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もう一つの秘密(2)
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天井が崩れ、動揺するのは父たちの方だった。
聖女が悲鳴を上げ、父が立ち竦む中、アンリはまっすぐに私に向かって駆けてくる。
「――ミシェル!!」
アンリが私に手を伸ばす。
父を振り払い、私もアンリに向けて駆けだそうと、足を踏み出した。
「……さすが勇者、無茶苦茶しますねえ」
だけど、その足は進めない。
数歩進んだ先で、足先が見えない壁を蹴った。
「結界か……!」
私を囲む透明な壁に、アンリは顔をしかめた。
落ちてくる天井を防ぐため、魔族が咄嗟に張ったのだろう。
同じ結界の中では、父と聖女が呆然と立ち尽くしていた。
「来るのがずいぶんと早いのでは? そう簡単に突破できないくらいの兵力を揃えたつもりでしたが」
そう言って、魔族はちらりとバルコニーの外に目を向けた。
そこにあるのは、暗闇に染まる王都――ではない。
遠く、揺れる火が見える。
響くのは、剣戟の音と兵たちの掛け声だ。
静寂を切り裂くようなその音に、さすがの魔族も目を見開いた。
「これはこれは……ただの人間が魔族を圧している? それに、この数は……グロワール国王の話よりも遥かに……」
「離宮の力を甘く見たな」
アンリの静かな声に、魔族は振り返る。
その仮面のような顔に、今は苛立ちが浮かんでいた。
「ソレイユの援軍を父上に漏らすほど、あの方は迂闊ではない。王都の地形も知り尽くし、付け焼刃のお前たちより有利な戦い方を知っている。――罠は承知の上だ。俺たちは、それでも戦えるだけの準備をしていた」
「なんと……」
「じきに王都は落ちる。お前たちの思い通りにはならない」
魔族は無言で奥歯を噛む。
アンリに動揺はなく、戦況も芳しくない。
この大広間にもすぐに兵たちが駆けつけてくるだろう。そうなれば、もう秘宝は使えない。
彼らの作戦は失敗だ。
「……甘く見ていたと。なるほど、認めざるを得ませんね」
撤退を覚悟したのだろう。
魔族は苦い顔のまま手をかざした。
結界がパキンと音を立てて割れ、目の前の壁が消えてなくなる。
魔族の敵意が消えたせいか、重苦しい緊張感がわずかに緩む。
天井が崩れ、がれきだらけの大広間。遠く、勝どきの声が響く中――。
「み、認めんぞ!」
叫んだのは父だった。
同時に彼は私の肩を掴み、強引に引き寄せる。
「認めるものか! 貴様に負けるなど! またしても貴様に陥れられるなど!」
「ミシェル……!」
「近づくな! こいつがどうなってもいいのかっ!!」
甲高い声を上げると、父は私の首に手をかけた。
ぐっと締め上げる力は容赦がない。
このまま絞め殺さんと言わんばかりだった。
「忌々しい男が! 何度私を嵌めれば気が済む! 貴様さえいなければ、なにもかも上手くいっていたのに!!」
父は唾を飛ばし、血走った眼でアンリを睨む。
アンリが足を踏み出せば、すぐに私を占める腕に力を込めた。
「貴様のせいでなにもかもめちゃくちゃだ! 認めるものか! 許すものか!!」
「お父様……!」
息苦しさの中で、私は狂気の父を見る。
父の叫びは、すべてアンリへの憎しみだ。その憎しみの由来は、言葉を聞けば想像がつく。
アンリがかつて、父の罪を暴いたためだ。
その結果、父は行動を監視され続け、フロヴェール家は自由を失った。
アンリのせいだというのなら、たしかにその通りだろう。
でも、それは――。
「逆恨みだわ……!」
父を振りほどこうともがきながら、私は声を絞り出した。
誰から見ても、父の行為は理不尽な逆恨みだ。
罪を犯したのは父。アンリはそれを暴いただけ。その罪の発覚だって、アデライトの予言によるものだ。
アンリは関係ない。
めちゃくちゃにしたのは、父自身の責任に他ならないというのに!
「もうやめて! それは単なる逆恨みよ! アンリ様がなにをしたって言うの!!」
「逆恨みなどではない!!」
だが、私の言葉も父の狂気を増すだけだ。
瞳孔の開いた眼で私を見下ろし、父は笑うように口の端を曲げる。
「愚かな我が娘! あの男がお前にしたことを、お前はまだ気付いていなかったのか!」
「アンリ様が……私にしたこと……!?」
父の言いたいことがわからなかった。
アンリが私にして、それで父がこうも嘲笑うことなんて、心当たりはなにもない。
ない――はずなのに。
「……やめろ」
アンリは嘲笑う父を見て、かすかな声でそう言った。
私を映した目は、怯えたように見開かれる。
魔族たちを見据えていた強い表情はない。青ざめた彼が見せるのは――明らかな動揺だった。
父は笑い続ける。
「気付いていないなら教えてやろう! 優しい王子の顔をしながら、あいつがなにをしたか!!」
「やめろ……!」
「あいつは――」
アンリの制止の声が遠い。
笑いを含む父の声から、耳を離すことができない。
「あいつは知っていたんだ! 三年前も、それ以前も、私のしてきたことすべて! 知っていて、私を見逃し続けていた。私が取り返しのつかないところに踏み込むまで!!」
聖女が悲鳴を上げ、父が立ち竦む中、アンリはまっすぐに私に向かって駆けてくる。
「――ミシェル!!」
アンリが私に手を伸ばす。
父を振り払い、私もアンリに向けて駆けだそうと、足を踏み出した。
「……さすが勇者、無茶苦茶しますねえ」
だけど、その足は進めない。
数歩進んだ先で、足先が見えない壁を蹴った。
「結界か……!」
私を囲む透明な壁に、アンリは顔をしかめた。
落ちてくる天井を防ぐため、魔族が咄嗟に張ったのだろう。
同じ結界の中では、父と聖女が呆然と立ち尽くしていた。
「来るのがずいぶんと早いのでは? そう簡単に突破できないくらいの兵力を揃えたつもりでしたが」
そう言って、魔族はちらりとバルコニーの外に目を向けた。
そこにあるのは、暗闇に染まる王都――ではない。
遠く、揺れる火が見える。
響くのは、剣戟の音と兵たちの掛け声だ。
静寂を切り裂くようなその音に、さすがの魔族も目を見開いた。
「これはこれは……ただの人間が魔族を圧している? それに、この数は……グロワール国王の話よりも遥かに……」
「離宮の力を甘く見たな」
アンリの静かな声に、魔族は振り返る。
その仮面のような顔に、今は苛立ちが浮かんでいた。
「ソレイユの援軍を父上に漏らすほど、あの方は迂闊ではない。王都の地形も知り尽くし、付け焼刃のお前たちより有利な戦い方を知っている。――罠は承知の上だ。俺たちは、それでも戦えるだけの準備をしていた」
「なんと……」
「じきに王都は落ちる。お前たちの思い通りにはならない」
魔族は無言で奥歯を噛む。
アンリに動揺はなく、戦況も芳しくない。
この大広間にもすぐに兵たちが駆けつけてくるだろう。そうなれば、もう秘宝は使えない。
彼らの作戦は失敗だ。
「……甘く見ていたと。なるほど、認めざるを得ませんね」
撤退を覚悟したのだろう。
魔族は苦い顔のまま手をかざした。
結界がパキンと音を立てて割れ、目の前の壁が消えてなくなる。
魔族の敵意が消えたせいか、重苦しい緊張感がわずかに緩む。
天井が崩れ、がれきだらけの大広間。遠く、勝どきの声が響く中――。
「み、認めんぞ!」
叫んだのは父だった。
同時に彼は私の肩を掴み、強引に引き寄せる。
「認めるものか! 貴様に負けるなど! またしても貴様に陥れられるなど!」
「ミシェル……!」
「近づくな! こいつがどうなってもいいのかっ!!」
甲高い声を上げると、父は私の首に手をかけた。
ぐっと締め上げる力は容赦がない。
このまま絞め殺さんと言わんばかりだった。
「忌々しい男が! 何度私を嵌めれば気が済む! 貴様さえいなければ、なにもかも上手くいっていたのに!!」
父は唾を飛ばし、血走った眼でアンリを睨む。
アンリが足を踏み出せば、すぐに私を占める腕に力を込めた。
「貴様のせいでなにもかもめちゃくちゃだ! 認めるものか! 許すものか!!」
「お父様……!」
息苦しさの中で、私は狂気の父を見る。
父の叫びは、すべてアンリへの憎しみだ。その憎しみの由来は、言葉を聞けば想像がつく。
アンリがかつて、父の罪を暴いたためだ。
その結果、父は行動を監視され続け、フロヴェール家は自由を失った。
アンリのせいだというのなら、たしかにその通りだろう。
でも、それは――。
「逆恨みだわ……!」
父を振りほどこうともがきながら、私は声を絞り出した。
誰から見ても、父の行為は理不尽な逆恨みだ。
罪を犯したのは父。アンリはそれを暴いただけ。その罪の発覚だって、アデライトの予言によるものだ。
アンリは関係ない。
めちゃくちゃにしたのは、父自身の責任に他ならないというのに!
「もうやめて! それは単なる逆恨みよ! アンリ様がなにをしたって言うの!!」
「逆恨みなどではない!!」
だが、私の言葉も父の狂気を増すだけだ。
瞳孔の開いた眼で私を見下ろし、父は笑うように口の端を曲げる。
「愚かな我が娘! あの男がお前にしたことを、お前はまだ気付いていなかったのか!」
「アンリ様が……私にしたこと……!?」
父の言いたいことがわからなかった。
アンリが私にして、それで父がこうも嘲笑うことなんて、心当たりはなにもない。
ない――はずなのに。
「……やめろ」
アンリは嘲笑う父を見て、かすかな声でそう言った。
私を映した目は、怯えたように見開かれる。
魔族たちを見据えていた強い表情はない。青ざめた彼が見せるのは――明らかな動揺だった。
父は笑い続ける。
「気付いていないなら教えてやろう! 優しい王子の顔をしながら、あいつがなにをしたか!!」
「やめろ……!」
「あいつは――」
アンリの制止の声が遠い。
笑いを含む父の声から、耳を離すことができない。
「あいつは知っていたんだ! 三年前も、それ以前も、私のしてきたことすべて! 知っていて、私を見逃し続けていた。私が取り返しのつかないところに踏み込むまで!!」
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