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敗走(5)

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 路地裏に待機させた馬に乗り込むと、私たちはそのまま全速力で王都から逃げ出した。
 馬車の用意はもちろんないので、足を痛めた私が乗るのは、アンリと同じ馬だ。
 抱きかかえられるように馬に乗せられ、無力感に唇を噛みながら王都を飛び出したあと――。

 王都の外で、私たちは護衛兵たちと合流した。

 場所は、街道から少し外れた森の中だ。
 魔族やグロワール兵もここまでは追ってこないらしい。
 剣を収めている護衛兵たちの姿に、ようやく息を吐ける――と、そう思ったのも束の間だった。

「いいか、わしを絶対に守れ! わかっているな? 命に代えてもだ!!」

 聞こえたのは、怯え震えた声だった。
 見れば、護衛兵たちの背後に隠れ、へたり込んだまま叫ぶ陛下の姿がある。

「わかったら剣を抜け! なにを気を抜いておる! いつ魔族が責めてくるかわからんのだぞ!!」

 唾を飛ばして叫ぶ陛下に、護衛兵たちもどこかうんざりした様子だった。
 陛下の声に応じて剣を抜く者はなく、持て余したように護衛兵同士で視線を交わし合っている。

「助けたはいいけど、ずっとあの調子なんだよねえ。護衛を一人も離したがらないから参ったよ」
「……だから叔父上が、俺たちを迎えに来たんですね」

 馬上でコンラート様と言葉を交わしながら、アンリは納得半分、苦々しさ半分に息を吐く。
 陛下は未だ声を枯らして叫び続け、神経質そうにきょろきょろと周囲を窺っていた。

「そなたらの命よりも、わしの命の方が重いのだぞ! わしのために死ねることを光栄に思え――ひいっ! で、出た! 出たああああ!!??」

 その視線がアンリに気が付いたとき、陛下は甲高い悲鳴を上げた。
 アンリの姿によほど驚いたのか、尻もちをつきながら後ずさる。
 どうやら腰が抜けているようだ。

「な、なにをしに来た!! わしはグロワール国王だぞ! も、もしわしに手を出せば、護衛の兵どもが――どうした、なぜ剣を抜かん! あれの姿が見えんのか!!」

 甲高い陛下の声に、しかし護衛兵たちは振り向きもしない。
 剣を抜くどころか、アンリに向けて敬礼する兵たちに、陛下は苛立ったようだ。

「なにをしている! あれは魔王だぞ! わしの命令が聞け! とっとと、あの化け物をころ――」
「そこまで」

 コンラート様は馬から飛び降りると、喚く陛下の肩を掴む。
 驚きに目を見開く陛下に、彼が向けたのは笑みだった。

 いつもの陽気な笑みではない。
 フロランス様によく似た――底冷えのする、少しも笑っていない笑顔だ。

「私の甥を相手に、少々口が過ぎますよ、グロワール国王」
「ひ――――」

 陛下は引きつり、悲鳴を口にする。
 だけどその声は、コンラート様の手が陛下の首を軽く叩いた瞬間、響き渡ることなく掻き消えた。

 気を失い、がくりとうなだれた陛下を一瞥すると、コンラート様はアンリに振り返った。
 呆然とするこちらの反応などものともせず、彼は今度こそ陽気な笑みを見せた。

「まったくうるさい御仁だ。荷物の方が大人しいぶん、まだ扱いやすいな」

 はははは、と快活な笑い声をあげるコンラート様に、私とアンリは顔を見合わせた。
 コンラート様、すごく怒っていらっしゃる……。

 ――でも、アンリのために怒ってくださったんだわ。

 護衛兵たちも、アデライトも、コンラート様も、王宮での一件のあともアンリへの接し方が変わらない。
 護衛兵たちはアンリを敬い、アデライトは兄として慕い、コンラート様は甥として気にかけてくださっている。
 その事実に、私はなによりほっとしていた。

 アンリの抱えているものは大きい。
 それでいて、とんでもないものだ。

 だけどもしかしたら、このまま変わらずにいられるのかもしれない――。

「――もっとも」

 そう期待してしまう私に、コンラート様の声が釘を刺す。

「陛下ほどではないが、私もアンリに言いたいことがないわけじゃない」

 わかっているな、と言うように、コンラート様は夜色の瞳でアンリを貫いた。
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