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雨が上がれば(3)

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 離宮にあるアデライトの部屋の中。
 アデライトは訪ねてきた私たちに振り向きもせず、ベッドの上で膝を抱えていた。

 腕の中には、昔からかわいがっていたウサギのぬいぐるみがある。
 潰れるくらいにウサギを抱きながら、彼女は「ふん!」と鼻で息を吐く。

「別に、拗ねてないし。ぜんぜん、不機嫌なんかじゃないし」

 要するに、しっかり拗ねていてだいぶ不機嫌らしい。
 どうしたものかと、私はアンリと顔を見合わせた。

「アデライト、機嫌を直してくれ」

 アンリは参ったように頭を掻くと、アデライトの陣取るベッドに歩み寄る。

「俺たちのために、いろいろやっていてくれただろう? 感謝しているよ。……大半はやらかしだったような気もするが」
「お兄様」

 むすっとした顔のまま、アデライトはアンリの言葉に振り返った。

 どんなに機嫌が悪くても、アデライトはアンリに弱い。
 子供のころからずっとアンリを慕っていて、ずっと背中を追いかけて回っていたのだ。
 アデライトの変わり者なところも、強い魔力を持っているところも、気にせず受け入れてくれたのはアンリだった。

 もちろん、フロランス様もそうなのだけれど――やっぱりアデライトにとって、アンリは特別な存在なのだろう。

「ミシェルとの婚約を、アデライトに喜んでほしいんだ。お前は、俺の大切な妹だから」
「ううう……お兄様…………」

 アデライトが唇を噛む。ウサギにぐりぐりと頭を押し付けると、パッとベッドを飛び出した。
 スリッパを引っ掛けて、駆け寄ってくるのは私のところだ。

 アデライトは私の目の前で立ち止ると、涙目で睨みつけた。

「私のお兄様取らないでよ!」

 と言って私の体をぽかぽかと叩く。
 でも、痛くはない。

 それからすぐに、アデライトはアンリのところにも近寄って、同じようにぽかぽか胸元を叩いた。

「私のミシェル取らないでよお!」

 ひとしきり叩くと、アデライトはそのままアンリにしがみついた。
 顔を押し付け、ウサギにしていたように頭をぐりぐりする姿は、王女としては褒められたものではないけども。

「でも、よかったぁあ……」

 心の底から吐き出されたその言葉が、私は嬉しかった。
 ぐずるアデライトの背を撫でながら、アンリは少し困ったように――だけど、やっぱり彼も嬉しそうに笑っていた。

 〇

「――とにかく!」

 ぐず、と鼻を鳴らしながら、アデライトはぎゅっと顔をしかめた。

「私の処刑フラグは折れたけど、これで終わりじゃないわよ! まだ魔王のことが残っているんだから!!」

 少し落ち着いたアデライトの部屋の中。
 並んでソファに腰を掛けながら、アデライトが不機嫌な顔でそう言った。

 ちなみに座り方は、アンリと私の間にアデライトが挟まっている形だ。
 幼いころはよくこんな形で座っていたので、少し懐かしい気持ちになる。

「私が処刑されなくても、お兄様が魔王になるなんてどう考えてもバッドエンドだもの! こっちのフラグも絶対に折るわよ!」

 怒ったような態度は、泣いてしまった気恥ずかしさを誤魔化すためだろう。
 少し赤い目の端を渋面で隠し、彼女はつんと顎を持ち上げる。

「そもそも、どうして魔王はお兄様に憑りついたのよ。絶対、オレリアが憑りつかれていると思ったのに!」
「オレリアに?」

 アデライトの言葉に、アンリはピンと来ていない様子で眉根を寄せた。

「どうしてそう思ったんだ」
「だって、魔王は弱い心や悪い心に憑りつくのよ? 悪い心なんてお兄様にあるわけないじゃない」

 まったくなんの疑いもなく、アデライトはアンリの悪心を否定する。
 だけど聞いている私も同じ思いだ。
 アンリが完璧な善人とは言わないけれど、少なくとも悪人とはかけ離れている。
 弱い心の方も、私が求婚の答えを出さなかったせいだろうか――とは思いつつ、それもなんだか違う気がする。
 だいたいアンリは私の答えを聞くよりも先にマルティナの計画を進めていたわけだし、むしろこの件については前向きだったのではないだろうか。

 そう考えると、彼がどうして魔王に憑かれたのかは、たしかに疑問だった。

「弱い心っていうならオレリアの方に憑きそうでしょう? お兄様はずっとミシェルを好きなんだから、オレリアは失恋したってことだし。…………これについては、ちょっと悪いとは思っているけど」

 オレリア様への後ろめたさからか、アデライトはごにょごにょと言葉を濁す。

 恋に破れ、傷心のオレリア様に魔王が憑りつく――その可能性はあったはずだ。
 実際、今のオレリア様は正気とは思えない。
 あの無茶な行動の数々も、今となっては魔族たちにそそのかされた結果のように思われた。

 アンリを想う彼女に、弱い心を作ってしまったのは私の存在だ。
 私とアンリをくっつけようと間を取り持ったアデライトは、きっと責任を感じてしまっているのだろう。

 だが、アンリは相変わらず首を傾げている。

「オレリアが弱い心? ……あまり、想像がつかないな」
「えっ」
「あまり人をこんな風に言いたくはないが……お前もオレリアのことは知っているだろう? 失恋で弱る以前に――そもそも、失恋を認めてくれないんだ、彼女は」

 アデライトが目をぱちりと瞬かせた。
 さすがの彼女も、ちょっと信じられない、と言いたげな目だ。

「ゲームだと、芯は強いけど普段は大人しくて、引っ込み思案な性格なんだけど。……魔族に洗脳されているとかでもなくって?」
「聖なる力を持つ彼女に、魔族の洗脳なんて効くわけないだろ」

 アデライトの疑問を、アンリはばさりと切り捨てる。
 そうなると、オレリア様のあの性格も行動も、すべて素ということなのか――と驚いてしまったことは、ひとまずは置いておいて。

「あの」

 二人の会話が切れたところで、私はそっと声をかける。
 そもそも、彼女の性格うんぬん以前に、忘れていることがある。

「そのオレリア様は、どうされましたっけ」

「あ」

 アンリとアデライトは顔を見合わせ、同時に声を上げた。
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