上 下
18 / 51

アリス達が王宮にいる時に ▼イリス&公爵夫人☆

しおりを挟む


計画調整・数日後
ベルトハイド公爵邸・茶会
公爵夫人・イリス


 アリスと公爵が王宮にいる頃、イリスと夫人はベルトハイド公爵家で貴族達を招き、茶会を開いていた。


 招待した貴族達が集まったところで、公爵夫人が挨拶をする。隣にはイリスも控えていた。

 しかし、イリスの表情はいつもとは違い、何処か影があり、憂を滲ませ、顔色も優れなかった。


「皆様、ご機嫌よう。本日は皆様にお集まり頂けた事を、心より感謝申し上げますわ」


 そう言って、夫人は綺麗な笑みを浮かべる。


「それでは早速ですけれど、今回お集まり頂いた皆様には、ある共通点が御座いますの。
 お気付きの方は、いらっしゃいますか?」



「…共通点…ですか?」
「…イリス令息と息子の仲が良いとか…?」
「家が近いとか…」
「爵位が…いや違うな」

 皆が口々に、共通点を探す。



 誰もが正解に辿り着けない中、公爵夫人が再び話を進める。


「ウフフ。先程の質問は、実は少しだけ意地悪な質問でしたの。ごめんあそばせ?

 皆様、家門の名誉がありますもの…。絶対に正解には辿り着けませんわ」

 少女のように微笑んで夫人は続けた。



「皆様。ご自分のご子息の様子を、思い浮かべてくださいませ。
 …少し前から、様子が可笑しいのでは無くて?」


「な、何を!?」
「公爵夫人と言えど、これは度が過ぎますぞ!」
「め、明確な侮辱ですわ!」


 会場が騒めく。


「まぁ!皆様。やはり、しっかりとご自覚がお有りなのね?
 常日頃から、ご子息の事をしっかりと見ているのでしょうね。家族仲が良いようで、喜ばしい限りですわ」

 そう言って夫人が、美しく微笑んだ。


 騒いでいた招待客が、一様に押し黙る。


 騒ぎ立てた自身の態度で、公爵夫人の発言が事実だと、はっきりと肯定してしまった事に、気付かされたからだ。

 自家の嫡男や子息に問題があるなど、貴族の当主や夫人であれば、死んでも口外など出来ない。

 事実が発覚してしまえば、すぐに噂が回り、相続目当ての争いが勃発し、様子のおかしい嫡男や子息は、そのまま廃嫡せざるを得なくなるからだ。



「ですが、皆様ご安心くださいませ。
 此処にいる方々は、皆様同じ悩みを抱えていらっしゃいますのよ?

 もちろん、肯定してくださらなくても、構いませんわ。

 なんせ、事実は変わりませんもの」


 笑顔を消し、真剣な顔をして夫人は続ける。

 
「…けれど、同じく第二王子殿下を後援する派閥の、一家門として。

 …皆様と同じく、息子を持つ1人の親として。

 私及び、ベルトハイド公爵家は、この事態を非常に重くみておりますの」


 憂いを帯びた表情を浮かべ、言葉を紡ぐ。


「…ですから今回は、皆様の息子さん達に何が起こったのか、勝手ながら実情を調査し、治癒のポーションを、全員分ご用意致しました。

 皆様のお立場を考えず、お心を乱してしまったお詫びとして、是非とも気兼ねなく、お持ち帰り頂きたいのです」


「そ、そんな治癒のポーションを!?」
「高価すぎて、手が出ないのに!?」
「ひ、必要ないのですけれど、頂けるのであれば…」
「…何を要求されるのか…」


 クスクスと楽しそうに笑って、夫人が答える。

「ご安心下さいませ。ベルトハイト公爵家が見返りとして、皆様に何かを要求する事は、御座いませんわ。

 けれど、代わりに…と言ってはなんですが、皆様の【変わらぬ忠誠】を、王妃殿下と第二王子殿下に捧げてくださいませ?

 これは、皆様にとって、今までと何一つ変わりはないわけですから…当然、ご了承頂けますでしょう?」

 そう言って、公爵夫人は微笑んだ。



 公爵夫人は、見返りは要らないと言いながらも、【変わらぬ忠誠】という、目には見えないが、1番大きく重要な代物の要求を突き付けた。


 更には、子息達の健康を対価にしているので、暗に次代まで続く変わらぬ忠誠を、要求されている。


 通常であれば、忠誠なんて騎士でもない限り、国税と同じ感覚で、義務的に誓っているものだが、公爵夫人が要求している"忠誠"は、それとは重みが、明らかに違って聞こえていた。


 けれど、高価な治癒のポーションを、自前で極秘に準備する事は、多くの貴族にとって、非常に難しい事だった。


 だから、提供を提示された治癒ポーションは、喉から手が出る程、欲しい代物であった。


 つまり、答えられる回答は、決まっていたのだ。


 集められていた貴族達は、必然的に公爵夫人の要求を飲むしかなかった。


 
 しかし、人は一つしか選択肢を与えられない状況に追い込まれると【自分は害されている。】と、誤認してしまう。



「…ベルトハイド家の…自作自演なんじゃないのか…?」


 だから、誰かが苦し紛れに、そう口を開くのも、必然であった。



「…そ、そうよ!陰謀よ!詐欺よ!それに、イリス様だけ無事だなんて、可笑しいわ!それが確固たる証拠よっ!うちの息子に、なんて事をしてくれたのよ!?」


「そうだ!そうだ!どうしてくれるんだ!!」


 2人の何の根拠もない、荒唐無稽な発言を皮切りに、会場が騒めきだす。


「…イリス」


 空気を打ち破る様に、夫人が静かにイリスの名前を呼び、発言を促す。


 イリスは悲しそうな顔をした後に、落ち着いて、けれど非常に通る声で語り出した。


「…サイラス令息。

 真面目で努力家。文武両道。

 そして、彼は善良な青年でした。

 ですが先週、道行く老人に対して、理不尽な暴力を振るい、全治1ヶ月の怪我を負わせております。

 この件は、金で黙らせたようですが、その後も、彼は治る事がなく、現在は邸内でも頻繁に暴力を振るっている…。

 …大層お困りのようですね」



「…何を!?そ、そのような事は!?」
「な、なぜそれを!」



 そして、また違う貴族の方を向いて、イリスは続けた。



「…続いて、アルバート令息。

 誰にでも公平で、優しく心穏やかだった彼は、最近は邸に帰るとすぐに、部屋で泣き叫び、そのまま部屋から出てこないとか…。

 そして、寝食もできない状態の彼は、驚く程、痩せてしまいましたね。

 けれど、不思議なことに、アカデミーには、酷く怯えて泣きながらも、毎日通学している…」
 

「も、もうやめてー!」
「ゆ、許してくれ!頼む!あの子は何も悪くないんだ!」


 そして、イリスは感情を押し殺したかのような声で、刹那そうな表情を浮かべ、発言を続ける。



「…私達は同じ派閥であり、同じ目的を持った集団です。
 …個々の力を削ぐ理由が、どこにありましょう…?

 私は、同じアカデミーに通っている学生として…友として、…様子が変わってしまった友達の事が…心の底から心配なのです。

 この状況を、どうにか出来ないかと、必死に考えた末、私は父と母に状況を申し伝えました。

 そのせいで…私が余計な事をしてしまったせいで…。

 皆様のお家の名誉を、傷付けてしまったのであれば、申し訳御座いません。

 心より謝罪致します。

 …けれど、変わってしまった友人を助けたい…そう思っては、いけなかったのでしょうか…?」



 集まっていた貴族達が、一様に口を噤む。


 美しい青年が感情を押し殺し、そして刹那気に、心配だと語る様子に、同じ年頃の子を持つ親達は、心を動かさずにはいられなかった。



「…皆様。私達は、イリスの言葉で、この事態を認識致しました。

 そして、同じ派閥の皆様とご子息達を少しでもお助けしたくて、本日はお声がけさせて頂きましたの…。

 もちろん、原因の特定は既に済んでおりますので、今後、原因の排除も、同時に行う予定ですわ…。

 …ですから皆様には、治癒ポーションを息子さんに与えて治療をしつつ、今まで通りに過ごして頂きたいのです」



「【変わらぬ忠誠を】と、敢えてお願いしたのは…他人から、無償で貰える高価な物なんて…私もそうですけれど…信用するのは難しいのではないかしら?

 …皆様も怖いでしょ?

