14 / 76
イベントクラッシャー(4)
しおりを挟む
――犯罪者の娘。
私は立ち尽くしたまま、オレリア様の言葉を内心で繰り返す。
彼女の言ったことは、否定のしようもない事実。
フロヴェール家は――父は、かつて取り返しのない罪を犯した。
いや――正確には、罪を犯そうとしていた。
未然に防ぐことが出来たのは、アデライトの予言があったからだ。
『思い出したわ! フロヴェール家は、魔王の配下にお兄様の情報を売ろうとしているのよ! 私の断罪イベントで見たの! ミシェルが連絡役になって、ずっとお兄様のことを監視していたって!!』
彼女が唐突にそう叫んだのは、今から三年前。
すでに、彼女の予言能力が広く知られるようになってからのことだ。
『その情報を元に、魔族はお兄様の旅を先回りして妨害するのよ! それにお兄様だけじゃなくて、この国のことや、兵力とか、弱点とか、そういうものも全部横流ししていたわ! この国を攻めようという計画があったはずよ!!』
アンリが中心となってフロヴェール家を調べれば、アデライトの言葉通り、魔族との疑いようのないつながりが見つかった。
情報提供をほのめかす書面まで見つかれば、もはや言い逃れはできない。
国の情報を他国へ売るのは、それだけで首を切られるほどの重罪だ。
相手が魔族であれば、なおさら。魔族に勇者の情報を流すというのは、この国だけではなく、人類すべてを裏切る行為なのだ。
主犯格である父の処刑は、本来ならば免れることはできなかった。
その家族も、ともに首を切られるか――よくて、国外追放が関の山だ。
それを止めてくれたのは、他ならぬアンリ自身だった。
この件が大々的に知られたら、罰を下さないわけにはいかない――と、アデライトの予言から父の処遇まで、すべて内々で処理してくれた。
国王陛下にも報告されていないこの事実は、アンリをはじめとするごく一部の人間の間で、固く口止めがされている。
犯罪を表に出さないのだから、罰を与えることはできず、父には警告と監視が付けられただけだ。
家族である私には、お咎めすらもない。
気にしなくていい、とアンリは言っていたけれど、気にせずにいることの方が難しかった。
そのうえ、父は今もまだ、不審な動きをしていると聞く。
私宛にも、何度となくアンリへ便宜を図るよう依頼する手紙が届いていた。
いつだったか、手紙に魔法が仕掛けられていたことさえもあった。
手紙を読んだ人間の精神を侵食し、思い通りに操るという魔法だ
たまたま傍にアンリがいてくれなかったら、私はきっと父の操り人形となり、犯罪に加担することになっていたのだろう。
「――――なにも言えないのね。事実だから、仕方のないことだけど」
無言のまま立ち尽くす私に、オレリア様は勝ち誇ったような笑みを浮かべる。
「しょせんあなたには卑劣な犯罪者の血が流れているのよ。そんな人間がきれいごとを言って、誰が納得すると思うの?」
私は目を伏せる。
オレリア様の顔を見ることが出来なかった。
相手は、神の祝福を受けた聖女だ。性格はどうあれ、神に認められた清らかな人間であることは間違いない。
――私と違って。
明確な罪を犯しながら、罰すら受けない罪人の娘。
父から目を逸らし、アンリの厚意に頼り、まるでなにもなかったかのように暮らしているけれど、この事実が消えることはない。
こんな身分の――罪人の娘の私が、アンリに相応しいはずがないのだ。
「正義ぶってんじゃないわよ、ミシェル・フロヴェール。あなたは間違いなく悪人側の人間なのよ!」
うつむいた私の袖を、心配するようにアデライトが引いた。
だけど、振り返って『大丈夫だ』と安心させることができない。
地面を見つめたまま、頭の中はぐるぐると回り続けている。
呼吸さえも上手くできず、ひどく息苦しい。
――悪人。
オレリア様の言葉が――否定できない。
「ミシェル・フロヴェール。自分の立場が分かったのなら、そこをどきなさい。悪役の取り巻きのくせに善人面して、笑っちゃうわ」
言いながら、オレリア様が私に向けて手を伸ばす。
