45 / 76
エンディングイベント終了(1)
しおりを挟む
頬を赤くする私とは裏腹に、アンリは冷静だった。
私を抱き寄せても、人々の視線を集めても、険しい表情で陛下を見据えるだけだ。
「父上。この婚約披露宴は無効にしてください。俺はオレリアと結婚するつもりはありません。婚約の宣言も撤回をお願いします」
「て、撤回だと!?」
アンリの言葉に、呆然としていた陛下も我に返ったらしい。
ぎょっと目を剥くと、すぐに大きくかぶりを振った。
「できるものか! そんなことをしたら、他国の連中になにを言われるかわからん! だいたい国民だって、そなたとオレリアの結婚を望んでいるのだぞ!」
「他国からなにを言われても構いません。民には俺から説明をします」
「そんな簡単に済むものか!」
陛下は声を張り上げる。
「そなたは構わぬだろうが、国王として認めるわけにはいかん! これだけ知れ渡った婚約を撤回などすれば、この国の信頼が失墜するのだぞ! 王太子として、それはそなたにもわかっておるだろう!」
「そもそもこの婚約自体、俺は承諾した記憶がありません。父上が勝手に推し進めたものです」
「だからどうした! そんなもの、周りの連中は知らんだろうが! これはもはやわしだけの問題ではない、国全体の問題なのだぞ!」
無茶苦茶な陛下の言葉に、アンリの表情は変わらない。
ただ、腰に回された腕に力がこもり、風が強さを増していく。
それだけで、苛立っているのはよくわかった。
――……無理もないわ。
勘違いで勝手に婚約しておきながら、「もう宣言したから今さら無理だ」なんて、あまりにも横暴すぎる。
そのうえ反省するどころか、悪いとも思っていないような陛下の態度は、聞いている私も良い気がしなかった。
――アンリの結婚なのに、アンリが止めても聞かなくて、勝手にどんどん進めて……!
恐れ多くも腹立たしい。
相手が陛下でなければ、私だって一言くらいは言ってやりたい。
だけど、相手は陛下なのだ。
この場には貴族たちや、外国からの客もいる。
アンリの怒りで、彼らを傷つけさせたくはなかった。
自分の力で他人を傷つけてしまえば、悲しむのはアンリ自身なのだから。
「……アンリ様」
小声で呼びかけ、私はためらいがちに、アンリの手を握り返す。
それからそっと視線を持ち上げ、アンリの顔を窺い見た。
眉間にしわを寄せ、奥歯を噛んで魔力を抑える姿に、私は少し目を細める。
小さいころに大暴走を起こし、私を死なせかけて以降、アンリは感情を殺してでも魔力を抑えるようになった。
それを痛ましいと思うこともあるけど――人を傷つけたくないと思う、アンリの優しさを、私は尊重したかった。
「落ち着いて。あとで愚痴を聞きますから」
アンリは私を一瞥する。
私の言葉のせいか、それとも握り返したことなのか、少し驚いた顔をして、それからすぐに息を吐く。
苛立たしげな眉間のしわが消え、口が音もなく動いた。
「ありがとう」
同時に、魔力の風が少しだけ弱まる。
そのことに、ほっと胸をなでおろした――のは、一瞬だけだった。
風が弱まったのを好機と見てしまったのか、陛下が勢いづいて立ち上がる。
「そなたは王太子として、この国のために努める義務がある! オレリアとの婚約は確定事項であり、撤回はまかりならん! ――そもそも、そもそもだ!」
言いながら陛下が目を向けるのは、アンリ――の隣に立つ私だ。
性格はあまり似ていないのに、こればっかりはアンリによく似た凛々しい美貌を歪ませ、私を忌々し気に睨みつける。
「そもそも、なんだその娘は! マルティナだと? そなたの話では絶世の美女だったはずなのに、まるで貧相な町娘ではないか!」
「父上」
「本当にそんな娘が大切なのか!? 生まれも下級貴族で、顔も十人並みの間抜け面、体つきも痩せていて、これなら金で買った女の方がよほどましだろう!」
「……父上」
アンリの静かな声に、陛下は一向に反応しない。
弱まったはずの風は再び強まり、腰に回された腕は、赤くなるどころか、もはや青くなるほどの力が込められる。
これはまずい、とアンリに呼び掛けても、もう声も届いていない様子だ。
これはまずい……。
「そんな平凡な娘、オレリアとは比較にもならん! まさか、偽物ではないだろうな!? あの生意気な王妃にそそのかされたか!」
強さを増し続ける風の中、見上げたアンリの表情は消えていた。
眉間にしわを寄せてすらもいない。
むしろ、目元はかすかに、笑むように細められていた。
――笑み……?
