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リチタマ騒動記1 1章 チュートリアルでストライク

一話  少年忍者は素顔で通る(1)

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【バッファロービル四階 ユリアナ様の事務所 応接間】

「その子、大丈夫? 十歳でしょ? 小学校は? 我慢できなくて破壊しちゃった?」
 ユリアナ・オルクベキ(二十五歳、輝きまくる金髪ロング&碧眼、野良政治家)は、産休前の挨拶に来た護衛官に、毒舌で問い質す。
 開放的な紫衣ドレスで華奢な肢体を包み、客間のソファにぽわんと甘えながら、絶対に嫌いになれない明るい笑顔(政治家の基本スキル)をサリナ・ザイゼンに向ける。
 サリナ・ザイゼン(二十五歳、燃え盛る赤髪ショート&紅玉瞳、コノ国近衛軍所属軍曹)は長い付き合いなので、この笑顔は『笑顔のうちに白状しろや、ボケえ』という意味合いだと分かっている。
 だからこそ、迂闊に返事をしない。
「サリナ軍曹の代わりに推されて来る子だから、有能なのは間違いないだろうけどさあ。ユリアナさんは臆病だから、確認取っちゃうよ」
 ユリアナは、太陽のように無闇に輝く笑顔で、しつこく続ける。
「その子、大丈夫?」
「大丈夫ですよ」
 そこまで答える筋合いはないので、サリナ・ザイゼンはユーシアを護る。
 心当たりは多々あるが、初対面同士にマイナスの予備知識は与えない配慮を、サリナは選ぶ。
「お気になさらず。十歳である事を忘れられる位に、優秀ですから」
「そうかあ? ユリアナさんは十歳の時、小学校がウザいので迫撃砲を百九十八発撃ち込んで完全に破壊したぞ?」
「あんたには、他人の十歳児を心配する資格がねえよ!?」
 サリナ軍曹は、ユリアナのカミングアウトにブチ切れて敬語を忘れた。
 サリナの感情につられて、室温が一・五度上がる。
 サリナ軍曹の赤毛から散った火花を、ユリアナの側で控えていた鉄仮面のメイドさんが素手で摘んで揉み消す。
 天井の火災探知機が発動しないように、火炎能力者が迂闊に出してしまった火花(中×2、小×6)を、空いていた片手だけで完全に掌握する。
 サリナは、鉄仮面メイドに非難の一瞥をされただけで、感情を抑えて火炎能力の発露を抑える。
 ユリアナは気にせずに、鉄仮面のメイドさんが出してくれた餡蜜に手を付けて、サリナ軍曹(妊娠八ヶ月)が落ち着くまで待つ。
 サリナ軍曹も餡蜜を食べ始めて室温が下降してから、ユリアナは話を続ける。
「死傷者は、出していないよ?」
「で、しょうね」
「建物だけを壊したユリアナさんの優しさは、アノ国(アサキユメノ国の略)の政府に理解されて、コノ国(コトオサメノ国の略)へ修行に出されるだけで済みました。ハッピーエンド。サリナ軍曹が、まったりとした護衛任務に恵まれたのも、この流れからだよ。
 ユリアナさんは、良い上司だろう?」
 十五年前に国外退去処分を受けてコノ国に亡命し、便利屋的野良政治家をしてきた『はぐれ皇女』の根明な自己弁護に対し、サリナ軍曹は寛容に頷く。
 餡蜜が美味しいし。
「良い上司ですよ。有給も惜しまないし。だからこそ、代理にユーシアを入れて、お護りします」
「ユリアナさんに得のある出会いなら、大歓迎だよ」
「ユーシアの方にも、得るものが多いでしょう」
「ああ、逆か。その子の人脈に、ユリアナさんを加えるのが目的か」
 会話から納得できる答えに至った途端、ユリアナは詰まらなそうに笑顔を弱めると、サリナ軍曹の腹に話しかける。
「君の母上は、情が深いね。ユリアナさんも、こういう乳母が欲しかった。十歳の頃に」
 そういう受け取り方をするユリアナに対して、サリナ軍曹は、苦笑で流す。
「で、これは言わなくてもいい個人情報なのだが。その子は、サリナ軍曹の母乳を、ゴクゴク飲んで育ったの?」
「めっちゃ大好評でした。もう真っしぐら!」
 サリナ軍曹は胸を張って、ユーシアの乳好きをめっちゃアピールした。



【娯楽街アキュハヴァーラ 大通り ど真ん中】

 乳母が重大な個人情報を垂れ流しているとは知らずに、ユーシア(十歳、錆び気味の金髪セミロング&暗めの碧眼、国家公認忍者)は、やや早めに歩行移動する。

 からんころんからんころん

 都心の娯楽街アキュハヴァーラの大通りのど真ん中を、赤い鼻緒の下駄で道路を鳴らしながら歩行移動する。

 からんころんからんころん
 からんころんからんころん

 足音だけでも、目立つ。
 今日選んだ服は、黄色と黒の配色を施されたスズメバチチックなジャージに、真紅のパーカー。
 土産袋には『ぱにぽに』のベッキーの絵柄。
 服装も所持品も、目立つ。
 そして、素顔が中性的に整い過ぎている。
 美少年か美少女なのか、一見で判断が付かずに、人目を集めてしまう。
 目立つ。
 休日の歩行者天国で、コスプレをした人々が大通りを闊歩している空間でも、ユーシアは目立つ。

 からんころんからんころん

 国家公認忍者を休職して気軽な警備稼業(偏見)に転職するので、ユーシアは無警戒にも隠れ身の作法を止めてしまった。

 からんころんからんころん

 自分の外見が周囲に及ぼす効果よりも、娯楽街アキュハヴァーラに軒並ぶ娯楽コンテンツの洪水に、少年はトキめいて忙しい。
 アニメ、漫画、小説、歴史、時代劇、音楽、家電、電子機器、書籍、特撮、コスプレ、食道楽、アイドル、ゲーム、エロコンテンツ、無線、スポーツ、映画、イベント、フィギュア、パソコン、スマートフォン、自動車、鉄道、飛行機、宇宙産業、防災グッズ、コンセプト喫茶、ボードゲーム、カードゲーム、プラネタリウム、健康器具、化粧品、艦船、ミリタリー、銃器、プラモデル、宗教、哲学、カプセルガチャ、食玩、キャンプ、カラオケ、2・5次元、格闘技、戦闘服、砲術、刀剣、魔杖、モンスター、魔法、精霊、召喚、天使、妖怪、怪獣、魔界、異世界転生、エトセトラ…
 この街には、人類が生み出した全ての文化・文明が、溢れ返る程に開陳されている。

 からん

 うっかりすると、興味で足が止まってしまう。
「…でも、まだ金が無いし」
 ユーシアは、自分の財政状況を自覚している。
 物欲に浸れる状況では、ない。
 国家公認忍者を休職し、実家から自立し、貯金十万円から新生活を始める立場である。
 面接で不採用になった場合、気まずい雰囲気で実家に土下座して出戻る羽目になる。
 トキめく心を抑えて、目的地に行く事に、専念しようとする。

 からんころんからんころん
 からんころんからんころん

 都心の娯楽街アキュハヴァーラの大通りに建てられている八階建て商業ビル『バッファロービル』の前に着くと、ユーシアは時刻を確認する。
「よし、十分前」
 すれ違う通行人の腕時計を視覚に入れて時刻を確認したユーシアは、事前に調べておいた客用階段を登りながら、うっかりと移動速度を弛めてしまう。

 からん

 一・二階のメイド喫茶に目移りしたせいで、下駄が止まる。

 ころん

 メイドさんたちの可愛さに気を取られて、止まってしまう。
「くっ、沼だらけだな、アキュハヴァーラは。だけど素晴らしい」
 しかし、入り口からメイドさんを覗き見てデレるだけという行為に、忌々しい程の惨めさを感じたユーシアは、階段を登る。

