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第一章 赤と黒の螺旋の中で
十話 平手政秀は何故、死んだのか?(2)
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信長が気晴らしの鷹狩りに出かけたタイミングで、可近は平手政秀の遺言について、確認をした。
「そんなに自分には教えたくないのですか? 平手殿の最後の訴えは?」
信長は、上空から獲物へ舞い降りる鷹へ向けた視線を外さずに、ボソッと一言。
「察しろ」
そこまでして口にしたくない事を。
馬廻の連中が、揃って発言に気を付ける事を。
口外するだけで、危険な事を。
「(弟の信行に)先手を打てと?」
「出来んだがや」
数々の大河ドラマで、織田信長が弟・信行を討つイベントに触れているので勘違いされがちだが、この時点での信行は「領地の統治を半分受け持ち、信長の負担を半減してくれる」存在である。
この出来た弟のお陰で、信長は尾張統一と対今川戦闘に専念出来る。
切り捨てる謂れはないし、切り捨てようとしたら織田家を二分する内乱になってしまう。
気が合わなくても相性が悪くても、互いを必要と認めている、兄弟なのだ。
平手政秀が命懸けで訴えかけようと、信長は考慮しなかった。
可近も、それを支持する。
(向こうから手を出してきてからで、構わない)
信長は身内には甘いので、先に手を出すような真似は、絶対に出来ない。
(いざという時に迷わないように、目の前で切腹して、覚悟を見せた。という解釈でも、薄いなあ。何で自分に相談しないのかな、平手さんは)
そこに至って可近は、平手政秀が『金森可近が不在の時を狙って切腹』したのだと悟る。
(何だ? 自分に、何かさせない為に? 聞けば自分が動いて、ぶち壊す事柄なのか?
何だよ、それ?
慮る人だぞ、自分は)
他に何かを言っていたのではないかと聞きたいのに訊けず、可近は躊躇う。
謎が余計に深まって困惑していると、帰蝶が馬で急行して、信長と可近を踏み殺しかける。
「ったわけ~!!」
怒鳴られても構わずに馬を可近に預け、帰蝶が信長の前でヒーロー着地する。
「緊急速報だよ、ノブ! 美濃の父上が、ノブと会見したいって! 帰蝶が『今度の旦那は、イケメンで日本一の戦国大名だよ。羨ましいだろ、ゲヘヘヘヘ』って手紙で自慢したから、直に見物したいって。今から新作コントを練っておかないと、間に合わないよ」
「であるか」
信長は、可近に一言。
「場所(を手配しておけ)」
可近は懸念を傍に置き、速攻で最適地を手配した。
尾張と美濃の国境に、冨田(現・愛知県一宮市冨田)という土地がある。
平安時代から絹織物を生産する「繊維の街」として高名で、周辺の守護大名から「税の免除」を許可されている。
朝廷に絹織物を献上する土地ならではの特権で、あの織田信秀ですら税金を取ろうとしなかった。
豊かな土地で、現代では人口三十七万人を越す、中核市だ。
ここで戦争沙汰をするような大馬鹿者は、いない。
いないはずなのに、織田信長が一千名の兵を率いて会見にやって来たので、斎藤道三は呆れ返った。
「そう来たか、この婿」
先回りして、信長の行列を覗き見していた斎藤道三は、そのパフォーマンスに、痺れた。
斎藤道三は、頭の良さを『狡猾』で表される事が多い。
政敵であれば、主君でも婿でも毒殺する所業が有名なので、毒蛇として有名な蝮の綽名を冠して忌み嫌われている。
そういう悪名なんぞ気にせずに国の利益を追求する生き様が、平手政秀を通じて斎藤道三を織田信長と会わせるに至った。
平手政秀からは
「若い頃の山城守(斎藤道三の官位名)様に似ています。合理的で、無駄な因習は唾棄しています」
と、心をくすぐっておいて、信長の短所も前置きする。
「惜しいのは、短気のあまり、礼儀を省き過ぎる事です。あれでは、うつけにしか見えません」
「その癖さえ補えば、尾張は更に発展するじゃろ。枠にハマらん跡取りがいるとは、羨ましい」
