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45 エピローグ
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その少女の美しさが広く天下に知られるようになったのは、彼女が10歳のときだった。少女の父親が娘自慢のつもりで、社交パーティーで歌を歌わせた━━よくある話だがこの場合、例外的に父親の審美眼は間違っていなかった。多くの平凡な例と違って、それは親馬鹿などではなかったのだ。
少女は間違いなく美しかった。その歌声はもちろんのこと、容貌がなによりも抜きん出ていた。透き通るような黄金の髪と、深いサファイアの瞳をもち、肌は抜けるように白い。顔は小さく眉目のバランスがとれていて、やや勝ち気な眼差しさえも人々の心を魅せた。細い腰と長い足、豊かな胸に視線を向ける男も多かった。ほかの少女たちよりも、少しばかり発育が早かった彼女は、幼い頃から大人の男たちの欲望をかきたててきたのだ。
東方貴族の名家に生まれた、その少女の名を、エリーゼ・フォン・アードルングという。
エリーゼは、乙女ゲーム『ビューティプリンス・ヴァイデンライヒ恋歌』の登場人物だった。それもとびきりの配役だ━━悪役令嬢である。
攻略対象キャラである第3皇子の婚約者という立場でゲームに登場し、不幸な生い立ちの主人公、ハンナを散々にいじめまくる。結果として最後にはその罪科を皇子に暴かれて、貴族社会を追放されるのだ。
ゲームにおけるエリーゼが、どういった経緯で悪役令嬢たりえる存在に育ったのか、それについては定かではないが、とりあえず読者諸氏には、この世界線におけるエリーゼの半生を紹介したい。
エリーゼは10歳の転機以来、帝国の三大美女と称されるようになった。なにかと差別されがちな東方貴族とはいえ、公爵家の令嬢で、かつ三大美女なのである。アードルング公爵は愛娘の婚約者選びで不自由しなかった。選び放題の選択肢の中で、白羽の矢が立ったのが、第3皇子のディートハルトである。
12歳にして、エリーゼとディートハルトは婚約者になった。ふたりは互いにピンとこない感じだったが、傍で見ているぶんには、文句なしの美男美女という組み合わせには違いなかった。このまま話が進んだら、エリーゼは自分が世界の中心にいると勘違いしたかもしれない。
なにせ美男子の皇子様を手に入れ、自分は絶世の美女。家柄は公爵だ。周りの大人はエリーゼを褒めることしかしなかったのだから。そのまま数年を経てれば、傲慢で、婚約者のことを自分のアクセサリーくらいにしか感じない、さぞイヤミな女に育っただろう。
ところがエリーゼが14歳になったとき、ふたたび転機がおとずれる。帝国宰相ラングハイム公爵が、政敵をすべて排除して、帝国貴族の頂点に昇りつめたのだ。これによって、エリーゼは恐怖にさらされることとなる。なにせラングハイム公は、エリーゼを自身の妻にと望んでいたのだから。
40歳も年上の男に嫁がなければならないのも、もちろん嫌だっただろうが、それ以上におぞましかったのは、エリーゼがラングハイム家に嫁いだ場合、彼女は第7夫人になることだ。すでに6人も妻がいる五十男に、15歳で嫁ぐことになる━━どう考えても、まともな家庭を築くことなどできないだろう。
エリーゼは泣いて嫌がったし、父親であるアードルング公も最大限の抵抗をした。だがラングハイム公の権力は絶対的だった。アードルング家に割り当てられた、帝国政府への拠出金が5倍に増えるとなると、戦争をするか娘を差し出すかしなければ、家が滅んでしまう。