私を抱き寄せても、人々の視線を集めても、険しい表情で陛下を見据えるだけだ。
「父上。この婚約披露宴は無効にしてください。俺はオレリアと結婚するつもりはありません。婚約の宣言も撤回をお願いします」
「て、撤回だと!?」
アンリの言葉に、呆然としていた陛下も我に返ったらしい。
ぎょっと目を剥くと、すぐに大きくかぶりを振った。
「できるものか! そんなことをしたら、他国の連中になにを言われるかわからん! だいたい国民だって、そなたとオレリアの結婚を望んでいるのだぞ!」
「他国からなにを言われても構いません。民には俺から説明をします」
「そんな簡単に済むものか!」
陛下は声を張り上げる。
「そなたは構わぬだろうが、国王として認めるわけにはいかん! これだけ知れ渡った婚約を撤回などすれば、この国の信頼が失墜するのだぞ! 王太子として、それはそなたにもわかっておるだろう!」
「そもそもこの婚約自体、俺は承諾した記憶がありません。父上が勝手に推し進めたものです」
「だからどうした! そんなもの、周りの連中は知らんだろうが! これはもはやわしだけの問題ではない、国全体の問題なのだぞ!」
無茶苦茶な陛下の言葉に、アンリの表情は変わらない。
ただ、腰に回された腕に力がこもり、風が強さを増していく。
それだけで、苛立っているのはよくわかった。
――……無理もないわ。
勘違いで勝手に婚約しておきながら、「もう宣言したから今さら無理だ」なんて、あまりにも横暴すぎる。
そのうえ反省するどころか、悪いとも思っていないような陛下の態度は、聞いている私も良い気がしなかった。
――アンリの結婚なのに、アンリが止めても聞かなくて、勝手にどんどん進めて……!
恐れ多くも腹立たしい。
相手が陛下でなければ、私だって一言くらいは言ってやりたい。
だけど、相手は陛下なのだ。
この場には貴族たちや、外国からの客もいる。
アンリの怒りで、彼らを傷つけさせたくはなかった。
自分の力で他人を傷つけてしまえば、悲しむのはアンリ自身なのだから。
「……アンリ様」
小声で呼びかけ、私はためらいがちに、アンリの手を握り返す。
それからそっと視線を持ち上げ、アンリの顔を窺い見た。
眉間にしわを寄せ、奥歯を噛んで魔力を抑える姿に、私は少し目を細める。
小さいころに大暴走を起こし、私を死なせかけて以降、アンリは感情を殺してでも魔力を抑えるようになった。
それを痛ましいと思うこともあるけど――人を傷つけたくないと思う、アンリの優しさを、私は尊重したかった。
「落ち着いて。あとで愚痴を聞きますから」
アンリは私を一瞥する。
私の言葉のせいか、それとも握り返したことなのか、少し驚いた顔をして、それからすぐに息を吐く。
苛立たしげな眉間のしわが消え、口が音もなく動いた。
「ありがとう」
同時に、魔力の風が少しだけ弱まる。
そのことに、ほっと胸をなでおろした――のは、一瞬だけだった。
風が弱まったのを好機と見てしまったのか、陛下が勢いづいて立ち上がる。
「そなたは王太子として、この国のために努める義務がある! オレリアとの婚約は確定事項であり、撤回はまかりならん! ――そもそも、そもそもだ!」
言いながら陛下が目を向けるのは、アンリ――の隣に立つ私だ。
性格はあまり似ていないのに、こればっかりはアンリによく似た凛々しい美貌を歪ませ、私を忌々し気に睨みつける。
「そもそも、なんだその娘は! マルティナだと? そなたの話では絶世の美女だったはずなのに、まるで貧相な町娘ではないか!」
「父上」
「本当にそんな娘が大切なのか!? 生まれも下級貴族で、顔も十人並みの間抜け面、体つきも痩せていて、これなら金で買った女の方がよほどましだろう!」
「……父上」
アンリの静かな声に、陛下は一向に反応しない。
弱まったはずの風は再び強まり、腰に回された腕は、赤くなるどころか、もはや青くなるほどの力が込められる。
これはまずい、とアンリに呼び掛けても、もう声も届いていない様子だ。
これはまずい……。
「そんな平凡な娘、オレリアとは比較にもならん! まさか、偽物ではないだろうな!? あの生意気な王妃にそそのかされたか!」
強さを増し続ける風の中、見上げたアンリの表情は消えていた。
眉間にしわを寄せてすらもいない。
むしろ、目元はかすかに、笑むように細められていた。
――笑み……?
