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マーメイド
2人の褒め言葉
しおりを挟む着替え終わり、賑やかな会場に戻る。
舞台に上がった瞬間、赤い眼鏡をかけた審査員と目が合う。
まるで宇宙人にでも会ったのかという表情で、残り時間20分にもかかわらずヘアもメイクも完成していないわたしを見ていた。
いたたまれない気持ちになり、わたしは彼女から視線を逸らす。悪い印象にならないようにゆっくりと。
首を長くして待っている梓さん、陽翔先輩めがけて、各学校のスペースの隙間を小走りに走る。既に用意が終わって、衣装の最終チェックをしている学校もあった。
もしかして、わたしたち間に合わないんじゃないだろうか。
「おー、やっぱりそっちの方がしっくりくるな」
「意外だ。こういう方向性のドレスも似合うんだな」
梓さん、陽翔先輩は言った。
仲間が褒めてくれたことに嬉しさを感じつつも、わたしは広がるドレスの裾をヒールで踏まないように気を配りつつも、急いで椅子に腰掛けた。
白いドレスの上に、真っ黒いケープをかけて、梓さんはわたしと対面する形で化粧を、陽翔先輩は後ろからヘアメイクを開始した。
「今、お前が着てるドレスも侑李がデザインしたんだぜ。
好きな男が作ったドレスを着て、好きな気持ちを表現しながら、ランウェイを歩く。
考えるだけでぞくっとするだろ?」
わたしの睫毛にマスカラを塗りながら言う。
「表現だなんて……」
そんな大それたこと、わたしにはできない。
きっと今の気持ちをさらけ出しながら歩くことしかできない。
目を瞑ると、花壇でわたしを見つけてくれたときの侑李くんが浮かぶ。
透明だったわたしはあのとき、花壇に咲く花のように色づき始めたんだ。
あの王子様のような笑顔で、名前を呼ばれるたびに胸が高鳴った。本気で好きだったし、きっと今でもまだ好き。
「芽衣ちゃん!」
彼の声を想像したとき、彼の声が耳に届いた。
息を切らしながら、なんだか泣きそうな子供のような表情をしてこちらに向かってくる。わたしの腰がつい上がったが、「動くな」と梓さんに椅子に座らされる。
近づいてくる彼に「ごめんなさい」と声をかけたいのに、いつもとは違う緊張でうまく口が開かない。
「遅いぞ、侑李。
もう残り3分だ」
「ごめん、ごめん。
でも、衣装の最終チェックには間に合ったよ」
「そうだな」と言って、梓さんはケープを取った。ケーフは一瞬、風に舞うがすぐに梓さんによって二つ折りにされた。
「……あれ、衣装が違うみたいだけど?」
「時間がなくなったからな、化粧も髪もシンプルにしたんだ。
そしたら、ドレスも自然の流れでこれになった」
侑李くんは溜息をついたが、しばらくして「そういうことにしておいてあげるよ」小さく笑った。
「まさかスタジオで梓にあげたドレスを本番で、僕の許可無く使われるとはね。
もしかして全て梓の計画通り?」
「どうだろうな」
自分がコンテストのためにデザインしたドレスじゃないというのに、侑李くんは笑顔だった。
「今まで見た芽衣ちゃんの中で一番綺麗だから許してあげるよ」
「俺の目に狂いは無かっただろ?」
「うん、悔しいけど」
“一番綺麗”
侑李くんからのその褒め言葉が、実はまだ髪型も化粧も見ていないわたしの期待を掻き立てた。
心の中の風船が一気にふくらんだ。
壁ぴったりに設置された3メートルほどの全身鏡へと足が進む。
今までの自分とは全く違う自分が鏡には写っていて吸い込まれていくように鏡に手が触れた。
髪は、高めの位置のポニーテールだった。一本のアホ毛もなく、きっちりと束ねられている。
くるりと上半身を少しひねると、貝殻の髪飾りでが見えた。束ねられた髪の毛は、全ての髪が引っ張られているかのように下に向かっている。触り心地は絹のようで、自分の髪ではないようだった。
「お気に召しましたか?」
鏡越しに、珍しく敬語を使う梓さんが近づいて来るのがわかった。
「はい、とても」
梓さんはやはり魔法つかいだ。
やや釣り上げ気味のアイライナーに、アイシャドウ、真紅の口紅。
今のわたしにマッチしたメイクで自信をつけてくれる。
嬉しさのあまり、少し視界が滲んだ。
化粧が崩れないようにライトがついている天井を見上げたとき、「タイムアップです」というアナウンスが入った。
いよいよランウェイが始まるんだ。
「不安か?」
真っ直ぐな黒い瞳で、梓さんは聞いてきた。鏡に映る梓さんの手がわたしの手をぎゅっと掴んだ。
骨ばった梓さんの手の感触に、頬が火照るのを感じながらも「はい」と答えた。
「安心しろ。
ありのままのお前が世界一魅力的だってことは俺が保証する」
ずっとずっと欠けていた心の破片が埋まった気した。
破片はじわじわと熱を持っていて、妹になりきろうとして冷え切ったわたしの心を温めてくれる。
「お前は、正義感が強くて、面白くて、一生懸命で、十分なんだよ。
だから、もう妹の真似なんかしなくていい」
メイクをするとき、梓さんの手はひんやりと冷たかったのに、今、彼の手は運動でもしたかのように、しっかりと体温があった。
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