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望まない再会

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 気付けば私は、冷たい床の上に寝そべっていた。
 周囲は静かだ。離宮中に響いていた、悲鳴と剣戟の音は聞こえない。

「……ここは」

 重たいまぶたを開け、私は顔を上げた。
 強い魔力にあてられたせいか、体は持ち上がらない。
 頭だけで周囲を見回せば、目に入るのは暗闇に灯る燭台と、空虚なくらいに広い空間だ。

 燭台の火に、等間隔に並ぶ巨大な柱が浮かびあがる。
 順に目で追いかけると、たどり着くのは闇の先。月明かりと――夜の王都を眺望する、バルコニーが見えた。

 ――王宮の……大広間?

「目覚めたか」

 バルコニーを見ていた私の背後から、不意にカツンと足音が響いた。
 聞き覚えのある声に、私ははっと振り返る。

 燭台に照らされながら向かってくるのは、一人の男だ。
 痩せていて、顔立ちにあまり特徴はない。
 髪の色は茶色、瞳はありふれたとび色の――。

 ……私に、面差しの似た人だ。

「こうして会うのは久しぶりだな、ミシェル。――我が娘よ」

 目の前で足を止めた彼の姿に、私は言葉を発することができなかった。
 父と最後に会ったのはもう十年以上も前のこと。だけど、その顔も、表情も、忘れもしない。
 今も昔も、彼が私に向けるのは、冷たい侮蔑の表情だ。

「まさか一番の役立たずと思っていたお前が、最後の最後で私の役に立つとは」

 わからんものだ、と言って、父は口元を歪める。

「臆病で無能なお前のどこを、あの忌々しい王子は気に入ったのだろうな」

 地面についた指先が、かすかに震えていた。
 刷り込まれた恐怖に血の気が引いている。
 怯え、青ざめる私を見ても、父は眉一つしかめない。

「もっとも、お前のおかげで上手く事が運んだわけだ。あの王子が吠え面をかく瞬間が今から楽しみでたまらない」

 父はくっと喉を鳴らして笑う。
 その隠しもしない悪意に、私はぞくりとした。
 心地よさそうに目を細め、唇を舐め、頬は期待するように、かすかに赤らんでさえ見える。

 父の悪意の向く先が誰であるかは、考える間でもなかった。
 三年前に父の罪を暴き、未だ父が執着し続ける相手は、一人しかいない。

「アンリ様に……なにをするつもりですか」

 震える指を握りしめ、私はかすれた声を漏らす。
 父が怖かった。それでも、尋ねずにはいられなかった。

 魔族と手を組み、陛下を利用し、私をさらった理由。
 思い浮かぶのは、一つしかなかった。

「アンリ様を、本当の魔王にするつもりですか……!?」

 父は魔王の信奉者だ。
 人間を裏切り、魔族に協力し、魔王を崇拝している。
 だからこそかつては勇者であるアンリを狙ったのだ。

 そして今、魔王の心はアンリの中にある。
 魔族たちと目的が同じであれば、父はアンリの『枷』を破壊し、彼を真の魔王にしたがっているはず。

 だけど、父は私の言葉を鼻で笑った。

「まさか! 器とはいえ、誰があの男を偉大なる魔王様なぞにしてやるものか!」
「……え?」
「お前を生きたまま連れてきたのは、あの男から魔王様のお心を抜き出すためだ! 新しい器はすでに用意してある!」

 ――新しい……器?

 理解の追い付かない私を一瞥し、父は視線を大広間の入り口に向けた。
 反射的に、私もその視線の先を追いかける。

 軋むような音を立てて大広間の扉が開く。
 父の声に呼ばれるように、この場所へと足を踏み入れる影に、私は目を見開いた。

 細い人影が、魔族を一人従えて、こちらに歩み寄ってくる。
 その小柄な体。流れるような銀の髪。見紛うはずもない。

「オレリア様……!」

 冷たい夜に似合いの、月にも似た美貌を歪ませ、彼女は不敵な笑みを浮かべた。
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