22 / 37
本章
Episode22/決心
しおりを挟むあれから不破と身体を重ねることはない。
プロジェクトに追われる不破が目に見えて忙しいのもそうだが、あかりも本田のヘルプに回ることが増えて自身の抱える仕事と追われることになる。仕事が忙しいと気持ちが紛れていい、そう思うのに、ふとしたときに襲ってくる寂しさがたまらなかった。
孤独。
また孤独が襲ってくる。
人肌に触れて前よりも寂しい、自分を求めてくれる手が離れたことが孤独を突きつけてくる。
不破に抱かれてからあかりは幸せだった。
不破のために下着を買い、喜んでくれるかと考えて迷えること。毎日の髪の手入れも丁寧になった。寝るのもなるべくゴールデンタイムに寝るように心がける。食事も少し気を付けるようになった。雑だった自分への暮らしがあきらかに丁寧になりつつある、それは人として女として満たされる気持ちが湧いた。
誰かのために生きる、それを感じて幸せだった。
自分のためじゃない、自分が誰かのために生きれる、暮らしを大切にできる、それが嬉しかった。
仕事の合間でも時たま目があえば優しく微笑まれたりしたときの胸のときめき。
名前を呼ばれて跳ねる胸。
二人の時になったときの、自分しか知らない不破の顔。
不破と触れ合わない時間が増えるほど考える、頭の中が不破に支配される。
子宮が――疼く。
(辛い……)
あかりは思う。
自分が望んだことがどれだけ乱暴で浅はかだったのか。独りよがりな気持ちだった、子供が欲しいなんて身勝手で自己満足だった。
不破の人生を自分が狂わせる、それが辛い。
不破にリスクを背負わせたくない、あかりは思い始めている。
大切だから、不破が好きだから、だからもうこの関係を終わらせるべきだ。終わらせてほしい、不破に言わなければ。
結局妊娠はしていなかった。やはりストレスから来ていたのかホルモンが乱れていたのか。
妊娠する前に終わりにしなければ、あかりはそう思った。
――不破の子供は産めない。
「天野さーん」
本田に呼ばれて振り向く。
「今日飲み行きません?愚痴聞いてくださいよぉ、俺もう最近やばいっすー」
「そんな疲れてるの?まだ水曜だよ?」
「今日ノー残じゃないっすか、ダメですか?」
あの告白から本田は態度を変えずあかりと接していた。オフィス内でも平気でそんな会話をしてくるからあかりは内心気まずいものの本田の気持ちを汲んで同じように接している。
「とりあえず、昼休みにでもはなそっか。今はみんな仕事してるしさ」
「うっす、あ……天野さん、髪に……」
そう言って席を立つついでにあかりの毛先を指でソッと触れてきて、耳元で囁く。
「ゴミ……ついてますよ」
「――あ、ありがと……」
「綺麗な髪っすね、細くて……指に絡む。あと……好きだな、この匂い」
――俺好き
不破の言葉が頭の中でよみがえる。
あかりの下着を見て、そんな風に喜んでくれたことがあった。思い出しただけで胸が痛いくらいに締め付けられた。
「こ、こら!!それセクハラ!!」
「すんません」
堂々と頭を下げて笑いを取る様な態度、周りもそれに笑っている。
「ほら!はやく自分の業務戻って!あ、メール確認しといてね!」
「了解っすー」
安定の軽さの本田を席にまで戻してあかりも業務に意識を向ける。不破を思うと胸が高鳴る、それをなんとか抑えたくて集中しようと自分を奮い立たせた。
定時前、打ち合わせから戻ってきた不破は新藤と並んでなにか話をしている。なんとなく目に入ってそれが気になるあかりは耳を澄ませてしまった。
「あんまり引きずるな。前のミスはもう終わった、それは新藤の経験にしかならないんだから次同じミスをしなければいい、取り戻せるミスならしたほうがいいよ、その度自分の成長にも繋がるしな。実際、最近ミスも減ってる、丁寧になってきた、頑張れよ」
「――はい、ありがとうございます」
そう言って不破を見つめる新藤の瞳は恋をしている、そういう風にしか見えない。不破は部下へのフォローも怠らない、それはみんなが知っている。でも――。
(好意を寄せている相手にその優しさは罪すぎる……俺のこと好きになれって言ってるようなもんだし……)
パソコンを打ちながら悶々している自分の気持ちに収集がつけられないあかりは仕事に集中できないまま何度もタイプミスをしていた。
嫉妬。
ヤキモチ。
妬み。
艶羨。
あかりの中にうごめく感情はどれもその類のモノばかりだ。
不破はいつか誰かを選ぶのに、それが新藤であってもいい。新藤の気持ちを応援してやればいいじゃないか、そう思う気持ちもある。
(無理――、嫌、嫌だ!)