思わず体を強張らせるが、逃げることができない。
足が凍り付いたように、動かない。
「犯罪者の娘なんて、自分も犯罪者みたいなものでしょう――――?」
薄く笑い、オレリア様が私に触れる――直前。
横から伸びて来た別の手が、聖女の手首を掴んだ。
同時に、感情を押し殺したような、冷たく無機質な声がする。
「――――止めろ」
聞き覚えのある声に、私はようやく、俯いていた視線を持ち上げた。
私の目の前に、私をかばうように立つ、一人の男の人の後姿がある。
「それ以上、彼女について口にするな」
男性にしては少し高いけれど、よく澄んだきれいな声。
二年の旅路を終えた、大きくて頼りがいのある背中。
柔らかな金の髪は、陽の光にきらめきながら、風もないのに揺れている。
私はしばらく、信じられないようにその背中を見つめ、瞬き――それから、目の前の彼に向け、小さく呼びかけた。
「……アンリ、様」
その名前を口にすると、やっと息苦しさが消えたような気がした。
私は立ち尽くしたまま、オレリア様の言葉を内心で繰り返す。
彼女の言ったことは、否定のしようもない事実。
フロヴェール家は――父は、かつて取り返しのない罪を犯した。
いや――正確には、罪を犯そうとしていた。
未然に防ぐことが出来たのは、アデライトの予言があったからだ。
『思い出したわ! フロヴェール家は、魔王の配下にお兄様の情報を売ろうとしているのよ! 私の断罪イベントで見たの! ミシェルが連絡役になって、ずっとお兄様のことを監視していたって!!』
彼女が唐突にそう叫んだのは、今から三年前。
すでに、彼女の予言能力が広く知られるようになってからのことだ。
『その情報を元に、魔族はお兄様の旅を先回りして妨害するのよ! それにお兄様だけじゃなくて、この国のことや、兵力とか、弱点とか、そういうものも全部横流ししていたわ! この国を攻めようという計画があったはずよ!!』
アンリが中心となってフロヴェール家を調べれば、アデライトの言葉通り、魔族との疑いようのないつながりが見つかった。
情報提供をほのめかす書面まで見つかれば、もはや言い逃れはできない。
国の情報を他国へ売るのは、それだけで首を切られるほどの重罪だ。
相手が魔族であれば、なおさら。魔族に勇者の情報を流すというのは、この国だけではなく、人類すべてを裏切る行為なのだ。
主犯格である父の処刑は、本来ならば免れることはできなかった。
その家族も、ともに首を切られるか――よくて、国外追放が関の山だ。
それを止めてくれたのは、他ならぬアンリ自身だった。
この件が大々的に知られたら、罰を下さないわけにはいかない――と、アデライトの予言から父の処遇まで、すべて内々で処理してくれた。
国王陛下にも報告されていないこの事実は、アンリをはじめとするごく一部の人間の間で、固く口止めがされている。
犯罪を表に出さないのだから、罰を与えることはできず、父には警告と監視が付けられただけだ。
家族である私には、お咎めすらもない。
気にしなくていい、とアンリは言っていたけれど、気にせずにいることの方が難しかった。
そのうえ、父は今もまだ、不審な動きをしていると聞く。
私宛にも、何度となくアンリへ便宜を図るよう依頼する手紙が届いていた。
いつだったか、手紙に魔法が仕掛けられていたことさえもあった。
手紙を読んだ人間の精神を侵食し、思い通りに操るという魔法だ
たまたま傍にアンリがいてくれなかったら、私はきっと父の操り人形となり、犯罪に加担することになっていたのだろう。
「――――なにも言えないのね。事実だから、仕方のないことだけど」
無言のまま立ち尽くす私に、オレリア様は勝ち誇ったような笑みを浮かべる。
「しょせんあなたには卑劣な犯罪者の血が流れているのよ。そんな人間がきれいごとを言って、誰が納得すると思うの?」
私は目を伏せる。
オレリア様の顔を見ることが出来なかった。
相手は、神の祝福を受けた聖女だ。性格はどうあれ、神に認められた清らかな人間であることは間違いない。
――私と違って。
