、イリヤは武鎧『結城』を既に装備している。
「リップお嬢様は、ヴァルバラに任せるであります」
「一人でヤレるのですか、『鬼神の槌矛(デモンメイス)』を?」
「足止めしている隙に、ユーシアに背後からヤってもらうであります」
「逆の方が、効率的のような気がしますが」
 ヴァルバラも、魔眼『アタランテ』を全開にして、魔法合金の矢でリップの周囲に結界を張りながら、自前の武鎧『赤薔薇』を装備している。
 まさに赤い薔薇としか例えようのない、赤一色の重装甲な武鎧で背丈の伸びたヴァルバラは、イリヤを見下ろしながら念を押す。
「途中で泣き付いても、高笑いをしながら見送るだけですからね」
「墓前には、リップお嬢様の使用済みシマパンを、供えて欲しいであります」
「ユーシアの使用済みシマパンを、供えてあげましょう」
「ありがたいであります、マイ・ベスト・フレンド」
「早く死んでくれ」
「もう思い残す事は、ないであります」
「早く死んでください」
「泣いているでありますか?!」
「殆ど泣いている」
 リップの守役二人が漫才をしている間に、日没が始まる。
 ガルド教団本部表門前の空間に、月光を凝縮したような光輪が現れる。
 中からは、トワが先に姿を見せて、周囲の安全を確認する。
 ユーシアが未だ臨戦態勢ではないので、安心してシーラ・イリアスとレリー・ランドルを手招きする。
 大舞台を意識してか、シーラは紫の正装ドレスで決めている。
 レリーを届けると、ユーシアにウインクしてから、直ぐに消えた。
(あれだけの出番で、いくら稼いだ?)
 ユーシアは、シーラの移動方法を作戦に組み込めないかと考えようとして、予算を確保していないので中止する。
 一方のレリーは、残照を気にしてメイド服の上に白いパーカーを頭から羽織っている。
 レリーはユーシアの方に歩み寄ると、ぐったりともたれ掛かる。
「やる気低いから、少し飲ませてよ~」
「用意してある」
 ユーシアがエリアスに、少し血の入った小型ペットボトルを差し出させる。
「俺のとリップのを、ちょびっと混ぜておいた」
「んまあ、エロいブレンドっっ」
 レリーは舌の上に、ブレンドされた血を乗せる。
 我が生涯に一片の悔いなしのポーズをしながら、レリーが感涙する。
「若くて甘くてジューシーでパンチが効いていて、濃厚。これが将来量産されるなんて。人類、最高おおおお~~~~!!!!」
 白いパーカーが外れ、レリーの顔が、露わになる。
 途端に凄まじい殺気が、ガルド教団の内部から、レリーへと殺到する。
 あまりに激しい殺気なので、レリーの身体が傾いて、ポニーテールが揺れる。
 全身の肌を泡立たせて、レリーがその方向を振り向くと、武鎧『鬼神の槌矛(デモンメイス)』を装備した騎士が、堅く鋭い視線を向けている。
 明らかに違えようなく、レリー・ランドル個人に、殺気を放っている。
 ユーシアは、その拘りように、興味を唆られた。
 レリーを護るように視線の間に入ると、距離を一気に詰めて『鬼神の槌矛(デモンメイス)』の騎士の前に、立つ。
「彼女に何の恨みが有るのか、聞いておきたい」
 レリーを護るのが今夜のユーシアの仕事だが、彼女の過去の落ち度は確認しておかないと、余分な恨みを背負う可能性がある。
(並の理由じゃあ、あんなに怒らないだろ。並の理由で、あんなに怒る人かもしれないけど)
 無防備に間合いに入って会話を求めるユーシアに対し、『鬼神の槌矛(デモンメイス)』の騎士・アルビオンは意外にも会話で応じる。
「ボクが仕留めようとした獲物を、治してしまった」
 性別不明の、透明な声音。
 声だけ聞くと、沸点の低そうな危険人物には、思えない。
 脳内で、ユリアナが、逃げろと絶叫している。
『生身で、そいつの間合いに入るな!! 死ぬぞ!! 一旦退け!』
「U級戦闘ユニットから大金星を上げられる戦いだったのに、あのハーフ吸血鬼が治してしまった」
『せめて変身してから話せ!! 空間ごと毒素で汚染して戦うような異常者だ!!』
 ユリアナの警告を聞いてもなお、ユーシアは変身せずに、アルビオンの話を聞き続ける。
「ゴールデン・ユリアナ様の片足を斬り落としたのに、無かった事にされてしまった。ボクの一生で、最高の武勲になる筈だったのに」
 ユーシアは、アルビオンの間合いの中で、話を最後まで聞く事を選ぶ。
 だからこそアルビオンも、吐露を選ぶ。
 意外にも、戦いを始めていない限り、アルビオンは話せる人だった。
「あいつさえ邪魔をしなければ、ボクは歴史に名を残していた。その機会を消されてしまった事が、悔しい。二度とさせたくない」
「俺が君と、戦ってあげるから、レリーには手を出さないで。俺はゴールデン・ユリアナ様と、同じ力を持っている」
 アルビオンは、殺意を和らげて、ユーシアにだけ向き合う。
 世界中の業界関係者が『絶対に戦いたくない』と遠慮する程に評判が落ちているのに、戦うと言ってくれたユーシアに、感銘を受けている。
「ボクは、アルビオン。他の名前は、戦場の汚濁に捨てた」
「俺はユーシア・アイオライト。アキュハヴァーラを護る忍者です。今夜は、レリーを守って戦います」
「ありがとう。ボクに、戦う機会をくれて」
「うん、戦ってあげるから、一時間は待っていてくれ」
「うん、待つよ…一時、間」
 アルビオンの歪んだ感性には、一時間待つという概念が、ちと無理らしかった。
(十五分で我慢出来なくなる可能性も、考慮しておくか)
 とは思いつつも、ユーシアはアルビオンとの約束を容認してしまった。
「イリヤ! 役割交換! アルビオンとは、俺が戦う」
「ありがたいであります~~」
 イリヤは、ユーシアに土下座しながら、お礼を言った。
 その有様に、ヴァルバラは嫌味を言わずに同意する。
 
