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第2話 疑問
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2時間ぐらい歩いたろうか。どこか遠くの小神殿で鐘を7つ鳴らす音がして、今が朝の7時とわかった。家を出たのが五時なので、やはり2時間過ぎている。
さすがに少し疲れたので、たまたま道の脇にあった大きな岩に腰をおろし、背中にしょった袋から握り飯と竹で作った水筒を取りだして、娘の作った握り飯をほおばり、ほとんど涸れた井戸の底から汲んできた、土混じりの水を飲んだ。
そんな水でも、一滴一滴が宝石のように貴重に思える。疲れた体に水が染みとおる気分だった。ただの水が、こんなに美味く感じるとは……。やがて食休みが終わると、再びセイタカ山をめざして歩きはじめる。
やがて道はゆるやかな上り坂となった。過去に山の麓まで訪れた者の話だと、途中で一泊して向こうに着くのは明朝になるそうだ。こんな状況でもない限り、通常村の人達は生まれ育った故郷を出ずに、一生を終わるので、全てが新鮮な経験だ。
今夜は彼も道中にある宿場町で、一夜を明かそうと考えていた。やがて周囲の明るさが頂点を迎えた頃、ヤマスソはまたも街道の脇に腰をおろして、握り飯を食べ、水を飲んだ。竹筒の水が減ってきたので、街道の近くを流れる川まで降りていった。
サイハテ村の周辺よりはマシなようだが、日照りの影響で川の水は少ない。砂まじりの水を、竹筒に汲んだ。周囲の草木は水気を失って立ち枯れていた。それからさらに、彼は目的地をめざす。街道の人通りが増えてきた。どうやら宿場が近いらしい。
宿場の近くは日照りを免れたらしく、周囲の木々は葉を生い茂らせ、畑にひしゃくで水をまく百姓の姿があった。牛の鳴き声も聞こえてくる。やがて前方に宿場町が見えてきた。雲一つない青空が午後の六時半頃にはやがて美しい茜色に代わり、その後黒一色の、墨を流したような空に変わった。
三百年前にあったという四二日戦争が始まるまでは『ホシ』という名の、無数の美しいきらめきが夜空を彩っていたそうだが人類に天罰が下されたため、今では夜はほんの少しの光もない、墨で塗られたような暗黒だ。
月も古代には夜を照らしていたそうだが、やはり神罰が下されたため今では昼にちょっと顔を出すだけである。村にいれば眠る時間だが、宿場町は通りのあちこちにある提灯で、まばゆいほどに照らされていた。
町に入ると通りの左右は大小の宿でひしめいており、祭のような喧騒に満ちている。それぞれの入口では、店の者が大声で呼びこみをしていた。ヤマスソは、そのうちの一つに入る。一番宿賃の安い、素泊まりの部屋だった。
宿屋の建物自体少し傾いており、ヤマスソが住むほったて小屋とどっこいどっこいの建物である。畳に敷かれた布団の上に横になると、一気に疲れが押しよせた。まるで相撲取りに上から全身を抑えつけられたかのようだ。
途中休みながらとはいえ、一日歩き通しだったので、両脚が棒のようになっていた。やかましいカエルの鳴き声がどこからか、聞こえてくる。頭上は真っ暗なのに、外からは酒に酔った人声や、岡場所や宿屋の呼びこみの声が聞こえてきた。夕方には床につき、皆布団に潜って寝てしまう、自分の村では考えられない光景だ。
通りの両脇には提灯が並んでおり、その灯りが漆黒の闇のあちらこちらに、浮かんでいる。まるでホタルの群れだった。ヤマスソは起きあがると、部屋を出る。そして宿から外に出た。
「お客さん、どこへ行くんだい。もう、おでかけかい」
出入口にいた宿の主人が聞いてきた。すでに前金で銅貨を渡してあるので、どこへ行こうと勝手なはずだ。
「腹が減ったんで、何か食う物と酒を買ってくる。ここを出るのは明日の朝だ」
ヤマスソは近くの店で酒と、団子と焼き鳥を買ってきた。酒は持っていった空の竹筒に、ひしゃくで入れてもらったのだ。そして再び宿に戻ると、自分の部屋で晩酌を始める。
大した夕餉ではないが、最近ろくな物を食べてないので、何だかとても贅沢なメシを食った気がする。
竹筒から直接飲む酒が旨い。五臓六腑にしみわたるような美味しさだ。団子も口でとろけそうな味がした。通りには娼婦もいた。派手な色の着物を着て、唇には紅をさし、白魚のような手足の女達だ。
皆白粉を塗りたくり、良い香りのするお香を身につけていた。が、わずかな銅貨だけ託された身としては、とてもじゃないが、女を買う余裕はない。里に残してきた女房や子供、村長はじめ村の衆の気持ちを思えば、いずれにしてもそんな気分になれなかった。
やがていい気分に酔っぱらったヤマスソは、部屋の隅に置いてある行灯の蝋燭を息で消し再び布団にもぐりこむと、そのまま深い眠りに落ちた。
翌朝彼は、酔っ払いの怒鳴り声で目を覚ました。外に目をやると、木炭のように黒く塗りこめられた夜空が徐々に、白みはじめたところである。乳色の早暁の光が、宿の中にも入りこんでいた。
外にいた酔っ払いは、近くにいた他の男に喧嘩を売ったようだったが、相手は何もなかったようにぷいっとそのまま行ってしまい、酔っ払いの方は追おうとしたが転んでしまい、そのままいつしか路上で眠ってしまったのだ。
ヤマスソは黄ばんだせんべい布団を畳んで湿っぽい押入れにしまいこんだ。宿を出ると8月の中旬とはいえ、この時間帯はさすがにちょっとひんやりする。やがて空は雲一つない青空へと変化してゆく。
彼は再び黒々とそびえたつセイタカ山をめざして歩いた。やがて時がたつにつれ、白い光が周囲を染め、目的の山が美しい緑の木々に覆われた雄姿を見せる。そして山の麓にある、灰色の大神殿の巨大な門が目に映った。
それは見るからに堅牢な石造りで、来る者を拒むかのように、堂々とそびえたっている。その姿は、岩でできた巨人のようだ。周囲を囲む石塀は、大人の背丈の2倍程の高さがあった。
周囲を威圧するかのような門構えを観ていると、前に向かって突き進むヤマスソの足取りが鈍くなる。だんだん彼の内心で不安が雨雲のように、黒くふくらみはじめていた。本当に導師様は自分達の願いを聞いてくれるだろうか。
聞いてくれるなら、どれだけの貢物が必要だろうか。20年前は願いを聞いて、雨を降らしてくれたのだが。今度も聞いてくれるのか。やがて彼は、市がたつのに出くわした。行きかう人達の喧騒でざわめいている。この市を通りすぎれば、後少しで大神殿に辿りつく。
その前に、市をちょっとだけひやかす事にした。様々な珍しい物が売られている。サイハテ村では見かけない品物ばかりだ。色とりどりの着物やかんざし、酒や食い物も売られている。
妻や子供達に何か買っていきたいが、そんな財布の余裕はない。大道芸をやっている者もいた。その中で、ボロをまとった一人の男る。粗末な衣服を着てはいるが、目は澄んで、宝石のように輝いていた。
齢は多分数えで40歳ぐらいだろうか。衣服から伸びた腕は、丸太のように太い。
「みなさん、どうか聞いてください」
その声はよく通り、朗々と響いている。
「我々がいるこの世界は、偉大なる神様がお作りになった国です。偉大なる神の下では、人は皆平等なはずです。なのになぜ、この世には貧富の差が、身分の差が、あるのでしょうか」
話の内容を聞く限りでは、粗末な衣服から想像もつかないが、それなりの教育を受けた人物のようだ。周囲に野次馬が集まっている。真剣に聞いている者もいれば、ひやかし半分に薄ら笑いを浮かべている者もいた。
やがて、馬のひづめの音が響きわたる。いつのまにか周囲に集まっていた人達は血相を変え、クモの子を散らすように逃げていた。ヤマスソも逃げようとは考えたが、演説していた男が醸す何かに引きつけられ、離れられなかったのだ。