 そんな事を考えて、あえて提案させて頂いたのですけれど…。

 逆に皆様を、怖がらせてしまったみたいですわね。ごめんあそばせ…?」


 そう言って夫人は、少し悲しそうな笑みを浮かべた。


「…いえ。こちらこそ失礼致しました」

「…ええ。夫人が私達の事を思って仰って頂いたのに…。深読みしてしまって…申し訳御座いません」

「…そうですよね。よく考えれば【変わらぬ忠誠】など、当然のことですものね…」

「…ええ。…連日の悩み事のせいで、心が狭くなっていたのかもしれません…。夫人、失礼をお許し下さいませ」


 口々に貴族達が謝罪の言葉を紡ぐ。


「…皆様にお分かり頂けて、本当に良かったですわ。
 治癒のポーションは、たっぷりとご用意しております。
 皆様どうぞお持ち帰りくださいませ」


 公爵夫人の言葉と共に、使用人達が治癒のポーションを用意して配り出す。


 治癒のポーションは、何の装飾もない箱の中に入れてあり、外からは中身がわからないように、厳重に包装してあった。


 これは、招待した貴族達の外聞を守る為の、細やかな心遣いだった。


 ベルトハイド公爵家は、高価で貴重なポーションを惜しみなく提供してくれた。


 そして、それを鼻にかけるでもなく、自分達に対して、配慮のある対応をしてくれた。


 そんな対応を受けた貴族達は、ベルトハイド公爵家に対して、深い感謝と尊敬の念を抱く他になかった。


 お茶会を終えた貴族達は、ベルトハイド公爵家に対して、口々に深い感謝を述べる。

 時には涙を流しながら、感謝の意を示す者も居た。



 そんな貴族達を、公爵夫人とイリスは、一人一人丁寧に、送り出していく。



▼△▼


 皆を送り返した後、会場にはイリスと公爵夫人のみが残っていた。




「…イリス。貴方があんなにも、友情に熱い子だったなんて…知らなかったわ?」


 そう言って夫人は、クスクスと心底楽しそうに、今日1番の笑みを浮かべた。


「…母様こそ。結局、無償で提供して、ちゃっかり忠誠を誓わせているじゃないですか…」


 と、少し不機嫌そうにイリスが答える。


「あら?そうだったかしら?けれど、彼等も喜んでいたのだし…問題はないのではなくて?」

 と、クスクスと可愛らしい笑みを浮かべる。


「…疲れたので、失礼します」

「あらあら、可愛い…反抗期ね?」

 クスクスと楽しそうに笑っていた。


 王位奪取計画・第三段階・種蒔き
・令息達の治療&無償提供の代償に、忠誠を誓わせる。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

【完結】婚約破棄される前に私は毒を呷って死にます!当然でしょう?私は王太子妃になるはずだったんですから。どの道、只ではすみません。

つくも茄子
恋愛
フリッツ王太子の婚約者が毒を呷った。 彼女は筆頭公爵家のアレクサンドラ・ウジェーヌ・ヘッセン。 なぜ、彼女は毒を自ら飲み干したのか? それは婚約者のフリッツ王太子からの婚約破棄が原因であった。 恋人の男爵令嬢を正妃にするためにアレクサンドラを罠に嵌めようとしたのだ。 その中の一人は、アレクサンドラの実弟もいた。 更に宰相の息子と近衛騎士団長の嫡男も、王太子と男爵令嬢の味方であった。 婚約者として王家の全てを知るアレクサンドラは、このまま婚約破棄が成立されればどうなるのかを知っていた。そして自分がどういう立場なのかも痛いほど理解していたのだ。 生死の境から生還したアレクサンドラが目を覚ました時には、全てが様変わりしていた。国の将来のため、必要な処置であった。 婚約破棄を宣言した王太子達のその後は、彼らが思い描いていたバラ色の人生ではなかった。 後悔、悲しみ、憎悪、果てしない負の連鎖の果てに、彼らが手にしたものとは。 「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルバ」にも投稿しています。

転生者はチートな悪役令嬢になりました〜私を死なせた貴方を許しません〜

みおな
恋愛
 私が転生したのは、乙女ゲームの世界でした。何ですか?このライトノベル的な展開は。  しかも、転生先の悪役令嬢は公爵家の婚約者に冤罪をかけられて、処刑されてるじゃないですか。  冗談は顔だけにして下さい。元々、好きでもなかった婚約者に、何で殺されなきゃならないんですか!  わかりました。私が転生したのは、この悪役令嬢を「救う」ためなんですね?  それなら、ついでに公爵家との婚約も回避しましょう。おまけで貴方にも仕返しさせていただきますね?

記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。

せいめ
恋愛
 メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。  頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。   ご都合主義です。誤字脱字お許しください。

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈 
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

貴方といると、お茶が不味い

わらびもち
恋愛
貴方の婚約者は私。 なのに貴方は私との逢瀬に別の女性を同伴する。 王太子殿下の婚約者である令嬢を―――。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

村娘になった悪役令嬢

枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。 ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。 村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。 ※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります) アルファポリスのみ後日談投稿しております。

処理中です...