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エピソード8

我慢の六カ月③

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思いのほかあっさりと引かれて拍子抜けした。

怒ってる感じもないし納得してないみたいな感じもなくて逆に不安になった。



(ん?私ちゃんと言えた?よね?)



でもこれを何度もほじくり返すのも嫌だしとりあえずキッチンでのあれこれは回避できた。誠くんの誘惑に負けなかった自分がすごい、大進歩だ。



(健全と節度……言い方合ってたかな)



自分で言ったくせにその言葉の意味をあまり深く捉えておらず、なんとなく発してしまった感があとあとすごく襲ってきていた。



(これ仕事だったらめっちゃ突っ込まれて指摘されてそうだな)



そんなことを思いつつエッグベネディクト風を食べていたら思考が食べ物にシフトされた。



(うまい……卵とベーコンが最高)



美味しいものを食べてるときにカロリーのことを考えるのはナンセンスで、どうせ太るなら美味しく食べて身にしよう、いつもそんなことを思いながら食べてしまう。



「美味しいねぇ」誠くんに言うと「美味しい」と笑ってくれる。



(健全!こういうのが健全じゃない?)



同じ時間、同じものを食べて幸せを感じること、一緒にいることの意味!!それをその瞬間実感していたその夜。



珍しく携帯の電源まで落として誠くんが本を読み出した。

「何読んでるの?」

「佐藤に借りた本」



「お仕事関係?」

「いや、自己啓発系の本」

タイトルを覗き見して少し引いた。



(超効率仕事術……誠くんも佐藤さんもまだ効率上げるつもり?)



勉強熱心な人が昔から好きで、努力を惜しまない人に惹かれる傾向があった。



(好きだな……)



そう思いながら横に寝そべる。

ただ横になってなにをするでもない時間、至福の時間、このまま永遠に時が止まればいいのに、そう願いながら欠伸が出た。



「眠いなら寝たら?」

優しい声で言われて暖かかい手が頬をそっと撫でた。



「……まだ……一緒にいたい」そう言うと、「ベッドいく?」聞かれて頷く。



甘い空気、ドキドキする胸に気づかれないようにベッドに横になると布団をかけられた。



(……)



「おやすみ」



(………あれ?)



パタンと扉が閉められて間接照明がほんのり照らされる部屋に1人取り残される。



(……あれ??寝ろ、ってこと?)



そこでハッとした。



(私、やっぱりなんか言い方間違えたぁ?!)





―――――――――――――――――――――





扉を閉めて本を読もうとするけれど全然頭に入ってこない。



(あの天然小悪魔が!)



理性に勝った自分を褒めたい、生殺しもいいところだ。



(くっそー、折れてきたらめちゃくちゃに抱いてやる)



ストレスから振り切れて半ばヤケクソになる。



(しかし、ヤリたい……煩悩が捨てきれない)



あんな千夏と一緒に寝て触れないとか出来るか?と自分に問いかける。



(いや、無理だわ。触ったら最後終わりな気がする)



でもそれは千夏も同じなのでは?と内心思ってもいた。

ヤリすぎてる、と言うくらいだから千夏からしたら十分足りてるということで、つまり体はもう俺とすることに慣れきっていると考えられる。



すなわち、懐柔された身体が放置されたらどうなるのか。言い出した千夏がどう動くのかとりあえず見ものだなと思いつつ、ムラムラやイライラが収まらない俺は酒の力を借りて寝ることにした。



とりあえず土曜を乗り切った俺たちは、日曜は外に行こうとなりおかげで手を繋ぐくらいの超絶健全な時間を過ごした。千夏の表情からはどう思ってるのかは読めないけれど楽しそうに過ごしてるあたり理想的健全な付き合いが出来ているんだろう。



(しかし健全ってなんだ)



昨日からずっと考えている。

いい歳した二人が付き合っていて健全ってなんだ?

ヤリすぎだと千夏は言ったけれど、週末だけしかしてないしそこまでいう事なのか?