 この二人の初対決は、何故か穏やかな会話で始められた。
 初対面での会話が余程に印象的だったのか、アルビオンは必ず、ユーシアと戦う前は会話を選ぶようになる。
 数多の戦場で条約違反の残虐な戦闘行為を繰り返し、十五の国から出禁や死刑宣告を受けたアルビオンは、コノ国では脱獄した死刑囚である。
 ガルド教団は名と顔を隠して隠し球として雇用するつもりだったが、サラサを勝手に始末しに表に出てしまったので、ガルド教団の悪評が上塗りされただけ。
 そんな立場の死刑囚と、ユーシアは縁が出来てしまった。



【コウガ地方 山岳地帯 ガルド教団本部 裏口付近】

 ユーシアとアルビオンの会話は、周辺に展開するコウガ忍者に共有される。
 裏口付近で突入のタイミングを測っていた顔役の望月ライトは、苦笑してドマに愚痴る。
「あのままアルビオンと本格的に戦ってくれれば、我々が踏み込まずに教団を潰せて楽だったのに」
「邪悪なクズの自称とはいえ、相手は神。神殺しには、手間を惜しむな。祟られるぞ」
 ドマは、振ったサイコロの目が出るのを待ちながら、コウガの出方に釘を刺す。
「レリーちゃんに、任せておけ」
「そこはせめて、ユーシアに任せるのでは?」
「凡人に、レリーちゃんの偉大さは、分からぬ。
 あの髪の美しさをポニーテールでまとめ、出生のデンジャラスさをカバーして補う天性の…」
 黒龍のシツコイ惚気が始まったので、望月ライトは忍耐を強いられた。

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