 からん、ころん、からん

 三階で本屋内の時計を視界に入れたら、残り三分。
「やばっ」

 からんっころんっからんっからんっころんっころんっ



【バッファロービル四階 ユリアナ様の事務所 玄関前】

 残り二分。
 ユーシアは、やや焦る。

 からんっころんっ

「ギリギリだ。初日から、ギリギリだ」

 からんっころんっ

 焦りつつも共用部トイレで小便を済ませ、ユーシアは約束の一分前に玄関まで到着した。

 かららんっっ

 玄関のプレートには、ハッキリと『ユリアナ・オルクベキ全方位相談事務所』と記されている。
「…全方位?」
 今更そこが気になったが、時間がない。
 ユーシアは、玄関の呼び鈴を鳴らす。
 途端、ドアの上に設置された監視カメラから、こちらを鋭く射抜くような視線を感じる。
 見極めが済んだのか、誰何をせずに、玄関が開けられる。
 玄関の中から、鉄仮面を付けて口元以外の美貌を隠すメイドさんが、ユーシアを見下す。
「お待ちしておりました。入る前に、装備の確認をさせて貰います」
 ユーシアは、大人しく土産の入った袋を脇に置き、鉄仮面メイドさんのボディチェックを受ける。
 襟元から、ちょびっと垣間見える胸元のセクシーさにムッツリとデレながら、五秒で身体チェックを済ませる手際に感心する。
 武器の不所持を確認した鉄仮面メイドは、最後に土産物を検分する。
「ふむ。ワッフル四種、四ダース」
 高くもなく安くもなく、関係者全員に行き渡る物量の食物という配慮でチョイスされた土産物を、鉄仮面メイドは受領する。
「わたくしの名は、フラウ。メイドと護衛を兼ねています。下のメイド喫茶とは、無関係。ユリアナ様専用メイドです。フラウとだけ呼びなさい。今より君は、同僚です」
「ユーシア・アイオライトです。呼び方は、フラウさんのお好きに」
 フラウ(三十六歳、甘栗色髪ポニテ&栗色の瞳、巨乳の鉄仮面メイド)は、ユーシアを上から下まで見下ろして再観察してから、ユーシアを好きに呼ぶ。
「では、ムッツリ小僧で」
「上司に会わせて、フラウさん」

 からん、ころん



【バッファロービル四階 ユリアナ様の事務所 応接間】

 ユリアナが初めて見た生身のユーシアは、中性的な少年だった。
 履歴書の特技欄に「女装」と書いてあったせいか、少年のリバーシブルな面に目が行く。
 普通の十歳児より二・三年程早熟に発育しており、尚且つ女装に苦労しない色気がある。
 錆びたような色合いの金髪を無造作に首元まで伸ばし、ツインテールやポニテにも変形可能。
 深い海のような色彩の碧眼が暗めに見返すが、曇りは見えない。視線は時々女性陣のスリーサイズに泳ぐが、失礼のないように凝視はしない。
 利発で自己のしっかりしたムッツリ少年と見た上で、ユリアナはユーシアのファッションセンスに内心で「う~む」と唸る。
 黄色と黒の配色を施された危険色アピールのジャージに、赤いパーカー。
 そして、赤い鼻緒の下駄。
 アニメのキャラならいいけれど、忍者としては目立ち過ぎる。
「君、その格好で、忍者の仕事は大丈夫なの?」
 ユリアナは、ユーシアが自覚していなさそうな点に言及する。
 ユーシアは、ユリアナの顔を見返し、次に元・乳母であるサリナの顔を見返し、視線をユリアナに戻してから、己の服装をチェックする。
「え? 俺、必要なら下駄でも無音で歩けますよ?」
 女性陣の「それじゃない」という表情に、ユーシアは別の切り口で問題点を思い付く。
「靴下は脱ぎませんよ? 俺、寒がりですから、素足で下駄履くと、風邪ひいちゃいます」
 女性陣の「それでもない」という表情に、ユーシアは別の切り口で問題点を思い付く。
「履歴書に書いた特技・女装は、本当です。女装全国大会で、三位を取った経歴を信じてください。必要とあれば、ひと月でも美少女戦士で通しますから」
「ズボンのチャックが、全開放」
 ユリアナが、我慢できずに教えてから爆笑する。
 ユーシアは、己の股間を、凝視する。
 立っていると目立たないが、座るとズボンのチャックの隙間が大きく開き、穿いている女性用シマパンが丸見えに。
 対面で座っているユリアナに、丸見え。
 初対面なのに。
 シマパンが丸見え。
「…フラウさん。何故に、教えてくれなかったの?」
「これからお仕えするご主人様の前で、ありのままの姿を晒させる為です」
 鉄仮面を笑いで揺らしながら一礼し、床を転げ回って爆笑するユリアナをソファに放り戻す。
 ユーシアは、ズボンのチャックを閉めると、心拍数以外は平静を保って、ユリアナとの初対面の挨拶を続けようとする。
「まあ、これは男として生まれたからには、半年に一度は発生するイベントですから、あんまり気にしなくていいですよ?」
 ユリアナは、深呼吸をして爆笑を抑えながら、サリナも深呼吸をしているのを横目で確認し、固まる。
「サリナ軍曹?」
 ユリアナと違って、爆笑でお腹を抑えている訳ではなかった。
 室温が、二度上がっている。
「笑わせ過ぎるから…お腹の子が…出ちゃうって」
 サリナ軍曹の、対火炎耐性が施された丈夫な軍服の袖口が、少し焦げる。
 途端、
 フラウが一番大きなソファにサリナを寝かせ、
 ユリアナが救急車を電話で要請し、
 ユーシアは真紅のパーカーを脱ぐや、仕込みを解いて大きな風呂敷状に拡げる。