明確な罪を犯しながら、罰すら受けない罪人の娘。
父から目を逸らし、アンリの厚意に頼り、まるでなにもなかったかのように暮らしているけれど、この事実が消えることはない。
こんな身分の――罪人の娘の私が、アンリに相応しいはずがないのだ。
「正義ぶってんじゃないわよ、ミシェル・フロヴェール。あなたは間違いなく悪人側の人間なのよ!」
うつむいた私の袖を、心配するようにアデライトが引いた。
だけど、振り返って『大丈夫だ』と安心させることができない。
地面を見つめたまま、頭の中はぐるぐると回り続けている。
呼吸さえも上手くできず、ひどく息苦しい。
――悪人。
オレリア様の言葉が――否定できない。
「ミシェル・フロヴェール。自分の立場が分かったのなら、そこをどきなさい。悪役の取り巻きのくせに善人面して、笑っちゃうわ」
言いながら、オレリア様が私に向けて手を伸ばす。
思わず体を強張らせるが、逃げることができない。
足が凍り付いたように、動かない。
「犯罪者の娘なんて、自分も犯罪者みたいなものでしょう――――?」
薄く笑い、オレリア様が私に触れる――直前。
横から伸びて来た別の手が、聖女の手首を掴んだ。
同時に、感情を押し殺したような、冷たく無機質な声がする。
「――――止めろ」
聞き覚えのある声に、私はようやく、俯いていた視線を持ち上げた。
私の目の前に、私をかばうように立つ、一人の男の人の後姿がある。
「それ以上、彼女について口にするな」
男性にしては少し高いけれど、よく澄んだきれいな声。
二年の旅路を終えた、大きくて頼りがいのある背中。
柔らかな金の髪は、陽の光にきらめきながら、風もないのに揺れている。
私はしばらく、信じられないようにその背中を見つめ、瞬き――それから、目の前の彼に向け、小さく呼びかけた。
「……アンリ、様」
その名前を口にすると、やっと息苦しさが消えたような気がした。
1
お気に入りに追加
2,895
あなたにおすすめの小説
「僕は病弱なので面倒な政務は全部やってね」と言う婚約者にビンタくらわした私が聖女です
リオール
恋愛
これは聖女が阿呆な婚約者(王太子)との婚約を解消して、惚れた大魔法使い(見た目若いイケメン…年齢は桁が違う)と結ばれるために奮闘する話。
でも周囲は認めてくれないし、婚約者はどこまでも阿呆だし、好きな人は塩対応だし、婚約者はやっぱり阿呆だし(二度言う)
はたして聖女は自身の望みを叶えられるのだろうか?
それとも聖女として辛い道を選ぶのか?
※筆者注※
基本、コメディな雰囲気なので、苦手な方はご注意ください。
(たまにシリアスが入ります)
勢いで書き始めて、駆け足で終わってます(汗
【完結】逆行した聖女
ウミ
恋愛
1度目の生で、取り巻き達の罪まで着せられ処刑された公爵令嬢が、逆行してやり直す。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
初めて書いた作品で、色々矛盾があります。どうか寛大な心でお読みいただけるととても嬉しいですm(_ _)m
俺の婚約者は侯爵令嬢であって悪役令嬢じゃない!~お前等いい加減にしろよ!
ユウ
恋愛
伯爵家の長男エリオルは幼い頃から不遇な扱いを受けて来た。
政略結婚で結ばれた両親の間に愛はなく、愛人が正妻の扱いを受け歯がゆい思いをしながらも母の為に耐え忍んでいた。
卒業したら伯爵家を出て母と二人きりで生きて行こうと思っていたのだが…
「君を我が侯爵家の養子に迎えたい」
ある日突然、侯爵家に婿養子として入って欲しいと言われるのだった。
悪役令嬢の生産ライフ
星宮歌
恋愛
コツコツとレベルを上げて、生産していくゲームが好きなしがない女子大生、田中雪は、その日、妹に頼まれて手に入れたゲームを片手に通り魔に刺される。
女神『はい、あなた、転生ね』
雪『へっ?』
これは、生産ゲームの世界に転生したかった雪が、別のゲーム世界に転生して、コツコツと生産するお話である。
雪『世界観が壊れる? 知ったこっちゃないわっ!』
無事に完結しました!
続編は『悪役令嬢の神様ライフ』です。
よければ、そちらもよろしくお願いしますm(_ _)m
義妹が勝手に嫉妬し勝手に自滅していくのですが、私は悪くありませんよね?
クレハ
恋愛
公爵家の令嬢ティアの父親が、この度平民の女性と再婚することになった。女性には連れ子であるティアと同じ年の娘がいた。同じ年の娘でありながら、育った環境は正反対の二人。あまりにも違う環境に、新しくできた義妹はティアに嫉妬し色々とやらかしていく。
継母の心得
トール
恋愛
【本編第一部完結済、2023/10/1〜第二部スタート☆書籍化 4巻発売中☆ コミカライズ連載中、2024/08/23よりコミックシーモアにて先行販売開始】
※継母というテーマですが、ドロドロではありません。ほっこり可愛いを中心に展開されるお話ですので、ドロドロが苦手の方にもお読みいただけます。
山崎 美咲(35)は、癌治療で子供の作れない身体となった。生涯独身だと諦めていたが、やはり子供は欲しかったとじわじわ後悔が募っていく。
治療の甲斐なくこの世を去った美咲が目を覚ますと、なんと生前読んでいたマンガの世界に転生していた。
不遇な幼少期を過ごした主人公が、ライバルである皇太子とヒロインを巡り争い、最後は見事ヒロインを射止めるというテンプレもののマンガ。その不遇な幼少期で主人公を虐待する悪辣な継母がまさかの私!?
前世の記憶を取り戻したのは、主人公の父親との結婚式前日だった!
突然3才児の母親になった主人公が、良い継母になれるよう子育てに奮闘していたら、いつの間にか父子に溺愛されて……。
オタクの知識を使って、子育て頑張ります!!
子育てに関する道具が揃っていない世界で、玩具や食器、子供用品を作り出していく、オタクが行う異世界育児ファンタジー開幕です!
番外編は10/7〜別ページに移動いたしました。
[完結]気付いたらザマァしてました(お姉ちゃんと遊んでた日常報告してただけなのに)
みちこ
恋愛
お姉ちゃんの婚約者と知らないお姉さんに、大好きなお姉ちゃんとの日常を報告してただけなのにザマァしてたらしいです
顔文字があるけどウザかったらすみません
【本編完結】捨てられ聖女は契約結婚を満喫中。後悔してる?だから何?
miniko
恋愛
「孤児の癖に筆頭聖女を名乗るとは、何様のつもりだ? お前のような女は、王太子であるこの僕の婚約者として相応しくないっっ!」
私を罵った婚約者は、その腕に美しい女性を抱き寄せていた。
別に自分から筆頭聖女を名乗った事など無いのだけれど……。
夜会の最中に婚約破棄を宣言されてしまった私は、王命によって『好色侯爵』と呼ばれる男の元へ嫁ぐ事になってしまう。
しかし、夫となるはずの侯爵は、私に視線を向ける事さえせずに、こう宣った。
「王命だから仕方なく結婚するが、お前を愛する事は無い」
「気が合いますね。私も王命だから仕方無くここに来ました」
「……は?」
愛して欲しいなんて思っていなかった私は、これ幸いと自由な生活を謳歌する。
懐いてくれた可愛い義理の息子や使用人達と、毎日楽しく過ごしていると……おや?
『お前を愛する事は無い』と宣った旦那様が、仲間になりたそうにこちらを見ている!?
一方、私を捨てた元婚約者には、婚約破棄を後悔するような出来事が次々と襲い掛かっていた。
※完結しましたが、今後も番外編を不定期で更新予定です。
※ご都合主義な部分は、笑って許して頂けると有難いです。
※予告無く他者視点が入ります。主人公視点は一人称、他視点は三人称で書いています。読みにくかったら申し訳ありません。
※感想欄はネタバレ配慮をしていませんのでご注意下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる