5 / 76
勇者と聖女の婚約宣言(4)
しおりを挟む
アンリの表情は険しい。
苦々しく国王陛下を見やり、どこか苛立ったように頭を振った。
「オレリアとの結婚のことは、すでに何度も話し合っているでしょう!」
「ああ、何度も話した。その結論は毎回、結婚するべきだということに落ち着いただろう?」
「俺は反対していました!」
「なにを言う」
陛下は鷹揚に笑った。
「反対する理由がどこにある。オレリアを愛していながら、身分差を理由に彼女が傷つくことを恐れていたのだろう? だが、今この場で宣言すれば、誰も文句は言うまい」
はっはっは、と笑う陛下を、アンリは唇を噛んで睨んだ。
ゆらり、とアンリの金の髪が揺れるのを見て、私は反射的に身構える。
――まずい。
アンリの従者として、長年仕えてきた勘が告げている。
アンリの問題児たる理由――陛下に疎まれ、離宮に行った原因が、起こる気がする。
「俺は常々、他に愛する人がいると告げていたはずですが」
「オレリアをかばうためだろう。名前を出せば反発が出るから伏せていたのだと、周りから聞いていたぞ」
「周りとは誰です。俺は一度も、オレリアを愛していると言ったことはありません」
「そこまで徹底するほどに、彼女を守り通そうとしていたのだろう。だが、もう隠す必要はない。アンリ、私は父としてお前の気持ちをわかっている」
父。
その言葉に、アンリの表情が歪む。
無理もない。だって陛下は、アンリを離宮に閉じ込め、勇者として旅立つ十六の年まで、一度も会いに来たことはないのだ。
「――父上」
アンリの静かな声が、この騒がしい宴の場に、妙にはっきりと響いた。
大広間の空気が変化する。
人々のざわめきが途切れたから――だけではない。
誰もが、もっと直接的に変化を感じたはずだ。
――風。
屋内であるはずのこの場所に、どこからか風が流れる。
それは次第に強くなり、アンリを中心として渦を巻いた。
「父上は」
アンリが陛下を見据えて呟く。
「俺の言葉なんて聞く気がないんですね」
風はますます強くなり、大広間を掻き乱した。
ガシャン、とワイングラスの割れる音がして、あちこちから悲鳴が上がる。
問題児だったアンリの悪癖を、この国で知らない者はいない。
誰もが恐怖にかられ、我先にと逃げていく中――私はどうにか、アンリを止めようと呼びかける。
「アンリ様! お、落ち着いてください!」
この場には陛下もいて、オレリア様もアデライトもいるのだ。
巻き込んだら洒落にならない。
アンリだってわかっているだろうに、まったく聞こえている様子はない。
――だ、駄目っぽい……!
「アンリ? ま、待て! まさかまた暴走しようとしているのか……!?」
陛下が青ざめ、アンリから離れるようにのけぞった。
その横で、アデライトが逃げる様子もなく、アンリに向けて声をかける。
「やっちゃえ、お兄様!」
――この、兄妹は!!
これだから誰も世話係をやりたがらず、周りは私に二人とも押し付けたのだ。
そんな恨み言が頭をよぎった瞬間――。
アンリを中心に、荒れ狂う嵐が巻き起こるのを見た。
アンリの悪癖とは、つまりは感情の爆発だ。
普通ならばただの癇癪で済むはずが――彼は膨大すぎる魔力を生まれ持っていた。
魔力は感情に左右される。
気持ちが昂り、怒りに我を忘れれば、普段は抑えている魔力があふれてしまうのだ。
その結果が、これである。
これまで、何度アンリの魔力に巻き込まれただろう――。
そんなことを思いながら、私は嵐の中で意識を放り出した。
苦々しく国王陛下を見やり、どこか苛立ったように頭を振った。
「オレリアとの結婚のことは、すでに何度も話し合っているでしょう!」
「ああ、何度も話した。その結論は毎回、結婚するべきだということに落ち着いただろう?」
「俺は反対していました!」
「なにを言う」
陛下は鷹揚に笑った。
「反対する理由がどこにある。オレリアを愛していながら、身分差を理由に彼女が傷つくことを恐れていたのだろう? だが、今この場で宣言すれば、誰も文句は言うまい」
はっはっは、と笑う陛下を、アンリは唇を噛んで睨んだ。
ゆらり、とアンリの金の髪が揺れるのを見て、私は反射的に身構える。
――まずい。
アンリの従者として、長年仕えてきた勘が告げている。
アンリの問題児たる理由――陛下に疎まれ、離宮に行った原因が、起こる気がする。
「俺は常々、他に愛する人がいると告げていたはずですが」
「オレリアをかばうためだろう。名前を出せば反発が出るから伏せていたのだと、周りから聞いていたぞ」
「周りとは誰です。俺は一度も、オレリアを愛していると言ったことはありません」
「そこまで徹底するほどに、彼女を守り通そうとしていたのだろう。だが、もう隠す必要はない。アンリ、私は父としてお前の気持ちをわかっている」
父。
その言葉に、アンリの表情が歪む。
無理もない。だって陛下は、アンリを離宮に閉じ込め、勇者として旅立つ十六の年まで、一度も会いに来たことはないのだ。
「――父上」
アンリの静かな声が、この騒がしい宴の場に、妙にはっきりと響いた。
大広間の空気が変化する。
人々のざわめきが途切れたから――だけではない。
誰もが、もっと直接的に変化を感じたはずだ。
――風。
屋内であるはずのこの場所に、どこからか風が流れる。
それは次第に強くなり、アンリを中心として渦を巻いた。
「父上は」
アンリが陛下を見据えて呟く。
「俺の言葉なんて聞く気がないんですね」
風はますます強くなり、大広間を掻き乱した。
ガシャン、とワイングラスの割れる音がして、あちこちから悲鳴が上がる。
問題児だったアンリの悪癖を、この国で知らない者はいない。
誰もが恐怖にかられ、我先にと逃げていく中――私はどうにか、アンリを止めようと呼びかける。
「アンリ様! お、落ち着いてください!」
この場には陛下もいて、オレリア様もアデライトもいるのだ。
巻き込んだら洒落にならない。
アンリだってわかっているだろうに、まったく聞こえている様子はない。
――だ、駄目っぽい……!
「アンリ? ま、待て! まさかまた暴走しようとしているのか……!?」
陛下が青ざめ、アンリから離れるようにのけぞった。
その横で、アデライトが逃げる様子もなく、アンリに向けて声をかける。
「やっちゃえ、お兄様!」
――この、兄妹は!!
これだから誰も世話係をやりたがらず、周りは私に二人とも押し付けたのだ。
そんな恨み言が頭をよぎった瞬間――。
アンリを中心に、荒れ狂う嵐が巻き起こるのを見た。
アンリの悪癖とは、つまりは感情の爆発だ。
普通ならばただの癇癪で済むはずが――彼は膨大すぎる魔力を生まれ持っていた。
魔力は感情に左右される。
気持ちが昂り、怒りに我を忘れれば、普段は抑えている魔力があふれてしまうのだ。
その結果が、これである。
これまで、何度アンリの魔力に巻き込まれただろう――。
そんなことを思いながら、私は嵐の中で意識を放り出した。
1
お気に入りに追加
2,893
あなたにおすすめの小説
不機嫌な悪役令嬢〜王子は最強の悪役令嬢を溺愛する?〜
晴行
恋愛
乙女ゲームの貴族令嬢リリアーナに転生したわたしは、大きな屋敷の小さな部屋の中で窓のそばに腰掛けてため息ばかり。
見目麗しく深窓の令嬢なんて噂されるほどには容姿が優れているらしいけど、わたしは知っている。
これは主人公であるアリシアの物語。
わたしはその当て馬にされるだけの、悪役令嬢リリアーナでしかない。
窓の外を眺めて、次の転生は鳥になりたいと真剣に考えているの。
「つまらないわ」
わたしはいつも不機嫌。
どんなに努力しても運命が変えられないのなら、わたしがこの世界に転生した意味がない。
あーあ、もうやめた。
なにか他のことをしよう。お料理とか、お裁縫とか、魔法がある世界だからそれを勉強してもいいわ。
このお屋敷にはなんでも揃っていますし、わたしには才能がありますもの。
仕方がないので、ゲームのストーリーが始まるまで悪役令嬢らしく不機嫌に日々を過ごしましょう。
__それもカイル王子に裏切られて婚約を破棄され、大きな屋敷も貴族の称号もすべてを失い終わりなのだけど。
頑張ったことが全部無駄になるなんて、ほんとうにつまらないわ。
の、はずだったのだけれど。
アリシアが現れても、王子は彼女に興味がない様子。
ストーリーがなかなか始まらない。
これじゃ二人の仲を引き裂く悪役令嬢になれないわ。
カイル王子、間違ってます。わたしはアリシアではないですよ。いつもツンとしている?
それは当たり前です。貴方こそなぜわたしの家にやってくるのですか?
わたしの料理が食べたい? そんなのアリシアに作らせればいいでしょう?
毎日つくれ? ふざけるな。
……カイル王子、そろそろ帰ってくれません?
〘完〙前世を思い出したら悪役皇太子妃に転生してました!皇太子妃なんて罰ゲームでしかないので円満離婚をご所望です
hanakuro
恋愛
物語の始まりは、ガイアール帝国の皇太子と隣国カラマノ王国の王女との結婚式が行われためでたい日。
夫婦となった皇太子マリオンと皇太子妃エルメが初夜を迎えた時、エルメは前世を思い出す。
自著小説『悪役皇太子妃はただ皇太子の愛が欲しかっただけ・・』の悪役皇太子妃エルメに転生していることに気付く。何とか初夜から逃げ出し、混乱する頭を整理するエルメ。
すると皇太子の愛をいずれ現れる癒やしの乙女に奪われた自分が乙女に嫌がらせをして、それを知った皇太子に離婚され、追放されるというバッドエンドが待ち受けていることに気付く。
訪れる自分の未来を悟ったエルメの中にある想いが芽生える。
円満離婚して、示談金いっぱい貰って、市井でのんびり悠々自適に暮らそうと・・
しかし、エルメの思惑とは違い皇太子からは溺愛され、やがて現れた癒やしの乙女からは・・・
はたしてエルメは円満離婚して、のんびりハッピースローライフを送ることができるのか!?
生まれ変わりも楽じゃない ~生まれ変わっても私はわたし~
こひな
恋愛
市川みのり 31歳。
成り行きで、なぜかバリバリのキャリアウーマンをやっていた私。
彼氏なし・趣味は食べることと読書という仕事以外は引きこもり気味な私が、とばっちりで異世界転生。
貴族令嬢となり、四苦八苦しつつ異世界を生き抜くお話です。
※いつも読んで頂きありがとうございます。誤字脱字のご指摘ありがとうございます。
悪役令嬢を演じて婚約破棄して貰い、私は幸せになりました。
シグマ
恋愛
伯爵家の長女であるソフィ・フェルンストレームは成人年齢である十五歳になり、父親の尽力で第二王子であるジャイアヌス・グスタフと婚約を結ぶことになった。
それはこの世界の誰もが羨む話でありソフィも誇らしく思っていたのだが、ある日を境にそうは思えなくなってしまう。
これはそんなソフィが婚約破棄から幸せになるまでの物語。
※感想欄はネタバレを解放していますので注意して下さい。
※R-15は保険として付けています。
モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~
咲桜りおな
恋愛
前世で大好きだった乙女ゲームの世界にモブキャラとして転生した伯爵令嬢のアスチルゼフィラ・ピスケリー。
ヒロインでも悪役令嬢でもないモブキャラだからこそ、推しキャラ達の恋物語を遠くから鑑賞出来る! と楽しみにしていたら、関わりたくないのに何故か悪役令嬢の兄である騎士見習いがやたらと絡んでくる……。
いやいや、物語の当事者になんてなりたくないんです! お願いだから近付かないでぇ!
そんな思いも虚しく愛しの推しは全力でわたしを口説いてくる。おまけにキラキラ王子まで絡んで来て……逃げ場を塞がれてしまったようです。
結構、ところどころでイチャラブしております。
◆◇◇◇ ◇◇◇◇ ◇◇◇◆
前作「完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい」のスピンオフ作品。
この作品だけでもちゃんと楽しんで頂けます。
番外編集もUPしましたので、宜しければご覧下さい。
「小説家になろう」でも公開しています。
不要なモノを全て切り捨てた節約令嬢は、冷徹宰相に溺愛される~NTRもモラハラいりません~
美杉。節約令嬢、書籍化進行中
恋愛
皆様のお陰で、ホットランク一位を獲得しましたーーーーー。御礼申し上げます。
我が家はいつでも妹が中心に回っていた。ふわふわブロンドの髪に、青い瞳。まるでお人形さんのような妹シーラを溺愛する両親。
ブラウンの髪に緑の瞳で、特に平凡で地味な私。両親はいつでも妹優先であり、そして妹はなぜか私のものばかりを欲しがった。
大好きだった人形。誕生日に買ってもらったアクセサリー。そして今度は私の婚約者。
幼い頃より家との繋がりで婚約していたアレン様を妹が寝取り、私との結婚を次の秋に控えていたのにも関わらず、アレン様の子を身ごもった。
勝ち誇ったようなシーラは、いつものように婚約者を譲るように迫る。
事態が事態だけに、アレン様の両親も婚約者の差し替えにすぐ同意。
ただ妹たちは知らない。アレン様がご自身の領地運営管理を全て私に任せていたことを。
そしてその領地が私が運営し、ギリギリもっていただけで破綻寸前だったことも。
そう。彼の持つ資産も、その性格も全てにおいて不良債権でしかなかった。
今更いらないと言われても、モラハラ不良債権なんてお断りいたします♡
さぁ、自由自適な生活を領地でこっそり行うぞーと思っていたのに、なぜか冷徹と呼ばれる幼馴染の宰相に婚約を申し込まれて? あれ、私の計画はどうなるの……
※この物語はフィクションであり、ご都合主義な部分もあるかもしれません。
ぽっちゃりな私は妹に婚約者を取られましたが、嫁ぎ先での溺愛がとまりません~冷酷な伯爵様とは誰のこと?~
柊木 ひなき
恋愛
「メリーナ、お前との婚約を破棄する!」夜会の最中に婚約者の第一王子から婚約破棄を告げられ、妹からは馬鹿にされ、貴族達の笑い者になった。
その時、思い出したのだ。(私の前世、美容部員だった!)この体型、ドレス、確かにやばい!
この世界の美の基準は、スリム体型が前提。まずはダイエットを……え、もう次の結婚? お相手は、超絶美形の伯爵様!? からの溺愛!? なんで!?
※シリアス展開もわりとあります。
公爵令嬢 メアリの逆襲 ~魔の森に作った湯船が 王子 で溢れて困ってます~
薄味メロン
恋愛
HOTランキング 1位 (2019.9.18)
お気に入り4000人突破しました。
次世代の王妃と言われていたメアリは、その日、すべての地位を奪われた。
だが、誰も知らなかった。
「荷物よし。魔力よし。決意、よし!」
「出発するわ! 目指すは源泉掛け流し!」
メアリが、追放の準備を整えていたことに。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる