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第一章 赤と黒の螺旋の中で
十五話 尾張いんちきシビルウォー(3)
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佐脇良之に小姓の基本教育を施し、半月ほどで信長に面通しを済ませ、同僚たちに挨拶してから火鉢の燃料を補給させると、怪訝な顔で戻ってきた。
「金森殿。お聞きした事が」
「殿の身の回りを世話する小姓は、間に合っています。新規は庶務や諸奉行の仕事で費やされます」
「そういうトリビアではなく、燃料を貰いに行った先での、怪奇現象について」
「何でも聞いてくれ」
金森可近は、親身に応じる。
サボれるので。
「先月、台所奉行だった藤吉郎が、今は薪奉行。そして来月には他の奉行になるとか。意味が分かりません。何がしたいのですか、あの人は?」
「武家社会に慣れている最中です。今川の小者だった時は、簡単な雑用しか任せてもらえず、勉強する機会も乏しかったので。織田家に転属して正解です。この職場は、適所適材ですから」
「いえ、月替わりで奉行職を転々として、支障とかは…」
「ないですよ。一ヶ月で仕事を覚え、改善して次の人に任せる。各部署で効率化と経費削減が進むので、殿も大喜び」
「…それって、ひょっとして…天才?」
「相当な逸材です。普通の武家に生まれていたら、今頃は家老を任されているかも」
「読み書きが出来ないのに?」
「平仮名は読み書き出来ます。漢字は勉強中です」
「どうしてそこまで把握を?!」
「自分の仕事を、劇的に楽にしてくれる、輝ける逸材だからです」
もっと藤吉郎をスキルアップさせて、自分の仕事も肩代わりさせたい、可近だった。
この段階での藤吉郎への評価は、『便利な庶務の天才』だった。
その才能が戦争に向けられた場合の恐ろしさに気付くのは、サボりたい可近よりも、信長が先になる。
「藤吉郎が出世したら、更に楽な役職をもらって、より楽に生きていけます」
「羨ましい程に、どうかしていますね、金森氏」
信長の代になってワーカーホリック度数が増している織田家の中で、平気で真逆の方向へと生きていく金森可近に、畏敬しちゃう佐脇良之だった。
そうやって呑気なペースで生きていこうとする金森可近の存念には、一切何も遠慮せずに、織田信長は『尾張いんちきシビルウォー』の第二段階に突き進む。
「ひけぇ~~!!」
織田信長が、主語抜きで命令を叫ぶ。
時刻は昼過ぎ。
その声が清洲城内に響くと、皆が一斉に慌ただしく動きを加速させる。
慣れた小姓が、太刀や戦道具を持って信長の後を追い、更に古参の側近は信長の愛馬の用意をする。
「違う、今回は速さより、耐久力重視の馬」
金森可近は、他の馬廻が用意した馬を留め、入れ替えた馬に信長専用馬具を着ける。
二秒後に、信長が可近の用意した方の馬に乗って、後ろを振り返らずに駆け出す。
先に別の馬を用意していた馬廻が、安堵して可近に礼を言いつつ、自分の馬に乗って信長の後を追う。
因みに、信長の用に合わない馬を用意した場合、叱責されて睨まれて寿命が一年は縮む。
今は一応小姓の佐脇良之は、自分の奉公人に戦仕度を命じると、金森可近に付いて行こうとする。
赤い母衣を背に背負った目立つ姿で騎乗する金森可近は、
「君は用意をしてから追い付きなさい。行き先は、於多井川(今の庄内川)の渡河地点です」
新人に無理をさせないよう忠告してから、駆けた。
他にも派手な母衣を装備した馬廻が馬を駆り、信長の後を追う。
佐脇良之が荷造りを終えた奉公人を待っていると、軽武装の藤吉郎に出会した。
年老いた奉公人が曳いてきた安上がりな痩せ馬で、出陣しようとしている。
体躯が低身長で痩身の上に、今まで見かけた仕事が庶務ばかりだったので、佐脇良之は藤吉郎が戦に出る人だとは全く考えていなかった。
そう見られる現象には慣れているので、藤吉郎は笑って流す。
「見るだけですってば。見ないと、分からないからね」
「戦が?」
「いえ、兄弟での殺し合いが」
「…」
「戦だけなら珍しくないけど、兄弟の殺し合いは、初めて見るで。何事も、経験だで」
「……」
「家族想いの殿には、辛いだろうけど…勢力が二倍になるので、この藤吉郎も出世し易くなるだぎゃあ」
最大限の気遣いと、底意地の悪い慇懃無礼が、その人物の中で両立している。
佐脇良之は、ひょっとするとこの猿面青年は、誰の手にも負えないのではないかと勘付いた。
藤吉郎は、見慣れた視線を向けている佐脇良之に対し、別に気にもせずに先に行く。
彼の才を便利だと重宝する者と、彼の怪物性を恐れる者からの視線に、彼は既に慣れている。
出足こそ速い織田信長だが、あくまで味方の出陣を急かす為のパフォーマンスである。
於多井川を渡る手前で軍勢が集結するのを待つ間、渡河してからの用兵について、側近たちと打ち合わせを済ませる。
「まず、戦闘開始直後。こちらの陣営の兵卒が、逃げ出します」
今回、信長の元に集まった兵は、七百。
対して信行の元には、千七百。
打ち合わせ通り逃げても、不思議はない戦況だ。
「次に、殿と馬廻だけが、突撃。相手の兵卒が逃げて、信行殿が降伏。これで尾張の三分の二が、統合されます」
金森可近が得意顔で解説するが、森可成は恥ずかしさで膝を屈して泣き出した。
「もうやだ。そんな恥ずかしい戦をするくらいなら、初めから合流させてやれよ」
「ダメです」
森可成が泣いて頼んでも、金森可近はインチキする事に関して、妥協しない。
「信行殿には、斎藤家も今川家も調略の手を伸ばしています。この環境を更新するには、信行殿に、フルボッコで負けていただきます。他国の者に、信行殿は戦に向かないから、担ぐだけ無駄だと思わせる。その為の作戦です」
客観的に聞くと酷い説明台詞を遮って、信長が厳命する。
「信行以外は、殺って構わん。代わりの兵は、金で雇える」
可近の渋い顔には応じず、信長は他の側近たちの戦意を煽る。
「五郎八(可近)の筋書き通り、信長は敵兵に向かって、大声で降伏勧告をする。それでも退かずに刃を向ける愚図は、要らぬ。討て」
可近は、更に顔を渋くするが、妥協する。
このいんちきシビルウォーを提案し、仲の良い兄弟が戦っても不思議ではないネタを待っていたら、事態は予想以上に悪化している。
五分五分だった信長と信行の支持率が、二年で三対七にまで逆転されている。
現代で例えると、政党総裁の地位から勇退を勧められる状況だ。
信長には、可近のインチキを許容する余裕が、足りなくなっている。
「金森殿。お聞きした事が」
「殿の身の回りを世話する小姓は、間に合っています。新規は庶務や諸奉行の仕事で費やされます」
「そういうトリビアではなく、燃料を貰いに行った先での、怪奇現象について」
「何でも聞いてくれ」
金森可近は、親身に応じる。
サボれるので。
「先月、台所奉行だった藤吉郎が、今は薪奉行。そして来月には他の奉行になるとか。意味が分かりません。何がしたいのですか、あの人は?」
「武家社会に慣れている最中です。今川の小者だった時は、簡単な雑用しか任せてもらえず、勉強する機会も乏しかったので。織田家に転属して正解です。この職場は、適所適材ですから」
「いえ、月替わりで奉行職を転々として、支障とかは…」
「ないですよ。一ヶ月で仕事を覚え、改善して次の人に任せる。各部署で効率化と経費削減が進むので、殿も大喜び」
「…それって、ひょっとして…天才?」
「相当な逸材です。普通の武家に生まれていたら、今頃は家老を任されているかも」
「読み書きが出来ないのに?」
「平仮名は読み書き出来ます。漢字は勉強中です」
「どうしてそこまで把握を?!」
「自分の仕事を、劇的に楽にしてくれる、輝ける逸材だからです」
もっと藤吉郎をスキルアップさせて、自分の仕事も肩代わりさせたい、可近だった。
この段階での藤吉郎への評価は、『便利な庶務の天才』だった。
その才能が戦争に向けられた場合の恐ろしさに気付くのは、サボりたい可近よりも、信長が先になる。
「藤吉郎が出世したら、更に楽な役職をもらって、より楽に生きていけます」
「羨ましい程に、どうかしていますね、金森氏」
信長の代になってワーカーホリック度数が増している織田家の中で、平気で真逆の方向へと生きていく金森可近に、畏敬しちゃう佐脇良之だった。
そうやって呑気なペースで生きていこうとする金森可近の存念には、一切何も遠慮せずに、織田信長は『尾張いんちきシビルウォー』の第二段階に突き進む。
「ひけぇ~~!!」
織田信長が、主語抜きで命令を叫ぶ。
時刻は昼過ぎ。
その声が清洲城内に響くと、皆が一斉に慌ただしく動きを加速させる。
慣れた小姓が、太刀や戦道具を持って信長の後を追い、更に古参の側近は信長の愛馬の用意をする。
「違う、今回は速さより、耐久力重視の馬」
金森可近は、他の馬廻が用意した馬を留め、入れ替えた馬に信長専用馬具を着ける。
二秒後に、信長が可近の用意した方の馬に乗って、後ろを振り返らずに駆け出す。
先に別の馬を用意していた馬廻が、安堵して可近に礼を言いつつ、自分の馬に乗って信長の後を追う。
因みに、信長の用に合わない馬を用意した場合、叱責されて睨まれて寿命が一年は縮む。
今は一応小姓の佐脇良之は、自分の奉公人に戦仕度を命じると、金森可近に付いて行こうとする。
赤い母衣を背に背負った目立つ姿で騎乗する金森可近は、
「君は用意をしてから追い付きなさい。行き先は、於多井川(今の庄内川)の渡河地点です」
新人に無理をさせないよう忠告してから、駆けた。
他にも派手な母衣を装備した馬廻が馬を駆り、信長の後を追う。
佐脇良之が荷造りを終えた奉公人を待っていると、軽武装の藤吉郎に出会した。
年老いた奉公人が曳いてきた安上がりな痩せ馬で、出陣しようとしている。
体躯が低身長で痩身の上に、今まで見かけた仕事が庶務ばかりだったので、佐脇良之は藤吉郎が戦に出る人だとは全く考えていなかった。
そう見られる現象には慣れているので、藤吉郎は笑って流す。
「見るだけですってば。見ないと、分からないからね」
「戦が?」
「いえ、兄弟での殺し合いが」
「…」
「戦だけなら珍しくないけど、兄弟の殺し合いは、初めて見るで。何事も、経験だで」
「……」
「家族想いの殿には、辛いだろうけど…勢力が二倍になるので、この藤吉郎も出世し易くなるだぎゃあ」
最大限の気遣いと、底意地の悪い慇懃無礼が、その人物の中で両立している。
佐脇良之は、ひょっとするとこの猿面青年は、誰の手にも負えないのではないかと勘付いた。
藤吉郎は、見慣れた視線を向けている佐脇良之に対し、別に気にもせずに先に行く。
彼の才を便利だと重宝する者と、彼の怪物性を恐れる者からの視線に、彼は既に慣れている。
出足こそ速い織田信長だが、あくまで味方の出陣を急かす為のパフォーマンスである。
於多井川を渡る手前で軍勢が集結するのを待つ間、渡河してからの用兵について、側近たちと打ち合わせを済ませる。
「まず、戦闘開始直後。こちらの陣営の兵卒が、逃げ出します」
今回、信長の元に集まった兵は、七百。
対して信行の元には、千七百。
打ち合わせ通り逃げても、不思議はない戦況だ。
「次に、殿と馬廻だけが、突撃。相手の兵卒が逃げて、信行殿が降伏。これで尾張の三分の二が、統合されます」
金森可近が得意顔で解説するが、森可成は恥ずかしさで膝を屈して泣き出した。
「もうやだ。そんな恥ずかしい戦をするくらいなら、初めから合流させてやれよ」
「ダメです」
森可成が泣いて頼んでも、金森可近はインチキする事に関して、妥協しない。
「信行殿には、斎藤家も今川家も調略の手を伸ばしています。この環境を更新するには、信行殿に、フルボッコで負けていただきます。他国の者に、信行殿は戦に向かないから、担ぐだけ無駄だと思わせる。その為の作戦です」
客観的に聞くと酷い説明台詞を遮って、信長が厳命する。
「信行以外は、殺って構わん。代わりの兵は、金で雇える」
可近の渋い顔には応じず、信長は他の側近たちの戦意を煽る。
「五郎八(可近)の筋書き通り、信長は敵兵に向かって、大声で降伏勧告をする。それでも退かずに刃を向ける愚図は、要らぬ。討て」
可近は、更に顔を渋くするが、妥協する。
このいんちきシビルウォーを提案し、仲の良い兄弟が戦っても不思議ではないネタを待っていたら、事態は予想以上に悪化している。
五分五分だった信長と信行の支持率が、二年で三対七にまで逆転されている。
現代で例えると、政党総裁の地位から勇退を勧められる状況だ。
信長には、可近のインチキを許容する余裕が、足りなくなっている。
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