新藤が不破に近づくのが嫌だった。不破が新藤に優しい言葉をかけるのは上司だから当然だ、新藤は部下だ、だから当たり前。あの優しい言葉は上司として投げかけられてるんだと言い聞かせて、そして思う。
なら、自分は――?
自分は不破にとって何者なのだ?上司と部下の関係、それを踏み越えて今どんな関係を作ってしまったのか。
もう上司と部下にも戻れない。
不破にとって自分はただの都合のいい女――、それがもう耐えられないほど切ない。
それでもいい、不破に必要とされるならそんなものでも傍にいたい。そう思ってその思いを打ち消す。
(戻りたい)
上司と部下に戻りたい、信頼する上司の下で仕事するただの部下に戻りたい。
あかりはそう思った。
三カ月に一度の1on1。
今回は少し間が開いて四カ月が過ぎていた。あかりは不破に呼び出されて打ち合わせ室の扉を開けた。
「失礼します」
「ん、座って」
あかりと不破の距離感はあれから縮まっていない。職場ではさほど対応は変わらないが二人になると不破の空気があきらかに距離を感じるようになった。
(潮時だよな……今しかない)
あかりは不破が口を開く前に口火を切った。
「なかったことにできませんか?」
「――何が?」
「例の、私の計画の話です」
そう言ったら不破の表情は硬く厳しいものに変わった。
「もういらなくなったってこと?」
「……はい」
「子供が?それとも俺が?」
「――え?」
「精子バンクで精子を買うほうにシフトするってこと?」
不破がため息交じりでこぼすのであかりも無性に歯がゆくなった。
(そんな……そんなつもりじゃない――)
けれどあかりはなにも伝えていない、不破に理解を求めるには無理があった。悩んだ末にあかりは口を開く。
「部長の子供は、もう産めません」
それがあかりの言える、精一杯の言葉だった。
12
お気に入りに追加
221
あなたにおすすめの小説
婚約は破棄なんですよね?
もるだ
恋愛
義理の妹ティナはナターシャの婚約者にいじめられていたと嘘をつき、信じた婚約者に婚約破棄を言い渡される。昔からナターシャをいじめて物を奪っていたのはティナなのに、得意の演技でナターシャを悪者に仕立て上げてきた。我慢の限界を迎えたナターシャは、ティナにされたように濡れ衣を着せかえす!
お前は保険と言われて婚約解消したら、女嫌いの王弟殿下に懐かれてしまった
cyaru
恋愛
クラリッサは苛立っていた。
婚約者のエミリオがここ1年浮気をしている。その事を両親や祖父母、エミリオの親に訴えるも我慢をするのが当たり前のように流されてしまう。
以前のエミリオはそうじゃ無かった。喧嘩もしたけれど仲は悪くなかった。
エミリオの心変わりはファルマという女性が現れてからの事。
「このまま結婚していいのかな」そんな悩みを抱えていたが、王家主催の夜会でエミリオがエスコートをしてくれるのかも連絡が来ない。
欠席も遅刻も出来ない夜会なので、クラリッサはエミリオを呼び出しどうするのかと問うつもりだった。
しかしエミリオは「お前は保険だ」とクラリッサに言い放つ。
ファルマと結ばれなかった時に、この年から相手を探すのはお互いに困るだろうと言われキレた。
父に「婚約を解消できないのならこのまま修道院に駆け込む!」と凄み、遂に婚約は解消になった。
エスコート役を小父に頼み出席した夜会。入場しようと順番を待っていると騒がしい。
何だろうと行ってみればエミリオがクラリッサの友人を罵倒する場だった。何に怒っているのか?と思えば友人がファルマを脅し、持ち物を奪い取ったのだという。
「こんな祝いの場で!!」クラリッサは堪らず友人を庇うようにエミリオの前に出たが婚約を勝手に解消した事にも腹を立てていたエミリオはクラリッサを「お一人様で入場なんて憐れだな」と矛先を変えてきた。
そこに「遅くなってすまない」と大きな男性が現れエミリオに言った。
「私の連れに何をしようと?」
――連れ?!――
クラリッサにはその男に見覚えがないのだが??
