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 そもそも治すとはどういう意味だろうか。瑠衣は太刀川から言われていた言葉を思い返していた。


 ――お前の身体が本当に不感症なのか、試してみない?


(試すって……なに?)

 太刀川が何を思ってどんなことを考えているのか瑠衣には全く見当もつかなかった。想像さえつかない、自分が太刀川とそういうことをするところを。

(え?何がしたいの?だいたい太刀川さんといかがわしいことをすること自体が変じゃない?)

 そもそも想像できない。イケメンの太刀川と自分がセックスそういうことをするところを。

  考えるほど答えが迷宮入りして出口など見つけられるわけもなく、瑠衣はただひたすら頭を抱えていた。
 職場にいれば、社食、トイレ、更衣室、どこにいても一日は白王子と黒王子の噂話を耳にした。聞くつもりはなくても勝手に耳に入ってくるし、嫌でも情報が女子社員の中で飛び交っている。

「遊びでもいいから一回抱かれたい、黒王子」

 トイレで手を洗っていたら背後でメイクを直している女性が身悶えるようにそう言った。

「あの冷たい感じがむしろたまんない、抱かれたら優しいとかだったらやばくない?いやもう冷たいまま攻められても全然いいけど、黒王子好き」

 耳を塞ぎたくても声が大きくてどうにもならずサッと手を洗ってその場を去った。

 自分と太刀川の関係性もそうだが、やはりそんなふざけたことをする理由が全くないし、あんな肉食女子に狙われているような太刀川と怪しい関係になるには勇気がいりすぎる。万が一バレたら社内を歩くどころかまともに日の当たる場所さえ歩けなくなる、瑠衣はそう確信した。

(やっぱりいろいろ無理だって!二人きりであの部屋で話してたことさえバレただけでも刺されそう!)

 なのにセックス?勘弁してくれ、瑠衣は思った。そして言い聞かせている。


 治るわけがないのだ、太刀川がとかそういう問題でもない。きっともう自分はそれを受け入れて生きていくしかない、そう思い始めている。トイレの一件もしかり、それより前からずっと悩んでいた太刀川との件も考えすぎて無駄に疲労感が襲ってくる。

(なんか疲れた……早く帰りたい……もう精神的疲労がすごい気がする)

「若槻さん」
 声を聴くたびに耳を澄ましたあの声が自分の名を呼ぶ幻聴まで聞こえる。

(あぁ、疲れすぎかも……白鹿さんが私を呼ぶ声まで聞こえるんだから)

「若槻さん?大丈夫ですか?」
「え」
 幻聴がやたら近くで聞こえて振り向くと白鹿本人が自分の名を呼んでいた。

(え!!げ、幻聴じゃない?)

「ハンカチ、落としてましたよ、これ」
 差し出される猫の顔をモチーフにしたハンカチにハッとして思わずつかみ取る。

「す、すみません!!」
「いや、こちらこそ突然声かけてごめんなさい」
 そう言っていつも通りの笑顔をこぼして去っていく。その後ろ姿を見送りながら瑠衣の心は未だかつてないほど高鳴っていた。

(白鹿さん……私の名前知ってた)
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