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名前の付けられない気持ち-1

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 帰りたい……そう言った私を黙って見つめていたヴェリルはそのまま路地裏から抜けて静かな裏通りを歩いた。夜がだんだん更けていく。鷹の目は……暗闇でも良く見えるのかな、そんな今どうでもいいようなことをぼんやり考える。他のことを考えないと気持ちがどうにかなりそうだったから。


「……帰りたいって言ったけど」

 私がつぶやく声にヴェリルが振り向く。


「……帰りたくないっ」

 どうして……こんな気持ちになるの。


 帰ってくるエリザから話を聞かなきゃ。エリザも私に話をしたくて帰ってくるかもしれない。今晩こそ、ちゃんと目を見てエリザと……そう思うのに。


 目を見て話をするのが……怖いなんて。
 なにがこんなに怖いの?自分に問いかける。なにをそんなに聞きたくないんだ、私は。


「……どこ行きたい?」
「え……」

 静かな声に顔をあげたらサラッと髪の毛をすくわれた。ヴェリルの右手が頬にかかる髪に絡んで耳にかけられた。


「……どこでも連れてってやるよ」

 優しい声でそんな風に言われた。


「……誰も……いないところ」

 どこでもいい、でもなにも考えなくていいところ。なにも考えなくてすむところ。そんなところはどこにあるんだろう。


「……ひとりになりたいってこと?」

 ひとり?


「……ひとりは……ぃや」

 今ひとりになったら押しつぶされそうだ。この夜の闇に……締め付けられる思いに。ギュッと瞳を閉じたらフッと外の音が消えた。閉じた瞳を開けたら目の前にヴェリルがいる。ヴェリルの熱い手のひらに両耳を塞がれた、そしてそのまま……抱きしめられる。


「……世界の音が消えたら、誰も知らない世界に行ける」
「……」

 抱きしめられる腕の中が温かい。じわりと滲むように、体から中まで包み込まれていく。
 世界の音が消えたら……そこで瞳を閉じたら……確かに知らなかった世界が広がった。でもヴェリルの言うことは嘘だ。


 世界から音はなくならない。私の耳には……抱きしめられる胸からヴェリルの心臓の音が聴こえてくるから――。

 その心地よい音の中で、目から滲んでくる雫をソッと指先で拭いながら、ヴェリルの優しい腕に甘えて包まれていた。



 しばらく抱きしめられていたら気持ちが落ち着いて、落ち着いたら今度は別の意味で落ち着かなくなって腕の中で身じろぎしたら、ヴェリルがゆっくり腕の拘束をといた。
 見下ろしてくる碧眼を直視できなくてなんとなか視線を逸らしながら平常心を保とうとするものの……。


「あり、ありが、ありがとう……」

 男の人に抱きしめられることに慣れていない私は馬鹿みたいにどもってしまい、動揺がバレバレだ。


「落ち着いた?」

 ヴェリルの言葉に素直に頷く。落ち着いたけど、落ち着かないことは内緒だ。でもきっとヴェリルは気づいている。


「……うん」

 ドキドキしてる、自分でもわかってる。こんな風に抱きしめられてドキドキしない女の子なんかいない。だってヴェリルの手の触れ方が、抱きしめ方が優しいから。労わるような包み込むみたいに抱きしめられたら胸が高鳴る。


「……こんな風に、ダメだよ?」
「なにが?」

 抱きしめたら。


「……誤解、させる」

 ときめく。慣れてない私にはもうキャパオーバーしかけ。甘えたのは自分だけどやめてほしい。


「ごめんね、なんか私……馴れ馴れしい……」

 そう言って離れようとしたら腰を引かれた。一瞬の――強い力で。

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