上 下
16 / 76

私はヒロインなのよ(1) ※聖女視点

しおりを挟む
 ――なによ! なによなによ!!

 中庭を出た後、オレリアは一人、怒りの形相で王宮を歩いていた。

 ――なんなのあの悪役ども! 被害者ぶっちゃって! 悪いのはそっちじゃない!!

 顔を真っ赤にして肩を怒らせるオレリアに、周囲の人々が驚きの目を向ける。
 だけど気にならない。そんなことよりも、先ほどの腹立たしい出来事で頭がいっぱいだった。

 ――あんな連中をかばう、アンリもアンリよ! 私がヒロインなのに、どうして悪役をかばうのよ!!

 あれではまるで、オレリアの方が悪役のようではないか。
 悪いのは、ヒロインの座を乗っ取ろうとする悪役令嬢と、その取り巻きの方だというのに。

 ――あんなに怒ったアンリ、はじめて見たわ……!

 底冷えのするようなアンリの様子を思い出し、オレリアは身震いをする。
 繊細な美貌に浮かぶ、冷徹で感情のない、ぞくりとするような無表情は、魔王を倒したオレリアさえも怯えさせた。

 ――なによ……! ああいう顔は、悪役令嬢に向けるべきでしょう!? 私はアンリの恋人なのよ! 婚約者になるのよ!! 好感度だって、あんなに稼いだじゃない!!

 恐怖を振り払うように頭を振り、オレリアは荒々しく息を吐く。
 あれはきっと、なにかの間違いだ。
 だってオレリアは、ちゃんとゲームの通りにアンリを攻略したのだ。

 ――私が一番、アンリのことを知っているのよ! お気に入りキャラだったんだもの! アンリの性格とか、好きなものとか、心の闇とか! そういうの全部わかってるんだから!!

 アンリの設定は頭に入っている。
 彼はグロワール王国の第一王子として生まれながら、強すぎる魔力ゆえに父親に冷遇されていた不遇の王子だ。
 彼のトラウマは、悪役令嬢である妹の仕業で魔力を暴走させてしまい、母である王妃を殺してしまったこと。
 周囲はアンリを恐れ、妹も自分のことを棚に上げてアンリを責めた。
 このことから、アンリは自らの魔法を封印し、他人と距離を置くようになったのだ。

 ――でも、私はヒロインだから。

 聖女の力があるオレリアは、しかし、アンリの強い魔力にも耐えることができる。
 それを知って、アンリはオレリアに執着するようになるのだ。

 見かけは一見、心優しく繊細な王子様。
 だけど中身は、闇を抱えたヤンデレだ。
 その執着心が大好きで、この世界に転生したと知ったときも、迷わずアンリルートを選択した。

 ――ちゃんとヒロインとして、アンリの気持ちに寄り添ったわ。王妃のことも『あなたは悪くない』って慰めたし、魔力のことも『無理に抑えつけないで』って言ってあげたわ。『あなたは人殺しなんかじゃない』って決め台詞も、ちゃんと言ったのよ。

 オレリアは、トラウマを抱えたアンリが求めている言葉を、間違うことなく伝えて来た。
 オレリアがアンリを慰めるたびに、彼は苦笑しながら『ありがとう』と答えたものだ。

 ――私だけが、アンリの傍にいられるのよ……!

 悪役令嬢のせいでイベントの内容が変わることも、たしかに少なくなかったけど――オレリアがアンリの理解者で、唯一彼に寄り添える存在であることは、彼に伝わっていたはずだ。
 これがオレリアの勘違いでないことは、昨日の国王による婚約宣言が証明している。
 あの宣言が出た時点で、ハッピーエンドに向かうだけの好感度を得ているのは確実なのだ。

 このことは、あの卑怯な横取り女――同じ転生者である悪役令嬢だって知っている。
 だというのに――。

 ――もう詰んでるくせに、まだ邪魔しようなんて! 見苦しいわ! さっさと断罪されればいいのに!!

 ふん、と鼻息を荒く吐き出すと、オレリアは足を止めた。
 彼女の前には、一つの荘厳な扉がある。

 ――いいわ、そっちがその気なら、私にも考えがあるもの! 卑怯な悪役とは違って、こっちは正攻法よ!

 彼女が見上げるのは、王宮の中でも最も重要な場所。
 グロワール国王の居室だった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

不機嫌な悪役令嬢〜王子は最強の悪役令嬢を溺愛する?〜

晴行
恋愛
 乙女ゲームの貴族令嬢リリアーナに転生したわたしは、大きな屋敷の小さな部屋の中で窓のそばに腰掛けてため息ばかり。  見目麗しく深窓の令嬢なんて噂されるほどには容姿が優れているらしいけど、わたしは知っている。  これは主人公であるアリシアの物語。  わたしはその当て馬にされるだけの、悪役令嬢リリアーナでしかない。  窓の外を眺めて、次の転生は鳥になりたいと真剣に考えているの。 「つまらないわ」  わたしはいつも不機嫌。  どんなに努力しても運命が変えられないのなら、わたしがこの世界に転生した意味がない。  あーあ、もうやめた。  なにか他のことをしよう。お料理とか、お裁縫とか、魔法がある世界だからそれを勉強してもいいわ。  このお屋敷にはなんでも揃っていますし、わたしには才能がありますもの。  仕方がないので、ゲームのストーリーが始まるまで悪役令嬢らしく不機嫌に日々を過ごしましょう。  __それもカイル王子に裏切られて婚約を破棄され、大きな屋敷も貴族の称号もすべてを失い終わりなのだけど。  頑張ったことが全部無駄になるなんて、ほんとうにつまらないわ。  の、はずだったのだけれど。  アリシアが現れても、王子は彼女に興味がない様子。  ストーリーがなかなか始まらない。  これじゃ二人の仲を引き裂く悪役令嬢になれないわ。  カイル王子、間違ってます。わたしはアリシアではないですよ。いつもツンとしている?  それは当たり前です。貴方こそなぜわたしの家にやってくるのですか?  わたしの料理が食べたい? そんなのアリシアに作らせればいいでしょう?  毎日つくれ? ふざけるな。  ……カイル王子、そろそろ帰ってくれません?

〘完〙前世を思い出したら悪役皇太子妃に転生してました!皇太子妃なんて罰ゲームでしかないので円満離婚をご所望です

hanakuro
恋愛
物語の始まりは、ガイアール帝国の皇太子と隣国カラマノ王国の王女との結婚式が行われためでたい日。 夫婦となった皇太子マリオンと皇太子妃エルメが初夜を迎えた時、エルメは前世を思い出す。 自著小説『悪役皇太子妃はただ皇太子の愛が欲しかっただけ・・』の悪役皇太子妃エルメに転生していることに気付く。何とか初夜から逃げ出し、混乱する頭を整理するエルメ。 すると皇太子の愛をいずれ現れる癒やしの乙女に奪われた自分が乙女に嫌がらせをして、それを知った皇太子に離婚され、追放されるというバッドエンドが待ち受けていることに気付く。 訪れる自分の未来を悟ったエルメの中にある想いが芽生える。 円満離婚して、示談金いっぱい貰って、市井でのんびり悠々自適に暮らそうと・・ しかし、エルメの思惑とは違い皇太子からは溺愛され、やがて現れた癒やしの乙女からは・・・ はたしてエルメは円満離婚して、のんびりハッピースローライフを送ることができるのか!?

生まれ変わりも楽じゃない ~生まれ変わっても私はわたし~

こひな
恋愛
市川みのり 31歳。 成り行きで、なぜかバリバリのキャリアウーマンをやっていた私。 彼氏なし・趣味は食べることと読書という仕事以外は引きこもり気味な私が、とばっちりで異世界転生。 貴族令嬢となり、四苦八苦しつつ異世界を生き抜くお話です。 ※いつも読んで頂きありがとうございます。誤字脱字のご指摘ありがとうございます。

