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リチタマ騒動記1 2章 アキュハヴァーラのイージス忍者

十五話 ユーシアの平常運転(2)

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【アキュハヴァーラ娯楽街裏通り バラクーダ・ビル 上空】


 『マカジキのマサ』は、ジタバタと暴れて逃れようとするが、忍者とヤクザは重力を無視して上空へと昇っていく。
「三百メートルの高さから落とせば、武鎧の内部に修復不可能な損傷を与えられます」
 音もなく付いてきたエリアス・アークが、『マカジキのマサ』を落下で倒すのに必要な高さを教える。
 『マカジキのマサ』は、決して完全にバカではない。
 死にそうな時には、妥協も降伏もできる。
 必要なら、ジブリのキャラグッズを抱えながら、爽やかな笑顔を浮かべる屈辱も、耐えられる。
「よし、今日はこれで手打ちにして、後日、第三ラウンドを始めよう。お互い、遺書を書き直せるぞ? 恋人と最後のエッチも済ませられるし…恋人とか、いる? いない?」
「殺せる時には殺すに決まっているだろ」
 お互いの商売柄、ユーシアの声音から、マサは本気で殺されると確信する。
「待って! 仕事は受けていないから! 殺す用事はないから! 君の事を、ちょびっと逆恨みしているだけだから~!」
 対ユーシアを想定して武鎧をここまで強化しておいて、ちょびっと、どころではない。
「高度、三百メートルです」
「じゃあな。後は、警察に任せた」
 ユーシアは、命乞いをする『マカジキのマサ』を、ポイ捨てする。



【アキュハヴァーラ娯楽街裏通り バラクーダ・ビル ユーシアがポイ捨てしたマサの落下地点】

 上空のユーシアが、『マカジキのマサ』を自分に向かって落としたので、ディアスは呆れた。
「うわあ…あのガキ、ずっとこうやって、仕事を押し付ける気か?」
 ロクデモなさに、泣けてくる。
 ここが戦場なら、ディアスには『マカジキのマサ』を助ける必要は全くない。
 今のディアスは、娯楽街の警察署に勤務する警察官である。
 同僚から用心棒警官と揶揄されようと、警官である。
 人が落下してきたら、助けるしかない。
 警察署に勤務して以来、武鎧の隠しポケットに収納してある『落下者救助ネット』を出して張りながら、『マカジキのマサ』がウッカリと即死した場合の言い訳を考えて数秒の時間を潰す。
 狙いを違わずに救助ネットのど真ん中に落下した『マカジキのマサ』は、6回ほどバウンドしてから、路上に着地する。
 ややふらついているが、思ったよりもダメージがない。
「『マカジキのマサ』! 逮捕するから、武鎧を解除しろ」
「殴り込みを掛けてきた忍者と戦っただけだ。逮捕される謂れは、ねえ」
「助けてやったろ、大人しく付いて来い」
「ユーシアとの件で、ケリが付いていねえ」
「お前の負けだ。手加減されているのを、分かれ。警察に保護されろ」
「…断る」
 連行を断った時点で、ディアスはマサを無力化する為の攻撃を始める。
 ユーシア程の速度ではないものの、ほぼゼロ距離で放たれた正拳突き五連発が、『マカジキのマサ』の胴体部に叩き込まれる。
 ユーシアの忍者刀は浅い傷しか負わせられなかったが、黒羊騎士の打撃は、武鎧『マカジキ』の装甲を破砕する。
 対武鎧戦闘向けに、武鎧の装甲破壊に特化させた『黒羊』の拳は、武鎧所持者泣かせの武鎧として、業界では畏怖されている。
 武鎧としての形態を維持できず、『マカジキ』が折れた出刃包丁の姿に戻る。
「…貯金を全部注ぎ込んだのに…」
 どちらかというと金銭的なダメージで心を折られて、『マカジキのマサ』は膝を着いた。

 ディアス警部がマサに手錠を掛けたのを見届けてから、ユーシアは路上に降りて来る。
「おい、無責任忍者。武鎧を破壊できないのなら、そもそも戦いを始めるな」
「すみません。準備不足でした。ナメていました。拙速でした」
「おお、素直に謝罪できるじゃん」
「次からは、トイレに入っている時に、こっそりと仕留めます」
「そうしてくれ」
 『マカジキのマサ』が、とても嫌そうな顔で、無言で落ち込む。
「では、これで」
「待て待て待て待て」
 ディアスにこの現場を任せて出勤を続けようとするユーシアを、制止。
「せめて、自分で怪我させた連中の介抱をしていけよ」
「俺に介抱されたいと思う?」
 ユーシアの視線が向けられた瞬間、バラクーダ組組員たちは、互いに助け合ってユーシアから距離を取る。
「たいした怪我は、させていないし」
「プライドがズタズタだろ。フォローしておけ…無理か」
 敵に回した時のユーシアの態度の酷さに、ディアスは和解の仕方を他に模索する。
「上司の伝で、手打ちを済ませとけよ。それがダメなら、オレに相談しろ」
「ふむ。じゃあ、上司に相談します」
 そう言ったそばから、ユーシアの携帯電話に、上司から電話が入る。
 昨日から上司になった、ユリアナ様からだった。
『おはよう、ユーシア』
「おはようございます、ユリアナ様」
 昨日よりも遥かに下手に出て、上司に本気でお縋りする声音だったので、ユリアナは機嫌を良くする。
『エリアス・アークから、情報はリアルタイムで受信しました。あなたはそこから離れて、全てユリアナさんに任せなさい。後腐れの全くない形で、手打ちにします』
「はい、それでは…本当に?」
『それ以上は何もせずに、出勤しなさい。十歳のお子ちゃま忍者に喧嘩を売られて泣いている人々を助ける仕事は、ユリアナさんの得手です』
「…ユリアナ様、その言い方は」
 ユリアナは、通話をぶち切る。
 会って二十四時間経っていないけれど、とっても怒られそうだとは、ユーシアも理解した。
 ディアス警部が目を見張って、ユーシアに確認する。
「お前、ユリアナ様の所に就職していたのか?」
「はい、昨日から」
 ディアスが、気の毒そうに、マサを見る。
 さっきよりも更に落ち込んで、本当に泣いている。
「…もう、あのさあ…なんだよう…ユリアナ様の子分だと知っていりゃあ、事を構えていないってえの」
「…え?」
 ユーシアとエリアスは、顔の広そうな上司が、バラクーダ組と密かに関係している可能性もあると思い当たり、浮き足立つ。



【バッファロービル四階 ユリアナ様の事務所 応接間】

 ユリアナは、電話を切ってから、大きく深呼吸をしてから。
「ぶっっっはははははっはっっっはああっはあ」
 大爆笑をする。
 掃除を済ませたフラウが、室内に余人がいない事を確認した上で、咳払いをして主人の鎮静化を促す。
「ああ、おかし過ぎる。ユーシアならバラクーダ組と遅かれ早かれ喧嘩すると思っていたけどさあ、まさか出勤途中で半壊させて、事業再開の主導権をユリアナさんに握らせる流れを産むなんて。気に入らなくても雇った甲斐が、二十四時間も経たずに出るなんて、笑うしかないわ」
「喧嘩の手打ちを頼まれるだけのようですが…そこまで行きますか?」
「行くとも。美少年忍者一人に潰されかけた所を、騎士警官一人に救われた。バラクーダ組のアキュハヴァーラ支店は、面目丸潰れだから、すぐに幹部クラスは総入れ替えの憂き目に遭う。
 ユリアナさんが、手打ちついでに助けてあげて、主導権を一時的に明け渡すように話を持っていく」
「…政治家が、それをやるのは、反則では?」
「交際をする訳ではないよ。大都市で共生し易いように、アドバイスをしてあげるだけだ。それにユリアナさんは、選挙も国会も閣議にも縁のない政治家だから、この件で悪口を言われても、ダメージには発展しない」
「…ユーシアは、納得するでしょうか?」
 フラウは、元国家公認忍者が、ユリアナの動向を「反社会組織と付き合いを持とうとする政治家」と見做して、処理に走る場合を考えて、心配する。
「大丈夫だよ、フラウ。今日のユリアナさんは、政治家としてユーシアに話すから」
 こういう時に本当に嬉しそうな笑顔になるので、フラウは心労を重ねながら、お茶を淹れる。


 十五分後。

 神妙な面持ちで、ユーシアとエリアスは、笑顔で怒っているユリアナの対面に正座して、お説教を喰らう。
「やり過ぎです。
 標的だけを狙い撃ちにして、警察に逮捕させれば良かったのに。他の事件ではそうしていたのに、なんでいきなりバーサーカーに路線変更しちゃったの?
 君の取り柄は、小細工と根回しと機転だよ?
 敵の基地に単独で殴り込みをするのは、ラノベやアニメやマンガや映画の中だけの怪奇現象です。
 主人公補正が現実にあるなんて錯覚、迷惑だから捨てようね?」
 エリアス・アークは反論しかけて、堪える。
 ユーシアは黙って、『累をリップに及ぼさない為に、過剰な反応をしてしまいました』という言い訳を吐かないようにする。
「無様に半壊させられたバラクーダ組のアキュハヴァーラ支店は、人事の刷新が行われるでしょう。その場合、各警察署の把握した構成員の流れが、大きく動く。その混乱に乗じて、どんな犯罪が見過ごされてしまうのか、想像するのも悍ましい。
 警察でなくても、君を無責任忍者と呼ぶぞ。
 喩えるならば、君は周辺の安全性を十分に考慮せずに、スズメバチの巣を壊そうとしたのだ。
 駆け付けたのがディアス警部でなければ、もっと大きな被害が出て、手打ちは困難になったでしょう」
「すみませんでした」
 ユーシアが涙目で、正座の姿勢を引き締める。
「とはいえ、死者も重傷者もいないし、短時間で終わった事件なので、目撃者も稀です。
 ユリアナさんは、先程、バラクーダ組のアキュハヴァーラ支店に、一つの妙案を提示して、呑ませました」
 その際に得た報酬の話はせずに、ユリアナは、ユーシアの耳に、都合の良い流れを吹き込む。
「今朝の事は、対テロリストを想定した、派手な防災訓練として、片付ける」
 ユーシアとエリアスの目が、点になる。
 ユリアナは、満面の笑顔で、念を押す。
「現時点より、防災訓練として記憶しなさい。人に説明する時も、騙されて防災訓練で襲撃役を担わされたと、自己弁護を。それで全員、幸せ」
「前の職場には、通じないかもしれませんが…」
 その余計な嘘を吐く事を回避しようとするユーシアに対し、ユリアナは根回しを明かす。
「黒龍軍師には、もう言っておいたから、この嘘は元同僚に使って構わない。アキュハヴァーラ警察にも、話は通しておきました。此方にも防災訓練という事で済ませて構わない」
 その二箇所への根回しを短時間で済ませたと言われて、ユーシアは嘘を承諾する。
「ありがとうございました」
 ユーシアは、本気で礼を言い、頭に過った「で、その交渉でバラクーダ組から得た報酬は、何でしょう?」という疑問は、瞬殺した。
 誰も幸せにしない質問には、用がない。
 ユリアナの示した話は、誰にとっても非常に都合が良く治まりそうであるので、ありがたく受け入れる。
 よってユーシアは、ユリアナの得るかもしれない事柄に関しては、関知しないと決めた。
 ユーシアが充分に反省と妥協をした頃合いで、ユリアナはユーシアを退室させる。

 ユリアナが、ドヤ顔をフラウに向ける。
「あー、はいはい。ユーシアは、素直な子ですね」
 手際は褒めたいけれど、下心が汚いので、フラウはユーシアの方を褒めて済ませる。
「うわあ、点数辛い」
 拗ねるユリアナの口に、フラウは、冷めた今川焼きを差し込んだ。


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