★↑例の如く恐ろしく省略してます。
★6月15日投稿開始、完結は6月16日です。
★コメントの返信は遅いです。
♡注意事項~この話を読む前に~♡
※異世界を舞台にした創作話です。時代設定なし、史実に基づいた話ではありません。リアルな世界の常識と混同されないようお願いします。
※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。
※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義です。
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。登場人物、場所全て架空です。
※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
※話の基幹、伏線に関わる文言についてのご指摘は申し訳ないですが受けられません。
悪意か、善意か、破滅か
野村にれ
恋愛
婚約者が別の令嬢に恋をして、婚約を破棄されたエルム・フォンターナ伯爵令嬢。
婚約者とその想い人が自殺を図ったことで、美談とされて、
悪意に晒されたエルムと、家族も一緒に爵位を返上してアジェル王国を去った。
その後、アジェル王国では、徐々に異変が起こり始める。
ほらやっぱり、結局貴方は彼女を好きになるんでしょう?
望月 或
恋愛
ベラトリクス侯爵家のセイフィーラと、ライオロック王国の第一王子であるユークリットは婚約者同士だ。二人は周りが羨むほどの相思相愛な仲で、通っている学園で日々仲睦まじく過ごしていた。
ある日、セイフィーラは落馬をし、その衝撃で《前世》の記憶を取り戻す。ここはゲームの中の世界で、自分は“悪役令嬢”だということを。
転入生のヒロインにユークリットが一目惚れをしてしまい、セイフィーラは二人の仲に嫉妬してヒロインを虐め、最後は『婚約破棄』をされ修道院に送られる運命であることを――
そのことをユークリットに告げると、「絶対にその彼女に目移りなんてしない。俺がこの世で愛しているのは君だけなんだ」と真剣に言ってくれたのだが……。
その日の朝礼後、ゲームの展開通り、ヒロインのリルカが転入してくる。
――そして、セイフィーラは見てしまった。
目を見開き、頬を紅潮させながらリルカを見つめているユークリットの顔を――
※作者独自の世界設定です。ゆるめなので、突っ込みは心の中でお手柔らかに願います……。
※たまに第三者視点が入ります。(タイトルに記載)
【BL】できそこないΩは先祖返りαに愛されたい
ノルジャン
BL
バイトを次々と首になり、落ち込んでいる時に住んでいたアパートも追い出されてしまったハムスター獣人のイチロ。親友のタイセーの紹介で住み込みの家事代行のアルバイトをすることになった。同じ小動物の獣性を持つ雇い主と思いきや、なんとタイセーの紹介してくれた雇い主ラッセルは先祖返りで巨体のヘビ獣人であった!しかもラッセルはアルファであり、イチロはオメガ。ラッセルに惹かれていくイチロであったが、イチロはオメガとして欠陥があった…。巨体のヘビ獣人アルファ×愛されたいハムスター獣人オメガ。
現代風獣人世界。
※男性妊娠、不妊表現があります。※獣人同士の性描写があります。
ムーンライトノベルズでも掲載。
茶番には付き合っていられません
わらびもち
恋愛
私の婚約者の隣には何故かいつも同じ女性がいる。
婚約者の交流茶会にも彼女を同席させ仲睦まじく過ごす。
これではまるで私の方が邪魔者だ。
苦言を呈しようものなら彼は目を吊り上げて罵倒する。
どうして婚約者同士の交流にわざわざ部外者を連れてくるのか。
彼が何をしたいのかさっぱり分からない。
もうこんな茶番に付き合っていられない。
そんなにその女性を傍に置きたいのなら好きにすればいいわ。
(完)なにも死ぬことないでしょう?
青空一夏
恋愛
ジュリエットはイリスィオス・ケビン公爵に一目惚れされて子爵家から嫁いできた美しい娘。イリスィオスは初めこそ優しかったものの、二人の愛人を離れに住まわせるようになった。
悩むジュリエットは悲しみのあまり湖に身を投げて死のうとしたが死にきれず昏睡状態になる。前世を昏睡状態で思い出したジュリエットは自分が日本という国で生きていたことを思い出す。還暦手前まで生きた記憶が不意に蘇ったのだ。
若い頃はいろいろな趣味を持ち、男性からもモテた彼女の名は真理。結婚もし子供も産み、いろいろな経験もしてきた真理は知っている。
『亭主、元気で留守がいい』ということを。
だったらこの状況って超ラッキーだわ♪ イケてるおばさん真理(外見は20代前半のジュリエット)がくりひろげるはちゃめちゃコメディー。
ゆるふわ設定ご都合主義。気分転換にどうぞ。初めはシリアス?ですが、途中からコメディーになります。中世ヨーロッパ風ですが和のテイストも混じり合う異世界。
昭和の懐かしい世界が広がります。懐かしい言葉あり。解説付き。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる