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第2章:千載一遇(1/1000)のCZ(チャンスゾーン)

第12話:楽しんだもの勝ち

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「換金所の人もちょっと驚いてたねっ!」

 換金を終えお金をカバンに納める男に、ちょっとやそっとの夜風程度では全然テンションが下がらないナナは声をかけた。

「そうですね…。」男が返事をすると、2人は自然に駅のある方に向かってゆっくりと歩き出した。

(大学であしらってしまったことを謝るなら、、いまだっ! でも、どう切り出したらいいかな…。でもでも、そんな気にしてないっぽいし、、"なんの話?"とか言われたら、逆に恥ずいんですけど…。)

 ナナは駅までの残り距離を気にしながら、あえてゆっくり歩いてみるも、どのように話を切り出せばいいかがわからなかった。駅まではあと自販機がふたつとコンビニがひとつ。

いつもはこの道がちょっと長く億劫に思っていたナナであったが、今日だけは馬鹿に短く感じた。無言の時間がナナを焦らせているうちに、2人はふたつ目の自販機に到達してしまった。その時だった、男はそよ風のように静かに何気なく口をひらいた。

「そういえば、、この前はなんかすみませんでした。」

 思わず、ナナは立ち止まり、咄嗟に答えた。

「まって! なんで、あんたが謝るのっ? こないだ悪かったのはわたしのほうだよ…。なんかテキトーな嘘で逃げるようなことして、ほんとごめんっ!!」

 自販機が照らしたナナの顔は、本当に申し訳なさそうだった。唇の端を少し噛み、手は顔の前で合わせられていた。

「わ、わたしさ、パチンコしてること、友達とかに言ってないんだよね…。てか、誰にも言ってない…。それで、ついあんなことしちゃって。」

「そうなんですね。まぁ、でも分かりますよ、その気持ちも。世間的に見ても、まだまだパチンコって良くないイメージもあると思いますし…。別に先日のことも、、僕は大丈夫ですよ。気にしてないです。」

 男の声色は相変わらず冷静だった。むしろ、ナナには"優しさ"が加わったようにさえ感じられた。しかし、男の顔はどこか"哀しげ"に見えた。お店を出た時は生暖かく感じた風が、さっきより冷たく、2人の横を静かに通り過ぎる。その風に乗るように男は再び歩き出した。

「あのさ!! あんた、いつもすっごい当ててるよねっ!」

 ナナは立ち止まったまま、男の背中に声をかけた。

「たまたまですよ。」男は立ち止まり、軽く振り返った。

「あれは絶対たまたまじゃないっ! 上手なんだよっ! あのさ、もしよかったら、その、わたしにもパチンコ教えてくれないっ!?」

 ナナがまとう空気感は不思議なもので、ナナの声のトーンが明るくなれば、さっきまでどことなく暗い雰囲気だった駅までの道もつられるようにして明るくなってゆくようだった。

「僕が教えられることなんて、なにもないですよ。」

 男は困った様子でポケットに手を突っ込んだ。

「なにかはあるでしょ! ほら、わたし結構適当なノリというか、好きなアニメとかで打つ台選んでるかさーっ! お恥ずかしいことに、さっきのあんたみたいにめっちゃ当てたこととかないんだよねっ!」

 ナナはゆっくり男との距離を詰めた。またもジャスミンのいい匂いがふわりと男の元に届く。

「いや、ほんとに教えられることなんてないですよ。打っている経験値はある程度あるので、勘みたいなのはあるかもしれないすけど、そんな教えられるほどのものじゃないですし……。それに…、そのままでいいんじゃないですか? その、いまのあなたみたいに自分が打ちたい機種を打って、それを存分に楽しむ。もちろん、当たった方が楽しいですけど、例えば好きなアニメのパチンコだったら、そのキャラクターが出てくるだけで、すでになんだか嬉しいですし、打ってるだけでワクワクして楽しいじゃないですか。それをシンプルに楽しんでいるうちに、あなたなりの勘や勝負の仕方が掴めてくると思います。」

 男は手を突っ込んだポケットの中にあったガムの包み紙を、器用に小さく折り畳みながら話を続けた。

「パチンコもギャンブルなんで、勝つか負けるかはとても大事ですし、それも楽しい要素だと思います。でも、それ以上にパチンコ自体を心から楽しむことが一番大切なんじゃないですかね? だから、ぼくはさっきあなたがめちゃめちゃ楽しそうに打っているのを横でみて、素敵だなと思いましたけど…。これはあくまで持論ですけど、きっと""なんですよ、パチンコって。」

 男は一通り話したあとで、しまった、つい話しすぎた……と我に返った。"こいつ、なにまじめに語っちゃてるわけっ?うざっ!"と思われたに違いないと、男は申し訳なさそうに顔をあげてナナを見た。

「そうだよねっ!! そうだよねっ!!! なんか、ありがとうっ!!! 勝ち方とか、変なこと聞いちゃってごめんっ! そうだよね、楽しんでるんだからそれでいいよねっ! いいこと言うじゃんっ!」

 男の予想に反し、泣いているのでは?と思うほど、ナナの目はうるうるきらきらとしていた。男は意外すぎるナナの反応にしばらく理解が追いつかなかった。

 ナナは全身に鳥肌が立つほどに嬉しかったのだ。パチンコは楽しむことが大事で、自分が楽しめているならそれでいいじゃないか!と男に言われたことで、自分のことが肯定されたような気がして、とてつもなく嬉しかったのだ。

「てかっ、お互い、まだ名前も知らなくないっ!? 名前、なんていうのっ?」

「えっと、"一ノ宮いちのみや イツキ"です。」

「イツキくんかっ!」

「後輩にあたりますし、呼び捨てでもいいですよ。」

「おっけーっ! じゃー、イツキねっ! わたしはナナ! 三ツ橋 ナナ!」

「三ツ橋さんですね! 了解です!」

「下の名前でいいよっ! 三ツ橋って呼ぶ人、なかなかレアだしっ!」

「そうなんですね、、じゃあ、ナナさんで。」

 女子を、それも年上の女子をいきなり下の名前で呼ぶことに、当然慣れも免疫もないイツキはちょっと照れたように斜め下に視線を落とした。そこには、自販機に照らされた2人の影法師が並んで長く伸びていた。

「うんっ!!」

 パチンコ屋でよく見かける"いつも出している人"から、"石をぶつけた人"になり、"大学の後輩"になり、そしていまようやく名前もわかった。パチンコが好きなものの、誰かとその楽しさを共有できていなかったナナにとって、パチンコをやっている身近な人ができた。ナナは学校の入学式で初めて話せる人ができたような気持ちになっていた。

「じゃあさ、パチンコを教えてもらうとかいうのは、もーいいからさ。"パチ友"になろうよっ! ねっ?」
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