もっと男の説法を、聴い1みたい気になった。そんなヤマスソと、目の澄んだ男の前に、2頭の馬が現れる。馬にはそれぞれ大小各1本の刀を両脇にさした、宗教警察の警官が乗っていた。
「ミズウミおぬし、また民衆をたぶらかす、不埒な妄言をほざいておるのか」
二人いる警官のうち額に傷跡のある、見るからにこわもての男の方が、演説していた男に向かってどなりつけた。
(あの男はミズウミというのか)
ヤマスソの脳裏に、その名前が刻印のごとく、焼きつけられた。今の言説を聞くまでは、身分の差があるのは当たり前だと思っていた。偉大なる神々が、この世の中をそうお作りになったからだと、親からも周囲の大人達からも、教えられてきたからだ。
ヤマスソ自身も、己の子供にそう教えた。自分のような百姓は百姓として生まれて死に、その子供も、そのまた子供もそのようにして生きるのが定めだと信じてきたのだ。が、どこか心の奥で、そんな世がおかしいと思わないでもなかったのだ。
同じ人にも関わらず汗水働いて年貢を納める農民もいれば、その年貢を受けとるだけで、上から国を治める導師や侍や宗教警官がいるのをだ。が、導師には下々の者にはない能力がある。
天候を自由に変える不思議な力を持っているし、見たわけではないが、他にも様々な超能力が使えるらしい。それらは全て、神々から授けられた能力だと、言い伝えられていた。
また侍は字の読めないヤマスソのような百姓と違い文字を読んだり書いたりできて、国を指導し法を作るすべを持っている。馬を操り、刀や弓矢、槍等の武器を使える。いずれも庶民には及ばぬ力だ。
導師も武人も宗教警官も百姓も、世襲で代々同じ職業につくよう決められている。なぜなら、それが天の定めた掟だからだ。これに疑問を持つ者は、神々に対する不敬のそしりを免れない。
だが眼前のミズウミがヤマスソにはどうしても、罰当たりな男には思えなかった。むしろ徳のありそうな立派な男ではないか。そのミズウミは2人の警官に捕らえられ、縄で後ろ手に縛られて、馬でひきずられるように連れていかれた。
さすがに少し疲れたので、たまたま道の脇にあった大きな岩に腰をおろし、背中にしょった袋から握り飯と竹で作った水筒を取りだして、娘の作った握り飯をほおばり、ほとんど涸れた井戸の底から汲んできた、土混じりの水を飲んだ。
そんな水でも、一滴一滴が宝石のように貴重に思える。疲れた体に水が染みとおる気分だった。ただの水が、こんなに美味く感じるとは……。やがて食休みが終わると、再びセイタカ山をめざして歩きはじめる。
やがて道はゆるやかな上り坂となった。過去に山の麓まで訪れた者の話だと、途中で一泊して向こうに着くのは明朝になるそうだ。こんな状況でもない限り、通常村の人達は生まれ育った故郷を出ずに、一生を終わるので、全てが新鮮な経験だ。
今夜は彼も道中にある宿場町で、一夜を明かそうと考えていた。やがて周囲の明るさが頂点を迎えた頃、ヤマスソはまたも街道の脇に腰をおろして、握り飯を食べ、水を飲んだ。竹筒の水が減ってきたので、街道の近くを流れる川まで降りていった。
サイハテ村の周辺よりはマシなようだが、日照りの影響で川の水は少ない。砂まじりの水を、竹筒に汲んだ。周囲の草木は水気を失って立ち枯れていた。それからさらに、彼は目的地をめざす。街道の人通りが増えてきた。どうやら宿場が近いらしい。
宿場の近くは日照りを免れたらしく、周囲の木々は葉を生い茂らせ、畑にひしゃくで水をまく百姓の姿があった。牛の鳴き声も聞こえてくる。やがて前方に宿場町が見えてきた。雲一つない青空が午後の六時半頃にはやがて美しい茜色に代わり、その後黒一色の、墨を流したような空に変わった。
三百年前にあったという四二日戦争が始まるまでは『ホシ』という名の、無数の美しいきらめきが夜空を彩っていたそうだが人類に天罰が下されたため、今では夜はほんの少しの光もない、墨で塗られたような暗黒だ。
月も古代には夜を照らしていたそうだが、やはり神罰が下されたため今では昼にちょっと顔を出すだけである。村にいれば眠る時間だが、宿場町は通りのあちこちにある提灯で、まばゆいほどに照らされていた。
町に入ると通りの左右は大小の宿でひしめいており、祭のような喧騒に満ちている。それぞれの入口では、店の者が大声で呼びこみをしていた。ヤマスソは、そのうちの一つに入る。一番宿賃の安い、素泊まりの部屋だった。
宿屋の建物自体少し傾いており、ヤマスソが住むほったて小屋とどっこいどっこいの建物である。畳に敷かれた布団の上に横になると、一気に疲れが押しよせた。まるで相撲取りに上から全身を抑えつけられたかのようだ。
途中休みながらとはいえ、一日歩き通しだったので、両脚が棒のようになっていた。やかましいカエルの鳴き声がどこからか、聞こえてくる。頭上は真っ暗なのに、外からは酒に酔った人声や、岡場所や宿屋の呼びこみの声が聞こえてきた。夕方には床につき、皆布団に潜って寝てしまう、自分の村では考えられない光景だ。
通りの両脇には提灯が並んでおり、その灯りが漆黒の闇のあちらこちらに、浮かんでいる。まるでホタルの群れだった。ヤマスソは起きあがると、部屋を出る。そして宿から外に出た。
「お客さん、どこへ行くんだい。もう、おでかけかい」
出入口にいた宿の主人が聞いてきた。すでに前金で銅貨を渡してあるので、どこへ行こうと勝手なはずだ。
「腹が減ったんで、何か食う物と酒を買ってくる。ここを出るのは明日の朝だ」
ヤマスソは近くの店で酒と、団子と焼き鳥を買ってきた。酒は持っていった空の竹筒に、ひしゃくで入れてもらったのだ。そして再び宿に戻ると、自分の部屋で晩酌を始める。
大した夕餉ではないが、最近ろくな物を食べてないので、何だかとても贅沢なメシを食った気がする。
竹筒から直接飲む酒が旨い。五臓六腑にしみわたるような美味しさだ。団子も口でとろけそうな味がした。通りには娼婦もいた。派手な色の着物を着て、唇には紅をさし、白魚のような手足の女達だ。
皆白粉を塗りたくり、良い香りのするお香を身につけていた。が、わずかな銅貨だけ託された身としては、とてもじゃないが、女を買う余裕はない。里に残してきた女房や子供、村長はじめ村の衆の気持ちを思えば、いずれにしてもそんな気分になれなかった。
やがていい気分に酔っぱらったヤマスソは、部屋の隅に置いてある行灯の蝋燭を息で消し再び布団にもぐりこむと、そのまま深い眠りに落ちた。
翌朝彼は、酔っ払いの怒鳴り声で目を覚ました。外に目をやると、木炭のように黒く塗りこめられた夜空が徐々に、白みはじめたところである。乳色の早暁の光が、宿の中にも入りこんでいた。
外にいた酔っ払いは、近くにいた他の男に喧嘩を売ったようだったが、相手は何もなかったようにぷいっとそのまま行ってしまい、酔っ払いの方は追おうとしたが転んでしまい、そのままいつしか路上で眠ってしまったのだ。
ヤマスソは黄ばんだせんべい布団を畳んで湿っぽい押入れにしまいこんだ。宿を出ると8月の中旬とはいえ、この時間帯はさすがにちょっとひんやりする。やがて空は雲一つない青空へと変化してゆく。
彼は再び黒々とそびえたつセイタカ山をめざして歩いた。やがて時がたつにつれ、白い光が周囲を染め、目的の山が美しい緑の木々に覆われた雄姿を見せる。そして山の麓にある、灰色の大神殿の巨大な門が目に映った。
それは見るからに堅牢な石造りで、来る者を拒むかのように、堂々とそびえたっている。その姿は、岩でできた巨人のようだ。周囲を囲む石塀は、大人の背丈の2倍程の高さがあった。
周囲を威圧するかのような門構えを観ていると、前に向かって突き進むヤマスソの足取りが鈍くなる。だんだん彼の内心で不安が雨雲のように、黒くふくらみはじめていた。本当に導師様は自分達の願いを聞いてくれるだろうか。
聞いてくれるなら、どれだけの貢物が必要だろうか。20年前は願いを聞いて、雨を降らしてくれたのだが。今度も聞いてくれるのか。やがて彼は、市がたつのに出くわした。行きかう人達の喧騒でざわめいている。この市を通りすぎれば、後少しで大神殿に辿りつく。
その前に、市をちょっとだけひやかす事にした。様々な珍しい物が売られている。サイハテ村では見かけない品物ばかりだ。色とりどりの着物やかんざし、酒や食い物も売られている。
妻や子供達に何か買っていきたいが、そんな財布の余裕はない。大道芸をやっている者もいた。その中で、ボロをまとった一人の男る。粗末な衣服を着てはいるが、目は澄んで、宝石のように輝いていた。
齢は多分数えで40歳ぐらいだろうか。衣服から伸びた腕は、丸太のように太い。
「みなさん、どうか聞いてください」
その声はよく通り、朗々と響いている。
「我々がいるこの世界は、偉大なる神様がお作りになった国です。偉大なる神の下では、人は皆平等なはずです。なのになぜ、この世には貧富の差が、身分の差が、あるのでしょうか」
話の内容を聞く限りでは、粗末な衣服から想像もつかないが、それなりの教育を受けた人物のようだ。周囲に野次馬が集まっている。真剣に聞いている者もいれば、ひやかし半分に薄ら笑いを浮かべている者もいた。
やがて、馬のひづめの音が響きわたる。いつのまにか周囲に集まっていた人達は血相を変え、クモの子を散らすように逃げていた。ヤマスソも逃げようとは考えたが、演説していた男が醸す何かに引きつけられ、離れられなかったのだ。
もっと男の説法を、聴い1みたい気になった。そんなヤマスソと、目の澄んだ男の前に、2頭の馬が現れる。馬にはそれぞれ大小各1本の刀を両脇にさした、宗教警察の警官が乗っていた。
「ミズウミおぬし、また民衆をたぶらかす、不埒な妄言をほざいておるのか」
二人いる警官のうち額に傷跡のある、見るからにこわもての男の方が、演説していた男に向かってどなりつけた。
(あの男はミズウミというのか)
ヤマスソの脳裏に、その名前が刻印のごとく、焼きつけられた。今の言説を聞くまでは、身分の差があるのは当たり前だと思っていた。偉大なる神々が、この世の中をそうお作りになったからだと、親からも周囲の大人達からも、教えられてきたからだ。
ヤマスソ自身も、己の子供にそう教えた。自分のような百姓は百姓として生まれて死に、その子供も、そのまた子供もそのようにして生きるのが定めだと信じてきたのだ。が、どこか心の奥で、そんな世がおかしいと思わないでもなかったのだ。
同じ人にも関わらず汗水働いて年貢を納める農民もいれば、その年貢を受けとるだけで、上から国を治める導師や侍や宗教警官がいるのをだ。が、導師には下々の者にはない能力がある。
天候を自由に変える不思議な力を持っているし、見たわけではないが、他にも様々な超能力が使えるらしい。それらは全て、神々から授けられた能力だと、言い伝えられていた。
また侍は字の読めないヤマスソのような百姓と違い文字を読んだり書いたりできて、国を指導し法を作るすべを持っている。馬を操り、刀や弓矢、槍等の武器を使える。いずれも庶民には及ばぬ力だ。
導師も武人も宗教警官も百姓も、世襲で代々同じ職業につくよう決められている。なぜなら、それが天の定めた掟だからだ。これに疑問を持つ者は、神々に対する不敬のそしりを免れない。
だが眼前のミズウミがヤマスソにはどうしても、罰当たりな男には思えなかった。むしろ徳のありそうな立派な男ではないか。そのミズウミは2人の警官に捕らえられ、縄で後ろ手に縛られて、馬でひきずられるように連れていかれた。
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