そこでアードルング公は為政者としてまともな判断をくだした。エリーゼをラングハイム公に嫁がせることに決めたのである。
エリーゼは絶望した。このとき彼女ははじめて、世の中には自分の思い通りにならないことがあると知ったのである。いまやエリーゼにとって、己の容姿は呪いだった。その容姿のせいで、ラングハイム公に目をつけられたのだから。薬品で自分の顔を焼いてしまおうかとすら、エリーゼは考えた。
美しい容姿がエリーゼにすべてを与え、そしてすべてを奪い去る。皮肉な運命というべきではないか。
エリーゼのラングハイム家降嫁は、着々と進んでいった。帝室との間で話し合いがもたれ、皇子とエリーゼの婚約破棄は7割方決まっていた。皇子は何の抵抗もしないまま、エリーゼを手放した。そのこともエリーゼはショックだった。絶対だと信じていた自分の価値が、あっさり暴落したのだから無理もない。
ところがそこに、急報が舞い込んでくる。ラングハイム公が失脚したのだ。
ラングハイム公は綿花相場で資産を溶かし、あげくのはてに皇宮でのパーティー中、発狂したという。さらには噂話によると、その影には帝国を裏から支配する黒幕『鎌倉の御前』の姿があったという。
黒幕は確かに存在すると、読者諸氏はすでに理解していることだろう。事実、『鎌倉』の影響で、アードルング領の経済は悪化し、アードルング家は以前の豊かさを保てなくなっていたのだが、エリーゼが鎌倉の御前を恨むことはなかった。
彼女にとって鎌倉の御前は、自分を悪夢のような現実から救ってくれた神様だった。噂話にその名を聞いて以来、御前さまへの感謝を忘れた日はない。そしてエリーゼは、かつての恐怖から逃れるために心を入れ替えた。ふたたび婚約状態に戻ったディートハルトに、今度こそ心から尽くすと決めたのだ。
ディートハルトに見捨てられたら、自分はおしまいだ。ラングハイム公の一件で、エリーゼは悟った。どんな美人も努力なくして人を惹きつけることなどできないのだと。乙女ゲームのシナリオどおりであれば、断罪イベントで婚約破棄されるまで気づかなかったことに、この時点で気づいたのだった。
ディートハルトの心をつなぎとめておかなければ、いつかまた、好色な権力者のほしいままに、自分の運命をねじ曲げられてしまうかもしれない。あっさり婚約破棄が進んだことに、心の底から恐怖したゆえの、エリーゼの成長だった。
━━だが本当にそれを成長とよんでいいのだろうか。本当にエリーゼは、自分の望みを叶えるために努力しているといえるだろうか。いや、もしかしたらエリーゼに、強い望みなどなかったのかもしれない。たとえ自分自身を犠牲にしてでも、手に入れたいものなど…。
そして運命の輪がめぐる。
エリーゼはこの春15歳になり、『学園』に入学する。同級生には、グレッツナー家のハンナがいるだろう。ラングハイム家のアルフォンスがいるだろう。帝家のディートハルト皇子がいるだろう。そしてまだ見ぬ攻略対象キャラたち。
いずれにせよ、すでに決まっていることがひとつある━━海千山千の因業ババアが乙女ゲームの主人公に生まれ変わったせいで、『ビュープリ』のシナリオは完全に崩壊するだろうということだ。誰もかもがみな本来の人生を踏みはずし、ありえなかったはずのキャラクターたちが結ばれるに違いないのである。
因業ババアの活躍は、いますぐに『悪役令嬢より悪役な~乙女ゲームの主人公は世界を牛耳る闇の黒幕~』(https://www.alphapolis.co.jp/novel/693761111/990498402)で続きを読むことができるぞ!同じアルファポリス内連載で安心だっ。さあ、Let's ブックマーク!
少女は間違いなく美しかった。その歌声はもちろんのこと、容貌がなによりも抜きん出ていた。透き通るような黄金の髪と、深いサファイアの瞳をもち、肌は抜けるように白い。顔は小さく眉目のバランスがとれていて、やや勝ち気な眼差しさえも人々の心を魅せた。細い腰と長い足、豊かな胸に視線を向ける男も多かった。ほかの少女たちよりも、少しばかり発育が早かった彼女は、幼い頃から大人の男たちの欲望をかきたててきたのだ。
東方貴族の名家に生まれた、その少女の名を、エリーゼ・フォン・アードルングという。
エリーゼは、乙女ゲーム『ビューティプリンス・ヴァイデンライヒ恋歌』の登場人物だった。それもとびきりの配役だ━━悪役令嬢である。
攻略対象キャラである第3皇子の婚約者という立場でゲームに登場し、不幸な生い立ちの主人公、ハンナを散々にいじめまくる。結果として最後にはその罪科を皇子に暴かれて、貴族社会を追放されるのだ。
ゲームにおけるエリーゼが、どういった経緯で悪役令嬢たりえる存在に育ったのか、それについては定かではないが、とりあえず読者諸氏には、この世界線におけるエリーゼの半生を紹介したい。
エリーゼは10歳の転機以来、帝国の三大美女と称されるようになった。なにかと差別されがちな東方貴族とはいえ、公爵家の令嬢で、かつ三大美女なのである。アードルング公爵は愛娘の婚約者選びで不自由しなかった。選び放題の選択肢の中で、白羽の矢が立ったのが、第3皇子のディートハルトである。
12歳にして、エリーゼとディートハルトは婚約者になった。ふたりは互いにピンとこない感じだったが、傍で見ているぶんには、文句なしの美男美女という組み合わせには違いなかった。このまま話が進んだら、エリーゼは自分が世界の中心にいると勘違いしたかもしれない。
なにせ美男子の皇子様を手に入れ、自分は絶世の美女。家柄は公爵だ。周りの大人はエリーゼを褒めることしかしなかったのだから。そのまま数年を経てれば、傲慢で、婚約者のことを自分のアクセサリーくらいにしか感じない、さぞイヤミな女に育っただろう。
ところがエリーゼが14歳になったとき、ふたたび転機がおとずれる。帝国宰相ラングハイム公爵が、政敵をすべて排除して、帝国貴族の頂点に昇りつめたのだ。これによって、エリーゼは恐怖にさらされることとなる。なにせラングハイム公は、エリーゼを自身の妻にと望んでいたのだから。
40歳も年上の男に嫁がなければならないのも、もちろん嫌だっただろうが、それ以上におぞましかったのは、エリーゼがラングハイム家に嫁いだ場合、彼女は第7夫人になることだ。すでに6人も妻がいる五十男に、15歳で嫁ぐことになる━━どう考えても、まともな家庭を築くことなどできないだろう。
エリーゼは泣いて嫌がったし、父親であるアードルング公も最大限の抵抗をした。だがラングハイム公の権力は絶対的だった。アードルング家に割り当てられた、帝国政府への拠出金が5倍に増えるとなると、戦争をするか娘を差し出すかしなければ、家が滅んでしまう。
そこでアードルング公は為政者としてまともな判断をくだした。エリーゼをラングハイム公に嫁がせることに決めたのである。
エリーゼは絶望した。このとき彼女ははじめて、世の中には自分の思い通りにならないことがあると知ったのである。いまやエリーゼにとって、己の容姿は呪いだった。その容姿のせいで、ラングハイム公に目をつけられたのだから。薬品で自分の顔を焼いてしまおうかとすら、エリーゼは考えた。
美しい容姿がエリーゼにすべてを与え、そしてすべてを奪い去る。皮肉な運命というべきではないか。
エリーゼのラングハイム家降嫁は、着々と進んでいった。帝室との間で話し合いがもたれ、皇子とエリーゼの婚約破棄は7割方決まっていた。皇子は何の抵抗もしないまま、エリーゼを手放した。そのこともエリーゼはショックだった。絶対だと信じていた自分の価値が、あっさり暴落したのだから無理もない。
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ラングハイム公は綿花相場で資産を溶かし、あげくのはてに皇宮でのパーティー中、発狂したという。さらには噂話によると、その影には帝国を裏から支配する黒幕『鎌倉の御前』の姿があったという。
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━━だが本当にそれを成長とよんでいいのだろうか。本当にエリーゼは、自分の望みを叶えるために努力しているといえるだろうか。いや、もしかしたらエリーゼに、強い望みなどなかったのかもしれない。たとえ自分自身を犠牲にしてでも、手に入れたいものなど…。
そして運命の輪がめぐる。
エリーゼはこの春15歳になり、『学園』に入学する。同級生には、グレッツナー家のハンナがいるだろう。ラングハイム家のアルフォンスがいるだろう。帝家のディートハルト皇子がいるだろう。そしてまだ見ぬ攻略対象キャラたち。
いずれにせよ、すでに決まっていることがひとつある━━海千山千の因業ババアが乙女ゲームの主人公に生まれ変わったせいで、『ビュープリ』のシナリオは完全に崩壊するだろうということだ。誰もかもがみな本来の人生を踏みはずし、ありえなかったはずのキャラクターたちが結ばれるに違いないのである。
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