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EP1. 俺たちがオトナになってしまうまで

第四話 三匹のシャーク

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 深雪に連れられて、俺は自転車で繁華街の少しはずれにあるビルにやってきた。
 確かこの建物には漫画喫茶のチェーン店があったはずだ。

「実は一緒に見たいDVDがあってさー」

 ビルのエレベーターの中で鞄の中をゴソゴソしながら、深雪が言った。
 つまり、一緒にDVDを見るために漫画喫茶を利用しようということか。
 確かに最近の漫画喫茶はペアシートで一緒にゲームやDVDを見ることができると聞いたことがある。
 狭い空間に男女が押し込められてDVD鑑賞――か。エッチな予感がするぜ!

「見て、これ! 『三匹のシャーク』! やっと手に入れたの!」

 まごうことなきクソ映画が出てきた。エッチどころじゃねえ。

「三兄弟が独立するときに親から一匹ずつサメを貰うんだけど、それぞれ兄弟ごとに飼育の仕方が違ってね。たとえば長男は自宅のプールで飼いはじめるんだけど、そのせいで奥さんと娘さんがサメに食べられちゃうの」

 めっちゃネタばれ食らってる気がするんだが、大丈夫なのだろうか。

「こんなの序の口だよ! 次男と三男、それから三人が集結したあとの最終決戦がすごく面白いの! この興奮をセッちゃんと共有したくってさー!」

 女子って自分の気持ちを共有したがるところあるよね。
 かといって、B級映画の感想でそれを求めるのはかなり上級者な気がしないでもないが……。

 ともあれ、それから俺たちは漫画喫茶に入店し、予定どおりペアシート席で『三匹のシャーク』を鑑賞した。
 互いの肩が触れ合うくらい密着した環境だったが、深雪が画面に釘づけになったまま熱く拳を握りしめていたこともあってムーディな雰囲気にはまったくならなかった。

 ちなみに映画は予想どおりのクソ映画だったが、内容自体はそこそこ楽しめた。
 次男が飼育方法を間違ってうっかりサメを死なせてしまうのだが、そのサメがゾンビシャークとして蘇ったときにはもうこの映画に秩序を求めてはいけないのだと乾いた笑いが出たものだ。
 それと、香水でもつけているのか、深雪からは常にちょっと良い匂いがした。
 映画はクソでも、その空間自体は少なくとも俺にとっては心ときめくものだった。
 優那よ、浮気な男でスマン……。

「はー、面白かった! ちょうど良い時間になったし、次は『のうしば』に行こ!」

 漫画喫茶の次は、この近くにある天能寺公園に連れていかれるらしい。
 『のうしば』というのは天能寺公園内にある芝生の敷き詰められた憩いの場のことで、今日はこれから雑誌モデルの公開撮影イベントがはじまる予定なのだそうだ。
 ちなみに『てん』ではなく『のう』なのは、おそらく大人の事情が関連している。

「ほら、やってるやってる! ポップティーンのサキちゃん! 知ってる?」

 いや、知らないな。
 ポップティーンというのは、ファッション雑誌か何かだろうか。
 
「そうそう。まあ男子はそういうの読まないもんねー。近くに行ってみようよ!」

 俺は深雪に引っ張られるようにして『のうしば』の中にできた人垣のほうまで連れていかれた。
 何か特別なブースが設けられているというわけではなく、サキちゃんと呼ばれるモデルの女の子と撮影スタッフたち、そして、それを見守る観衆といった構図のようだ。
 というか、めちゃくちゃ綺麗な子だな。足なげえ。大学生くらいだろうか。

「あたしたちと同じ高一だよ。ヤバいよね。なんかオーラが違うっていうか」

 マジでか。世の中には飛び抜けて綺麗な子ってのもいるもんだ。
 とはいえ、綺麗や可愛いなんて個人の主観だし、俺からすれば深雪だってそこまで極端に引けをとっているとは思わない。
 とくに俺はギャルっぽい子が好みなようで、今日は朝から深雪の顔を見ると少しどきどきしてしまうくらいだ。小馬鹿にするように罵倒してほしい。

「それではこれからチェキ会をはじめまーす!」

 ――と、撮影スタッフの一人が観衆に向かって声をかけ、それを合図に列ができはじめた。
 チェキというのはいわゆるインスタントカメラのことで、アイドルのイベントなどでこういったものを用いた撮影会が行われていることくらいは俺でも知っている。

「うわ、チェキ会やるんだ。どうしよっかなー」

 深雪が遠巻きに列を見ながらソワソワとしている。
 俺に気を遣っているのだろうか。

「いってきたら?」
「いいの?」

 俺が言うと、深雪の表情にパッと光が差す。

「ごめんね。じゃあ、ちょっとここで待ってくれる?」
「俺も一緒に並ぶよ。三人で撮ってもらうのっていけるのかな」
「え? たぶん大丈夫だと思うけど……」
「塚本はツーショットで撮りなよ。俺の番で三人で撮ろう」
「そ、そんなの悪いよ」
「いいって。一人で待ってても寂しいだけだし」
「セッちゃん……ありがと」

 深雪がモジモジと両手の指を絡ませながら、上目遣いに礼を言ってくる。可愛いぜ。
 とはいえ、実際に列はかなり長くなっているし、アイドルのイベントのような厳正に管理されたものでもないので、サキちゃんと客の雑談が長引けば列の進みも遅くなる。
 そんな列を遠巻きに眺めながら待つくらいなら、チェキ代を払ってでも一緒に並んだほうがまだ有意義に時間を過ごせるというものだ。

「サキちゃん、この前インストに上げてたシャツってカレシャツですかー?」
「えー、そんなの秘密ですよー!」
「きゃー! 否定しないんだ! あやしー!」

 列の前方から黄色い声が聞こえてくる。

「わたしもそれ見たー! めっちゃピチピチでしたよね? 彼ピッピのお古とか?」
「それも内緒でーす! みんなで色々想像してみてね!」
「きゃー! かわいいー!」

 なんだかよく分からない世界だ。
 ただ、サキちゃんの立ち振る舞いはいちいちすべてに何らかの意図があるのではないかと思えるくらい艶やかで、とても同じ高校生と思えるものではなかった。
 彼氏がいるとして、きっと背が高くイケメンなエリート社会人とかだろう。

「サキちゃんってめっちゃ匂わせ投稿するんだよね。でも、その辺も上手でさ。ちょっと小さめのTシャツとかマジックテープの財布とか、たぶん彼氏が子どものころに使ってたものとかを敢えて使ってる感じなの。きっと幼馴染みたいなつきあいの長い彼氏がいるんだろうなーって周りで勝手に想像してるわけ」

 女子ってそういう話好きだよね。

「あたしたちもさ、気づいたら三年だもんね。それに、またこれから三年も一緒だし……」

 深雪が少し遠い目をする。
 なんだか胸の奥のほうが締めつけられるような気がした。
 俺が気に病むことではないのかもしれない。
 いっそ無神経すぎるくらいでちょうどいいのかもしれない。
 ただ、本当にだらしない話だが、やはり俺は深雪のことも特別に思っているのだ。

 もちろん、それは恋愛対象としてではないのかもしれない。
 そして、そうである以上、本来であれば深雪とはもっと適正な距離をとるべきだ。
 そのほうが、結果的に深雪を傷つけずに済む。
 しかし、俺にはそれができない。深雪の好意に甘えてしまう情けない男なのだ。

「これが終わったらさ、何か食べて帰ろうよ。いいよね?」

 深雪がこちらを見上げながら訊いてくる。
 断らねば……俺たちはもう今までの関係ではいられないのだ……。

「いいよ。姉貴に連絡しておく」

 しかし、俺の口から出てきたのはそんな言葉だった。
 誰か俺を口汚く罵ってほしい。
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