(解せない)



とにかく俺も千夏もなんとなく変な意地を張り出してる気もしていた。



けれど引けない、言葉にさせた責任はしっかり取らせるつもりでいた。





――――――――――――――――





日曜の夜はアパートまで送ってもらった。

部屋に上がる?と聞くけど明日の事でやりたいことがあるからと断られて玄関先でキスだけされた。

そのキスは甘くて濃厚なキスで、くちびるが離されたとき一瞬で恋しくなった。



(行かないで)



そう思ったけど言えない。

だって私は控えろと誠くんに言ってしまっている。するなという意味ではなかったけれど、客観的に聞けばそう取れる。したくない、と言ってしまっているのだ。その我儘に文句も言わず受け入れてくれて何を言えるのか。



そんなつもりじゃなかったのに、は後の祭りで。

あんなキスをされてバイバイは切ない。

だって私の身体はもう誠くんに全身で支配されているのに。



どう言えば良かったのだろうか。



私は何がしたかったのか。

何を本当に伝えたかったのか。





いろんな言い訳や理由をつけても困っただけで嫌なんかじゃない。



(でもよ?キッチンとかでするのって普通?ソファでするの普通??私が気にしすぎてるの?もうわからない)



とどのつまり、未だに恥ずかしいんです。



それだけの話を心の中で呟いて思う。



(たったそれだけ!適度に暗くてもうそのまま寝れる状態でしてくれたらいいだけなのに!!)



蓋を開けたら自分の言い分の幼稚さにうんざりした。



(なんだよそれってなるよね。誠くんには物足りないだろうな、私なんか)



付き合い始めた頃の悩みにまたぶつかった。



慣れてないとそこにばかり落ち着く。今までの彼女たちは喜んで受け入れていたのかもしれない。誘ったりだってしていたかも。そう思うとまた悶々してきた。



(私ってなに?何様?恥ずかしいってだけ?好きなら乗り越えろってなる?でも――!!)



いろんなところでするのをやめてほしい、それはフトしたときにそのことを思い出して身体がおかしくなるからだ。

職場でもそう、キスされたり抱きしめられたりするとそのことばかり考えて一瞬で身体が火照る。

思い出してボーッとして、身体の奥がゾワゾワする。





――身体が、疼くのだ。





(本当に変態レベルが上がってただの痴女だよぉ)





常にいやらしいことを考えてるみたいで余計に恥ずかしくて、それに気づかれたらと思うと羞恥心で死にたくなる。



(そんなこといえるわけないじゃん……エッチなことばっかり考えてるって引かれるに決まってるし!)





出口が見えなくなってきた。

どんどん自分の本音が見えてきて言葉にした後悔の渦にのまれそうになってきていた。







―――――――――――――――――







禁欲生活といってもたったの週末二日。

めちゃくちゃ忙しい時はすれ違うこともあったからそんなに大した日数でもないが、その時は会えてないという根本的な理由があったわけで。



触れる距離にいてましてや同じベッドで寝てるのに触れないという状況。



(……拷問か)



自分で勝手に縛ってる手前いつでも引けばいいんだけれど、結局言わせたいんだと自覚してきた。



千夏に、俺を求めさせて抱かれたいと言わせたい、ただそれだけで。

求めたら応えてくれるけれど、いいなりと言うのはそういう事なのだ。

結局千夏が流されている、そう思うしかない。

それがつまりは今回のことに繋がってきたんだろうなと紐づいてきた。



(俺ばっかりがしたいてなってるんだろうなぁ……)

書類を見ながら頭の中ではそんなことを思っていた。



嫌とかではない、千夏はそう言った。

嫌じゃないけど、したいわけでもない、その言葉の通りだ。



(言わせてーなー)





――千夏から求めさせたい。





デスクのピッチが震えて手に取ると事業部からだ。



「え?金曜ですか?――はぁ、はぁ……それって、俺がついていく意味あります?」



数分ごねたが相手は引くこともなくむしろ泣きながら頼んできた。



「……わかりました、調整します、はい」



(くそ、まじかぁーなんで名古屋まで行かなきゃならねぇんだよ!)



他社に頼めばいい、と確かに提案したのは俺だけど。

だからって比較するのに俺の意見も聞きたいは違くないか?しかも出張してついていくってなんで?



(そんなに暇じゃねぇぞ……)



けれど事業部部長からの圧力はかなりかかっていて開発としてもできる限り力になれと部長から命令気味に言われていた。佐藤も結局この案件にしっかり足を突っ込み出していた。



「俺も名古屋行きだよ。ぜってー久世のせいだからな」

昼に佐藤と一緒になった時に聞かされてお互い深いため息をついた。



「俺のせいじゃないわ。遅かれ早かれだったって。しかしめんどいな」

「だな。まぁうちそのまま名古屋泊まってくるわ」



「は?なんで?」

「嫁が一緒に行きたいって。旅行じゃねぇっつーの」



名古屋だったらひつまぶしとか手羽先とか千夏も喜んで来るだろうな、なんて思っても呼べるわけもなく。



(金曜か……)



断る口実ができた。この週末もなんとか健全なお付き合いが出来そうだ。

ストレスはかなりかかってはいるが傍で我慢するよりマシかと内心ホッとしていた。



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