戦国時代の下克上を体現してきた斎藤道三にとって、ロックな部分がない息子たちには、期待をしていない。
現状維持すら出来ず、内外の誰かに下克上されて消えるだろう。
とはいえ、見捨てるつもりもない。
そういう事をしそうな奴を見かけたら、先んじて手を結ぶか殺そうと構えていたら、外交で親しくなった平手政秀が教えてくれた。
殺すかどうか悩んだが、平手政秀の一推しに、斎藤道三は愛娘を嫁にやる決心をした。
キャラの濃い帰蝶を押し付けたというか、美濃国内では毒殺されるのが怖くて、もう誰も貰ってくれない。
嫁に出すと相性が良かったようで、手紙では
「信長凄えぜ、美濃も見習えよ、アハハハ」
と、絶好調の関係を伝えている。
だが、仲人同然だった平手政秀が突如、信長の前で切腹したという速報が来た。
「うつけが治らないから、自害して諌めたそうです」
「信長の将来に悲観して、当てつけに目の前で腹を切ったそうです」
「先代の遺産を横領した疑いを晴らす為の切腹らしいです」
嫌な憶測が飛びまくるが、肝心の信長のコメントが入って来ない。
という訳で、
「舅として婿の顔が見たいので、会見しようぜ~」
と、帰蝶に手紙を送った。
美濃の家来たちは、全く全然止めなかった。
たぶん、毒殺する為に会見するのだと、信じている。
そんな周囲の空気をスルーしつつも、斎藤道三は信長の行列を覗き見て、仰天する。
列の先頭付近に、奇天烈過ぎる格好の信長が、馬に乗っていた。
髪は適当な茶筅髷(ぞんざいなヘアスタイル)。
ラフな湯帷子(浴衣)を半脱ぎし、肩と片腕と片乳首剥き出し。
太刀と脇差は金銀を装飾した逸品なのに、柄に藁縄を巻いてビジュアルが台無しに。
太い麻縄を腕輪にして着こなすファッションセンス。
腰回りには、火打ち袋や瓢箪を幾つもぶら下げて、ダサく見えるように敢えてデコる。
だがしかし、半袴は虎皮・豹皮を四色に染め分けた最高級品。
全てがアンバランス、過剰、愚劣、アンビリーバボーな服装。
狙ってこのファッションなのだから、恐れ入るしかない。
観た者の99・999%が
「この人、真性の、アレ?」
と判断してしまうビジュアルを晒すという先制攻撃に、斎藤道三は悶える。
「あんなのを婿にして、楽しいだろうなあ、帰蝶」
もう羨ましくなっている。
ビジュアル奇襲の後は、織田の軍勢一千名が、整然と行軍する。
彼らは観客と違い、こんな信長を見ても動じていない。
こんなアホなパフォーマンスをする信長に率いられても、恥じていない。
(だろうな。指揮官として心酔しているなら、普段の格好は、どうでもいい)
この格好を晒すのは初めてではなく、この格好のまま戦闘指揮をした事もある。
信長の軍勢は、先代・信秀の頃とは桁違いに練度を高められている。
兵の持つ槍の長さを標準よりも伸ばし、鉄砲を大量に揃えて経済力も誇示。
鉄砲隊と並列して弓兵部隊も見せて、部隊編成の隙の無さを示す。
信長が今日の会見で毒殺された場合、斎藤道三一行を討つという示威も込められている。
(これはもう、『平手のジジイが居なくても、織田家はストロングだぜ』という意思表示だな)
見たい物は見たので、斎藤道三は表向きの用事を済ませに、会見会場・聖徳寺に戻る。
聖徳寺では、織田信長が正装に化粧直しをしていた。
茶筅髷を貴品のある折髷に結い上げ、頭髪を艶やかに黒く光らせてクールに決めている。
服装も褐色の長袴。
裾が長く、戦闘には一切不向きな装い。
携帯する武器も、短刀のみ。
半刻前に「うつけ」のファッションをしていた青年が、武家貴族の出立ちで会見に応じている。
斎藤道三は苦笑いをしながら、平服を正装に着替えてから、姿を表す。
上座に座ってから、何方も揃って、視線も合わせず名乗りもしない。
礼儀作法のチキンレースを始めてしまった。
金森可近は、同僚たちに『黙っていろ』のハンドサインで意思統一する。
美濃の侍の方が、我慢出来ずに主人の名をあげる。
「織田殿。斎藤山城守様でございます」
チキンレースに勝った信長が、逸らしていた視線を、涼しいドヤ顔で斎藤道三に据える。
「であるか」
下座に座る信長は、素っ気なく応えると、斎藤道三に軽く首を垂れながら、名乗る。
「織田上総介信長。ペンネームは藤原信長」
「斎藤家も、藤原北家が源流だ。存外に狭いな」
以降、普通の世間話が続く。
この二人、何もかも、相性が良過ぎた。
冷めた倫理観、ファッションセンス、冷酷な合理主義、部下の使い方。
斎藤家の家臣団は総毛立ち、織田家の家臣団は綻ぶ。
(良かった~~~~今日はもう、何もトラブルが起きずに済みそう)
二人に湯漬けを出しながら、食膳係・金森可近は会見の大成功に安堵する。
最後に盃を交わし(信長の方は、酒盃ではなく水盃)、可近が二人の食膳を片付けようとすると、『美濃の蝮』が噛み付いてきた。
「平手政秀は、惜しかった。わしも供養に何かしたいのだが…何が良いかのう?」
可近は、この発言は『この場に居る全ての織田家関係者』の反応を見る為のものだと悟る。
先程の礼儀作法チキンレースと違い、ハンドサインで意思統一する暇もない。
「遺言があれば、叶えてやリたい」
可近は半秒の硬直で済んだが、他の同僚たちは、動揺の身じろぎを隠せなかった。
尾張で内乱が起きるなら、味方は多い方がいい。
周辺国で援軍を送ってくれそうなのは、舅である、この斎藤道三が最有力だ。
斎藤道三は、この契機に、尾張の権力を婿殿に集中させる気だ。
だが、それは最悪、兄と弟が殺し合う内乱に発展する。
(この外道大先輩、美濃が有利になる為なら、そういう展開も平気なのか。こういう時こそ、平手殿の出番だろうに…)
そこまで考えて、可近は斎藤道三の家臣団を、容疑者として観察する。
美濃と尾張の同盟を壊したい者なら、平手政秀を邪魔だと考える。
斎藤道三にも織田信長にも手を出せない以上、平手政秀を狙った方が、コスパが良いし。
(誰かな~、切腹の後押しをするような、狐さんは)
そういう観点で美濃の家臣団を観察していたら、相手側から一人。
金森可近の視線を『流してやり過ごそう』という所作の人物が、一人。
水色の桔梗紋を服に付けた武士が、眼に留まる。
可近も美濃出身なので、この珍しい色付き桔梗紋には、覚えがある。
(明智…十兵衛)
明智十兵衛光秀が、困ったように、苦笑して見返す。
涼しげな顔だが、その視線に込められた意味を、可近は受け取った。
(気付くのが遅いよ、先輩)
金森可近と、明智光秀。
才能・人脈・多彩な趣味、様々な分野で被る二人だが、性格だけは生涯平行線だった。
「そんなに自分には教えたくないのですか? 平手殿の最後の訴えは?」
信長は、上空から獲物へ舞い降りる鷹へ向けた視線を外さずに、ボソッと一言。
「察しろ」
そこまでして口にしたくない事を。
馬廻の連中が、揃って発言に気を付ける事を。
口外するだけで、危険な事を。
「(弟の信行に)先手を打てと?」
「出来んだがや」
数々の大河ドラマで、織田信長が弟・信行を討つイベントに触れているので勘違いされがちだが、この時点での信行は「領地の統治を半分受け持ち、信長の負担を半減してくれる」存在である。
この出来た弟のお陰で、信長は尾張統一と対今川戦闘に専念出来る。
切り捨てる謂れはないし、切り捨てようとしたら織田家を二分する内乱になってしまう。
気が合わなくても相性が悪くても、互いを必要と認めている、兄弟なのだ。
平手政秀が命懸けで訴えかけようと、信長は考慮しなかった。
可近も、それを支持する。
(向こうから手を出してきてからで、構わない)
信長は身内には甘いので、先に手を出すような真似は、絶対に出来ない。
(いざという時に迷わないように、目の前で切腹して、覚悟を見せた。という解釈でも、薄いなあ。何で自分に相談しないのかな、平手さんは)
そこに至って可近は、平手政秀が『金森可近が不在の時を狙って切腹』したのだと悟る。
(何だ? 自分に、何かさせない為に? 聞けば自分が動いて、ぶち壊す事柄なのか?
何だよ、それ?
慮る人だぞ、自分は)
他に何かを言っていたのではないかと聞きたいのに訊けず、可近は躊躇う。
謎が余計に深まって困惑していると、帰蝶が馬で急行して、信長と可近を踏み殺しかける。
「ったわけ~!!」
怒鳴られても構わずに馬を可近に預け、帰蝶が信長の前でヒーロー着地する。
「緊急速報だよ、ノブ! 美濃の父上が、ノブと会見したいって! 帰蝶が『今度の旦那は、イケメンで日本一の戦国大名だよ。羨ましいだろ、ゲヘヘヘヘ』って手紙で自慢したから、直に見物したいって。今から新作コントを練っておかないと、間に合わないよ」
「であるか」
信長は、可近に一言。
「場所(を手配しておけ)」
可近は懸念を傍に置き、速攻で最適地を手配した。
尾張と美濃の国境に、冨田(現・愛知県一宮市冨田)という土地がある。
平安時代から絹織物を生産する「繊維の街」として高名で、周辺の守護大名から「税の免除」を許可されている。
朝廷に絹織物を献上する土地ならではの特権で、あの織田信秀ですら税金を取ろうとしなかった。
豊かな土地で、現代では人口三十七万人を越す、中核市だ。
ここで戦争沙汰をするような大馬鹿者は、いない。
いないはずなのに、織田信長が一千名の兵を率いて会見にやって来たので、斎藤道三は呆れ返った。
「そう来たか、この婿」
先回りして、信長の行列を覗き見していた斎藤道三は、そのパフォーマンスに、痺れた。
斎藤道三は、頭の良さを『狡猾』で表される事が多い。
政敵であれば、主君でも婿でも毒殺する所業が有名なので、毒蛇として有名な蝮の綽名を冠して忌み嫌われている。
そういう悪名なんぞ気にせずに国の利益を追求する生き様が、平手政秀を通じて斎藤道三を織田信長と会わせるに至った。
平手政秀からは
「若い頃の山城守(斎藤道三の官位名)様に似ています。合理的で、無駄な因習は唾棄しています」
と、心をくすぐっておいて、信長の短所も前置きする。
「惜しいのは、短気のあまり、礼儀を省き過ぎる事です。あれでは、うつけにしか見えません」
「その癖さえ補えば、尾張は更に発展するじゃろ。枠にハマらん跡取りがいるとは、羨ましい」
戦国時代の下克上を体現してきた斎藤道三にとって、ロックな部分がない息子たちには、期待をしていない。
現状維持すら出来ず、内外の誰かに下克上されて消えるだろう。
とはいえ、見捨てるつもりもない。
そういう事をしそうな奴を見かけたら、先んじて手を結ぶか殺そうと構えていたら、外交で親しくなった平手政秀が教えてくれた。
殺すかどうか悩んだが、平手政秀の一推しに、斎藤道三は愛娘を嫁にやる決心をした。
キャラの濃い帰蝶を押し付けたというか、美濃国内では毒殺されるのが怖くて、もう誰も貰ってくれない。
嫁に出すと相性が良かったようで、手紙では
「信長凄えぜ、美濃も見習えよ、アハハハ」
と、絶好調の関係を伝えている。
だが、仲人同然だった平手政秀が突如、信長の前で切腹したという速報が来た。
「うつけが治らないから、自害して諌めたそうです」
「信長の将来に悲観して、当てつけに目の前で腹を切ったそうです」
「先代の遺産を横領した疑いを晴らす為の切腹らしいです」
嫌な憶測が飛びまくるが、肝心の信長のコメントが入って来ない。
という訳で、
「舅として婿の顔が見たいので、会見しようぜ~」
と、帰蝶に手紙を送った。
美濃の家来たちは、全く全然止めなかった。
たぶん、毒殺する為に会見するのだと、信じている。
そんな周囲の空気をスルーしつつも、斎藤道三は信長の行列を覗き見て、仰天する。
列の先頭付近に、奇天烈過ぎる格好の信長が、馬に乗っていた。
髪は適当な茶筅髷(ぞんざいなヘアスタイル)。
ラフな湯帷子(浴衣)を半脱ぎし、肩と片腕と片乳首剥き出し。
太刀と脇差は金銀を装飾した逸品なのに、柄に藁縄を巻いてビジュアルが台無しに。
太い麻縄を腕輪にして着こなすファッションセンス。
腰回りには、火打ち袋や瓢箪を幾つもぶら下げて、ダサく見えるように敢えてデコる。
だがしかし、半袴は虎皮・豹皮を四色に染め分けた最高級品。
全てがアンバランス、過剰、愚劣、アンビリーバボーな服装。
狙ってこのファッションなのだから、恐れ入るしかない。
観た者の99・999%が
「この人、真性の、アレ?」
と判断してしまうビジュアルを晒すという先制攻撃に、斎藤道三は悶える。
「あんなのを婿にして、楽しいだろうなあ、帰蝶」
もう羨ましくなっている。
ビジュアル奇襲の後は、織田の軍勢一千名が、整然と行軍する。
彼らは観客と違い、こんな信長を見ても動じていない。
こんなアホなパフォーマンスをする信長に率いられても、恥じていない。
(だろうな。指揮官として心酔しているなら、普段の格好は、どうでもいい)
この格好を晒すのは初めてではなく、この格好のまま戦闘指揮をした事もある。
信長の軍勢は、先代・信秀の頃とは桁違いに練度を高められている。
兵の持つ槍の長さを標準よりも伸ばし、鉄砲を大量に揃えて経済力も誇示。
鉄砲隊と並列して弓兵部隊も見せて、部隊編成の隙の無さを示す。
信長が今日の会見で毒殺された場合、斎藤道三一行を討つという示威も込められている。
(これはもう、『平手のジジイが居なくても、織田家はストロングだぜ』という意思表示だな)
見たい物は見たので、斎藤道三は表向きの用事を済ませに、会見会場・聖徳寺に戻る。
聖徳寺では、織田信長が正装に化粧直しをしていた。
茶筅髷を貴品のある折髷に結い上げ、頭髪を艶やかに黒く光らせてクールに決めている。
服装も褐色の長袴。
裾が長く、戦闘には一切不向きな装い。
携帯する武器も、短刀のみ。
半刻前に「うつけ」のファッションをしていた青年が、武家貴族の出立ちで会見に応じている。
斎藤道三は苦笑いをしながら、平服を正装に着替えてから、姿を表す。
上座に座ってから、何方も揃って、視線も合わせず名乗りもしない。
礼儀作法のチキンレースを始めてしまった。
金森可近は、同僚たちに『黙っていろ』のハンドサインで意思統一する。
美濃の侍の方が、我慢出来ずに主人の名をあげる。
「織田殿。斎藤山城守様でございます」
チキンレースに勝った信長が、逸らしていた視線を、涼しいドヤ顔で斎藤道三に据える。
「であるか」
下座に座る信長は、素っ気なく応えると、斎藤道三に軽く首を垂れながら、名乗る。
「織田上総介信長。ペンネームは藤原信長」
「斎藤家も、藤原北家が源流だ。存外に狭いな」
以降、普通の世間話が続く。
この二人、何もかも、相性が良過ぎた。
冷めた倫理観、ファッションセンス、冷酷な合理主義、部下の使い方。
斎藤家の家臣団は総毛立ち、織田家の家臣団は綻ぶ。
(良かった~~~~今日はもう、何もトラブルが起きずに済みそう)
二人に湯漬けを出しながら、食膳係・金森可近は会見の大成功に安堵する。
最後に盃を交わし(信長の方は、酒盃ではなく水盃)、可近が二人の食膳を片付けようとすると、『美濃の蝮』が噛み付いてきた。
「平手政秀は、惜しかった。わしも供養に何かしたいのだが…何が良いかのう?」
可近は、この発言は『この場に居る全ての織田家関係者』の反応を見る為のものだと悟る。
先程の礼儀作法チキンレースと違い、ハンドサインで意思統一する暇もない。
「遺言があれば、叶えてやリたい」
可近は半秒の硬直で済んだが、他の同僚たちは、動揺の身じろぎを隠せなかった。
尾張で内乱が起きるなら、味方は多い方がいい。
周辺国で援軍を送ってくれそうなのは、舅である、この斎藤道三が最有力だ。
斎藤道三は、この契機に、尾張の権力を婿殿に集中させる気だ。
だが、それは最悪、兄と弟が殺し合う内乱に発展する。
(この外道大先輩、美濃が有利になる為なら、そういう展開も平気なのか。こういう時こそ、平手殿の出番だろうに…)
そこまで考えて、可近は斎藤道三の家臣団を、容疑者として観察する。
美濃と尾張の同盟を壊したい者なら、平手政秀を邪魔だと考える。
斎藤道三にも織田信長にも手を出せない以上、平手政秀を狙った方が、コスパが良いし。
(誰かな~、切腹の後押しをするような、狐さんは)
そういう観点で美濃の家臣団を観察していたら、相手側から一人。
金森可近の視線を『流してやり過ごそう』という所作の人物が、一人。
水色の桔梗紋を服に付けた武士が、眼に留まる。
可近も美濃出身なので、この珍しい色付き桔梗紋には、覚えがある。
(明智…十兵衛)
明智十兵衛光秀が、困ったように、苦笑して見返す。
涼しげな顔だが、その視線に込められた意味を、可近は受け取った。
(気付くのが遅いよ、先輩)
金森可近と、明智光秀。
才能・人脈・多彩な趣味、様々な分野で被る二人だが、性格だけは生涯平行線だった。
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