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イベントクラッシャー(4)

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 ――犯罪者の娘。

 私は立ち尽くしたまま、オレリア様の言葉を内心で繰り返す。
 彼女の言ったことは、否定のしようもない事実。
 フロヴェール家は――父は、かつて取り返しのない罪を犯した。

 いや――正確には、罪を犯そうとしていた。
 未然に防ぐことが出来たのは、アデライトの予言があったからだ。

『思い出したわ! フロヴェール家は、魔王の配下にお兄様の情報を売ろうとしているのよ! 私の断罪イベントで見たの! ミシェルが連絡役になって、ずっとお兄様のことを監視していたって!!』

 彼女が唐突にそう叫んだのは、今から三年前。
 すでに、彼女の予言能力が広く知られるようになってからのことだ。

『その情報を元に、魔族はお兄様の旅を先回りして妨害するのよ! それにお兄様だけじゃなくて、この国のことや、兵力とか、弱点とか、そういうものも全部横流ししていたわ! この国を攻めようという計画があったはずよ!!』

 アンリが中心となってフロヴェール家を調べれば、アデライトの言葉通り、魔族との疑いようのないつながりが見つかった。
 情報提供をほのめかす書面まで見つかれば、もはや言い逃れはできない。

 国の情報を他国へ売るのは、それだけで首を切られるほどの重罪だ。
 相手が魔族であれば、なおさら。魔族に勇者の情報を流すというのは、この国だけではなく、人類すべてを裏切る行為なのだ。

 主犯格である父の処刑は、本来ならば免れることはできなかった。
 その家族も、ともに首を切られるか――よくて、国外追放が関の山だ。

 それを止めてくれたのは、他ならぬアンリ自身だった。

 この件が大々的に知られたら、罰を下さないわけにはいかない――と、アデライトの予言から父の処遇まで、すべて内々で処理してくれた。

 国王陛下にも報告されていないこの事実は、アンリをはじめとするごく一部の人間の間で、固く口止めがされている。
 犯罪を表に出さないのだから、罰を与えることはできず、父には警告と監視が付けられただけだ。
 家族である私には、お咎めすらもない。
 気にしなくていい、とアンリは言っていたけれど、気にせずにいることの方が難しかった。

 そのうえ、父は今もまだ、不審な動きをしていると聞く。
 私宛にも、何度となくアンリへ便宜を図るよう依頼する手紙が届いていた。

 いつだったか、手紙に魔法が仕掛けられていたことさえもあった。
 手紙を読んだ人間の精神を侵食し、思い通りに操るという魔法だ
 たまたま傍にアンリがいてくれなかったら、私はきっと父の操り人形となり、犯罪に加担することになっていたのだろう。



「――――なにも言えないのね。事実だから、仕方のないことだけど」

 無言のまま立ち尽くす私に、オレリア様は勝ち誇ったような笑みを浮かべる。

「しょせんあなたには卑劣な犯罪者の血が流れているのよ。そんな人間がきれいごとを言って、誰が納得すると思うの?」

 私は目を伏せる。
 オレリア様の顔を見ることが出来なかった。
 相手は、神の祝福を受けた聖女だ。性格はどうあれ、神に認められた清らかな人間であることは間違いない。

 ――私と違って。

 明確な罪を犯しながら、罰すら受けない罪人の娘。
 父から目を逸らし、アンリの厚意に頼り、まるでなにもなかったかのように暮らしているけれど、この事実が消えることはない。

 こんな身分の――罪人の娘の私が、アンリに相応しいはずがないのだ。

「正義ぶってんじゃないわよ、ミシェル・フロヴェール。あなたは間違いなく悪人側の人間なのよ!」

 うつむいた私の袖を、心配するようにアデライトが引いた。
 だけど、振り返って『大丈夫だ』と安心させることができない。
 地面を見つめたまま、頭の中はぐるぐると回り続けている。
 呼吸さえも上手くできず、ひどく息苦しい。

 ――悪人。

 オレリア様の言葉が――否定できない。

「ミシェル・フロヴェール。自分の立場が分かったのなら、そこをどきなさい。悪役の取り巻きのくせに善人面して、笑っちゃうわ」

 言いながら、オレリア様が私に向けて手を伸ばす。
 思わず体を強張らせるが、逃げることができない。
 足が凍り付いたように、動かない。

「犯罪者の娘なんて、自分も犯罪者みたいなものでしょう――――?」

 薄く笑い、オレリア様が私に触れる――直前。

 横から伸びて来た別の手が、聖女の手首を掴んだ。
 同時に、感情を押し殺したような、冷たく無機質な声がする。

「――――止めろ」

 聞き覚えのある声に、私はようやく、俯いていた視線を持ち上げた。
 私の目の前に、私をかばうように立つ、一人の男の人の後姿がある。

「それ以上、彼女について口にするな」

 男性にしては少し高いけれど、よく澄んだきれいな声。
 二年の旅路を終えた、大きくて頼りがいのある背中。
 柔らかな金の髪は、陽の光にきらめきながら、風もないのに揺れている。

 私はしばらく、信じられないようにその背中を見つめ、瞬き――それから、目の前の彼に向け、小さく呼びかけた。

「……アンリ、様」

 その名前を口にすると、やっと息苦しさが消えたような気がした。
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