0
お気に入りに追加
2,892
あなたにおすすめの小説
公爵令嬢 メアリの逆襲 ~魔の森に作った湯船が 王子 で溢れて困ってます~
薄味メロン
恋愛
HOTランキング 1位 (2019.9.18)
お気に入り4000人突破しました。
次世代の王妃と言われていたメアリは、その日、すべての地位を奪われた。
だが、誰も知らなかった。
「荷物よし。魔力よし。決意、よし!」
「出発するわ! 目指すは源泉掛け流し!」
メアリが、追放の準備を整えていたことに。
悪役令嬢を演じて婚約破棄して貰い、私は幸せになりました。
シグマ
恋愛
伯爵家の長女であるソフィ・フェルンストレームは成人年齢である十五歳になり、父親の尽力で第二王子であるジャイアヌス・グスタフと婚約を結ぶことになった。
それはこの世界の誰もが羨む話でありソフィも誇らしく思っていたのだが、ある日を境にそうは思えなくなってしまう。
これはそんなソフィが婚約破棄から幸せになるまでの物語。
※感想欄はネタバレを解放していますので注意して下さい。
※R-15は保険として付けています。
婚約破棄された侯爵令嬢は、元婚約者の側妃にされる前に悪役令嬢推しの美形従者に隣国へ連れ去られます
葵 遥菜
恋愛
アナベル・ハワード侯爵令嬢は婚約者のイーサン王太子殿下を心から慕い、彼の伴侶になるための勉強にできる限りの時間を費やしていた。二人の仲は順調で、結婚の日取りも決まっていた。
しかし、王立学園に入学したのち、イーサン王太子は真実の愛を見つけたようだった。
お相手はエリーナ・カートレット男爵令嬢。
二人は相思相愛のようなので、アナベルは将来王妃となったのち、彼女が側妃として召し上げられることになるだろうと覚悟した。
「悪役令嬢、アナベル・ハワード! あなたにイーサン様は渡さない――!」
アナベルはエリーナから「悪」だと断じられたことで、自分の存在が二人の邪魔であることを再認識し、エリーナが王妃になる道はないのかと探り始める――。
「エリーナ様を王妃に据えるにはどうしたらいいのかしらね、エリオット?」
「一つだけ方法がございます。それをお教えする代わりに、私と約束をしてください」
「どんな約束でも守るわ」
「もし……万が一、王太子殿下がアナベル様との『婚約を破棄する』とおっしゃったら、私と一緒に隣国ガルディニアへ逃げてください」
これは、悪役令嬢を溺愛する従者が合法的に推しを手に入れる物語である。
※タイトル通りのご都合主義なお話です。
※他サイトにも投稿しています。
生まれ変わりも楽じゃない ~生まれ変わっても私はわたし~
こひな
恋愛
市川みのり 31歳。
成り行きで、なぜかバリバリのキャリアウーマンをやっていた私。
彼氏なし・趣味は食べることと読書という仕事以外は引きこもり気味な私が、とばっちりで異世界転生。
貴族令嬢となり、四苦八苦しつつ異世界を生き抜くお話です。
※いつも読んで頂きありがとうございます。誤字脱字のご指摘ありがとうございます。
オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!
みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した!
転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!!
前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。
とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。
森で調合師して暮らすこと!
ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが…
無理そうです……
更に隣で笑う幼なじみが気になります…
完結済みです。
なろう様にも掲載しています。
副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。
エピローグで完結です。
番外編になります。
※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。
モブですら無いと落胆したら悪役令嬢だった~前世コミュ障引きこもりだった私は今世は素敵な恋がしたい~
古里@10/25シーモア発売『王子に婚約
恋愛
前世コミュ障で話し下手な私はゲームの世界に転生できた。しかし、ヒロインにしてほしいと神様に祈ったのに、なんとモブにすらなれなかった。こうなったら仕方がない。せめてゲームの世界が見れるように一生懸命勉強して私は最難関の王立学園に入学した。ヒロインの聖女と王太子、多くのイケメンが出てくるけれど、所詮モブにもなれない私はお呼びではない。コミュ障は相変わらずだし、でも、折角神様がくれたチャンスだ。今世は絶対に恋に生きるのだ。でも色々やろうとするんだけれど、全てから回り、全然うまくいかない。挙句の果てに私が悪役令嬢だと判ってしまった。
でも、聖女は虐めていないわよ。えええ?、反逆者に私の命が狙われるている?ちょっと、それは断罪されてた後じゃないの? そこに剣構えた人が待ち構えているんだけど・・・・まだ死にたくないわよ・・・・。
果たして主人公は生き残れるのか? 恋はかなえられるのか?
ハッピーエンド目指して頑張ります。
小説家になろう、カクヨムでも掲載中です。
〘完〙前世を思い出したら悪役皇太子妃に転生してました!皇太子妃なんて罰ゲームでしかないので円満離婚をご所望です
hanakuro
恋愛
物語の始まりは、ガイアール帝国の皇太子と隣国カラマノ王国の王女との結婚式が行われためでたい日。
夫婦となった皇太子マリオンと皇太子妃エルメが初夜を迎えた時、エルメは前世を思い出す。
自著小説『悪役皇太子妃はただ皇太子の愛が欲しかっただけ・・』の悪役皇太子妃エルメに転生していることに気付く。何とか初夜から逃げ出し、混乱する頭を整理するエルメ。
すると皇太子の愛をいずれ現れる癒やしの乙女に奪われた自分が乙女に嫌がらせをして、それを知った皇太子に離婚され、追放されるというバッドエンドが待ち受けていることに気付く。
訪れる自分の未来を悟ったエルメの中にある想いが芽生える。
円満離婚して、示談金いっぱい貰って、市井でのんびり悠々自適に暮らそうと・・
しかし、エルメの思惑とは違い皇太子からは溺愛され、やがて現れた癒やしの乙女からは・・・
はたしてエルメは円満離婚して、のんびりハッピースローライフを送ることができるのか!?
【完結】伝説の悪役令嬢らしいので本編には出ないことにしました~執着も溺愛も婚約破棄も全部お断りします!~
イトカワジンカイ
恋愛
「目には目をおおおお!歯には歯をおおおお!」
どごおおおぉっ!!
5歳の時、イリア・トリステンは虐められていた少年をかばい、いじめっ子をぶっ飛ばした結果、少年からとある書物を渡され(以下、悪役令嬢テンプレなので略)
ということで、自分は伝説の悪役令嬢であり、攻略対象の王太子と婚約すると断罪→死刑となることを知ったイリアは、「なら本編にでなやきゃいいじゃん!」的思考で、王家と関わらないことを決意する。
…だが何故か突然王家から婚約の決定通知がきてしまい、イリアは侯爵家からとんずらして辺境の魔術師ディボに押しかけて弟子になることにした。
それから12年…チートの魔力を持つイリアはその魔法と、トリステン家に伝わる気功を駆使して診療所を開き、平穏に暮らしていた。そこに王家からの使いが来て「不治の病に倒れた王太子の病気を治せ」との命令が下る。
泣く泣く王都へ戻ることになったイリアと旅に出たのは、幼馴染で兄弟子のカインと、王の使いで来たアイザック、女騎士のミレーヌ、そして以前イリアを助けてくれた騎士のリオ…
旅の途中では色々なトラブルに見舞われるがイリアはそれを拳で解決していく。一方で何故かリオから熱烈な求愛を受けて困惑するイリアだったが、果たしてリオの思惑とは?
更には何故か第一王子から執着され、なぜか溺愛され、さらには婚約破棄まで!?
ジェットコースター人生のイリアは持ち前のチート魔力と前世での知識を用いてこの苦境から立ち直り、自分を断罪した人間に逆襲できるのか?
困難を力でねじ伏せるパワフル悪役令嬢の物語!
※地学の知識を織り交ぜますが若干正確ではなかったりもしますが多めに見てください…
※ゆるゆる設定ですがファンタジーということでご了承ください…
※小説家になろう様でも掲載しております
※イラストは湶リク様に描いていただきました
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる