上 下
41 / 51

メインディッシュ・デコイ。 ◼︎公爵◼︎

しおりを挟む


王位奪取計画・終章
愚かなデコイ
ミーナ・マーテル男爵令嬢 の場合



 ◼︎ベルトハイド公爵邸◼︎



 セラーズ侯爵夫妻を送り出し、静寂を取り戻したはずの公爵邸は、再び騒々しくなる。


 両親を捕らえられたミーナ嬢が、ベルトハイド公爵邸に連れて来られたのだ。



「…わぁ!イリスのお家に来たの初めて」


 そう言ったミーナ嬢は、普段の彼女と比較すると少しばかり元気が無かった。


 あんな事があった後だ。

 当然と言えば、当然だが…。



 公爵がミーナに向けて、口を開く。
「ミーナ嬢。君の今後について、話をしなくてはならない。もう少しだけ頑張れるかな?」


「…はい。イリスのおとうさま」


「ありがとう。では、皆を食卓に集めてくれ、あぁ…軽食だけ用意してくれ」


 そう言って公爵は、テキパキと指示を飛ばす。


 公爵とイリスとミーナは、そのままベルトハイド家の食卓へと向かう。



 ミーナはイリスの左隣、公爵に近い位置、夫人の席に座ろうとするが、それは、イリスが華麗に誘導し、自身の右隣に座らせ阻止した。


 その一連の動作だけで、ミーナに向けられる使用人達の視線が、一気に厳しいものになったが、当の本人は気が付いてはいない。



▼△▼


 少しすると、夫人とアリスが入室してきた。


 それを見たミーナが、声を張り上げる。
「あぁ!あの時の!お人形さんの女の子だ!」


「…フフ。ご機嫌よう?」
 声をかけられたアリスは、楽しそうに微笑んだ。


 だが、にこやかなアリスとは対照的に、非常に残念ながら、ミーナの大きな声を聞いただけで、夫人の美しい額には、青筋が浮かんでいた。


「ああ。そうだよ…妹のアリスだ…」


「えぇ!そうなの!?ていうか、狡いよ!
 家族みんな美人なんて!ミーナ恥ずかしいよぉお!」


「…君が恥じる事はないよ。
 けれど、ミーナ嬢。少し声を落とそうか?

 …今日の君は聞き役なんだ。だから、極力静かにすると…約束してくれるかな?」


「うん!わかった!イリスと約束する!…ミーナ静かにするね?」
 ミーナ嬢は、後半は囁くように言った。


「あぁ。その調子だ。いいぞミーナ嬢」
 イリスのその言葉に、ミーナは嬉しそうに微笑んだ。


 いつもと違うイリスの様子を、ベルトハイド公爵家の面々は、精一杯笑いを堪えながら、見守っていた。

 反抗期真っ盛りの冷たい息子が、幼子に語りかけるような、優しく柔らかな対応をしているのだ。

 イリス自身は、これまでの経験から、1番上手くミーナを誘導しているに過ぎないが、ベルトハイドの面々は、イリスのそんな様子を、初めて見る。

 それはとても衝撃的で、そして心から笑える光景であった。
 

▼△▼


「…コホン。では、最初にゲストの話をしようか」
 と、公爵が話始める。


「先ずはミーナ嬢に、今の状況を理解してもらう所から始めよう。わからなくなったなら、すぐに聞いてくれ、いいね?」



「はい。わかりました」



「よろしい。では、説明するよ。

 男爵邸でも述べたように、君が配っていた菓子から、毒が出てきたんだ。

 君は毒など知らないと言った。
 これに関しては、我々は君を疑っていない。

 君はやっていない。それは既に調べがついている。

 けれど、君は知らなかったとはいえ、ジーク殿下や令息達に、毒物を食べさせてしまった。

 しかも、継続的にだ。ここまではわかるね?」



「…ミーナ、みんなが喜んでくれるから…頑張ってたのに…どうしようっ…」

 ミーナ嬢が、再び涙ぐむ。



「…君にその意思はなかったとしても、事実として王族に毒を食べさせてしまったんだ。

 これは、当然許されることではない。

 けれど、君は毒を盛っていない。

 ならば何故、毒が入っていたのか…。

 君は、菓子を配る前に、毎回ステラ嬢に、包装や仕上げをお願いしていたね?

 実はその時に、ステラ嬢が毒を入れていたんだ」




「そんな!?ステラが!?どうして…」



「…ステラ嬢も残念ながら、他の誰かに指示されて、脅されて仕方なくやっていたんだ。…ここまではわかるかな?」



「…はい」



「実際には、ステラ嬢が菓子に毒を盛っていた。

 けれど、ミーナ嬢が作った、ミーナ嬢が配る菓子に毒が入っていたんだ。

 この状況だと、世間はどう考えると思う?

 ああ、これだと難しいか…君はどう思うかな?」



「えっと…えっと…ミーナが作って、ミーナが配ったお菓子だから、…ミーナが毒を入れたと思う!…あれ?」



「その通りだ。正解だよ。

 君がいくらやっていないと主張しても、
 それが例え、真実だとしても、

 他のみんなも、今の君と同じ様に考えて、君と同じように、君が犯人だと思ってしまうんだ」



「ううっ…どうしよう…ミーナやってないのにっ!!」
 ミーナ嬢の目には、みるみる涙が溢れてくる。


 そんな様子を、冷たく見やる夫人と、楽しそうに微笑んで見ているアリスと、少しだけ不安そうに見るイリスがいた。




「どうしたら良いだろうね…。
 ミーナ嬢の菓子の件は、また後で考えよう。

 先に、マーテル男爵夫妻の話をしよう。

 ミーナ嬢のご両親は、禁止薬物や毒物を大量に輸入、流通させて、輸出していた。これは歴とした犯罪だ。

 つまり君のご両親は、とても悪い事をしていたんだ」



「そして、更に残念なことに、ステラ嬢に毒を渡していたのも、マーテル男爵夫妻だった。

 つまり、マーテル男爵夫妻は間接的に、ミーナ嬢が毒を盛る状況を、彼等が手伝って作っていたんだ。

 …わかるかな?」



「…ミーナは、パパとママのせいで、…みんなに毒をあげちゃってたって事?」



「…その通りだ」



「うわぁああーん!どうしてぇええ!」

 耐えきれなくなったのか、ミーナが机に突っ伏して泣き出してしまう。




 耐えかねた夫人が、顎でイリスに指示を飛ばす。

 イリスは仕方なく、ミーナ嬢に語りかける。




「…ミーナ嬢。辛いかもしれないが、父は君を追い詰めたいわけじゃない。

 君に状況を、正しく認識して欲しいだけなんだ…。わかるね?ミーナ嬢なら大丈夫だ」



 イリスの言葉に、ミーナは涙と鼻水でぐしゃぐしゃの顔を上げる。


 そして、ミーナはイリスから優しく差し出されたハンカチで、思いっきり顔を覆い、ついでに盛大に鼻を噛んだ。



 そんなミーナに、更にイリスが畳み掛ける。



「…それに、優しくて素直な君なら、きちんと状況を受け止めて、みんなにごめんなさいって、言いたいんじゃないかな?…その為にも、続きを聞くんだ。いいね?
 …さぁ、涙を拭いて、出来るね?」


「ぅ、うぇ。イリスぅ。ミーナがんばぅ…」


「…良い子だ。…さぁ、続きを一緒に聞こう」



 公爵は、ミーナが落ち着くのを待ってから、再び優しい顔と優しい声で語り出した。



「…ミーナ嬢。私は君が毒を盛っていない事も知っているし、君がそういうことを出来る子でも無い事は、イリスから聞いて知っているよ。

 だから、マーテル男爵夫妻から、委任状…君に関する対応はお任せする。という、書類にサインを貰ってきたんだ。

 このまま、君がミーナ・マーテル男爵令嬢でいると、君のご両親の罪と、君が菓子に毒を盛った事にしたい者達の意志で、君は悪者に仕立て上げられて、命を失ってしまうだろう。

 …だから、君には今日限りで、男爵令嬢を辞めてもらおうと思うんだ」



「…え?」



「…女の子には、手っ取り早く籍を変える方法がある。

 【自由恋愛】を好む君からすると、多少酷かもしれないが、君の命を守る為なんだ。それが今回の事件の罰だと思って、素直に受け入れて欲しい。

 ……出来るかな?」



「う、うん!ミーナ頑張るっ!生きてみんなにごめんなさいって言う!」



「…よろしい。でもその前に、1つだけ君にアドバイスをするとしよう。次からは、同意する前に、内容を確認した方が良いよ。…君の為にもね?」



 そう言うと公爵は、酷く楽しそうに微笑んだ。


 ミーナはよくわかっていないのか、目をパチクリさせただけであった。



「…では、君には結婚してもらうとしよう。
 明日婚約して、1週間後に結婚だ。いわゆる政略結婚ってやつだ。もしかしたら、君が1番忌み嫌うもの…かな?」



 公爵の言葉に、ミーナはポカンと口を開けて、驚いた様な顔をしていた。


 そんな彼女に、更に畳み掛ける。


「君には、顔も名前も知らない男性と、結婚してもらおう。
 なに、貴族の社会ではよくある話だ。案じる事はない。
 
 それに君を救うのに、一番都合が良い。どうだろう受け入れられるかな?それとも…大人しく死を待つか…。

 どちらが良い?君が決めてくれて良いよ?」



 そう言って公爵は、優しく微笑んだ。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転生者はチートな悪役令嬢になりました〜私を死なせた貴方を許しません〜

みおな
恋愛
 私が転生したのは、乙女ゲームの世界でした。何ですか?このライトノベル的な展開は。  しかも、転生先の悪役令嬢は公爵家の婚約者に冤罪をかけられて、処刑されてるじゃないですか。  冗談は顔だけにして下さい。元々、好きでもなかった婚約者に、何で殺されなきゃならないんですか!  わかりました。私が転生したのは、この悪役令嬢を「救う」ためなんですね?  それなら、ついでに公爵家との婚約も回避しましょう。おまけで貴方にも仕返しさせていただきますね?

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

死にたがり令嬢が笑う日まで。

ふまさ
恋愛
「これだけは、覚えておいてほしい。わたしが心から信用するのも、愛しているのも、カイラだけだ。この先、それだけは、変わることはない」  真剣な表情で言い放つアラスターの隣で、肩を抱かれたカイラは、突然のことに驚いてはいたが、同時に、嬉しそうに頬を緩めていた。二人の目の前に立つニアが、はい、と無表情で呟く。  正直、どうでもよかった。  ニアの望みは、物心ついたころから、たった一つだけだったから。もとより、なにも期待などしてない。  ──ああ。眠るように、穏やかに死ねたらなあ。  吹き抜けの天井を仰ぐ。お腹が、ぐうっとなった。

【実話】高1の夏休み、海の家のアルバイトはイケメンパラダイスでした☆

Rua*°
恋愛
高校1年の夏休みに、友達の彼氏の紹介で、海の家でアルバイトをすることになった筆者の実話体験談を、当時の日記を見返しながら事細かに綴っています。 高校生活では、『特別進学コースの選抜クラス』で、毎日勉強の日々で、クラスにイケメンもひとりもいない状態。ハイスペックイケメン好きの私は、これではモチベーションを保てなかった。 つまらなすぎる毎日から脱却を図り、部活動ではバスケ部マネージャーになってみたが、意地悪な先輩と反りが合わず、夏休み前に退部することに。 夏休みこそは、楽しく、イケメンに囲まれた、充実した高校生ライフを送ろう!そう誓った筆者は、海の家でバイトをする事に。 そこには女子は私1人。逆ハーレム状態。高校のミスターコンテスト優勝者のイケメンくんや、サーフ雑誌に載ってるイケメンくん、中学時代の憧れの男子と過ごしたひと夏の思い出を綴ります…。 バスケ部時代のお話はコチラ⬇ ◇【実話】高1バスケ部マネ時代、個性的イケメンキャプテンにストーキングされたり集団で囲まれたり色々あったけどやっぱり退部を選択しました◇

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈 
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。

せいめ
恋愛
 メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。  頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。   ご都合主義です。誤字脱字お許しください。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

貴方といると、お茶が不味い

わらびもち
恋愛
貴方の婚約者は私。 なのに貴方は私との逢瀬に別の女性を同伴する。 王太子殿下の婚約者である令嬢を―――。

処理中です...