 からららん!

 その真紅の大風呂敷で対火炎結界を作り、サリナが陣痛で能力を暴走させても火災に至り難いように、周囲を保護する。

 ころろろん! 

 ユーシアは、ハンカチを取り出してお茶で濡らすと右手に巻き付け、陣痛に呻くサリナから漏れ出る火花を摘んで消していく。
「フラウさん。スプリンクラー設備を停止させてください。サリナさんを濡らしたくない」
「…君が消火に失敗したと判断したら、作動させますよ」
 条件を言ってから、フラウは部屋に内蔵されているスプリンクラー制御弁室の扉を開け、制御弁を閉める。
 ユーシアは、結界内から漏れ出る火花や火柱を、濡らした手刀で封じ、万が一にも火災が生じないように守り続ける。
 その手際の良い様を見て、ユリアナは全館に火災警報を出す手順を、留める。

 救急車が着くまでの六分間。

 ユリアナを守って控えるフラウの出番が無い程に、ユーシアの手際は万全で終わる。
 あまりに完璧なディフェンスに、ユリアナは火災警報を出さずに済ませた。
 階下のメイド喫茶と本屋の営業を中断させずに済み、オーナーのユリアナは重ねて安堵する。
 救急隊員がサリナ軍曹を引き継ぎ、より難燃性の高い結界処理を施して、担架に移す。
 汗だくのユーシアが、構えを解いて、焦げたハンカチと真紅のパーカーを回収する。
 フラウが、ユーシアの右手を確認する。
「火傷は、有りませんね」
「火傷は無いけど、喉が渇いた」
 水分不足を訴えるユーシアが、少しよろけて下駄を鳴らす。
 フラウが、秒で清涼飲料水のペットボトルを口元に差し出す。
「ユーシア。有り難いけどねえ…」
 救急隊員にエレベーターで運ばれる前に、サリナは釘を刺す。
「次からは、ユリアナ様を最優先で護らないと、ダメだからね?」
「いいや。何時でも妊婦が最優先です」
 空いたペットボトルをフラウに渡しながら、ユーシアは断言する。
 その言葉を聞いたから、ユリアナはユーシアの採用を決めた。
 たとえ年少でムッツリで、ちょっと抜けていて下駄が悪趣味であろうと、この義理人情に体を張れる少年忍者の採用を決めた。
「お見舞いに行くから、また乳を吸わせてね~」
「んん~、考慮しておく~」
 サリナを送る言葉を聞いて、少し揺らいだけど。
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