悪役令嬢を演じて婚約破棄して貰い、私は幸せになりました。

シグマ
恋愛
伯爵家の長女であるソフィ・フェルンストレームは成人年齢である十五歳になり、父親の尽力で第二王子であるジャイアヌス・グスタフと婚約を結ぶことになった。 それはこの世界の誰もが羨む話でありソフィも誇らしく思っていたのだが、ある日を境にそうは思えなくなってしまう。 これはそんなソフィが婚約破棄から幸せになるまでの物語。 ※感想欄はネタバレを解放していますので注意して下さい。 ※R-15は保険として付けています。

モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~

咲桜りおな
恋愛
 前世で大好きだった乙女ゲームの世界にモブキャラとして転生した伯爵令嬢のアスチルゼフィラ・ピスケリー。 ヒロインでも悪役令嬢でもないモブキャラだからこそ、推しキャラ達の恋物語を遠くから鑑賞出来る! と楽しみにしていたら、関わりたくないのに何故か悪役令嬢の兄である騎士見習いがやたらと絡んでくる……。 いやいや、物語の当事者になんてなりたくないんです! お願いだから近付かないでぇ!  そんな思いも虚しく愛しの推しは全力でわたしを口説いてくる。おまけにキラキラ王子まで絡んで来て……逃げ場を塞がれてしまったようです。 結構、ところどころでイチャラブしております。 ◆◇◇◇ ◇◇◇◇ ◇◇◇◆  前作「完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい」のスピンオフ作品。 この作品だけでもちゃんと楽しんで頂けます。  番外編集もUPしましたので、宜しければご覧下さい。 「小説家になろう」でも公開しています。

ぽっちゃりな私は妹に婚約者を取られましたが、嫁ぎ先での溺愛がとまりません~冷酷な伯爵様とは誰のこと?~

柊木 ひなき
恋愛
「メリーナ、お前との婚約を破棄する!」夜会の最中に婚約者の第一王子から婚約破棄を告げられ、妹からは馬鹿にされ、貴族達の笑い者になった。 その時、思い出したのだ。(私の前世、美容部員だった!)この体型、ドレス、確かにやばい!  この世界の美の基準は、スリム体型が前提。まずはダイエットを……え、もう次の結婚? お相手は、超絶美形の伯爵様!? からの溺愛!? なんで!? ※シリアス展開もわりとあります。

公爵令嬢 メアリの逆襲 ~魔の森に作った湯船が 王子 で溢れて困ってます~

薄味メロン
恋愛
 HOTランキング 1位 (2019.9.18)  お気に入り4000人突破しました。  次世代の王妃と言われていたメアリは、その日、すべての地位を奪われた。  だが、誰も知らなかった。 「荷物よし。魔力よし。決意、よし!」 「出発するわ! 目指すは源泉掛け流し!」  メアリが、追放の準備を整えていたことに。

姫金魚乙女の溺愛生活 〜「君を愛することはない」と言ったイケメン腹黒冷酷公爵様がなぜか私を溺愛してきます。〜

水垣するめ
恋愛
「あなたを愛することはありません」 ──私の婚約者であるノエル・ネイジュ公爵は婚約を結んだ途端そう言った。 リナリア・マリヤックは伯爵家に生まれた。 しかしリナリアが10歳の頃母が亡くなり、父のドニールが愛人のカトリーヌとその子供のローラを屋敷に迎えてからリナリアは冷遇されるようになった。 リナリアは屋敷でまるで奴隷のように働かされることとなった。 屋敷からは追い出され、屋敷の外に建っているボロボロの小屋で生活をさせられ、食事は1日に1度だけだった。 しかしリナリアはそれに耐え続け、7年が経った。 ある日マリヤック家に対して婚約の打診が来た。 それはネイジュ公爵家からのものだった。 しかしネイジュ公爵家には一番最初に婚約した女性を必ず婚約破棄する、という習慣があり一番最初の婚約者は『生贄』と呼ばれていた。 当然ローラは嫌がり、リナリアを代わりに婚約させる。 そしてリナリアは見た目だけは美しい公爵の元へと行くことになる。 名前はノエル・ネイジュ。金髪碧眼の美しい青年だった。 公爵は「あなたのことを愛することはありません」と宣言するのだが、リナリアと接しているうちに徐々に溺愛されるようになり……? ※「小説家になろう」でも掲載しています。

処理中です...